終末の異世界と大罪のグリモワール ~英霊は異世界で斯く戦えり~

桜葉

第五章23 砂塵の試練Ⅻ:初代剣姫の誕生

『――よく来た。呪われし少女よ』

 金色の髪を持っている。

 ただそれだけの理由で、王族でありながら国民から存在を隠されることとなった少女・リーシア。過去のハイラント王国は、ある凄惨な事件の直後という微妙な時期にあり、その元凶が金色の髪を持っていた理由から、国民の間で『金色の髪』に対する強い忌避感が存在していた。

 そんな国内の情勢を見て、ハイラント王国の王であり、リーシアの父である現国王はリーシアの存在を国民から隠すことを決めた。その直後、リーシアの弟が誕生したことで、ハイラント王国は正式な王位継承者を得ることに成功し、一人の少女の運命を犠牲にすることでその後に続く平穏を手に入れたのであった。

『――私はココにいる』

 そんな悲劇的な運命を生まれた瞬間から決定付けられた少女・リーシアは、存在を隠されながらもハイラント王国で成長を続けていた。

 金色と白銀の髪。

 生まれてから十数年。赤ん坊だったリーシアは立派な少女へと成長した。好奇心旺盛で快活なリーシアは、窮屈な生活から抜け出すためにメイド長であるウイーズ・ウィリアを騙す形で自由を得ることが出来た。

 生まれて初めて監視のない状態で行動することを許されたリーシアは、ハイラント王国の地下に広がる謎の空間へと迷いこんでしまった。

「だ、誰ッ……!?」

『――どこを見ている。私はココだ』

「――ッ!?」

 ハイラント王国の地下に広がる空間。
 暗闇が支配する空間を照らしているのは、壁に取り付けられた幾つかの松明だけ。

 その空間へと迷いこんだリーシアは、自らの脳内に直接語りかけてくる存在に驚きを隠せないでいた。

「も、もしかして……貴方なの……?」

『そうだ。私はココに居る』

「で、でも……そんなこと……」

『私は神竜と呼ばれる存在である。この世界を見守り、守護する存在』

「…………」

 薄暗い地下空間。
 松明の灯りが照らすのは、壁一面に描かれた巨大な竜の壁画であった。

 ただの壁画であるはずの存在が、リーシアへ言葉を投げかけている。信じられないものを見たと驚きに表情を歪ませるリーシアは、口をわなわなと震わせると、一歩、また一歩と壁画に近づいていく。

「……ほ、本当に貴方が喋ってるの?」

『そうだと言っている。迷い込んだ貴様へ、私が言葉を投げかけている』

「…………」

 壁画へ近づくリーシアは、その瞳を竜から離すことなくその手で壁画に触れていく。

 存在を確かめるように何度も何度も壁画へ触れるリーシア。手のひらには冷たい壁の感覚だけが返ってくるばかりであり、ずっと王城という名の鳥籠に閉じ込められていたリーシアは、自らが体験している不思議な事態に胸が高鳴っているのを感じていた。


「す、す、す………………すごーーーーーーーーーいッ!」


 高鳴る鼓動を抑えることが出来ず、リーシアは地下空間で大声を上げて歓喜の言葉を漏らす。

「壁が喋るなんて聞いたことないッ、ていうか竜が喋るなんてビックリなんだけどッ!」

『…………』

「ねぇねぇ、もっとお話をしようよッ! 私、もっと貴方とお話したいッ!」

 瞳をキラキラと輝かせるリーシアが見せる怒涛の言葉に、壁画の竜も絶句を禁じ得なかった。今まで、リーシアと同じように地下空間へと迷いこんできた人間は何人か存在していた。しかし、竜の言葉を聞いた瞬間に全員が踵を返して逃げ出した。

 しかし、竜の眼前に存在する少女は違った。
 恐れを知らず、竜の声に心を踊らせている始末だ。

『…………』

 壁画に描かれた竜は世界を守護する存在である。

 この世界に住まう全ての人間を見守っており、世界が抱える全てのことを知っている存在である。だからこそ、壁画の竜は眼前に立つ少女が置かれている状況もしっかりと理解していた。

「あれっ? 喋らなくなっちゃったッ!? おーい、竜さーーんッ!」

『…………』

 自分ではどうすることも出来ない運命に翻弄された少女・リーシア。

 このように生まれながらにして過酷な運命を決定付けられた人間は珍しくない。壁画の竜にとっても、眼前に立つ少女に対して特別な想いを抱くことはなかったはずである。

 しかし、そんな竜の思惑や予想を裏切るリーシアの言動や行動に驚きを隠すことが出来なかった。

『――小娘よ』

「わっ!? 急に喋ったからビックリしたッ!」

『……小娘よ、自由が欲しいか?』

「…………自由?」

 それは壁画の竜の気まぐれだった。

 このまま鳥籠の中で飼われ続けその一生を終えるだろう少女に、壁画の竜は気まぐれでチャンスを与えようとしていた。

『貴様の背後に一本の剣が見えるか?』

「……剣?」

 竜の言葉に背後を振り返るリーシア。

 すると、先ほどまでは存在していなかった場所に一本の両刃剣が地面に突き刺さる形で存在していた。その剣はリーシアの背丈と同じくらいの大きさをしており、刀身は鈍色に輝き、持ち手部分は金色に輝いている。

