終末の異世界と大罪のグリモワール ~英霊は異世界で斯く戦えり~
第五章65 砂塵の試練ⅩⅩⅩⅩⅩⅢ:刺客
「覚悟はできてるんだな?」
王国騎士の入隊試験。
その一次試験が始まりを告げ、女神であり、姉であるシュナと共に戦うためにリエルもこの試験に参加をしていた。しかし、試験の開始は順風満帆とはいかず、リエルは一次試験突破に必須である、パートナーと合流することができないでいた。
一次試験の内容は無作為に選ばれたパートナーと二人一組となり、定められた時間まで生き残るというものだった。女神・シュナと共に戦うという目的を果たすため、リエルは一次試験で立ち止まっている暇はないのだが、集合ポイントに向かってもパートナーの姿はなかった。
異様な静寂に包まれる森林の中、オロオロとするリエルの前に姿を現したのは同じ試験参加者である二人組の男たちだった。男たちはリエルを見るなり、下衆な笑みを浮かべて攻撃を仕掛けてきた。
「それはこっちの台詞って奴なんだけど?」
窮地に追いやられたリエルだったが、そんな彼女の前に姿を現したのが茶髪をサイドテールの形に結び、緩んだシャツに太腿を大胆に露出した刺激的な格好が印象的な少女だった。
表情が豊かで快活な印象を周囲に与える少女は自分を『カリナ』と名乗り、森林に姿を見せるなり二人組の男の一人を瞬時に戦闘不能に陥れた。
「あ、あの……」
「ごめんね、リエルちゃん。ちょっと道に迷って遅れちゃった」
「い、いえ……助けて頂いて、ありがとうございました」
「いいってこと。これから僕はパートナーになるんだから、助けるのなんて当たり前じゃない」
「……パ、パートナー」
突如として姿を現し、試験参加者の一人を瞬く間に戦闘不能とした少女・カリナは終始軽い様子でニコニコと笑みを浮かべている。
「おい、こっちを無視してんじゃねぇぞ?」
「あー、ごめんね? 非力なパートナーがあんな風になっちゃったから、尻尾を巻いて逃げちゃったのかと思った」
「カ、カリナさん……あまり挑発するのは……」
「……リエルちゃん」
「は、はい……」
「貴方は人と戦うことに慣れていない。この先、果たしたい目的があるのなら、それは致命的とも言える貴方の弱点になる」
「じゃ、弱点……?」
「そう。僕たちは常に魔獣と戦うとは限らない。時として、悪意を持った人間とも戦うことになる。その時、さっきみたいに足が竦んで動けないなんて状態になったら、自分の命はもちろん、共に戦う仲間の命すら危険に晒しかねない」
「…………」
「だからね、リエルちゃん。この試験で貴方はまた成長しなくちゃいけない。逃げちゃダメだよ」
「……はいッ!」
ニコニコとした表情から一転して真面目な顔つきになったカリナの言葉に。リエルもまた真剣な表情を浮かべて強く頷く。
「……お話は終わりか?」
カリナとリエルの話を黙って聞いていた屈強な体躯と丸坊主頭が印象的な男は、その頭皮に青筋を浮かべて静かに怒っている。鋭い眼光から放たれるのは確かな殺意であり、その瞳にリエルの身体は竦みそうになる。
「ごめんってば。そんなに構って欲しいなら、相手になってあげるよ」
「あまり調子に乗るんじゃねぇぞ、餓鬼」
丸坊主の男は背中にある大剣を握ると、その切っ先をリエルたちに向ける。
その身に纏うオーラは並のものではなく、その佇まいで男が相当な実力者であることが伺える。リエルがこれまでの人生で、他人にここまでの殺意を向けられた経験はなく、彼女の心は今にも逃げ出してしまいそうになる
「大丈夫。一緒に戦えば怖くないよ」
「は、はいッ……」
「リエルちゃん、ちょっと耳を貸して?」
「……え?」
「今から作戦を伝えるから……ゴニョゴニョ」
「はい、はい……えっ、あっ……そんなこと、私ができるか……」
「大丈夫だってッ! じゃ、任せたからねッ!」
怖気づくリエルの心を奮い立たせるのは、そんなカリナの言葉だった。
