終末の異世界と大罪のグリモワール ~英霊は異世界で斯く戦えり~

桜葉

第五章61 砂塵の試練ⅩⅩⅩⅩⅨ:第二の試練

「全身に力が漲ってくる……」

 ユピルと共に始めた鍛錬。
 それは自分自身の中に眠る魔力を引き出し、自在に扱えるようにするというものだった。

 この世界における魔法というのは、術者の想像を形にするものであり、それに必須なのが魔力と呼ばれるものだった。魔力は全部で五属性が存在していて、しかしそれだけでは魔法は真の意味で完成はせず、そこに適切な配分で自分の魔力を織り交ぜることで、魔法は術者が想像するものに限りなく近くなる。

「うん、リエルさんおめでとうございます。どうやら、自分の魔力を見つけることができたみたいですね」

「なんか、身体に力が溢れてきて……ぽかぽかします……」

「今後、魔法を使う時には大地だけの魔力ではなく、自分の魔力というのも混ぜていくことを意識してくださいね」

「……分かりましたッ!」

「それでは早速、次の鍛錬へと進みましょうか?」

「……えっ?」

 鍛錬を無事に終えることができ、ほっと安堵のため息を漏らすのも束の間、ユピルはローブマントの奥でニコニコと笑みを浮かべると次なる鍛錬の準備を始めようとする。

 そんな彼女の言葉にリエルは目を丸くして驚きの言葉を漏らす。

「休憩している暇なんてありませんよー、次の入隊試験は近いんですからね!」

「は、はい……ッ!」

「魔法騎士になりたいのなら、リエルさんはもっと魔法を自在に扱えるようにならないといけません」

「…………」

「初歩魔法くらいは詠唱なしで使えるようにしつつ、上級魔法も覚えなくてはなりませんね」

「今は初歩魔法ですら詠唱がないと……」

「そうですね。しかしそれも、鍛錬を続ければ次第に使えるようになりますよ」

「なるほど……」

「それで、次の鍛錬内容ですが、これが単純明快なのですッ!」

「単純明快……ですか?」

「はい。ちょっと準備するので待っててくださいねー」

 ユピルは鍛錬の詳細を語る前に、右手を空へ向けて伸ばすと魔力を集中させていく。


「異界に住まいし精霊よ、我の声に応じ、我の命に従え――フェアリー・ルージュ」


 精神を統一させた後、ユピルは魔法で作った使い魔を無数に召喚する。

 数えることすら億劫になるほどの無数の光球が生まれたかと思えば、次の瞬間には背中に羽を生やした妖精へと姿を変える。

「召喚魔法、ですか?」

「はい。次の鍛錬にはこの子たちにも協力してもらおうかなと思いまして」

「協力……ですか?」

 イマイチ、ユピルが何をしようしているのか理解できていないリエルは、目を丸くしたまま直立不動の姿勢をキープする。

「次の鍛錬ですが、リエルさんにはこの子たちを全員、倒してもらいます」

「えっ、倒す……?」

「そうです。魔法を使うための準備は終えました。あとの残された時間は実戦の中で磨いていきましょう。私が召喚した妖精たちは、本気で貴方を倒しにきます。リエルさんは魔法を駆使して全員を倒してください」

「わ、分かりました……」

「これまで使ってきた魔法はもちろん、戦いの中で自分の魔法を編み出してくださいね。油断してると、下手したら命を落としかねないですからね?」

「――えっ?」

 ユピルが漏らした言葉の真意を確認しようとするリエルだが、それよりも早く妖精たちが動き出す。

「――――」

 リエルを取り囲むようにして存在する妖精たちが、人間には理解できない声音を漏らす。その意味を問いかけるよりも早く、妖精たちはそれぞれの手に弓を持つと、光で生成された矢をリエルに向けて放ってくる。

「いきなりッ!?」
「もう鍛錬は始まってますよ?」

 風を切って接近を果たそうとする矢の軌道を見て、リエルの身体は反射的に回避行動を取ろうとする。妖精が放つ矢は一本、また一本とその数を増やしていき、リエルの小柄な身体を貫こうとする。

「くッ……これ、本当にッ……!?」

 唇を噛み締め、リエルは無数に接近してくる全ての矢を自らの身のこなしだけで回避していこうと試みる。しかし、現実はリエルが思ったよりも厳しく、突如として仕掛けられた矢による攻撃はリエルの身体を掠めていく。

