終末の異世界と大罪のグリモワール ~英霊は異世界で斯く戦えり~

桜葉

第四章56 【幕間】それぞれの休息<ユイの場合>

「――――」

 失意に沈む白髪の少女は、漆黒の闇が支配する夢の中にいた。

 膝を抱え、誰も居ない孤独な夢の中でユイはただひたすらに無言の時を過ごしていた。ユイの手からは、航大の腹部を貫いた時の生々しい感触が消えてなくならない。皮膚を裂き、肉を千切り、鮮血の中へと沈めた時の感触は、どれだけ意図的に忘却しようとしても、ユイの脳裏へと鮮明に蘇ってきては少女を苦しめる。

 帝国ガリアからハイラント王国への帰路でライガ、リエル、エレスの三人に声をかけられたことでユイの心は僅かなら救われた。

 しかし、それでも彼女が心に抱えた闇の全てを消し去ることは到底叶わず、ハイラント王国へと帰還を果たしたはいつの間にか気を失っており、孤独な夢に藻掻き続けるのであった。

「……航大を助けることが出来なかった」

 一人になった少女の口から漏れるのは、己の無力を呪う言葉ばかり。
 どれだけ後悔しても自分自身の手によって航大が生死を彷徨うこととなった事実は消えない。

「……私に力が無かったせい」

 ガリアで帝国騎士が使う幻術に取り込まれてしまったユイは、その手で守るべき少年を傷つけてしまった。それも自分の力が至らなかったせいである。

 航大が使う異形の力で英霊・アーサーを体内に宿していながらこの体たらくである。
 まだ力が足りない。本当に大切なものを確実に守るための力が欲しい。

 ユイの脳裏にはそんな考えが湧いては消えてを繰り返していた。


「――貴方はまた繰り返す」


 孤独な夢に一人で沈んでいたユイの鼓膜を、とても聞き慣れた少女の声音が震わせる。その声に顔を上げると、そこには『もう一人』の自分が存在していた。

「…………」

 ユイの前に立つのは漆黒の髪をした少女だった。
 無表情で冷淡な瞳を浮かばせる黒髪の少女は、淡々とした声音で膝を抱えるユイに言葉を投げかける。

 彼女はユイに酷似していた。

 外見から違うと断言できる部分はユイとは対照的な黒髪の部分のみであり、背丈や顔立ちはユイとは全く同一であると言える。

「……断言する。このまま進めば貴方は必ず失敗する。自分が望む未来を手に入れることはできない」

「…………」

 ユイと酷似した少女は無表情のままに警告してくる。
 彼女の言葉をユイはまだ理解することが出来なかった。

「……貴方は気付いているはず。自分の中で大きくなる『闇』の存在を」

「……闇?」

「こうして私が夢の中に出てきた。それこそが肥大化する闇が無視できないレベルにまで達したということ」

「…………」

「このまま力を使い続ければ、確実に破滅の未来が待っている」

「…………」

「大切なものを自らの手で抹殺することになる。あれだけ愛した航大ですら……」

「……そんなこと、ない。私がそんなことを、するはずがない」

「…………」

 ユイが放つ言葉を、黒髪の少女はただ無言で聞いていた。

 表情は一切変わらず、しかし僅かに揺れる瞳が彼女の行く末を案じていることは間違いなかった。そんな少女の瞳に気付くことはなく、ユイは自分の頭を抱えて突き付けられた現実から目を背けようとする。

「……私は警告した。これからどう進むかは貴方次第」

「…………」

 ユイと瓜二つの外見をした少女は、淡々と行く末の警告を済ませると踵を返して漆黒が支配する世界を歩き出す。遠ざかる少女を呼び止めることは出来ず、ユイは膝を抱えた状態のまま再び孤独な夢に身を沈めていく。

 正常な状態のユイであるならば、自分と瓜二つな黒髪の少女が放った言葉を少しは飲み込むことが出来たかもしれない。しかし、今のユイは自分の殻に閉じこもるばかりであり、これ以上の悲痛な現実を受け入れる余裕などは存在していなかった。


 ――貴方はまた繰り返す。


 その言葉の意味をユイが本当の意味で知ることになるのは、まだ先の話なのであった。

◆◆◆◆◆

「…………」

 目を覚ます。

 周囲を見渡すと、そこはユイに与えられた王城の客室であり、彼女は膝を抱えた状態でベッドで横になっていた。押し寄せる疲労感に抗うことができず、ユイはかなりの時間を睡眠に使ってしまっていた。

「……航大」

 目を覚ましたユイは、朧気な意識の中で少年の名を呼ぶ。
 そして身体は勝手に動きだし、愛おしい人が眠る部屋へと向かう。

「…………」

 途中、北方の賢者・リエルとすれ違うユイだったが、彼女に声をかける余裕はなかった。今はただ、自らの手で重傷を負わせてしまった少年の顔を見たいだけ。

「……航大?」

 ベッドで眠るのは北方の女神・シュナの魔法により身体を凍結させた航大。帝国ガリアでユイと望まぬ戦いを強いられた結果に、生死を彷徨うこととなった。

「…………」

 身体は異様に冷たくなっており、静かに触れるユイの手は瞬く間の内に暖かさを奪われていく。

「……ごめんなさい」

 少女の口から漏れるのは謝罪の言葉。
 意識を失っている今の航大には、その言葉が届かないとしてもユイは溢れる想いを押し留めることが出来なかった。

「……必ず助けるから」

 それから日が沈むまでの長い時間を、ユイは航大と共に過ごす。
 その瞳は涙で赤く腫れ上がり、涙を流す度にユイは眼前の少年を助け出す決意を強くしていくのであった。

◆◆◆◆◆

 こうして、それぞれがそれぞれの休息を過ごす。

 翌日。
 ライガたち一行は西方に住まう女神と邂逅を果たすための旅へと出るのであった。

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