終末の異世界と大罪のグリモワール ~英霊は異世界で斯く戦えり~
第四章53 【幕間】それぞれの休息<シルヴィア・アセンコットの場合>
「さーて、久しぶりの休みだしゆっくりと羽を伸ばすとしますかッ!」
ライガがハイラント王国の城下町へと歩き出した後、同じように一番街へと姿を見せたのはハイラント王国の騎士である少女シルヴィア・アセンコットだった。
彼女は努めて明るく振る舞うことで自らを鼓舞し、逸る気持ちを何とか押し殺して与えられた休日を満喫しようとしていた。人でごった返す城下町の光景は、この街で生まれ育ったシルヴィアにとって見慣れたものであり、いつも通りの平和に満ちた街の風景に無意識に笑みが零れる。
「といっても、やることはないんだけどねぇ……一緒に歩いてくれる人も居ないし……」
ハイラント王国の城下町で最も栄えている一番街をぶらぶらと歩くシルヴィア。
彼女にとって孤独は慣れたものであったはずだった。無理に誰かと馴れ合うつもりもなく、四番街で生活をしていた頃はむしろ自ら孤独を求めていたくらいである。
そんなシルヴィアだったのだが、彼女の運命を大きく変える出会いがあった。
それが一国の王女を連れて城下町を歩いていた航大との出会いである。
彼との出会いが少女の運命を大きく変え、そして彼女に真の意味で『仲間』の大切さを教えてくれたのであった。
騒動を経て騎士となったシルヴィアは、仲間と共に日々を過ごしていく内にいつしか孤独を嫌うようになっていた。
「うーん、暇だなぁ……」
「おーい、姉ちゃんッ!」
「あ、この声は……」
色々と思う所はありつつも、一人で一番街を歩くシルヴィアは、自分を呼ぶ男の声に足を止める。声が聞こえてきた方に目を向ければ、そこには露店で果物を売っている皺の目立つ中年男性の姿があった。
「おっちゃん、久しぶりだねッ!」
「おうおう、姉ちゃんも随分と見なかったけど、元気そうじゃねぇかッ」
「まぁ、お仕事が大変だからねー、王国に帰ってきたのも最近だし」
「ライガも同じようなこと言ってた気がするなぁ……まぁ、騎士って奴は忙しいんだろうな」
「あれれ? おっちゃんって、ライガのこと知ってるんだ?」
「あったりまえよッ! あいつも姉ちゃんと一緒で、王国に昔から居るからなッ」
「さすがおっちゃんだねッ、この国の人なら誰でも知ってるんじゃない?」
「誰でもってのは言い過ぎだけどな。ついさっき、ライガとも話をしたよ」
「えっ、ライガも来てたんだ?」
「おうよ、姉ちゃんと入れ違いでどっか行っちまったけどな」
果物を売る露店の男は残念だと眉をひそめる。
「まぁ、ライガにも一人になりたい時間があるんじゃないかなー。それじゃ、私もそろそろ行くねおっちゃん」
「それじゃ、姉ちゃんもコレ持っていきなッ!」
「えっ、いいのッ!?」
ライガの時と同じように、露店の男はニコッと満面の笑みを浮かべるとライガに手渡したものと同じ果物を、シルヴィアへと送る。シルヴィアはそれを、満面の笑みを浮かべて受け取ると、もらった直後に口へ含んでいく。
「んんーーッ! やっぱ、おっちゃんの果物は最高だねッ!」
「がははッ! そうやって喜んでくれると嬉しいもんだなッ!」
挨拶もそこそこに、シルヴィアは露店の男に別れを告げると再び城下町を歩き出す。
シルヴィアもまた一番街を歩いていると、様々な人に声を掛けられる。騎士となった今ではシルヴィアは持ち前の天真爛漫さも相まって、街の人気者となっておりライガとは比較にならないほど話しかけられる回数が多い。
老若男女問わず話しかけられるのだが、シルヴィアはその全てに丁寧な対応を見せていく。笑みを忘れず、自分が守るべき人々のことを良く知ろうとするのがシルヴィアの特徴なのであった。
「ふぅ……ようやく落ち着いたかな……」
シルヴィアを中心とした人混みも解消され、ようやく自由な時間を取ることができた。これでは普段の仕事と何も変わらないな、と小さくため息を漏らすシルヴィアの視線は、無意識の内にある一定の方向を向いていた。
「……久しぶりに帰ろうかな」
その呟きをトリガーに、シルヴィアはゆっくりと歩き出す。
向かう先は一番街から最も離れた区画であり、過去には貧民街と呼ばれた四番街。捨て子だったシルヴィアが育てられた場所であり、ハイラント王国で最も大切な場所なのであった。