「リエルさん、魔法は攻撃だけではありませんよ?」

「攻撃だけではない……」

「魔法使いに必要なこと。私はそれをリエルさんに教えてきてつもりですよ?」

「…………」

 魔法を使いに必要なこと。
 それは魔法を想像し、それを形にする能力。

「これから妖精たちは様々な攻撃を仕掛けてきます。その全てを乗り切り、全員を倒すにはリエルさんだけの魔法を生み出す必要がありますよ」

「…………」

 ユピルの言葉を聞きながらも妖精たちはリエルに向けて矢を放つことをやめない。

 妖精たちはその数を優位に使うことで、すぐにリエルを倒すことができるはず。しかし、妖精たちはあえてそれをしない。じわりじわりとなぶり殺すように、リエルの身体を掠めるようにしめて矢を放つだけ。

「魔法を……想像……する……」

 右に左にと忙しなく身体を動かしながら、リエルは頭をフル回転させて自分だけの魔法について考えを巡らせる。

 この状況を打破するために必要な魔法。
 それは攻撃ではない。

「防御……身を守るための、魔法……想像するんだ……考えろ、私だけの魔法……」

 頭の中で魔法を形に変えていく。

 全方位から迫ってくる魔法の矢を防ぐための方法を、頭の中で形にして、精神を統一することで大地から魔力を吸い上げていく。

「守るだけじゃない……もっと、もっと強い魔法を……ッ!」

 考えて、考えて、考えて。
 時間が経過するたびにリエルの身体には肌を掠める矢によって裂傷が生まれる。

 その痛みに表情を顰めることもあるが、確実に、そして着実にリエルの脳内で『魔法』が完成していく。

「全てを防ぎ、数多の攻撃を反射する聖なる防壁よ、主を守る盾となれ――氷蓮反壁アンチ・アイスウォールッ!」

 魔法を想像し、大地と自分の魔力を織り交ぜて作られたリエルだけが使えるオリジナル魔法。詠唱と共に周囲に姿を現すのは、透き通る分厚い氷の壁だった。

 リエルがこの状況を打破するために考えついたのは防御魔法であり、しかしただの防御魔法ではない。あらゆる攻撃を受け、それを反射する特殊な力を持った防御壁だった。

「――――ッ!?」

 突如として眼前に姿を現した防御壁に、妖精たちは驚きのあまり咄嗟に行動ができないでいた。気付いた時には自らが放った矢が眼前に迫っていた。

「ほうほう、ただ防ぐだけではなく、反射の能力も付加しましたか。これは想像以上ですね」

 それは一瞬の出来事だった。
 リエルが生成した防御壁によって反射した矢が無数の妖精たちを一気に消し飛ばしていく。

「はぁ、はあぁッ……や、やった……」

 リエルを取り囲むようにして存在していた無数の妖精たち。
 自らの攻撃でかなりの数が消失したのだが、それでもまだ無数の妖精たちが残っている。

「か、身体が……重い……」

 初めて自分が生み出した魔法を駆使したリエル。
 しかし、彼女の身体には今までに感じたことのない異変が襲っていた。

「魔法を使うことの代償。大きく、強大な魔法にはそれ相応の負荷が存在します。自分の身体が重いと感じるのは、それほどまでに強大な魔法を生み出せたということ」

「…………」

「魔法を使う者は、頭の中ではどんなに強大な魔法を生み出すことができます。しかし、それは形にするのは、とても難しいのです。何故か、それはリエルさんが今、一番感じていることだと思います」

「自分の身の丈に合った魔法……」

 全身が鉛のように重くなったリエルは、立っていることすらやっとな状態でなんとか呼吸を落ち着かせようとしている。

 彼女が生み出した魔法はとても強大だった。
 しかしそれは、今のリエルが扱うには強力すぎた。

 一瞬にして内包する自らの魔力を使い果たし、好転しかに思えた戦況はすぐに逆転してしまう。

「さぁ、鍛錬はまだ始まったばかりです。貴方はこの状況をどう打破しますか?」

 魔導書店の地下に作られし仮想世界。
 そこでの戦闘は時間を重ねるにつれて激化していくのであった。

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