終末の異世界と大罪のグリモワール ~英霊は異世界で斯く戦えり~

桜葉

第五章26 砂塵の試練ⅩⅤ:金色の悪意

「全員倒せばいいんだよね?」

 何者からの襲撃によって、ハイラント王国は壊滅的な打撃を受けていた。
 魔獣たちが城下町へと侵入を果たし、力なき国民の命を散らしていく。

 そんな混沌とした王国内において、騎士たちですら鎮圧が厳しい中で一人の少女が輝かしい功績を残そうとしていた。

『あまり油断をするな、主』

「分かってるってッ!」

 純白の甲冑ドレスを風に靡かせ、黄金に輝く聖剣を持ち城下町を駆けるのは、金色と白銀が混じった髪が印象的な少女・リーシアだった。

 彼女は王族としてハイラント王国に生まれ、しかし金色の髪を持っているという理由だけで存在を隠された過酷な運命を背負っていた。そんな少女は世界を守護する神竜との出会いによって、剣姫としての力を手に入れ、今では自分に過酷な運命を強いた王国のために戦っている。

『主、上だッ!』

「くッ……!」

 城下町に点々と存在する邪悪なる気配を追って進むリーシアの前には、人間の背丈を遥かに越える体躯をした魔獣たちが待ち受けていた。

 おぞましい咆哮を上げ、魔獣たちはまだ幼い少女相手にも手を抜くことなく、その鋭利な爪を振るってくる。

「はああああぁぁぁッ!」

 風を切って接近を果たそうとする魔獣の爪を寸前のところで躱し、必要最低限の動きだけで跳躍するリーシアは、両手に握った聖剣でその巨体を両断していく。

「――――ッ!」

 その身体を上半身と下半身の二つに両断された魔獣たちは、断末魔の声を上げて絶命していく。これで、リーシアが斬り伏せた魔獣は両手を使って数えることが難しい数へと変わっていた。

 視界に入る魔獣の全てを切り伏せるリーシアだが、まだ城下町に存在する禍々しい気配というものは消えてはいない。リーシアが立ち止まっている間にも、どこからか人々の悲鳴が木霊しており、少女は休む暇もなく走り続ける。

「次はあっちッ……」

 また近くで誰かの悲鳴が聞こえる。

 その声と魔獣が放つ気配を頼りに進むリーシアの視界に飛び込んでくるのは、今までにない巨体を誇った大型魔獣だった。

「――――ッ!」

 三階建ての民家と同等の背丈を持った大型魔獣は、眼前で怯える国民からリーシアへと視線を移す。リーシアが放つ力に反応した魔獣は咆哮を上げると大地を蹴って剣姫へが居る咆哮へと跳躍する。

「早く逃げてッ!」

 瞬く間の内に視界を埋め尽くす大型魔獣。
 今までの魔獣とは違い、激戦になると判断したリーシアは座り込む国民へ声をかける。
 鋭く響くリーシアの声音に襲われていた国民は我先にと王城を目指して走り出す。

「よしッ、いくよッ!」

 力なき国民が安全圏へと避難したことを見届け、リーシアはここで初めて大型魔獣へと意識を集中させる。

『今までのとは違うぞ』

「大丈夫ッ、今なら負ける気がしないからッ!」

『奴は空を飛ぶ。まずは翼を切れ』

「了解ッ!」

 リーシアが対峙する魔獣は二本足で立つ翼竜のような姿をしており、巨大な翼によって魔獣が空を飛ぶ能力を有していることは明らかだった。

「――ッ!」

 翼竜は咆哮を上げるとその巨体を宙に浮かせ、口を大きく開くと渦を巻く炎を吐き出してくる。

「火を吹いたッ!?」

『気をつけろッ!』

 少女の身体ならば容易に包み込むことが出来る炎渦を前に驚きを隠せないリーシアだが、瞬時に状況を理解すると地面を思い切り蹴って真横へと飛ぶ。

「あっぶなーーいッ!」

 人間が持つ身体能力を極限にまで高めた剣姫の力があったからこそ、リーシアは迫る炎渦を完璧に回避することができ、更に今度はこっちの番だと言わんばかりに跳躍すると民家の上へと登っていく。

