終末の異世界と大罪のグリモワール ~英霊は異世界で斯く戦えり~
第四章45 【帝国終結編】英雄の帰還と蠢く負の残滓
「…………」
頭上には気持ちいいくらいに青く染まった大空が広がっていた。
辺りを見渡せば、遙か先まで続く水平線が見えている。穏やかな海を進む小舟には、一人の男が乗り込んでおり、快晴の空とは打って変わって、男の表情は重苦しいものであった。
男の身体はお世辞にも万全とは言えないものだった。衣服は土埃で汚れ、更に所々に切れ目が入っている。更に目を引くのは全身を切り刻む裂傷だった。傷口から溢れ出した鮮血はどす黒く変色した後に固着しており、しかしそんな状況でも男は前へ進む足を止めようとはしなかった。
「…………」
男の名前はグレオ・ガーランド。
ハイラント王国の生まれであり、幼き頃から類まれなる剣武の才を持っていた。
神竜から授かりし神剣を二本所有したグレオは、必然の如く歩みで世界的な英雄にまで上り詰めた。誰もが認める英雄となったグレオは、人々の期待を一身に背負って全世界を巻き込む戦争に終止符を打とうとしていた。
――大陸間戦争。
それはマガン大陸に存在する帝国が世界を手中に収めるために仕掛けた戦争。
資源に乏しい大陸に存在する国家であったが、軍事強化を推し進めていた帝国に対して世界各国は手を焼いていた。度重なる侵攻を繰り返し、帝国の脅威は静かに、そして着実に世界を飲み込もうとしていた。
その戦争を止めるために動き出したのがハイラント王国であり、戦争を止めるための英雄として駆り出されたのが、グレオ・ガーランドである。
グレオはその剣武を持って、帝国で事実上のトップである騎士ガリア・グリシャバルを討つことに成功した。帝国にとってガリアという人間は特別だった。だからこそ、ガリアが倒れることは帝国にとって戦争の敗北を意味するのであった。
「……神剣・ボルカニカの力が消えた、か」
船に乗るグレオは、左手に握られた錆び付いた大剣を見つめて小さく声を漏らす。
それは暴風を司る大剣・ボルカニカ。
灼熱の業火を司る大剣・ボルガと共にグレオと戦ってきた神剣である。
マガン大陸でのガリアとの戦いにおいて、神剣・ボルカニカはその力を失ってしまった。その理由は分からないが、神剣・ボルカニカはグレオを所有者とは認めず、その力を封じてしまったのだ。
「……神剣としての力を失ったのか。それとも新たな所有者を欲しているのか」
ボルカニカと共にずっと戦ってきたからこそ、グレオには直感的に感じるものがあった。神剣・ボルカニカが自分のことを正当な所有者とは認めていないのだ。
そして、この神剣が求める次なる所有者が誰なのか、それすらもグレオは直感的に思い当たる人物がいた。
「……血筋って奴か」
ため息混じりに呟かれる声音。
しかしそれは、誰の耳にも届かず静かな海へと消えていく。
「…………」
グレオが向かうのは生まれ故郷であるハイラント王国。
王国は今、侵攻を続ける帝国との戦争真っ只中である。帝国の象徴的人物であるガリアはもういない。しかし、遠い異国で戦う帝国兵たちは、まだその事実を知らされていないのだ。
戦争を終わらせるため、グレオは休む暇すらなく歩みを続ける。
英雄の帰還は近い。
それと同時に戦争の終結も近いのであった。
◆◆◆◆◆
「――――」
意識は浮遊する。
身体の感覚はない。
そんなものは、とうの昔に焼失してしまった。
今、自分が生きているのか、それとも死んでいるのか、それすらも曖昧な闇が支配する世界にて、その男はただ虚空を彷徨っていた。最早、残滓となった男は、それでも燃え滾る野心を抱えていた。理想の世界を作り上げる。そのためなら、男はなんだってする。どれだけの悪行に手を染めようとも、男が考える理想の世界を実現するためには何を失っても構わない。
男の強い想いは波紋となって、どこまでも広がっていく。
どこまでも、どこまでも……終着点の無い世界で広がっていく波紋、男が放つ想いに答える声があった。
「――力を欲するか、邪悪なる者よ」
その声は、残滓となった男の元へとしっかり届いていた。
それはマガン大陸にて眠る魔竜のものであった。
魔竜の声音を聞いた男の心は震えていた。声に耳を貸してはいけないという本能的な警告すらも無視して、男は湧き上がる喜色の感情と共に声を漏らしていた。
「――我は欲するッ! この腐敗した世界を滅ぼすための力をッ!」
魔竜が返してきた波紋に対して、男も負けじと剥き出しの欲望を返していく。
どこまでも貪欲な負の残滓を前に、女神によって封印された魔竜はその顔を喜色に染めていく。
「ならばくれてやろう。私に見せてみるがいい、貴様が望む理想の世界を」
声が響き、それと同時に残滓となった男に禍々しい異形の力が取り込まれていく。
戦いは終わらない。
かつての英雄がどれだけの血を流そうとも、世界を終末へと誘う歯車は止めることができない。
これは英雄たちの物語。
対極をなす英雄たちの戦いの記憶。