◆◆◆◆◆
「久しく見ない内に、ココも綺麗になったなぁ……」
ハイラント王国の城下町。
そこに存在する四番街は、かつて貧民街と呼ばれていたスラムだった。
社会から弾かれた低層の人間たちが溜まり、王国からも見捨てられていた区画。そこは負のオーラに満ちた世界なのであったが、それも今では昔の話である。
シルヴィアが起こした王女誘拐事件。
それをきっかけに四番街の現状を王女・シャーリーへと訴えかけたシルヴィアの働きにより、王国もついに重い腰を上げて四番街の状況を改善しようと努力し始めた。
その結果、スラムだった四番街の面影は消え去ろうとしており、新築の木造住宅が立ち並ぶようになっていた。人の往来も明らかに増えており、静寂が支配していた四番街とは思えない活気に溢れていた。
「おッ、シルヴィアじゃねぇかッ!」
「あっ、ラジムッ!」
四番街を歩くシルヴィアに声をかけてくる存在があった。
それは強面が印象的な男であり、頬に刻み込まれた十字の傷が彼の強面を加速させている。
彼は四番街に捨てられたシルヴィアの育ての親であり、シルヴィアが最も四番街で共に過ごした時間が長い人物である。
「お前が帰ってくるなんて珍しいじゃねぇかよ。なんだ、もう騎士の仕事は諦めたのか?」
「諦めてなんかないってッ! 久しぶりにお休みを貰ったから、ちょろっと立ち寄ってみただけ」
「ほう。騎士にも休みなんてあるんだな」
「そりゃ、たまにはあるよ。まぁ、暇だったからみんな元気かなーって」
「あぁ、四番街の奴らはみんな仕事だよ。最近、王国から武器の注文が多くてな。今までにないくらいの忙しさって奴だ」
「武器の注文……」
「全く、王国は戦争でも始めようとしてんのか?」
「…………」
ラジムの言葉にシルヴィアの表情が曇る。
つい先日までマガン大陸の帝国ガリアへと潜入していた事実から、国家間の戦争の引き金を引いてしまうのかもしれないという危機感がシルヴィアを襲う。
「……なにかあったみたいだな?」
「えっ? いや、別に……何もないけど?」
シルヴィアが一瞬だけ見せた曇った表情。
あまりにも些細な一瞬の変化を、巨漢で強面の男・ラジムは見逃さなかった。
「はぁ……お前の親を何年やってたと思うんだ? お前が心の中では笑ってないことが、俺にはバレバレなんだよ」
「…………」
ラジムの言葉にシルヴィアは小さくため息を漏らして力なく笑みを浮かべる。
「まぁいい。お前もガキじゃねぇしな。話したくなったら話にくればいい。俺たちはココから逃げも隠れもしねぇからな」
「……ごめんね、ラジム」
「ふん、謝ることはねぇよ。こっちも無粋な詮索をしちまったな」
本当は胸に秘める想いを吐き出したかった。
しかしそれは甘えである。
これからまた新たなる旅路が始まろうとしていて、それは自分の大切な人を助けるための旅路である。だからこそ、シルヴィアは今はまだ弱音を吐き出すことを自分に許さなかった。
弱音を吐き出すのは全てが終わってから。
ラジムの顔を見て、シルヴィアは強く決意したのだ。
「あんま長居すると、帰りたく無くなっちゃうから……私はそろそろ行くね」
「あぁ、行って来い。辛くなったら、いつでも戻ってきていいからな」
「私は逃げないよ。戦いからも、恋からも……」
「…………」
「じゃあね、ラジムッ! みんなにもよろしく言っておいてねーッ!」
迷いを断ち切るように、シルヴィアは早口で捲し立てるようにして別れの挨拶を済ませると、小走りで四番街から遠ざかっていく。
「戦いに、恋か……あいつも年頃だもんなぁ……そういう対象が居ても不思議じゃねぇか……」
小さくなっていく背中を見て、育ての親であるラジムは目を細めて薄っすらとその顔に笑みを浮かべる。
彼女とはずっと一緒だった。
いつも笑っていて、男にも負けない勝ち気な性格をしていて……それでいて、時に年相応の繊細さを見せる複雑な女の子。娘が巣立っていく様を目の当たりにして、ラジムはどこか嬉しいような寂しいような複雑な感情が込み上げてくるのを禁じ得ない。
「…………」
彼女の人生はまだ先が長い。
これから先、複雑な人生を歩むことになるであろう彼女の行く末を、ラジムは出来る限りでいい。一分一秒でも長く愛する娘の成長を見守っていきたいと願う。
そんな男の願いも知らず、金髪を風に靡かせる少女は、新たなる旅路へ向けて準備を進めるのであった。
