終末の異世界と大罪のグリモワール ~英霊は異世界で斯く戦えり~
第五章22 砂塵の試練Ⅺ:呪われし運命を背負う少女
「――聖なる剣輝」
初代剣姫であるリーシア・ハイラントが放つのは眩い輝きを纏った強烈なる斬撃だった。
砂塵の防壁で行われている試練。それに立ち向かう現代剣姫のシルヴィアの前に立ち塞がったのは初代剣姫・リーシアであった。どこか大人びた容姿をしており、金色と白銀が入り混じった髪色が特徴的なリーシアを前に、シルヴィアは苦戦を強いられていた。
人間としても、騎士としても、剣姫としてもシルヴィアはリーシアに勝っている部分が存在してはおらず、どれだけ剣を振ろうともそれが彼女に届くことはなかった。
「――――」
リーシアが持つ聖剣から放たれた斬撃は大地を揺るがしながらシルヴィアへと接近する。
その瞬間、シルヴィアは頭で考えるよりも先に身体が動こうとしていた。それは本能的な恐怖がさせる行動であり、迫る斬撃を受け止めることは出来ず、直撃すれば間違いなく命を落とすという確信があったからだった。
「――――ッ!?」
シルヴィアの判断は正しく、通常であるならば攻撃を躱すことは容易であったはずである。しかし、シルヴィアが対峙しているのは初代剣姫・リーシアである。彼女が放つ強烈な一撃はシルヴィアに回避する時間を与えてはくれなかった。
シルヴィアの視界が眩い輝きに包まれる。
全身が浮遊する感覚。全ては純白に染まる世界の中で、シルヴィアは見覚えのない光景を目の当たりにするのであった。
◆◆◆◆◆
これはハイラント王国に生を受けた一人の少女の物語。
後に『剣姫』と呼ばれる少女が歩んできた確かな記憶の物語である。
◆◆◆◆◆
「なんということだ……」
「どうして、こんなことになってしまったのだッ!」
「金色の髪……国にとって忌みすべき存在に違いはないッ……」
在りし日のハイラント王国。
この日、王国は歓喜の喝采に包まれるはずであった。
新たなる王位継承者の誕生を迎え、ハイラント王国の王城に住まう人々は歓喜の渦に飲み込まれようとしていた。しかしそれも、誕生した少女の姿を見て一変してしまうのであった。
「王族に金色の髪を持つ者が居るなどあってはならないッ!」
「しかしッ、生まれてきた子供に罪はないッ!」
後の未来にハイラント王国の王女として君臨するはずだった少女は、金色と白銀に輝く髪をしていた。白銀の髪はハイラント王国の王族であることを証明していることに間違いはなかった。
王国の重鎮たちが騒いでいるのは、生まれたばかりの少女が持つ金色の髪についてだった。
この時のハイラント王国では、過去のある事件から金色の髪は忌みすべき存在であるという考えを持っていた。そのため、王族となる少女が金色の髪を持つことは強烈な衝撃として瞬く間に王城へと広まっていった。
「存在を隠すべきですッ!」
「何を言っているッ! この子はハイラント王国の王族だッ! 更に王位継承権を持つお方だぞッ!」
「金色の髪……それがこの国でどういった意味を持つか……それは全員が理解しているはずだッ!」
「――――ッ!」
金色と白銀の髪を持つ少女が誕生してから、ハイラント王国の王城には騒然とした時間が続いていた。あらゆる立場にある重鎮たちが謁見の間に集まり、沈黙を保つ国王の前で激論を交わしている。重鎮たちの意見では、少女の存在を隠すべきだとする勢いが強いのが現実であった。
「国王ッ、どうなさるつもりですかッ!」
「金色の髪を持つ王族……しかもそれが将来、王の座につく可能性があるなど……国民が納得するとは思えませんッ!」
「そうですぞ。王国はまだあの事件の傷が癒えていない、私はあの子の存在は隠すべきだと進言致します」
「…………」
重鎮たちの言葉を目を閉じ、唇を噛み締めながら聞いていた国王。
眉間に皺を寄せた国王は、ゆっくりと目を開くと閉ざしていた口を開いていく。
「あの子は紛れもなく私の子供である。それは、ハイラント王国の正統な王族であり、それに違いはない」
「――――」
国王の言葉にあれだけの激論を交わしていた重鎮たちも口を閉ざして耳を傾けている。どれだけの議論を交わそうが、ハイラント王国において国王の決定こそが絶対なのである。
