終末の異世界と大罪のグリモワール ~英霊は異世界で斯く戦えり~
第五章15 砂塵の試練Ⅳ:希望の狼煙
「どうした、もう終わりか?」
アケロンテ砂漠に存在する砂塵の防壁。
その内部では英雄として名を馳せた青年と、その息子による死闘が繰り広げられていた。
ライガが対峙するグレオ・ガーランドは青年の姿をしており、それはライガも知らない父の若き日の姿であった。
 若き頃のグレオ。
 それは英雄が全盛期の状態であることを指しており、砂塵がライガに突きつける試練はその英雄を討ち倒すものだった。ライガにとって非情に厳しい試練であることは間違いなく、しかしライガにはこの試練を乗り越え、バルベット大陸の西方へと進まなくてはならない理由があった。
「はぁ、はあぁ……ぐっ……はあぁ……この程度で終わる訳ねぇだろ……親父……」
「……そうか。どうしてお前はそこまでして、立ち上がる?」
「俺には助けたい友達がいるんだよ……」
「…………」
グレオの戦いによって、ライガの全身は見るも無残な様子へと変わり果ててしまっていた。父であり、英雄であるグレオという存在はいつもライガの前を歩いており、その存在を越えることこそがライガの悲願でもあった。
「そこまでして助けたい存在があるのは、とてもいいことだ。俺とは違うな」
「という訳なんで……とっとと決着をつけようぜ……親父」
「あまり死に急ぐことはないと思うがな」
グレオが持つ神剣・ボルガは業炎を自在に操る能力を有しているだけではなく、その刀身に触れた瞬間に爆発するという特殊能力を持っていた。剣による戦いにおいて、その能力は絶大な力を持っていることは間違いない。
「――ッ!」
刀身に触れて爆発するならば、グレオの剣を回避して本体に直接ダメージを与えるしかない。
ライガは自分の身に纏った『風の武装魔法』によって得た絶対的な速度を武器に、超速でグレオとの距離を詰めていく。スピードだけならばグレオを圧倒しているライガは、唯一の武器を活用することで活路を見出そうとしている。
「ふむ、早いな。しかし、直線的な動きだけでは読まれてしまうぞ?」
「――んなッ!?」
真正面から斬りかかると見せかけて、直前で直角に曲がっていく。そしてグレオの側面から大剣を振るっていく。
この間は瞬きの瞬間であったはずなのだが、グレオが言うように直線的な動きに終始しているため動きを読まれやすく、ライガが振るった剣は非情にもグレオに防がれてしまう。
「ぐッ!?」
「これで何度目だ? 少しは頭を使え」
剣と剣が衝突した際に生じる甲高い剣戟の音が響き渡り、それに少し遅れる形で強烈な爆発音が周囲に響き渡る。
グレオとライガ。
二人の身体を包むのは爆発によって発生した煙であり、そこから飛び出してくるのは全身に新たな傷を刻み込まれたライガだった。
「はぁ、はあぁ……ぐぁッ……」
「熱いか? 痛いか?」
「あったりまえだろうがッ……」
「今の動きが全力だと言うのなら……これ以上の戦いは止めておいた方がいい」
「…………」
「お前が立ち向かってくるのならば、俺はそれを斬り伏せなければならない。今の俺には父親としての自覚なんてものは存在しないが、それでもまだ見ぬ息子をこの手で殺したくはない」
「…………」
それは英雄からの警告であった。
今のライガでは眼前に立ち塞がる英雄を討つことはできない。
「友を助けたいという気持ちは痛いくらいに伝わってきた。助けるための手段なら、他にもあるかもしれない。それを探すためにここは退くという選択も大事なのではないか?」
数え切れないほどの爆発を間近で受けたライガの身体は、誰が見ても限界であると言えた。度重なるダメージによって衣服はボロボロに崩壊しており、外気に晒された生身の肌はあちこちに重度の火傷を負っている。
「今ここで死んでしまっては、大切な友を助けることも出来ないんだぞ?」
「………………」
ライガの鼓膜を震わせる英雄の声音は、とても甘いものに感じられた。
どうしても勝つことが出来ない。