ライガがハイラント王国の城下町へと歩き出した後、同じように一番街へと姿を見せたのはハイラント王国の騎士である少女シルヴィア・アセンコットだった。
彼女は努めて明るく振る舞うことで自らを鼓舞し、逸る気持ちを何とか押し殺して与えられた休日を満喫しようとしていた。人でごった返す城下町の光景は、この街で生まれ育ったシルヴィアにとって見慣れたものであり、いつも通りの平和に満ちた街の風景に無意識に笑みが零れる。
「といっても、やることはないんだけどねぇ……一緒に歩いてくれる人も居ないし……」
ハイラント王国の城下町で最も栄えている一番街をぶらぶらと歩くシルヴィア。
彼女にとって孤独は慣れたものであったはずだった。無理に誰かと馴れ合うつもりもなく、四番街で生活をしていた頃はむしろ自ら孤独を求めていたくらいである。
そんなシルヴィアだったのだが、彼女の運命を大きく変える出会いがあった。
それが一国の王女を連れて城下町を歩いていた航大との出会いである。
彼との出会いが少女の運命を大きく変え、そして彼女に真の意味で『仲間』の大切さを教えてくれたのであった。
騒動を経て騎士となったシルヴィアは、仲間と共に日々を過ごしていく内にいつしか孤独を嫌うようになっていた。
「うーん、暇だなぁ……」
「おーい、姉ちゃんッ!」
「あ、この声は……」
色々と思う所はありつつも、一人で一番街を歩くシルヴィアは、自分を呼ぶ男の声に足を止める。声が聞こえてきた方に目を向ければ、そこには露店で果物を売っている皺の目立つ中年男性の姿があった。
「おっちゃん、久しぶりだねッ!」
「おうおう、姉ちゃんも随分と見なかったけど、元気そうじゃねぇかッ」
「まぁ、お仕事が大変だからねー、王国に帰ってきたのも最近だし」
「ライガも同じようなこと言ってた気がするなぁ……まぁ、騎士って奴は忙しいんだろうな」
「あれれ? おっちゃんって、ライガのこと知ってるんだ?」
「あったりまえよッ! あいつも姉ちゃんと一緒で、王国に昔から居るからなッ」
「さすがおっちゃんだねッ、この国の人なら誰でも知ってるんじゃない?」
「誰でもってのは言い過ぎだけどな。ついさっき、ライガとも話をしたよ」
「えっ、ライガも来てたんだ?」
「おうよ、姉ちゃんと入れ違いでどっか行っちまったけどな」
果物を売る露店の男は残念だと眉をひそめる。
「まぁ、ライガにも一人になりたい時間があるんじゃないかなー。それじゃ、私もそろそろ行くねおっちゃん」
「それじゃ、姉ちゃんもコレ持っていきなッ!」
「えっ、いいのッ!?」
ライガの時と同じように、露店の男はニコッと満面の笑みを浮かべるとライガに手渡したものと同じ果物を、シルヴィアへと送る。シルヴィアはそれを、満面の笑みを浮かべて受け取ると、もらった直後に口へ含んでいく。
「んんーーッ! やっぱ、おっちゃんの果物は最高だねッ!」
「がははッ! そうやって喜んでくれると嬉しいもんだなッ!」
挨拶もそこそこに、シルヴィアは露店の男に別れを告げると再び城下町を歩き出す。
シルヴィアもまた一番街を歩いていると、様々な人に声を掛けられる。騎士となった今ではシルヴィアは持ち前の天真爛漫さも相まって、街の人気者となっておりライガとは比較にならないほど話しかけられる回数が多い。
老若男女問わず話しかけられるのだが、シルヴィアはその全てに丁寧な対応を見せていく。笑みを忘れず、自分が守るべき人々のことを良く知ろうとするのがシルヴィアの特徴なのであった。
「ふぅ……ようやく落ち着いたかな……」
シルヴィアを中心とした人混みも解消され、ようやく自由な時間を取ることができた。これでは普段の仕事と何も変わらないな、と小さくため息を漏らすシルヴィアの視線は、無意識の内にある一定の方向を向いていた。
「……久しぶりに帰ろうかな」
その呟きをトリガーに、シルヴィアはゆっくりと歩き出す。
向かう先は一番街から最も離れた区画であり、過去には貧民街と呼ばれた四番街。捨て子だったシルヴィアが育てられた場所であり、ハイラント王国で最も大切な場所なのであった。
◆◆◆◆◆
「久しく見ない内に、ココも綺麗になったなぁ……」
ハイラント王国の城下町。
そこに存在する四番街は、かつて貧民街と呼ばれていたスラムだった。