「今、この国は凄惨たる出来事から復興する道程の半ばであることも理解している。だからこそ、あの子の姿を見て取り乱す気持ちも痛いほど分かる」
「…………」
「これは苦渋の決断である。生まれてきた愛娘に罪はない。しかし、私は国王という立場からあの子を王位の継承者として公表することを控えようと思う」
国王の言葉に重鎮たちの表情が僅かに曇る。
先ほどまで感情を剥き出しにして議論を交わしていた重鎮たちであったが、実際に国王の言葉としての決定を聞かされたことで、その心に鈍い痛みを感じざるを得ない。
希望を持って、期待を背負って生まれた少女はこの瞬間に過酷な運命を決められてしまったのである。
自分が生まれた国においてその存在を隠される。
それがどれだけ残酷なことであるのか――重鎮たちは国王からの言葉を聞いて、今はまだ泣き叫ぶことしか出来ない子供が背負う運命に思いを馳せる。
「……王国のためです。私は国王の判断を尊重致します」
重鎮の一人が漏らした言葉。
それに続く言葉が発せられることはなかったが、今この瞬間を持ってハイラント王国に生を受けた少女の運命が決まったのである。
◆◆◆◆◆
「はぁ……退屈だなぁ……」
金色と白銀の色を持つ髪を持った少女が誕生してから、十数年の時が経過しようとしていた。ハイラント王国は着実に復興の道を歩み、今では人々の笑みが見える明るく平和な国へと姿を変えようとしていた。
そんな王国の中心に存在する王城の中。
狭い世界の中で一人の少女は退屈そうに言葉を漏らしていた。
「……リーシアお嬢様。あまり勝手に行動をされては困ります」
「えー、外に出ちゃいけないんだから、お城の中くらい歩いたっていいじゃない」
「しかし……」
「もぉー、本当にルイーズって気が利かないよねー」
リーシア・ハイラント。
本来であるならば、王位継承権の第一位である少女・リーシアは自らが持つ髪に金色が混じっているという理由から、ハイラント王国にて存在を抹消された。
そのため、彼女はハイラントの王城から一歩も外に出たことはなく、代わり映えのしない鳥籠での生活を強いられていた。彼女にはルイーズ・ウィリアというメイド長が専属で付き添われており、何をするにも彼女の監視を受けなければならなかった。
「国王からのご命令でありますから……」
「ふーん、お父さんのねぇ……娘には何もしないで、息子ばかり相手をする人の命令ねぇー」
「…………」
リーシアが生まれてから数年後。
ハイラント王国に正統な王位継承者が誕生した。
白銀の髪を持つ元気な男の子は、生まれた瞬間に国民へ大々的に公表された。
その瞬間、リーシアの弟にあたる少年が将来の国王として国民に認知されることになり、その様子をリーシアは王城の中に存在する自室で目の当たりにすることとなった。
物心ついた時から隠されて生活してきたリーシアにとって、晴れやかな舞台に立つ弟の姿を見て、なんら感情を持たなかったといえば嘘になる。
国の王になりたいなどとは考えてはいない。少女はただ、普通の女の子としての生活に憧れていたのだ。
「はぁ……退屈だなぁ……本当に退屈だなぁ……」
「お嬢様。そろそろお部屋に戻る時間ですよ」
「…………」
「さぁ、行きましょう」
「はいはーい」
ルイーズの言葉にリーシアは不満げに返事をすると自室へと向けて歩き出す。
「お部屋に戻った後はお勉強の時間です」
「えー、勉強するのーッ!?」
「はい。これも国王からのご命令でございます」
「むぅ……」
ルイーズの言葉に不満であることを隠そうともしないリーシア。
「ねぇ、ルイーズ?」
「……はい」
「もうお部屋はすぐそこだし……戻ったらちゃんとお勉強するから、ちょっと飲み物を持ってきてくれない?」
「…………」
「お願いッ! ちゃんとお勉強するからッ!」
「……分かりました。しっかりとお部屋に戻ってくださいね」
リーシアの必死なお願いを前に、メイド長であるルイーズはため息混じりに承諾してくれる。そしてくるりと踵を返すとルイーズは歩き始める。
「にししッ……作戦成功ッ!」
遠ざかっていくルイーズの姿を見て、リーシアは悪戯な笑みを浮かべると自室には戻らず王城の中を散策し始めてしまう。王城の中では誰にも見つからないように細心の注意を払い、リーシアは自分が見たことない世界を見るために歩き続ける。
「やっぱりお城って広いんだなぁ……」