「次はこっちッ!」

 ひとっ飛びで民家の屋根に登るリーシアは、再び跳躍することで上空で制止する翼竜へと近づいていく。弾丸のような速度で接近するリーシアの動きを、しかし魔獣はしっかりとその目で捉えていた。

『主ッ、退けッ!』

「……えっ?」

「――――ッ!」

 瞬速を活かしたリーシアの反撃。

 通常であるならばその姿を捉えることすら困難な状況のはずだったのだが、大型魔獣はすぐさま体勢を立て直すとその巨体を回転させる。

「きゃあああぁぁぁッ!?」

 翼竜の魔獣には長い尻尾が生えていた。

 もちろん、リーシアも尻尾の存在は気付いていたし、それを使って攻撃をしてくることを警戒もしていた。しかし、大型魔獣は中型に比べて動きが鈍足であることが常であり、剣姫となったリーシアの速度に対応することが出来ないという判断が甘かった。

「――――ッ!」

 大型魔獣は咆哮を上げると、その巨体を急速に回転させて尻尾による強烈な打撃をリーシアへと見舞っていく。瞬きをした次の瞬間には眼前に存在していた魔獣の尻尾に、さすがの剣姫でも回避することは出来ない。

 魔獣の攻撃が直撃したリーシアは凄まじい速度で地面へと打ち付けられてしまう。

『大丈夫か、主ッ!?』

 魔獣の攻撃が直撃したリーシアを、彼女に力を授けた神竜も心配する。

「いったぁーーーいッ!」

 神竜が最悪な結末を覚悟しようとした瞬間、粉塵の中からリーシアの甲高い声音が響き渡る。

「いやー、ビックリしたッ! あの魔獣、すごい早く動くんだね」

『……大丈夫か?』

「うーん、ちょっと身体が痛いくらいかな? 全然問題ないよ」

 普通の人間であるならば即死である攻撃を受けても、剣姫であるリーシアはほぼ無傷といっていい状態だった。さすがに剣姫といえど無傷では済まないと覚悟していた神竜は、自分が選んだ少女の素質に驚きを隠すことができなかった。

「もう一回、行ってみるッ!」

 神竜が言葉を失っている間にも、リーシアは再びの跳躍を見せる。

 先ほどと同じような動きで民家の壁を蹴って跳躍を繰り返し、再び屋上から翼竜の元へと飛ぼうとする。全く同じ動きを見せるリーシアに対して、魔獣は冷静に迎撃態勢を整えていく。

「――――ッ!」

 咆哮を上げた魔獣は再び身体を高速回転させると、長く伸びた尻尾で少女の身体を叩き落とそうとする。

「その攻撃は見切ったよッ!」

 空中では自由に動くことが出来ないはずのリーシアであったが、彼女の瞳はしっかりと魔獣の攻撃を捉えていた。

 自分の身体へと接近する尻尾の動きに合わせて、両手に持っていた剣を一閃する。

「――ッ!」

 それは刹那の攻防であり、二度目の衝突の軍配は甲冑ドレスを靡かせる少女に上がる。
 魔獣の咆哮が響き渡り、次の瞬間には城下町の大地へと巨大な尻尾が落下する。

 剣姫であるリーシアは接近する尻尾の動きやタイミングを完璧に見切り、向こうからやってくる尻尾に対して必要最低限の力だけで剣を振るう。魔獣が持つ尻尾はほぼ全面が固い鱗で覆われているのだが、そんな尻尾にも存在する柔らかい部分をたった一撃を受けたことで見抜いたリーシアは、全神経を研ぎすませて一瞬の内に両断したのであった。

「よしッ!」

 魔獣が苦しげな咆哮を上げて地面へと落下していくのを見届けたリーシアは、体内から溢れ続ける力を両手に持つ剣へと集中させていく。

「――聖なる剣輝シャイニング・ブレイドッ!」

 それは剣姫だけが持ち得る絶対の一撃。
 黄金の剣から放たれる強烈な斬撃は周囲に存在する民家を破壊しながら魔獣へと殺到していく。

「――――ッ!」

 三階建ての民家と同等の背丈を持つ大型魔獣。
 その魔獣すらも飲み込む絶大な力を秘めた一撃。
 聖なる輝きは魔獣を飲み込み、そして瞬く間の内に絶命させるのであった。