彼女は背丈だけを見ればリエルと変わらないといった様子なのに、カリナの言葉はリエルにこれ以上ない安心を与えてくれる。カリナと言葉を交わす度、リエルの心内には得体の知れない違和感が襲いかかってくるのだが、今のリエルはその違和感の正体を知ることができないでいた。
「餓鬼だからって、手加減はしねぇぞッ!」
森林に響き渡る怒号。
森のざわめきと共に飛び出す丸坊主の男は、その大剣をがっしりと構えると躊躇うことなくリエルたちに振り抜いてくる。
「おっとッ!?」
「ひゃッ!?」
風を切り、地面を深く抉る男の斬撃に、カリナとリエルはそれぞれが身軽な動きで男の剣を躱そうとする。
「まだまだぁッ!」
自らの斬撃が空を切ったことを確認するなり、男は咆哮を上げて続けざまの一撃を放つ。
「見た目によらず俊敏な動きをするねッ」
「うらあああああぁぁぁぁッ!」
男が放つ全力の斬撃。
しかし、その全てがカリナの小柄な身体を捉えることができない。
「よっと、ほいっとッ……」
「このッ、うらあぁッ!」
「無我夢中に振ってても、当たんないってばッ!」
男が振るう剣の全てが的確であり、まともに当たれば立ち塞がる人間の命を容易く奪うことができるものだった。刀身は当たることはないのだが、時間の経過と共に鋭さは増し、少しずつではあるがカリナの身体に近づこうとしていた。
「これならどうだッ!」
「んんッ!?」
頭の後ろから思い切り地面に向けて大剣を振るう丸坊主の男。
その剣がカリナの身体を捉えることはなかったのだが、切っ先が再び地面を深く抉る。その直後、丸坊主の男はその顔にニヤリと笑みを浮かべると、左手の先に小さな風の玉を生成する。
「ちょ、なにこれぇッ!?」
「剣だけだと思うなよッ!」
男は魔法に関しての知見も持っており、剣が地面を抉るのと同時に微量の風魔法を発生させ、目潰しの要領で石つぶてをカリナに見舞っていく。
さすがのカリナもこの行動は予測していなかったのか、至近距離で男の攻撃を食らってしまう。
「もらったッ!」
「――――ッ!?」
怯むカリナへ、男は容赦なくその大剣の切っ先を突き出していく。
男が繰り出す剣の切っ先はカリナの身体を貫くことはできなかった。
しかし、鈍色に輝く刀身はカリナの脇腹を正確に切り裂いており、カリナが身に纏う純白のシャツにじわりと鮮血が滲む。
「痛ッ……ちょっと、油断したかも――」
「この程度で終わりだと思うなよ?」
脇腹を切り裂かれよろめくカリナ。男はその程度のダメージで満足することはなかった。カリナの腹部に手を当てると、自らが持つ魔力の全てを動員すると、周囲の木々をざわめかせる暴風を生み出す。
「うわああぁーーーーッ!?」
生成された暴風はカリナの小柄な身体を吹き飛ばす。
地面を滑り、草木を掻き分け、カリナの身体は太い木々に衝突することでようやく制止する。
「はぁ、はぁ……ったく、手間取らせやがって……」
力なくぐったりと倒れ伏すカリナ。
彼女の身体からは鮮血が溢れ出しており、下敷きにしている雑草が赤く染まっていく。
「一次試験では命の危険はないらしいな。それが事実なのか、お前で試させてもらおう」
倒れ伏したままの彼女に近づく丸坊主の男。
彼の瞳は未だに明確な殺意で満ちており、その剣でカリナを刺し殺そうとすることに躊躇いすら持っていない。
「試験と言えど、これは命を賭けた戦いだ。恨むなよ――」
あと数歩。
丸坊主の男が倒れ伏すカリナの元へと辿り着こうとした時だった、突如として男の足が止まる。
「……なんだ、これは?」
それはとても静かな異変であった。
男の足は止まったのではない。動かなくなったという表現が正しい。
いつの間にか大地には薄い氷が張っていた。地面を凍らせ、草木を凍らせる冷気は男の足を大地に釘付けとし、その身動きを封じていた。
一秒。また一秒と時間が経過するにつれて、正体不明の冷気が森林を包み込んでいく。薄い氷にヒビが入る音が周囲に響き渡る。それと共に全てを凍てつかせようとする動きは止まることなく進行し続ける。
「森全体を凍らせようというのか? そんなこと……」
「ふっふっふ……それができるんだよねぇー、あの子なら」