キョロキョロと周囲を見渡し、瞳を輝かせるリーシア。彼女の人生において、誰の監視も受けずに一人で歩くことは初めての体験だった。
自由であることが新鮮であり、今の自分ならばなんでも出来るんじゃないかと錯覚してしまうほどである。軽やかな身のこなしで姿を隠しながら、リーシアは王城の中を隅から隅まで歩き続ける。
「下に続く階段がある……」
王城の中でも一際静寂に包まれた場所。そこに地下へ続く階段が存在していた。
好奇心に心を踊らせたリーシアは恐れを知らず、真昼間にも関わらず深い影が支配する地下室へと歩を進めていく。後に、この決断こそが彼女の運命を再び大きく変えることになるのだが、この時のリーシアはそんなことを知る由もなかったのである。
◆◆◆◆◆
「く、暗いッ……寒いッ……」
階段を下り始めてからしばらくの時間が経過した。
しかし、未だに最下層へは到達しておらず、リーシアはただひたすらに長い螺旋階段を下り続けていた。さすがのリーシアも不安が胸中を過るのだが、ここまで来て引き返す訳にもいかないと進み続ける。
「何か出そうなんだけどぉ……うぅ……やっぱり、大人しく部屋に戻ってた方がよかったかなぁ――」
『――迷いし小娘よ』
「ひゃあああぁぁぁぁッ!?」
突如として脳内に響いた声音。
それに驚いたリーシアは大声を上げて駆け足で階段を下りていってしまう。
『――そうだ。そのまま進め』
「いやああぁぁッ! な、なんなのこの声ッ!?」
どれだけ歩を進めても声が消えることはなかった。
走り続けた先、リーシアは広い空間へと飛び出していた。
「はぁ、はあぁ……コ、ココは……?」
『――よく来た。呪われし少女よ』
「――――ッ!?」
ハイラント王国の地下に広がるのは薄暗い石造りの空間だった。
幾つか存在する松明の灯りだけが照らす空間の中に、リーシアは一人で存在していた。
脳裏に響く声の主はどこにも見つけることは出来ない。
『――私はココにいる』
その声が導く先。そこには石造りの壁に描かれた『竜』の石碑が存在していた。
リーシアの脳裏に語りかけてくる声の主。それは石碑に描かれた竜のものなのであった。
初代剣姫であるリーシア・ハイラントが放つのは眩い輝きを纏った強烈なる斬撃だった。
砂塵の防壁で行われている試練。それに立ち向かう現代剣姫のシルヴィアの前に立ち塞がったのは初代剣姫・リーシアであった。どこか大人びた容姿をしており、金色と白銀が入り混じった髪色が特徴的なリーシアを前に、シルヴィアは苦戦を強いられていた。
人間としても、騎士としても、剣姫としてもシルヴィアはリーシアに勝っている部分が存在してはおらず、どれだけ剣を振ろうともそれが彼女に届くことはなかった。
「――――」
リーシアが持つ聖剣から放たれた斬撃は大地を揺るがしながらシルヴィアへと接近する。
その瞬間、シルヴィアは頭で考えるよりも先に身体が動こうとしていた。それは本能的な恐怖がさせる行動であり、迫る斬撃を受け止めることは出来ず、直撃すれば間違いなく命を落とすという確信があったからだった。
「――――ッ!?」
シルヴィアの判断は正しく、通常であるならば攻撃を躱すことは容易であったはずである。しかし、シルヴィアが対峙しているのは初代剣姫・リーシアである。彼女が放つ強烈な一撃はシルヴィアに回避する時間を与えてはくれなかった。
シルヴィアの視界が眩い輝きに包まれる。
全身が浮遊する感覚。全ては純白に染まる世界の中で、シルヴィアは見覚えのない光景を目の当たりにするのであった。
◆◆◆◆◆
これはハイラント王国に生を受けた一人の少女の物語。
後に『剣姫』と呼ばれる少女が歩んできた確かな記憶の物語である。
◆◆◆◆◆
「なんということだ……」
「どうして、こんなことになってしまったのだッ!」
「金色の髪……国にとって忌みすべき存在に違いはないッ……」
在りし日のハイラント王国。
この日、王国は歓喜の喝采に包まれるはずであった。
新たなる王位継承者の誕生を迎え、ハイラント王国の王城に住まう人々は歓喜の渦に飲み込まれようとしていた。しかしそれも、誕生した少女の姿を見て一変してしまうのであった。
「王族に金色の髪を持つ者が居るなどあってはならないッ!」
「しかしッ、生まれてきた子供に罪はないッ!」