「ふぅ……こんなもんかな?」

『想定以上だと言わざるを得ないな、主』

「え、想定以上って何が?」

『いや、ただの独り言だ』

 生まれながらにして鳥籠に幽閉されていた少女・リーシア。

 彼女が持つ潜在的な騎士としての才能と、神竜が与えし剣姫の力が重ね合わさることで、リーシア・ハイラントはハイラントで最も力を持つ存在へと変貌を遂げようとしていた。

「魔獣の数は減ってきたかな……」

『あぁ……それは間違いない。しかし、まだ大きな反応を感じる』

「……街の中心の方……あっちからすごい力を感じる」

『……行くのか?』

「もちろん。この反応を消さないと、戦いは終わらないと思う」

 これだけの魔獣を倒したのである。
 ただ一人の少女が上げる戦果としては申し分なさ過ぎる功績である。

 しかし、リーシアは城下町に佇む巨悪の存在を察していた。
 険しい表情を浮かべたリーシアは再び城下町を疾走すると、街の中心部を目指していく。

 生まれながらにして存在を隠された少女。

 どうしてそこまでして王国を守ろうとするのか。彼女は大切な人を守るためだと力強く宣言した。しかし、その考えを神竜はまだ理解することが出来ないでいた。

『主が行くと決めたのなら、私は反対しない』

「ありがと、竜さん」

『しかし、過酷な戦いになることは間違いない。覚悟をするんだ』

「分かってるってッ!」

 神竜の言葉にもリーシアは軽く返事をすると、街の中心部へと急ぐ。
 少女が進む先。

 そこには得体の知れない巨大な気配が待っているのは間違いない。
 近づく度に肌を突き刺すヒリヒリした感覚を覚えながらも、少女の足は止まることがないのであった。

◆◆◆◆◆

「あー、誰が邪魔してるのかと思ったら、もしかして君?」

 街の中心部へと到達したリーシアの眼前に立っていたのは、金色の髪と紅蓮の瞳が印象的な少年だった。

 気怠げな表情と抑揚のない声音を漏らす少年は、飛び込んできたリーシアを見るなり不愉快そうに表情を歪ませる。

「お、男の子……?」

「はぁ……なんで邪魔してくれるのかなー」

 リーシアの言葉に反応することなく、少年は自分勝手に話を続ける。

「もうちょっとでこの国の人間、全員殺せそうだったのに」

「…………」

「まさか俺の計画が邪魔されるなんて、想定外もいいところだよ」

「貴方がこの国を襲った犯人?」

「まぁ、その通りだね。こんな国は滅びてしまえばいいんだよ。だからさ、邪魔しないでくれるかな?」

 リーシアの問いかけに簡単に答える少年は気怠げな声音の中に確かな殺意を込めて、少女へ立ち去るように要求してくる。

「ダメだよ。君がこの国を襲ってるって言うのなら、私はそれを止めないといけない」

『……主よ、この少年からは魔竜の気配を感じる。退くんだ』

 リーシアの言葉に神竜が声を発する。

 神竜はかつて世界を滅ぼそうとした魔竜の気配を少年から感じていたのであった。いくら剣姫としてここまで一騎当千の活躍をしたリーシアでも、魔竜の力を秘める謎の少年を相手にするのは無謀であると確信を持っていたからである。

「ううん。私は逃げない」

『しかし……』

「大丈夫。私は絶対に負けないから」

 たとえその命を犠牲にしようとも、リーシアには守るべき存在がこの国に居る。
 ただそれだけの理由が、少女に凶悪な存在にも立ち向かう勇気を与えてくれるのであった。

「誰と話しているのかは知らないけど、そんなに死にたいのなら……今ココで殺してあげるよ」

 決意した少女と対峙するのは、金色の髪を靡かせる謎の少年。
 絶望のハイラント王国を舞台にした戦いはまだ始まったばかりなのであった。

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