『剣を愛し、剣に愛される素質がもし存在しているのなら、その剣は小娘のものとなり、自由を約束してくれるだろう』

「……もし、素質ってのが無かったら?」

『……その時は小娘よ、お前の身体は容易く弾けて死ぬこととなるだろう。その剣が持つ力というのは絶大である。素質が無ければその膨大な力によって命を落とす』

「……………………」

 壁画の竜が告げる言葉に絶句するリーシア。
 少女の心臓は痛いくらいに強く鼓動を刻んでおり、額、手のひらには玉のような汗が浮かんでいる。

 突如として眼前に現れた究極の選択。

 勝てば喉から手が出るほどに欲していた自由が手に入る。
 しかし、負ければその命を落とすこととなる。

『どうする? その剣を握ってみるか?』

「…………」

 竜の言葉に背中を押されるようにして、リーシアは地下空間の中心に存在する両刃剣へと近づいていく。一歩ずつゆっくりと、しかし確かな足取りで剣へと近づくリーシアの心は既に決まっていた。

「……私、やってみる」

『命を落とすかもしれないぞ?』

「それでもやる。もし、ここで逃げたら何も変わらないから。今と何も変わらないのなら、それは死んでいるのと一緒だと思うから」

『――――』

 少女が口にするのは強い覚悟だった。

 自分の命を賭けてでも、少女は自由を渇望していた。彼女には物心ついた時から抱く夢があった。それは、この世界を自分の目で見ること。一度も外にすら出たことのない少女は外の世界に強い憧れを抱いているのだ。

「私は絶対に自由を手に入れる。そのチャンスが目の前にあるなら……チャレンジするッ」

 手を伸ばせば剣に触れることが出来る。そんな距離にまで接近したリーシアは、声を震わせながらも自分を鼓舞する。

「――――ッ!?」

 リーシアの腕が剣に触れる。
 すると、突如として薄暗かった地下空間に眩い輝きが満ちていく。

 それはリーシアが握った剣から溢れる光であり、聖なる輝きに全身を包まれるリーシアは驚きに言葉を漏らすことが出来ず、ただ身を任せ続ける。


『剣を愛し、剣に愛される者よ』


 右も左も、下も上も分からない状況において、そんな声音がリーシアの鼓膜を震わせた。

 それは壁画の竜が発したもので間違いはないのだが、しかし今までと決定的に違う部分が一つだけ存在していた。これまでは脳内に直接語りかけていた竜の声音が、今ではしっかりと鼓膜を震わせるようになっていた。

 そんな変化にリーシアは声を発しようとするのだが、しかし両手で握った剣から流れ込んでくる膨大な力の本流を前に口を開くことが出来ない。

『汝を我の新たなる主であると認めよう』

「竜……さんッ!?」

『剣を愛し、剣に愛される――剣姫たれッ!』

 眩い輝きが休息に収束していく。
 光が姿を消すと、再び地下空間は薄暗い闇に支配される。

「…………」

 驚きのあまり腰を抜かしたリーシアは、両手に握られた両刃剣の存在に絶句する。

「わ、私……生きてる……?」

『――その通りだ、主よ』

「ひゃあああああぁぁぁぁッ!?」

 独り言を呟いたリーシアの言葉に返答があった。地下空間に響く重低音に顔を上げるリーシアは、眼前に存在する『白銀の竜』を見て驚きの声を上げる。

 壁画に描かれているのではない、確かな存在として白銀の竜は存在していた。

『私は封印から放たれた。主のためならば、この力をいくらでも貸そう』

「あ、主って……私のこと……?」

『……そうだ』

「う、ウソッ……本当に……?」

 白銀の竜と両手に握られた剣を交互に見るリーシア。

 剣から流れ込んでくる力で、身体は羽が生えたかのように軽い。信じられない事態が連続して襲ってきて、その結果に自由と力を手に入れたリーシア。

『剣を愛し、剣に愛される存在たれ。その力を持つ者を剣姫と呼ぶ』

「剣を愛し、剣に愛される……剣姫……」

 竜の言葉を頭に叩き込むリーシア。
 力と自由を手に入れた少女は、自分があるべき姿を心に刻む。

「――――なにッ!?」

 静寂が支配する中、突如として地面が大きく揺れ動く。

 巨大な地震が断続的に続き、ハイラント王国を何かしらの異常が襲っていることを瞬時に理解するリーシア。

「行かなくちゃッ!」

 それは瞬間的な判断だった。
 自分に過酷な運命を強いたハイラント王国。

 自分が生まれ育った国に危機が迫ろうとしていた。そんな予感が脳裏を過ぎった時、リーシアの身体は無意識の内に動き出していた。

 剣を愛し、剣に愛される存在・剣姫。
 新たな剣姫となった少女は、剣と同じかそれ以上に『人』を愛しているのであった。

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