後の未来にハイラント王国の王女として君臨するはずだった少女は、金色と白銀に輝く髪をしていた。白銀の髪はハイラント王国の王族であることを証明していることに間違いはなかった。
王国の重鎮たちが騒いでいるのは、生まれたばかりの少女が持つ金色の髪についてだった。
この時のハイラント王国では、過去のある事件から金色の髪は忌みすべき存在であるという考えを持っていた。そのため、王族となる少女が金色の髪を持つことは強烈な衝撃として瞬く間に王城へと広まっていった。
「存在を隠すべきですッ!」
「何を言っているッ! この子はハイラント王国の王族だッ! 更に王位継承権を持つお方だぞッ!」
「金色の髪……それがこの国でどういった意味を持つか……それは全員が理解しているはずだッ!」
「――――ッ!」
金色と白銀の髪を持つ少女が誕生してから、ハイラント王国の王城には騒然とした時間が続いていた。あらゆる立場にある重鎮たちが謁見の間に集まり、沈黙を保つ国王の前で激論を交わしている。重鎮たちの意見では、少女の存在を隠すべきだとする勢いが強いのが現実であった。
「国王ッ、どうなさるつもりですかッ!」
「金色の髪を持つ王族……しかもそれが将来、王の座につく可能性があるなど……国民が納得するとは思えませんッ!」
「そうですぞ。王国はまだあの事件の傷が癒えていない、私はあの子の存在は隠すべきだと進言致します」
「…………」
重鎮たちの言葉を目を閉じ、唇を噛み締めながら聞いていた国王。
眉間に皺を寄せた国王は、ゆっくりと目を開くと閉ざしていた口を開いていく。
「あの子は紛れもなく私の子供である。それは、ハイラント王国の正統な王族であり、それに違いはない」
「――――」
国王の言葉にあれだけの激論を交わしていた重鎮たちも口を閉ざして耳を傾けている。どれだけの議論を交わそうが、ハイラント王国において国王の決定こそが絶対なのである。
「今、この国は凄惨たる出来事から復興する道程の半ばであることも理解している。だからこそ、あの子の姿を見て取り乱す気持ちも痛いほど分かる」
「…………」
「これは苦渋の決断である。生まれてきた愛娘に罪はない。しかし、私は国王という立場からあの子を王位の継承者として公表することを控えようと思う」
国王の言葉に重鎮たちの表情が僅かに曇る。
先ほどまで感情を剥き出しにして議論を交わしていた重鎮たちであったが、実際に国王の言葉としての決定を聞かされたことで、その心に鈍い痛みを感じざるを得ない。
希望を持って、期待を背負って生まれた少女はこの瞬間に過酷な運命を決められてしまったのである。
自分が生まれた国においてその存在を隠される。
それがどれだけ残酷なことであるのか――重鎮たちは国王からの言葉を聞いて、今はまだ泣き叫ぶことしか出来ない子供が背負う運命に思いを馳せる。
「……王国のためです。私は国王の判断を尊重致します」
重鎮の一人が漏らした言葉。
それに続く言葉が発せられることはなかったが、今この瞬間を持ってハイラント王国に生を受けた少女の運命が決まったのである。
◆◆◆◆◆
「はぁ……退屈だなぁ……」
金色と白銀の色を持つ髪を持った少女が誕生してから、十数年の時が経過しようとしていた。ハイラント王国は着実に復興の道を歩み、今では人々の笑みが見える明るく平和な国へと姿を変えようとしていた。
そんな王国の中心に存在する王城の中。
狭い世界の中で一人の少女は退屈そうに言葉を漏らしていた。
「……リーシアお嬢様。あまり勝手に行動をされては困ります」
「えー、外に出ちゃいけないんだから、お城の中くらい歩いたっていいじゃない」
「しかし……」
「もぉー、本当にルイーズって気が利かないよねー」
リーシア・ハイラント。
本来であるならば、王位継承権の第一位である少女・リーシアは自らが持つ髪に金色が混じっているという理由から、ハイラント王国にて存在を抹消された。
そのため、彼女はハイラントの王城から一歩も外に出たことはなく、代わり映えのしない鳥籠での生活を強いられていた。彼女にはルイーズ・ウィリアというメイド長が専属で付き添われており、何をするにも彼女の監視を受けなければならなかった。
「国王からのご命令でありますから……」