頭上には気持ちいいくらいに青く染まった大空が広がっていた。
辺りを見渡せば、遙か先まで続く水平線が見えている。穏やかな海を進む小舟には、一人の男が乗り込んでおり、快晴の空とは打って変わって、男の表情は重苦しいものであった。
男の身体はお世辞にも万全とは言えないものだった。衣服は土埃で汚れ、更に所々に切れ目が入っている。更に目を引くのは全身を切り刻む裂傷だった。傷口から溢れ出した鮮血はどす黒く変色した後に固着しており、しかしそんな状況でも男は前へ進む足を止めようとはしなかった。
「…………」
男の名前はグレオ・ガーランド。
ハイラント王国の生まれであり、幼き頃から類まれなる剣武の才を持っていた。
神竜から授かりし神剣を二本所有したグレオは、必然の如く歩みで世界的な英雄にまで上り詰めた。誰もが認める英雄となったグレオは、人々の期待を一身に背負って全世界を巻き込む戦争に終止符を打とうとしていた。
――大陸間戦争。
それはマガン大陸に存在する帝国が世界を手中に収めるために仕掛けた戦争。
資源に乏しい大陸に存在する国家であったが、軍事強化を推し進めていた帝国に対して世界各国は手を焼いていた。度重なる侵攻を繰り返し、帝国の脅威は静かに、そして着実に世界を飲み込もうとしていた。
その戦争を止めるために動き出したのがハイラント王国であり、戦争を止めるための英雄として駆り出されたのが、グレオ・ガーランドである。
グレオはその剣武を持って、帝国で事実上のトップである騎士ガリア・グリシャバルを討つことに成功した。帝国にとってガリアという人間は特別だった。だからこそ、ガリアが倒れることは帝国にとって戦争の敗北を意味するのであった。
「……神剣・ボルカニカの力が消えた、か」
船に乗るグレオは、左手に握られた錆び付いた大剣を見つめて小さく声を漏らす。
それは暴風を司る大剣・ボルカニカ。
灼熱の業火を司る大剣・ボルガと共にグレオと戦ってきた神剣である。
マガン大陸でのガリアとの戦いにおいて、神剣・ボルカニカはその力を失ってしまった。その理由は分からないが、神剣・ボルカニカはグレオを所有者とは認めず、その力を封じてしまったのだ。
「……神剣としての力を失ったのか。それとも新たな所有者を欲しているのか」
ボルカニカと共にずっと戦ってきたからこそ、グレオには直感的に感じるものがあった。神剣・ボルカニカが自分のことを正当な所有者とは認めていないのだ。
そして、この神剣が求める次なる所有者が誰なのか、それすらもグレオは直感的に思い当たる人物がいた。
「……血筋って奴か」
ため息混じりに呟かれる声音。
しかしそれは、誰の耳にも届かず静かな海へと消えていく。
「…………」
グレオが向かうのは生まれ故郷であるハイラント王国。
王国は今、侵攻を続ける帝国との戦争真っ只中である。帝国の象徴的人物であるガリアはもういない。しかし、遠い異国で戦う帝国兵たちは、まだその事実を知らされていないのだ。
戦争を終わらせるため、グレオは休む暇すらなく歩みを続ける。
英雄の帰還は近い。
それと同時に戦争の終結も近いのであった。
◆◆◆◆◆
「――――」
意識は浮遊する。
身体の感覚はない。
そんなものは、とうの昔に焼失してしまった。
今、自分が生きているのか、それとも死んでいるのか、それすらも曖昧な闇が支配する世界にて、その男はただ虚空を彷徨っていた。最早、残滓となった男は、それでも燃え滾る野心を抱えていた。理想の世界を作り上げる。そのためなら、男はなんだってする。どれだけの悪行に手を染めようとも、男が考える理想の世界を実現するためには何を失っても構わない。
男の強い想いは波紋となって、どこまでも広がっていく。
どこまでも、どこまでも……終着点の無い世界で広がっていく波紋、男が放つ想いに答える声があった。
「――力を欲するか、邪悪なる者よ」
その声は、残滓となった男の元へとしっかり届いていた。
それはマガン大陸にて眠る魔竜のものであった。
魔竜の声音を聞いた男の心は震えていた。声に耳を貸してはいけないという本能的な警告すらも無視して、男は湧き上がる喜色の感情と共に声を漏らしていた。
「――我は欲するッ! この腐敗した世界を滅ぼすための力をッ!」
魔竜が返してきた波紋に対して、男も負けじと剥き出しの欲望を返していく。
どこまでも貪欲な負の残滓を前に、女神によって封印された魔竜はその顔を喜色に染めていく。
「ならばくれてやろう。私に見せてみるがいい、貴様が望む理想の世界を」
声が響き、それと同時に残滓となった男に禍々しい異形の力が取り込まれていく。
戦いは終わらない。
かつての英雄がどれだけの血を流そうとも、世界を終末へと誘う歯車は止めることができない。
これは英雄たちの物語。
対極をなす英雄たちの戦いの記憶。
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