終末の異世界と大罪のグリモワール ~英霊は異世界で斯く戦えり~

桜葉

第五章66 砂塵の試練ⅩⅩⅩⅩⅩⅣ:一次試験の道程

「ふぅ、これで一件落着だね」

「は、はい……」

「まぁ、これくらいは朝飯前ってやつだねーッ!」

「で、でも……カリナさん、怪我が……」

「あっ……そういえばそうだった……」

 一次試験は続いている。リエルは試験のパートナーである茶髪の少女・カリナと合流を果たし、そして同じ試験参加者である男たちの襲撃を退けることができた。しかし、その戦いの中でカリナは脇腹に裂傷を負ってしまった。

 少し動けばヘソが見えるような薄く短い白いシャツの一部分を、今も彼女の鮮血が汚している。シャツの上からでは傷の深さまでを窺い知ることはできないが、地面には点々と鮮血の痕が残っている。

「大丈夫ですか……その、怪我……」

「あー、全然大丈夫だよ。僕、治癒魔法も得意だから――えいッ!」

 リエルの指摘を受け、カリナは自らの脇腹を汚す鮮血を見ても驚きの声を上げることすらない。彼女は飄々とした様子で右手を脇腹に当てると、淡い光を手に灯して脇腹を治癒し始める。

「すごい……本当に傷が治ってる……」

「ふっふっふ、これくらいはできるようにならないとね?」

 自分の脇腹を治癒するカリナ。瞬く間の内に傷が塞がっていく様子を見て、リエルは驚きに表情を変える。

「よし、これで大丈夫。それにしてもごめんね、合流が遅くなっちゃって」

「いえ、私は……大丈夫です……さっきのはちょっとビックリしちゃって……」

「全く、リエルちゃんみたいな小さな女の子に手を出そうとするなんて、本当はもうちょっと懲らしめてあげてもよかったんだけどね」

 カリナが視線を向ける先。
 そこには大きく凹んだ大地の中心で大の字で気を失っている男二人の姿があった。

「この人たち、大丈夫なんでしょうか……?」

「まぁ、見た感じ息はあるし、大丈夫みたいだね。試験官が言ってた、守護魔法ってのは相当なものだねー。普通なら、あの攻撃を受けた瞬間に身体が吹っ飛ぶんだけど」

「か、身体が吹っ飛ぶ……?」

「そう。手足、頭……全部がぐちゃぐちゃになる感じかな? でも、気を失って骨が折れるくらいで済んだんだから、幸運だよねー」

 物騒な言葉をやはり飄々とした様子で語るカリナ。そんな彼女の言葉にリエルは顔を青ざめさせる。しかし、それが人間同士の戦いであることの証であり、リエルはまだ生死を賭けた戦いというものに戸惑いを隠すことができない。

「……リエルちゃん。あの男たちを見て、どう思う?」

「えっ……どう思うって……?」

「戦いの最中にも言ったけど、これからさきの戦いでは何も魔獣だけが相手じゃない。今後はこうして人間と戦うこともある」

「…………」

「実際に戦ってみて、リエルちゃんはどう感じた?」

 戦いの痕が生々しく残る森林を見渡して、リエルは表情を険しくする。

「私は……今まで、誰かと戦ったことなんてなくて……だから、私はさっきも何もできなくて……どうしたらいいのか、分かりません」

「今はそれでもいいと思うよ。でもね、リエルちゃんが歩むこの先の未来……必ず、同じような状況が訪れる。それもこんなに生易しい戦いじゃない。もっと厳しい、お互いの命を賭けた戦いだよ」

「…………」

「まぁ、すぐにそんな戦いが起こるとは思わないけど、そういう覚悟も必要になる時がくるってこと……覚えておいてね」

「……はい。あのっ、カリナさんは……そういう戦いを経験してるんですか?」

「んー、そうだなぁ……」

 リエルの問いかけにカリナは視線を宙に彷徨わせ、しばしの沈黙を保つ。

「経験が無かったら、リエルちゃんにこんな話はしないよ」

「やっぱり……」

「もしかしたらいつの日か、この僕と戦うことがあるかもしれないね」

「……えっ?」

「未来に何があるか……それは誰にも分からない。まぁ、大丈夫。そんな未来はすぐには来ないよ」

「……うぅ、不安です」

「この一次試験。リエルちゃんには戦うことに慣れてもらわないとね」

 妖しい光を放つ瞳から一転、カリナは子供のような純粋な笑みを浮かべると森林を歩き出す。

「もう少しで夜がくる。少し身体を休ませることができる場所に移動しようか。一次試験はまだ終わらないからね」

 歩き出すカリナの後ろをリエルもまた小走りで付いていく。
 金色の夕陽が差す森林にも、もうじき夜の帳が下りようとしているのであった。

◆◆◆◆◆

「よ、夜の森って……怖いですね……」

「んー、そうかなー? 僕ってば、最近まではずっとこんな場所を歩いてたから……」

「最近まで?」

「イイ女には秘密が多いものなのっ」

「そういうものなんですかね……」

 森林を歩き始めてしばらくの時間が経過した。
 完全に陽も暮れ、漆黒の闇が森林を支配する。

「でも、静かなのはいいことだよねー」

「静か過ぎる気もしますけど……」

「んー、なんかこういう時って不吉なことが起こる……ような気がする」

「ふ、不吉……?」

「今までの勘だけどね。でも、僕の勘って当たるんだよねー」

「――ひッ!?」

 夜の森林を歩くリエルとカリナ。
 そんな二人が歩く傍にある草木が突如として揺れる。

「おー、もしかして僕の勘が当たっちゃった?」

「あ、当てないでくださいよーッ!?」

 突如として現れた異変を前に、飄々とした様子を崩そうともしない。
 対してリエルは草木が不自然に揺れただけで取り乱し、目尻に大粒の涙を溜める。

「出てくるよ、リエルちゃん」

「……えっ?」

 そんなカリナの声音が鼓膜を震わせた直後だった。

 月明かりだけが差す森林の中に現れたのは、リエルが見上げるほどの巨体を誇った二本足で立つ魔獣なのであった。

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