「ふーん、お父さんのねぇ……娘には何もしないで、息子ばかり相手をする人の命令ねぇー」
「…………」
リーシアが生まれてから数年後。
ハイラント王国に正統な王位継承者が誕生した。
白銀の髪を持つ元気な男の子は、生まれた瞬間に国民へ大々的に公表された。
その瞬間、リーシアの弟にあたる少年が将来の国王として国民に認知されることになり、その様子をリーシアは王城の中に存在する自室で目の当たりにすることとなった。
物心ついた時から隠されて生活してきたリーシアにとって、晴れやかな舞台に立つ弟の姿を見て、なんら感情を持たなかったといえば嘘になる。
国の王になりたいなどとは考えてはいない。少女はただ、普通の女の子としての生活に憧れていたのだ。
「はぁ……退屈だなぁ……本当に退屈だなぁ……」
「お嬢様。そろそろお部屋に戻る時間ですよ」
「…………」
「さぁ、行きましょう」
「はいはーい」
ルイーズの言葉にリーシアは不満げに返事をすると自室へと向けて歩き出す。
「お部屋に戻った後はお勉強の時間です」
「えー、勉強するのーッ!?」
「はい。これも国王からのご命令でございます」
「むぅ……」
ルイーズの言葉に不満であることを隠そうともしないリーシア。
「ねぇ、ルイーズ?」
「……はい」
「もうお部屋はすぐそこだし……戻ったらちゃんとお勉強するから、ちょっと飲み物を持ってきてくれない?」
「…………」
「お願いッ! ちゃんとお勉強するからッ!」
「……分かりました。しっかりとお部屋に戻ってくださいね」
リーシアの必死なお願いを前に、メイド長であるルイーズはため息混じりに承諾してくれる。そしてくるりと踵を返すとルイーズは歩き始める。
「にししッ……作戦成功ッ!」
遠ざかっていくルイーズの姿を見て、リーシアは悪戯な笑みを浮かべると自室には戻らず王城の中を散策し始めてしまう。王城の中では誰にも見つからないように細心の注意を払い、リーシアは自分が見たことない世界を見るために歩き続ける。
「やっぱりお城って広いんだなぁ……」
キョロキョロと周囲を見渡し、瞳を輝かせるリーシア。彼女の人生において、誰の監視も受けずに一人で歩くことは初めての体験だった。
自由であることが新鮮であり、今の自分ならばなんでも出来るんじゃないかと錯覚してしまうほどである。軽やかな身のこなしで姿を隠しながら、リーシアは王城の中を隅から隅まで歩き続ける。
「下に続く階段がある……」
王城の中でも一際静寂に包まれた場所。そこに地下へ続く階段が存在していた。
好奇心に心を踊らせたリーシアは恐れを知らず、真昼間にも関わらず深い影が支配する地下室へと歩を進めていく。後に、この決断こそが彼女の運命を再び大きく変えることになるのだが、この時のリーシアはそんなことを知る由もなかったのである。
◆◆◆◆◆
「く、暗いッ……寒いッ……」
階段を下り始めてからしばらくの時間が経過した。
しかし、未だに最下層へは到達しておらず、リーシアはただひたすらに長い螺旋階段を下り続けていた。さすがのリーシアも不安が胸中を過るのだが、ここまで来て引き返す訳にもいかないと進み続ける。
「何か出そうなんだけどぉ……うぅ……やっぱり、大人しく部屋に戻ってた方がよかったかなぁ――」
『――迷いし小娘よ』
「ひゃあああぁぁぁぁッ!?」
突如として脳内に響いた声音。
それに驚いたリーシアは大声を上げて駆け足で階段を下りていってしまう。
『――そうだ。そのまま進め』
「いやああぁぁッ! な、なんなのこの声ッ!?」
どれだけ歩を進めても声が消えることはなかった。
走り続けた先、リーシアは広い空間へと飛び出していた。
「はぁ、はあぁ……コ、ココは……?」
『――よく来た。呪われし少女よ』
「――――ッ!?」
ハイラント王国の地下に広がるのは薄暗い石造りの空間だった。
幾つか存在する松明の灯りだけが照らす空間の中に、リーシアは一人で存在していた。
脳裏に響く声の主はどこにも見つけることは出来ない。
『――私はココにいる』
その声が導く先。そこには石造りの壁に描かれた『竜』の石碑が存在していた。
リーシアの脳裏に語りかけてくる声の主。それは石碑に描かれた竜のものなのであった。
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