ただでさえ、年老いた今のグレオにも勝つことが出来ないライガが、英雄として全盛期の状態である父を越えることなど不可能に近いことは最初から分かっていた。
それでも、どうしてもライガは砂塵が突きつける試練を突破しなくてはならず、一縷の望みを信じてここまで戦ってきた。
自分が持ち得るあらゆる手段を使った。しかし、英雄を越えることは出来なかった。
「……諦める、か」
言葉にしてしまえば簡単なものだった。
後はそれを決めるだけ。
「…………」
今ここで踵を返して歩き出したのならば、英雄・グレオは諦めた青年を見逃してくれるだろう。そして、そのまま真っ直ぐに進めばこの砂塵から抜け出すことも可能だろう。
脳裏に浮かぶのは、ここに至るまでの間で共に戦って来た『友』の姿だった。
自分の運命を大きく変えてくれた、親友とも呼べる存在――神谷 航大。
生意気な態度を隠そうともせず、しかし共に命を賭けて戦ってくれた幼女――リエル。
騎士である自分に初めて出来た部下であり、比類なき才能を秘めた少女――シルヴィア。
異国の騎士であり、ライガを支えて戦って来てくれた近衛騎士――エレス。
彼らなら試練を前にして逃げ出したライガを非難することはないだろう。
それならば逃げ出してしまえばいい。
ここまでライガはどんな困難にも諦めず立ち向かってきた。それならば、今ここで一度だけなら逃げ出してもいいのではないだろうか?
「さぁ、答えは出たか?」
「…………」
「お前は未来ある若者だ。またチャンスはある」
「…………」
グレオの言葉にライガは目を閉じる。
そして張り詰めていた緊張の糸を緩めようとした次の瞬間だった。
――本当にそれでいいんだな?
「――ッ!?」
突如として脳裏に響いた声音を、ライガはよく知っていた。
それは最も親しき友の声音であり、アステナ王国を救い、帝国ガリアで愛する者を助けるために命を張って長い眠りについている青年の声だった。
――本当に諦めちまうんだな?
「…………」
――本当にそれはライガ、お前が決めたことなんだな?
確かに脳裏へと響いた声音。
それは諦めようとしたライガの心へと確実に響いていた。
ここで諦めてしまうのは簡単だった。しかし、それでは友を救うことは出来ない。
眼前に迫った明確な『死』の予感に怖気づく心を破壊する友の声。
閉じられたライガの瞳は驚きと共に見開かれる。闇に閉ざされた視界に再びの光が灯った時、ライガの心は一つの答えを出していた。
「……そう、そうだよな。元々、諦めるなんて頭のいいこと出来るような男じゃなかったな」
「……ん?」
「いつから、俺はこんなに簡単に諦めるようになっちまってんだ、俺は……」
「…………」
「感謝するぜ、航大。お前のおかげで、俺はまだ戦えるッ!」
「――ッ!?」
胸中を支配していた負の感情は、最も親しい友の言葉によって消失した。
それならば、ライガがすべき行動はたったひとつ――眼前に立つ英雄を倒して先に進むことのみ。
地面を強く蹴り跳躍するライガ。
小細工なんか必要ない。
真正面からグレオへと斬りかかるライガに対して、険しい表情を浮かべるグレオもまたその場から一歩も動くことはない。
「――――」
二つの影が一つに重なった瞬間、何度目か分からない爆発音が周囲に轟く。
巨大な爆煙が視界を奪い、その後には静寂が残る。
「……なんだと?」
「へへッ……ようやく捕まえたぜ…………親父ッ!」
爆煙が晴れる。
中心にはグレオとライガが確かに存在しており、ライガの左手からは夥しい量の鮮血が溢れ出していた。剣を振るうライガを受け止めるグレオの構図。それに確かな変化が訪れたのだ。
グレオが振るう剣をライガは自らの左手で掴みに行く。
「……お前」
「勝負はこれからだッ!」
ライガの行動に驚きを隠せないグレオはライガが放つ斬撃に対して対応が遅れてしまった。
「――ッ!」
その遅れが致命的となってしまい、無事だったライガの右手に握られた神剣・ボルカニカがグレオの身体へと振り下ろされていくのであった。