社会から弾かれた低層の人間たちが溜まり、王国からも見捨てられていた区画。そこは負のオーラに満ちた世界なのであったが、それも今では昔の話である。
シルヴィアが起こした王女誘拐事件。
それをきっかけに四番街の現状を王女・シャーリーへと訴えかけたシルヴィアの働きにより、王国もついに重い腰を上げて四番街の状況を改善しようと努力し始めた。
その結果、スラムだった四番街の面影は消え去ろうとしており、新築の木造住宅が立ち並ぶようになっていた。人の往来も明らかに増えており、静寂が支配していた四番街とは思えない活気に溢れていた。
「おッ、シルヴィアじゃねぇかッ!」
「あっ、ラジムッ!」
四番街を歩くシルヴィアに声をかけてくる存在があった。
それは強面が印象的な男であり、頬に刻み込まれた十字の傷が彼の強面を加速させている。
彼は四番街に捨てられたシルヴィアの育ての親であり、シルヴィアが最も四番街で共に過ごした時間が長い人物である。
「お前が帰ってくるなんて珍しいじゃねぇかよ。なんだ、もう騎士の仕事は諦めたのか?」
「諦めてなんかないってッ! 久しぶりにお休みを貰ったから、ちょろっと立ち寄ってみただけ」
「ほう。騎士にも休みなんてあるんだな」
「そりゃ、たまにはあるよ。まぁ、暇だったからみんな元気かなーって」
「あぁ、四番街の奴らはみんな仕事だよ。最近、王国から武器の注文が多くてな。今までにないくらいの忙しさって奴だ」
「武器の注文……」
「全く、王国は戦争でも始めようとしてんのか?」
「…………」
ラジムの言葉にシルヴィアの表情が曇る。
つい先日までマガン大陸の帝国ガリアへと潜入していた事実から、国家間の戦争の引き金を引いてしまうのかもしれないという危機感がシルヴィアを襲う。
「……なにかあったみたいだな?」
「えっ? いや、別に……何もないけど?」
シルヴィアが一瞬だけ見せた曇った表情。
あまりにも些細な一瞬の変化を、巨漢で強面の男・ラジムは見逃さなかった。
「はぁ……お前の親を何年やってたと思うんだ? お前が心の中では笑ってないことが、俺にはバレバレなんだよ」
「…………」
ラジムの言葉にシルヴィアは小さくため息を漏らして力なく笑みを浮かべる。
「まぁいい。お前もガキじゃねぇしな。話したくなったら話にくればいい。俺たちはココから逃げも隠れもしねぇからな」
「……ごめんね、ラジム」
「ふん、謝ることはねぇよ。こっちも無粋な詮索をしちまったな」
本当は胸に秘める想いを吐き出したかった。
しかしそれは甘えである。
これからまた新たなる旅路が始まろうとしていて、それは自分の大切な人を助けるための旅路である。だからこそ、シルヴィアは今はまだ弱音を吐き出すことを自分に許さなかった。
弱音を吐き出すのは全てが終わってから。
ラジムの顔を見て、シルヴィアは強く決意したのだ。
「あんま長居すると、帰りたく無くなっちゃうから……私はそろそろ行くね」
「あぁ、行って来い。辛くなったら、いつでも戻ってきていいからな」
「私は逃げないよ。戦いからも、恋からも……」
「…………」
「じゃあね、ラジムッ! みんなにもよろしく言っておいてねーッ!」
迷いを断ち切るように、シルヴィアは早口で捲し立てるようにして別れの挨拶を済ませると、小走りで四番街から遠ざかっていく。
「戦いに、恋か……あいつも年頃だもんなぁ……そういう対象が居ても不思議じゃねぇか……」
小さくなっていく背中を見て、育ての親であるラジムは目を細めて薄っすらとその顔に笑みを浮かべる。
彼女とはずっと一緒だった。
いつも笑っていて、男にも負けない勝ち気な性格をしていて……それでいて、時に年相応の繊細さを見せる複雑な女の子。娘が巣立っていく様を目の当たりにして、ラジムはどこか嬉しいような寂しいような複雑な感情が込み上げてくるのを禁じ得ない。
「…………」
彼女の人生はまだ先が長い。
これから先、複雑な人生を歩むことになるであろう彼女の行く末を、ラジムは出来る限りでいい。一分一秒でも長く愛する娘の成長を見守っていきたいと願う。
そんな男の願いも知らず、金髪を風に靡かせる少女は、新たなる旅路へ向けて準備を進めるのであった。
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