「――――ッ!?」
男の足元で楽しげな声音が鼓膜を震わせる。
それはカリナのものであり、意識を取り戻したカリナは負傷しながらもその顔に笑みを浮かべている。大地を凍てつかせる氷の影響がカリナの周囲にだけ及んでいない。彼女は笑みを浮かべたまま、よろよろとしながら立ち上がると、眼前に立つ男と対峙する。
「あの子、だと?」
「この一次試験ってのは、一人で戦うんじゃないんだよ。二人一組でチームを組み、仲間と共に切り抜けるもの」
「まさか……」
「人を外見で判断しちゃいけないと思うよ? そういう油断があるから、こうして足元をすくわれる」
驚愕に満ちる男の瞳が遥か後方へと向けられる。
視線の先。そこに立っているのは、瑠璃色の髪をそよ風に靡かせる少女・リエルだった。
彼女はカリナが男の注意を引きつけている間、ずっと魔法の詠唱に時間を割いており、その結果が森林を凍てつかせる広範囲のフィールド魔法なのであった。
「よっこらしょっと。ふぅ、この程度の傷で済んでよかったー」
「ぐっ……クソがッ……」
「まさか風の魔法を使うとは思わなかったよ。でも風魔法ならば、今の世界で僕の右に出る者はいないんだよね」
「な、なにを――ッ!?」
突如として周囲の木々がざわめき出す。
森林を包んでいた薄氷が瓦解し、渦を巻いて上空へと巻き上げられていく。
「これが本物の風魔法ってやつ? 味わってみて」
身動きが取れない男は上空を見上げる。視線の先、そこには虚空に漂う巨大な風の玉が浮遊していた。その大きさは丸坊主の男が生成したものよりも数倍は大きく、玉の中で凝縮された暴風が渦巻いていて、それがゆっくりと降下を始める。
「くそッ、くそッ……俺が、こんなところでッ……餓鬼にッ……」
「そうやって、子供だからって甘く見ない方がいいよ? そんなんだから、こうして遅れを取るんだって」
「う、う、うあああああぁぁぁーーーーーッ!」
男の悲鳴が森林に響き渡る。
その直後、森林全体に凄まじい衝撃が走り抜けるのであった。
王国騎士の入隊試験。
その一次試験が始まりを告げ、女神であり、姉であるシュナと共に戦うためにリエルもこの試験に参加をしていた。しかし、試験の開始は順風満帆とはいかず、リエルは一次試験突破に必須である、パートナーと合流することができないでいた。
一次試験の内容は無作為に選ばれたパートナーと二人一組となり、定められた時間まで生き残るというものだった。女神・シュナと共に戦うという目的を果たすため、リエルは一次試験で立ち止まっている暇はないのだが、集合ポイントに向かってもパートナーの姿はなかった。
異様な静寂に包まれる森林の中、オロオロとするリエルの前に姿を現したのは同じ試験参加者である二人組の男たちだった。男たちはリエルを見るなり、下衆な笑みを浮かべて攻撃を仕掛けてきた。
「それはこっちの台詞って奴なんだけど?」
窮地に追いやられたリエルだったが、そんな彼女の前に姿を現したのが茶髪をサイドテールの形に結び、緩んだシャツに太腿を大胆に露出した刺激的な格好が印象的な少女だった。
表情が豊かで快活な印象を周囲に与える少女は自分を『カリナ』と名乗り、森林に姿を見せるなり二人組の男の一人を瞬時に戦闘不能に陥れた。
「あ、あの……」
「ごめんね、リエルちゃん。ちょっと道に迷って遅れちゃった」
「い、いえ……助けて頂いて、ありがとうございました」
「いいってこと。これから僕はパートナーになるんだから、助けるのなんて当たり前じゃない」
「……パ、パートナー」
突如として姿を現し、試験参加者の一人を瞬く間に戦闘不能とした少女・カリナは終始軽い様子でニコニコと笑みを浮かべている。
「おい、こっちを無視してんじゃねぇぞ?」
「あー、ごめんね? 非力なパートナーがあんな風になっちゃったから、尻尾を巻いて逃げちゃったのかと思った」
「カ、カリナさん……あまり挑発するのは……」
「……リエルちゃん」
「は、はい……」