アケロンテ砂漠に存在する砂塵の防壁。
その内部では英雄として名を馳せた青年と、その息子による死闘が繰り広げられていた。
ライガが対峙するグレオ・ガーランドは青年の姿をしており、それはライガも知らない父の若き日の姿であった。
 若き頃のグレオ。
 それは英雄が全盛期の状態であることを指しており、砂塵がライガに突きつける試練はその英雄を討ち倒すものだった。ライガにとって非情に厳しい試練であることは間違いなく、しかしライガにはこの試練を乗り越え、バルベット大陸の西方へと進まなくてはならない理由があった。
「はぁ、はあぁ……ぐっ……はあぁ……この程度で終わる訳ねぇだろ……親父……」
「……そうか。どうしてお前はそこまでして、立ち上がる?」
「俺には助けたい友達がいるんだよ……」
「…………」
グレオの戦いによって、ライガの全身は見るも無残な様子へと変わり果ててしまっていた。父であり、英雄であるグレオという存在はいつもライガの前を歩いており、その存在を越えることこそがライガの悲願でもあった。
「そこまでして助けたい存在があるのは、とてもいいことだ。俺とは違うな」
「という訳なんで……とっとと決着をつけようぜ……親父」
「あまり死に急ぐことはないと思うがな」
グレオが持つ神剣・ボルガは業炎を自在に操る能力を有しているだけではなく、その刀身に触れた瞬間に爆発するという特殊能力を持っていた。剣による戦いにおいて、その能力は絶大な力を持っていることは間違いない。
「――ッ!」
刀身に触れて爆発するならば、グレオの剣を回避して本体に直接ダメージを与えるしかない。
ライガは自分の身に纏った『風の武装魔法』によって得た絶対的な速度を武器に、超速でグレオとの距離を詰めていく。スピードだけならばグレオを圧倒しているライガは、唯一の武器を活用することで活路を見出そうとしている。
「ふむ、早いな。しかし、直線的な動きだけでは読まれてしまうぞ?」
「――んなッ!?」
真正面から斬りかかると見せかけて、直前で直角に曲がっていく。そしてグレオの側面から大剣を振るっていく。
この間は瞬きの瞬間であったはずなのだが、グレオが言うように直線的な動きに終始しているため動きを読まれやすく、ライガが振るった剣は非情にもグレオに防がれてしまう。
「ぐッ!?」
「これで何度目だ? 少しは頭を使え」
剣と剣が衝突した際に生じる甲高い剣戟の音が響き渡り、それに少し遅れる形で強烈な爆発音が周囲に響き渡る。
グレオとライガ。
二人の身体を包むのは爆発によって発生した煙であり、そこから飛び出してくるのは全身に新たな傷を刻み込まれたライガだった。
「はぁ、はあぁ……ぐぁッ……」
「熱いか? 痛いか?」
「あったりまえだろうがッ……」
「今の動きが全力だと言うのなら……これ以上の戦いは止めておいた方がいい」
「…………」
「お前が立ち向かってくるのならば、俺はそれを斬り伏せなければならない。今の俺には父親としての自覚なんてものは存在しないが、それでもまだ見ぬ息子をこの手で殺したくはない」
「…………」
それは英雄からの警告であった。
今のライガでは眼前に立ち塞がる英雄を討つことはできない。
「友を助けたいという気持ちは痛いくらいに伝わってきた。助けるための手段なら、他にもあるかもしれない。それを探すためにここは退くという選択も大事なのではないか?」
数え切れないほどの爆発を間近で受けたライガの身体は、誰が見ても限界であると言えた。度重なるダメージによって衣服はボロボロに崩壊しており、外気に晒された生身の肌はあちこちに重度の火傷を負っている。
「今ここで死んでしまっては、大切な友を助けることも出来ないんだぞ?」
「………………」
ライガの鼓膜を震わせる英雄の声音は、とても甘いものに感じられた。
どうしても勝つことが出来ない。
ただでさえ、年老いた今のグレオにも勝つことが出来ないライガが、英雄として全盛期の状態である父を越えることなど不可能に近いことは最初から分かっていた。
