終末の異世界と大罪のグリモワール ~英霊は異世界で斯く戦えり~

桜葉

第五章5 試練

「くそッ……無茶苦茶だぜッ……」

 帝国ガリアによって白髪の少女・ユイとの戦いを経た結果、瀕死の重傷を負った航大。

 北方の女神・シュナの力によって、命を落とすという最悪の事態だけは回避することができた。しかし予断は許さない状況であることには変わりなく、今の航大は女神の力によってかろうじて現世に命を繋いでいる状況に過ぎず、少しでも不測の事態が起こることで航大の命はあっという間に潰えてしまう。

「おらおらおらぁッ!」

「あっぶねぇッ!?」

「ちッ……逃げ足だけは早くなりやがってッ!」

「うおぉッ!?」

 現実では意識を失っている航大は今、自らの内に広がる深層世界にて日々の時間を過ごしていた。

「……航大さん、逃げてばかりでは試練になりませんよ?」

「んなこと言われてもッ……くそがッ!」

「へッ……その程度で何とかなるとでも思ってんのかッ!?」

「――ぐああぁッ!?」

 航大が深層世界で対峙するのは、全身を漆黒の影で覆った『自分自身』であった。

 神谷航大という存在が持つ負の感情が一つの人格を形成したものであり、背丈、声音は航大と瓜二つであるのに対して、その性格は真逆といって良いものだった。

 気性が荒く、何に対しても容赦ない影の航大は、その右手に漆黒の両刃剣を握ると縦横無尽に振り回しては航大の身体を切り刻もうとしてくる。

「強くなりてぇんだろ? それなら戦えッ、戦って自分の力を証明しやがれッ!」

「そんな簡単にいけば、苦労しねぇってのッ……喰らえッ!」

「――おせぇんだよ」

「ぐッ!?」

 航大の右手にも鈍色に輝く両刃の剣が握られていた。

 色味は違うが、影の王が持つ剣と同一のものであり二人は今、北方の女神・シュナが課した試練によって真正面からの一騎打ちを執り行っていた。

 使えるのは右手に握った剣一本のみ。

 航大が課せられた試練。それは互いが持つ武の力を存分にぶつけ合い、内に存在するもう一人の自分を服従させることであった。

「剣を折るってッ……そんなのアリかよッ!?」

「お前が握ってる剣。それは俺と同じものだ。だが、お前の剣だけが折れる……それは単純な力の差だけじゃねぇ、何もかもが負けてる証拠なんだよッ!」

 ただ一本の剣のみで影の王と対峙する航大。
 しかし、彼が握る剣はこれまでに幾度も影の王に叩き折られていた。

「――さて、もういっぺん死んでみるか?」

「くそッ!?」

「だから、逃げたって無駄なんだよ」

「――ッ!?」

 圧倒的な負のオーラを纏い、剣を失った丸腰の航大へと接近を果たそうとする影の王。

 隠しきれない殺意を全身に浴びて、航大の身体は無意識の内に震えてしまい、明確な死の予感にその場から退いてしまう。

「その弱さが今のてめぇの実力ってことだな」

「…………」

 影の王が放つ斬撃が航大の右肩から左脇腹までを無情にも切り裂いていく。
 一切の無駄がない斬撃によって皮膚が裂け、傷口から夥しい量の鮮血が噴出する。

 力なく仰向けに倒れ伏す航大の視界には、どこまでも広がる青空……が、存在するのではなく、どこか見慣れた今では懐かしい現実世界の街並みが広がっているのであった。

 航大の深層世界は不思議な構成をしており、足をつける地面には雲がまばらに存在するのだけの青空がどこまでも広がっていて、本来ならば青空が存在しているはずの頭上には逆さに映った現実世界の街並みが存在しているのであった。

「おら、休憩してる暇なんてねぇぞ。すぐに次だ」

「はぁ……少しくらい休ませてくれよ…………これで、俺は何回死んだ?」

「あ? んなこといちいち数えてねぇが、軽く百回は越えてるんじゃねぇか?」

「正確には百回と六十二回ですね」

 航大と影の王の会話に口を挟んできたのは北方の女神・シュナだった。

 かつては真相世界にやってきた航大と共に、眼前で剣を構える影の王を打ち倒した腰まで伸びる青髪と大人びた顔立ちが印象的な女性も、今では航大に過酷な試練を与えるために少し離れた場所で退屈そうにしているだけ。

 航大が影の王と対峙することになった理由。
 それは『大切なものを守りたい』という航大の願いを叶えるためであった。

 力を欲する航大に対して、女神の力を完全にコントロールする術を教えるといった女神・シュナは、第一の試練として影の王を一本の剣のみで倒すことを要求してきた。

「時間は無限じゃねぇんだぞ? こうしてだらけてる間にも、てめぇの仲間は行動してる。結局、女神の力を得ることなく目覚めていいのかよ?」

「…………」

「そうしたら、てめぇは何も変わらないってことだ。大切なものを守る? これくらいの試練も乗り越えられない奴には、何も守ることはできねぇんだよ」

 影の王が放つ言葉。
 口調は壊滅的に悪いのだが、言っていることはどこまでも正しかった。

 だからこそ、倒れ伏したままの航大は込み上げてくる悔しさと、己の無力を嫌でも痛感してしまい、折れた剣を握る手の力が自然と強くなっていく。

「……そうだな、これくらいで諦める訳にはいかねぇ」

「おうし。その調子だ…………早速、次の戦いに進みたいところだが……どうやら、客人が来たみてぇだぜ?」

「…………客人?」

 立ち上がる航大の右手に握られた剣は、気付けば根本から折れた刀身が復活しており再びの試練を始めようとした時だった。

 影の王と女神・シュナの視線が突如として頭上を見始める。

「……航大さん、警戒してください」

「え、警戒って……?」

「……来ます」

 女神・シュナの言葉と共に、深層世界の頭上に存在する現実世界の街並みに突如として亀裂が走る。
 その中から姿を現したのは、一人の少女なのであった。

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