「貴方は人と戦うことに慣れていない。この先、果たしたい目的があるのなら、それは致命的とも言える貴方の弱点になる」
「じゃ、弱点……?」
「そう。僕たちは常に魔獣と戦うとは限らない。時として、悪意を持った人間とも戦うことになる。その時、さっきみたいに足が竦んで動けないなんて状態になったら、自分の命はもちろん、共に戦う仲間の命すら危険に晒しかねない」
「…………」
「だからね、リエルちゃん。この試験で貴方はまた成長しなくちゃいけない。逃げちゃダメだよ」
「……はいッ!」
ニコニコとした表情から一転して真面目な顔つきになったカリナの言葉に。リエルもまた真剣な表情を浮かべて強く頷く。
「……お話は終わりか?」
カリナとリエルの話を黙って聞いていた屈強な体躯と丸坊主頭が印象的な男は、その頭皮に青筋を浮かべて静かに怒っている。鋭い眼光から放たれるのは確かな殺意であり、その瞳にリエルの身体は竦みそうになる。
「ごめんってば。そんなに構って欲しいなら、相手になってあげるよ」
「あまり調子に乗るんじゃねぇぞ、餓鬼」
丸坊主の男は背中にある大剣を握ると、その切っ先をリエルたちに向ける。
その身に纏うオーラは並のものではなく、その佇まいで男が相当な実力者であることが伺える。リエルがこれまでの人生で、他人にここまでの殺意を向けられた経験はなく、彼女の心は今にも逃げ出してしまいそうになる
「大丈夫。一緒に戦えば怖くないよ」
「は、はいッ……」
「リエルちゃん、ちょっと耳を貸して?」
「……え?」
「今から作戦を伝えるから……ゴニョゴニョ」
「はい、はい……えっ、あっ……そんなこと、私ができるか……」
「大丈夫だってッ! じゃ、任せたからねッ!」
怖気づくリエルの心を奮い立たせるのは、そんなカリナの言葉だった。
彼女は背丈だけを見ればリエルと変わらないといった様子なのに、カリナの言葉はリエルにこれ以上ない安心を与えてくれる。カリナと言葉を交わす度、リエルの心内には得体の知れない違和感が襲いかかってくるのだが、今のリエルはその違和感の正体を知ることができないでいた。
「餓鬼だからって、手加減はしねぇぞッ!」
森林に響き渡る怒号。
森のざわめきと共に飛び出す丸坊主の男は、その大剣をがっしりと構えると躊躇うことなくリエルたちに振り抜いてくる。
「おっとッ!?」
「ひゃッ!?」
風を切り、地面を深く抉る男の斬撃に、カリナとリエルはそれぞれが身軽な動きで男の剣を躱そうとする。
「まだまだぁッ!」
自らの斬撃が空を切ったことを確認するなり、男は咆哮を上げて続けざまの一撃を放つ。
「見た目によらず俊敏な動きをするねッ」
「うらあああああぁぁぁぁッ!」
男が放つ全力の斬撃。
しかし、その全てがカリナの小柄な身体を捉えることができない。
「よっと、ほいっとッ……」
「このッ、うらあぁッ!」
「無我夢中に振ってても、当たんないってばッ!」
男が振るう剣の全てが的確であり、まともに当たれば立ち塞がる人間の命を容易く奪うことができるものだった。刀身は当たることはないのだが、時間の経過と共に鋭さは増し、少しずつではあるがカリナの身体に近づこうとしていた。
「これならどうだッ!」
「んんッ!?」
頭の後ろから思い切り地面に向けて大剣を振るう丸坊主の男。
その剣がカリナの身体を捉えることはなかったのだが、切っ先が再び地面を深く抉る。その直後、丸坊主の男はその顔にニヤリと笑みを浮かべると、左手の先に小さな風の玉を生成する。
「ちょ、なにこれぇッ!?」
「剣だけだと思うなよッ!」
男は魔法に関しての知見も持っており、剣が地面を抉るのと同時に微量の風魔法を発生させ、目潰しの要領で石つぶてをカリナに見舞っていく。
さすがのカリナもこの行動は予測していなかったのか、至近距離で男の攻撃を食らってしまう。
「もらったッ!」
「――――ッ!?」
怯むカリナへ、男は容赦なくその大剣の切っ先を突き出していく。
男が繰り出す剣の切っ先はカリナの身体を貫くことはできなかった。
しかし、鈍色に輝く刀身はカリナの脇腹を正確に切り裂いており、カリナが身に纏う純白のシャツにじわりと鮮血が滲む。
