終末の異世界と大罪のグリモワール ~英霊は異世界で斯く戦えり~

桜葉

第五章9 砂漠の旅路

「砂塵の防壁……にわかに信じられない話ですね」

「あぁ……この目で見ない限りはな……」

 バルベット大陸の西方。

 砂に覆われた村・デミアーナを出発したライガたち一行は、いよいよ誰も踏破したことのない死の砂漠・アケロンテへと足を踏み入れた。前評判から身構えて侵入を果たしたライガたちだったが、金色の夕陽が差すアケロンテ砂漠は想像以上に平穏な場所だった。

 魔獣の姿もなく、警戒していた砂嵐の存在も確認できない。

 時折、肌を撫でるような風が吹くだけで、とても砂嵐と形容できるレベルのものではない。顔を上げれば、そこには雲一つない夕空が広がっているばかりであり、

 身構えていた割には平穏な砂漠の姿に、ライガたちは拍子抜けした感覚を禁じ得ず、しかし何が起こってもいいように、集中力だけは切らさないでいた。

「それにしても、砂漠というのは景色が変わりませんね」

「まぁ、砂漠なんてそんなもんだろ……」

「眠くなってきちゃいますね……」

「エレス、お前……」

 砂漠を進む一行を先導するのは、ハイラント王国を出発した時と同じようにライガとエレスの二人が地竜を操っている。ライガが操る地竜は客車を引いており、その客車の中にはユイ、リエル、シルヴィア、アリーシャの四人が乗っていた。

「なんかさ、リエルってば機嫌悪くない?」

「む? ふん、そんなことはないぞ」

「…………ユイはどう思う?」

「……いつも通りな気がする」

「そ、そうかなー?」

「あははッ、早起きをしてまだ眠いんじゃないかな?」

「…………」

「あ、あはは……あまり睨まないでもらえると嬉しいなー」

 ライガが操る客車の中。
 そこでは微妙な雰囲気が充満する中で女性陣が会話に花を咲かせていた。

「アリーシャってさ、どこから来たの?」

「どこから?」

「そうそう。私たちはハイラント王国からデミアーナに来たんだけど、アリーシャはどこ出身なのかなーって」

「うーん、出身かぁ……」

 シルヴィアの何気ない問いかけ。
 それに対する返答にアリーシャは頬を掻きながら困り顔を見せる。

「うーん、私ってば昔の記憶が無くて、自分がどこで生まれて、どこで育ったのか分からないんだよね」

「えっ……そうなの……?」

 アリーシャが漏らした言葉。
 それを聞いて、シルヴィアが驚きに表情を変える。

「ふん、どこまでが本当か分からんがな」

「…………」

「はぁ……ホント、リエルは可愛くないよねぇ。そんなんじゃ、おにーさんにも嫌われちゃうよ?」

「ふんッ……これくらいで嫌いになんぞなる訳がないじゃろうが」

「…………すごい自信だなぁ」

 相変わらずなリエルの様子にため息を漏らすシルヴィア。

「まぁ、そんな感じだから私はずっとこの砂漠で生きてきたんだよね。困ってる人を襲う魔獣を倒してちょっとだけお金を貰ってって生活をしてたの」

「へぇ……大変なんだねぇ……」

「魔獣を倒す……お主は戦うことが出来るのか?」

 ここまでアリーシャには興味を示さなかったリエルは、険しい表情を浮かべて問いかけを投げる。敵意を隠そうともしない様子のリエルに、それでもアリーシャはその顔に微笑を浮かべて話を続ける。

「まぁ、君たちよりかは劣るだろうけど、少しだけならね」

「…………」

 リエルが険しい表情のままアリーシャを観察し、それ以降は口を開くことなく客車の外に広がる景色に視線を移す。

「ホント、君たちは個性的なメンバーが揃ってるねぇ……」

「あはは……まぁ、だからこそ楽しいってのもあるけどね」

「白い髪の女の子は全然喋らないんだね? 眠いの?」

「……眠くはない」

「すごい可愛いんだから、もっと喋っていこうよッ!」

「……私、あまり喋るの得意じゃないから」

「得意になろうよッ!」

「…………」

 グイッと身を乗り出してくるアリーシャに対して、ユイは困惑気味の表情を浮かべるばかり。

「ユイはおにーさんが居ないとこんな感じだからねぇ……」

「おにーさんって、そこで寝てる男の子?」

 シルヴィアの言葉にアリーシャは客車で眠る航大へと視線を移す。

 帝国ガリアにてユイと戦った航大は、自身の身体を犠牲に彼女を救い出し、北方の女神が使う魔法によって命を繋ぎ長い眠りについている。ライガたちが西方を目指すのは、そこに眠る女神ならば、航大が受けた傷を癒やすことが出来るからだった。

「へぇ……改めて見ると、案外カッコイイかもね?」

「…………」
「…………」
「…………」

 何気ないアリーシャの言葉に客車の中に漂う空気がピリッと張り詰めていく。

「あ、あれ……私、また変なこと言った?」

「ま、まぁ……おにーさんが結構イイ感じなのは認めるけどね」
「うむ、それに異論はない」
「……航大は私が守る」

「…………」

 シルヴィア、リエル、ユイの三人が見せた反応にアリーシャは何かを察したのか、三人の様子を見てニヤニヤと笑みを浮かべ出す。

「おーい、アリーシャ。そろそろ着くのかー?」

 客車の中で女性陣が会話を続けていると、外で地竜を操るライガが声を掛けてくる。

「うーんと、もうちょっとで見えてくると思うよー」

 ライガの言葉に外を確認するアリーシャ。

 リエルたちには全く何も変わらない砂漠の景色も、この場で長く生活をするアリーシャにはその微細な変化にも気付く。

 その返事を聞いたライガとエレスの二人は、そんなアリーシャの言葉に首を傾げつつも彼女から指示された方向へひたすらに進み続ける。

「はぁ……本当にあいつの言葉を信じてよかったんだろうか……」

「まぁ、今は信じて進むしかないんじゃないですかね」

 客車の中から返ってきた言葉に安堵しつつも、ライガとエレスは果てしない砂漠を地竜と共に走っていく。

 もうまもなく陽も完全に落ちる。
 夜の砂漠に緊張感を滲ませつつも、ライガたち一行は着実に一歩ずつ進んでいくのであった。

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