終末の異世界と大罪のグリモワール ~英霊は異世界で斯く戦えり~

桜葉

第五章52 砂塵の試練ⅩⅩⅩⅩⅠ:戦いの行方

「聖なる輝きよ、世界を両断せよ――聖輝一刀ッ!」

「空気を焦がし、大地を燃やし、立ち塞がる全てを灰燼と化せッ――絶・炎獄拳ッ!」

 噴煙が立ち込める荒廃した大地を駆けるのは、紅蓮の髪を短く切り揃え、つり目と勝ち気な表情が印象的な炎獄の女神・アスカと、白銀に輝く髪をポニーテールの形に結び、魔竜を前にしても臆さない鉄仮面が印象的な聖輝の女神・ダイアナ。

 姿勢を低くし、大地を駆ける二人の女神は同時に魔法の詠唱を終えると、大地を強く蹴って一瞬で魔竜の眼前まで跳躍する。

『破滅を告げし、真なる闇を纏いし邪剣、世界を混沌と化せ――深淵連剣ッ』

 猪突猛進に突っ込んでくる女神たちを、魔竜は己の力をもって迎え撃とうとする。

 これまでは女神たちの攻撃に対しても動きを見せることがなかった魔竜だが、彼女たちの力を目の当たりにしたことで、待ちの姿勢では危険だと判断し大地に流れる魔力を存分に吸い上げ攻撃を繰り出していく。

 魔竜が繰り出す攻撃は、何もない虚空に闇の魔力で生成された巨大な両刃剣を無数に生み出すものだった。魔竜の身体を守るようにして生成された闇剣は、その切っ先を突進してくる女神たちに向けると、主である魔竜の命令を待っている。

『破滅せよッ!』

 鼓膜を震わせる魔竜の声音が響くのと同時に、周囲を浮遊していた闇剣が全てアスカとダイアナ目掛けて跳躍する。

 魔竜と比べれば遥かに小柄な女神たちの身体を貫こうと、闇の魔力を纏った剣が音もなく飛び出す。


「「砕け散れええええぇぇぇッ!」」


 異様な静寂が支配するアルジェンテ氷山に少女たちの声音が木霊する。

 アスカはその両手、両足に紅蓮の炎を纏い、ダイアナは両手に持つ名も無き聖剣に眩い輝きを纏わせる。

 女神たちが使役するのは、それぞれが人知を超えた魔法である。

 炎魔法を使役する炎獄の女神・アスカ。
 雷魔法を使役する聖輝の女神・ダイアナ。

 ピッタリと息を合わせた二人の女神たちは、正面から突っ込んでくる闇剣に対して怖気づくことなく攻撃を繰り出していく。

 無数の闇剣と女神たちが交錯した時、静寂に包まれていた大地に凄まじい衝撃波と轟音が響き渡った。
 眩い輝きが閃光となって周囲に走り、それに少し遅れて広範囲に粉塵が発生する。

 瞬く間の内にアスカとダイアナの身体が粉塵に消え、彼女たちの安否が不明になる。

『…………』

 粉塵を見つめる魔竜の表情は険しい。
 己が放った闇魔法は世界を破滅に誘う強力なものである。

 それでも魔竜は眼前に広がる粉塵をみても尚、強い手応えを感じてはいなかった。

「次はッ!」
「私たちの番ですッ!」

 粉塵の中から飛び出してきたのは、アスカとダイアナではなかった。
 飛び出してきたのは、瑠璃色の髪と茶髪が印象的な少女たちだった。

「天地を凍てつかす究極の氷槍よ、あまねく悪を穿て――氷槍龍牙ッ!」
「風刃よ、万物を切り裂き、悪を討て――絶風神刃ッ!」

 魔竜相手に臆することなく、氷獄と暴風の女神であるシュナとカガリは怒号を上げながら魔竜に突進する。

 アスカとダイアナが作った一瞬の隙を、シュナとカガリたちが引き継いで攻撃に転換していく。さすがの魔竜も新たな女神たちが粉塵から出てくるのは想定外であり、刹那の行動が出遅れてしまう。

「天地を凍てつかす究極の氷槍よ、あまねく悪を穿て――氷槍龍牙ッ!」
「風刃よ、万物を切り裂き、悪を討て――絶風神刃ッ!」

 氷獄の女神・シュナが唱えるのは自分の身体を容易に越える大きさを持った氷槍を生成する氷魔法。
 暴風の女神・カガリが唱えるのは目には見えない風刃を無数に生み出し、対象を切り刻む風魔法。

 アスカとダイアナにも引けを取らない強力な属性魔法を駆使する二人の女神は、魔竜の眼前へと接近を果たすなり、怒号と共に攻撃を繰り出していく。


「「いっけええええええええええぇぇぇぇッ!」」


 シュナは自らが生成した氷槍を投擲し、カガリは両手を大きく振り下ろして目に見えない風の刃を解き放っていく。

『――――ッ!』

 魔竜の身体を覆っていた防御魔法は既に消えている。
 自らを襲う女神たちの攻撃に対して、魔竜はそれを防御する手段を失っている。

 シュナとカガリが放つ攻撃が直進を続け、魔竜の身体に到達しようとした瞬間、漆黒の身体と紅蓮の瞳をもつ魔竜が咆哮を上げる。

「きゃッ!?」
「うわーーーーッ!?」

 シュナとカガリの攻撃が放たれた直後、魔竜が放った咆哮は彼女たちの攻撃を一瞬にして無力化した。空気を震わせる衝撃波となった魔竜の咆哮によって、シュナとカガリの小柄な身体が吹き飛ばされる。