「痛ッ……ちょっと、油断したかも――」
「この程度で終わりだと思うなよ?」
脇腹を切り裂かれよろめくカリナ。男はその程度のダメージで満足することはなかった。カリナの腹部に手を当てると、自らが持つ魔力の全てを動員すると、周囲の木々をざわめかせる暴風を生み出す。
「うわああぁーーーーッ!?」
生成された暴風はカリナの小柄な身体を吹き飛ばす。
地面を滑り、草木を掻き分け、カリナの身体は太い木々に衝突することでようやく制止する。
「はぁ、はぁ……ったく、手間取らせやがって……」
力なくぐったりと倒れ伏すカリナ。
彼女の身体からは鮮血が溢れ出しており、下敷きにしている雑草が赤く染まっていく。
「一次試験では命の危険はないらしいな。それが事実なのか、お前で試させてもらおう」
倒れ伏したままの彼女に近づく丸坊主の男。
彼の瞳は未だに明確な殺意で満ちており、その剣でカリナを刺し殺そうとすることに躊躇いすら持っていない。
「試験と言えど、これは命を賭けた戦いだ。恨むなよ――」
あと数歩。
丸坊主の男が倒れ伏すカリナの元へと辿り着こうとした時だった、突如として男の足が止まる。
「……なんだ、これは?」
それはとても静かな異変であった。
男の足は止まったのではない。動かなくなったという表現が正しい。
いつの間にか大地には薄い氷が張っていた。地面を凍らせ、草木を凍らせる冷気は男の足を大地に釘付けとし、その身動きを封じていた。
一秒。また一秒と時間が経過するにつれて、正体不明の冷気が森林を包み込んでいく。薄い氷にヒビが入る音が周囲に響き渡る。それと共に全てを凍てつかせようとする動きは止まることなく進行し続ける。
「森全体を凍らせようというのか? そんなこと……」
「ふっふっふ……それができるんだよねぇー、あの子なら」
「――――ッ!?」
男の足元で楽しげな声音が鼓膜を震わせる。
それはカリナのものであり、意識を取り戻したカリナは負傷しながらもその顔に笑みを浮かべている。大地を凍てつかせる氷の影響がカリナの周囲にだけ及んでいない。彼女は笑みを浮かべたまま、よろよろとしながら立ち上がると、眼前に立つ男と対峙する。
「あの子、だと?」
「この一次試験ってのは、一人で戦うんじゃないんだよ。二人一組でチームを組み、仲間と共に切り抜けるもの」
「まさか……」
「人を外見で判断しちゃいけないと思うよ? そういう油断があるから、こうして足元をすくわれる」
驚愕に満ちる男の瞳が遥か後方へと向けられる。
視線の先。そこに立っているのは、瑠璃色の髪をそよ風に靡かせる少女・リエルだった。
彼女はカリナが男の注意を引きつけている間、ずっと魔法の詠唱に時間を割いており、その結果が森林を凍てつかせる広範囲のフィールド魔法なのであった。
「よっこらしょっと。ふぅ、この程度の傷で済んでよかったー」
「ぐっ……クソがッ……」
「まさか風の魔法を使うとは思わなかったよ。でも風魔法ならば、今の世界で僕の右に出る者はいないんだよね」
「な、なにを――ッ!?」
突如として周囲の木々がざわめき出す。
森林を包んでいた薄氷が瓦解し、渦を巻いて上空へと巻き上げられていく。
「これが本物の風魔法ってやつ? 味わってみて」
身動きが取れない男は上空を見上げる。視線の先、そこには虚空に漂う巨大な風の玉が浮遊していた。その大きさは丸坊主の男が生成したものよりも数倍は大きく、玉の中で凝縮された暴風が渦巻いていて、それがゆっくりと降下を始める。
「くそッ、くそッ……俺が、こんなところでッ……餓鬼にッ……」
「そうやって、子供だからって甘く見ない方がいいよ? そんなんだから、こうして遅れを取るんだって」
「う、う、うあああああぁぁぁーーーーーッ!」
男の悲鳴が森林に響き渡る。
その直後、森林全体に凄まじい衝撃が走り抜けるのであった。
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