それでも、どうしてもライガは砂塵が突きつける試練を突破しなくてはならず、一縷の望みを信じてここまで戦ってきた。
自分が持ち得るあらゆる手段を使った。しかし、英雄を越えることは出来なかった。
「……諦める、か」
言葉にしてしまえば簡単なものだった。
後はそれを決めるだけ。
「…………」
今ここで踵を返して歩き出したのならば、英雄・グレオは諦めた青年を見逃してくれるだろう。そして、そのまま真っ直ぐに進めばこの砂塵から抜け出すことも可能だろう。
脳裏に浮かぶのは、ここに至るまでの間で共に戦って来た『友』の姿だった。
自分の運命を大きく変えてくれた、親友とも呼べる存在――神谷 航大。
生意気な態度を隠そうともせず、しかし共に命を賭けて戦ってくれた幼女――リエル。
騎士である自分に初めて出来た部下であり、比類なき才能を秘めた少女――シルヴィア。
異国の騎士であり、ライガを支えて戦って来てくれた近衛騎士――エレス。
彼らなら試練を前にして逃げ出したライガを非難することはないだろう。
それならば逃げ出してしまえばいい。
ここまでライガはどんな困難にも諦めず立ち向かってきた。それならば、今ここで一度だけなら逃げ出してもいいのではないだろうか?
「さぁ、答えは出たか?」
「…………」
「お前は未来ある若者だ。またチャンスはある」
「…………」
グレオの言葉にライガは目を閉じる。
そして張り詰めていた緊張の糸を緩めようとした次の瞬間だった。
――本当にそれでいいんだな?
「――ッ!?」
突如として脳裏に響いた声音を、ライガはよく知っていた。
それは最も親しき友の声音であり、アステナ王国を救い、帝国ガリアで愛する者を助けるために命を張って長い眠りについている青年の声だった。
――本当に諦めちまうんだな?
「…………」
――本当にそれはライガ、お前が決めたことなんだな?
確かに脳裏へと響いた声音。
それは諦めようとしたライガの心へと確実に響いていた。
ここで諦めてしまうのは簡単だった。しかし、それでは友を救うことは出来ない。
眼前に迫った明確な『死』の予感に怖気づく心を破壊する友の声。
閉じられたライガの瞳は驚きと共に見開かれる。闇に閉ざされた視界に再びの光が灯った時、ライガの心は一つの答えを出していた。
「……そう、そうだよな。元々、諦めるなんて頭のいいこと出来るような男じゃなかったな」
「……ん?」
「いつから、俺はこんなに簡単に諦めるようになっちまってんだ、俺は……」
「…………」
「感謝するぜ、航大。お前のおかげで、俺はまだ戦えるッ!」
「――ッ!?」
胸中を支配していた負の感情は、最も親しい友の言葉によって消失した。
それならば、ライガがすべき行動はたったひとつ――眼前に立つ英雄を倒して先に進むことのみ。
地面を強く蹴り跳躍するライガ。
小細工なんか必要ない。
真正面からグレオへと斬りかかるライガに対して、険しい表情を浮かべるグレオもまたその場から一歩も動くことはない。
「――――」
二つの影が一つに重なった瞬間、何度目か分からない爆発音が周囲に轟く。
巨大な爆煙が視界を奪い、その後には静寂が残る。
「……なんだと?」
「へへッ……ようやく捕まえたぜ…………親父ッ!」
爆煙が晴れる。
中心にはグレオとライガが確かに存在しており、ライガの左手からは夥しい量の鮮血が溢れ出していた。剣を振るうライガを受け止めるグレオの構図。それに確かな変化が訪れたのだ。
グレオが振るう剣をライガは自らの左手で掴みに行く。
「……お前」
「勝負はこれからだッ!」
ライガの行動に驚きを隠せないグレオはライガが放つ斬撃に対して対応が遅れてしまった。
「――ッ!」
その遅れが致命的となってしまい、無事だったライガの右手に握られた神剣・ボルカニカがグレオの身体へと振り下ろされていくのであった。
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