「「――チャンスッ!」」


 魔竜が追撃に入ろうとした瞬間だった、再び荒廃した大地に怒号が響き渡る。

 魔竜の眼前に存在していた粉塵から、また新たな二つの人影が飛び出してくる。それは、魔竜の攻撃を正面から受けて粉塵の中に消えた二人の女神だった。

「任せたよ、二人ともッ!」
「お願いしますッ!」

 魔竜の意識がアスカとダイアナに向けられ、空中で無防備な姿を晒すシュナとカガリは助けられる。二人の声を後押しに、アスカとダイアナはそれぞれが膨大な魔力をその身に集中させていく。

『我の邪魔を……するなッ!』

 決して無視できない魔力を身に纏う女神たちに、さすがの魔竜も危機感を露わにしてしまう。

『混沌を支配せし邪悪なる魔力よ、万物を破壊せよ――終闇世界ワールド・エンドッ!』

 自らが持つ魔力の全てを使って、魔竜は女神たちを、世界を破壊する最悪の魔法を放っていく。大地が揺れて裂け目が出現し、夜空を急速に闇が覆っていく。

「これは、凄まじいものが来るぞッ! 危険、危機、危難ッ!」

「今更、怖気づいたの?」

「ふふっ……なにを言うかッ! 興奮、高揚、熱狂ッ!」

 全身を包み込む禍々しい魔力の奔流を最も近くで感じているのはアスカとダイアナの二人であった。本能的に生命の危機を感じてもおかしくない状況であっても、炎獄と聖輝の女神である二人の表情は楽しげに歪んでいた。

『消え去れッ!』

 魔竜の声音と連動するように、前進を続ける女神たちに世界破滅の魔法が襲いかかる。
 音もなく空から無差別に万物を破壊する柱が落ちてくる。

 それは雨のように一本、また一本と連続して発生し、大地を抉り、そこにある全てのものを破壊し尽していく。

 軽やかな身のこなしで魔竜の攻撃を躱すアスカとダイアナ。
 しかし、魔竜が放つ魔法は一層と激しさを増していく。

「ここは任せよッ」

 ダイアナと並走していたアスカが怒号と共に前へ出る。

「渦巻く業炎よ、我を守り、数多の攻撃に抗え――守・業炎連脚ッ!」

 炎の魔力を両足に集中させるアスカは、大地を蹴ると一直線に突進してくる闇の柱へ蹴りを見舞っていく。

「――――ッ!」

 一瞬の閃光が走り、直後に大気を震撼させる衝撃が発生する。

「はああああぁぁぁぁーーーーッ!」

 衝撃にアスカの小さな身体が飲み込まれ、彼女の安否は一瞬にして不明となった。

 炎獄の女神の安否を確認することなく、直進を続けるのは白銀の髪を風に靡かせる聖輝の女神・ダイアナ。彼女は自分が成すべき使命を理解しているからこそ、自分を守ってくれた仲間の頑張りを無駄にしないためにも、後ろを振り返ることなく進み続ける。

『散れッ!』

 ダイアナが魔竜の元へ辿り着くにはまだ時間が必要だった。
 その間にも空から落ちてくる攻撃は止まることはなく、一人進み続けるダイアナに襲いかかる。

「邪魔はッ!」
「させませんッ!」

 ダイアナの前に立つのは、氷獄と暴風の女神・シュナとカガリだった。
 彼女たちもダイアナを援護するために、破壊魔法が乱舞する最前線へと飛び出していた。

「ダイアナッ、隙ができたら……分かってるね?」

「承知してるわッ!」

「それじゃ、シュナちゃんッ……ダイアナを援護するよッ!」

「……はいっ!」

 短く言葉を交わすと、シュナとカガリがその身に魔力を充填させていく

「女神の加護を受けし氷壁よ、今ここにあらゆる攻撃を防ぐ盾となれ――絶対氷鏡ッ」
「吹き荒れる螺旋の暴風よ、全てを守り、助けよ――防風螺旋」

 二人の女神が展開するのは最上級の防御魔法。
 ダイアナの前に立つ二人の女神が展開する魔法へ、魔竜が放つ空からの攻撃が直撃する。

 アスカの時と同じように、シュナとカガリが展開する防御魔法もまた、たった一撃で粉砕してしまう。

「行ってッ、ダイアナッ!」

「分かっているッ!」

 シュナとカガリが粉塵の中に消えていく中、ダイアナは走る脚を止めることはない。

「覚悟しろッ、魔竜ッ!」

 女神たちの助けもあり、ダイアナは魔竜の元へと到達する。
 そして高く跳躍すると、破壊の一撃を準備する。

「聖なる輝きよ、世界を両断せよ――聖輝一刀ッ!」

 それは四人の女神たちの中で、最も破壊力を内包した聖なる一撃。
 世界誕生と共に生まれし名も無き聖剣から放たれる眩い輝きは、立ち塞がる全てを葬り去る。

『――――ッ!?』

 魔竜がどれだけの攻撃を繰り出そうとも、ただの人間であるはずの女神たちはその全てを乗り越えてくる。

 そして今、まさに世界の命運を賭けた戦いに決着がつこうとしている。

 混沌に落ちる世界に差した一縷の望み。
 希望に満ちた眩い光が混沌の象徴である魔竜を襲うのであった。

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