終末の異世界と大罪のグリモワール ~英霊は異世界で斯く戦えり~

桜葉

第四章32 【帝国終結編】闇と光の協奏曲

「はぁ、はあぁッ、くッ……はぁッ……お願い、航大ッ……逃げ、てッ……」

 帝国ガリアを舞台にした壮絶なる戦いは、過酷さを極めつつ終盤を迎えようとしていた。

 異世界にやってきて、一番最初に邂逅を果たした白髪の少女・ユイを救い出そうとする航大を打ち砕くように、正気を失った彼女は英霊・アーサーの力を用いて攻撃を仕掛けてきた。

「――俺は、逃げない」

 その瞳に明確な敵意と殺意を滲ませるユイと対峙する航大は、内に眠る女神・シュナの力を身に纏うと、自分が死なないために立ち回っていく。どれだけユイが本気で殺しに来ていたとしても、航大は決して本気で応戦しようとしなかった。

 彼女が本意から航大を殺そうとしている訳ではないことを、頭でしっかりと理解しているからこその行動であり、事実、自由が効かない自分の身体に戸惑い、苦しむユイの姿が航大の眼前には存在している。

「……どう、してッ!?」

「ユイが俺を助けてくれたように、俺もユイを助けたいからだ……」

「……力を抑えることができない。このままじゃ、本当に私ッ……航大をッ」

 今、目の前に立つ少女は苦しんでいる。

 自分の身体が言うことを聞かず、その結果に最も愛する人間を殺そうとしている事実が、何よりも白髪の少女を苦しめており、だからこそ表情を苦しめて愛する少年に逃げるように求めてくる。

 今までに見たことがないほどに感情が表に出ているユイの慟哭を、航大は全て受け止めていく。受け止めた上で、彼女の願いを真っ向から否定する。

『航大さん、氷神の力はもう時間が……』

「……ユイを守れるなら、ここで死んでもいい」

『……分かりました。それならば、やれるところまで、やりましょう』

 北方の女神・シュナと憑依を果たしてから、しばらくの時間が経過した。身体の節々に痛みが走るようになってきているが、それでもこの力を解除する訳にはいかない。

 ――女神が持つ力。

 それこそが、この最悪とも言える状況を打破するために必要な最後の切り札なのだから。

「あぁッ、あああああぁぁぁッ……!」

 自分の身体を支配しようとする力が強まったのか、両手で頭を抱えて苦しむユイは断末魔の叫び声を上げる。

 すると、トレードマークでもあったユイの白髪に黒髪が交じるようになっていく。英霊・アーサーとシンクロしている際には金髪だった部分が、黒く、どこまでも黒く濁っていく。

『これは……』

「どうしたんだ、シュナ?」

『この力……感じたことはありませんか……?』

 眼前で苦しみ、外見にも異様な変化が見られるようになったユイを見て、シュナの声が僅かに震える。そんな彼女の様子に違和感を感じる航大であったが、女神である彼女の真意を汲み取ることはできない。

「なんだって言うんだよ?」

『禍々しいこの力……これは航大さんの世界で対峙した、『影の王』と同じものです』

「――はっ?」

 その言葉で航大は深層世界で戦った、もう一人の自分を思い出す。
 それと同じ力を感じるとシュナは声を震わせる。

「…………」

 驚愕に目を見開かせていると、眼前に立つ少女が静かになっていることに気が付く。先ほどまでのように断末魔の叫び声を上げることもない。苦しみに身体を痙攣させることもない、それまでが嘘だったかのように、ユイは静寂を保っていた。

『来ますよ、航大さん』

「あぁ……」

 周囲を取り囲む禍々しい魔力が肌を刺し、迫るその瞬間に航大の額からは一筋の汗が零れる。

「――――」

 静かに息を呑んだ次の瞬間だった。

 純白の髪に漆黒を混じらせた少女・ユイが跳躍を見せる。その動きは今までとは比べ物にならないほどに俊敏であり、瞬く間の内に零距離まで接近を果たしたユイはその手に持つ聖剣を振るっていく。

『――航大さんッ』
「分かってるッ――氷槍龍牙ッ!」

 明らかに違う彼女の動きに動じることなく、航大は冷静に状況を分析すると氷槍を生成して対応していく。零距離まで接近し、死角からの斬撃を放つユイ。しかし、航大はそれを柄の長い槍の特徴を生かして受け止め、捌いていく。

『ダメです、航大さんッ……正面からやりあうのは危険ですッ!』

「くッ……」

「……はあああああああああぁぁぁぁッ!」

 女神が持つ氷の魔力を使って生成される氷槍。

 その強度は改めて説明する必要がないほど、強固なものであり、しかしユイはそれをたった一撃の斬撃で打ち砕いていくのであった。

「――邪剣・絶対なるエクスカリバー

「――ッ!?」

 航大の槍を砕き、その直後に流れるような動作で次なる一撃を見舞っていくユイ。その動きには一切の遠慮が見られず、彼女はただ眼前に立つ航大を殺すべき相手として全力で武をぶつけている。

 黄金だった剣も、今では黒く変色しており刀身には禍々しい負のオーラを纏っている始末。そこから繰り出される必殺の一撃。

「――氷牙業剣ッ!」

 ただ航大も考えなしにやられる訳にはいかない。
 瞬時に脳を切り替えて、反撃に出るための魔法を詠唱していく。

 ――氷牙業剣。

 その言葉を漏らした瞬間、航大の両手には巨大な氷の両刃剣が生成されており、ユイが攻撃を放つのと同時に、航大もまた女神が持つ力を最大限に利用した超攻撃を仕掛けていく。

「――――ッ!」

 禍々しき斬撃と、聖なる氷の斬撃がぶつかり合うことで、強烈な衝撃が帝国全土に響き渡っていく。

「ぐああああぁぁぁーーーーーッ!」

『航大さんッ!?』

 視界が奪われる粉塵の中、航大の苦しげな声が響き、少年の小柄な身体が吹き飛んでいく。

「…………」

 粉塵が晴れる。すると、そこには無傷の様子で立ち尽くすユイの姿があった。

「はぁッ、くッ……はあぁッ……マジかよッ……」

『航大さんッ、次が来ますッ……早く体勢を立て直さないと――』

「そうしたいんだけどなッ……」

「――邪剣・宿命の敗北ダークネス・ブレイドッ」

 苦悶の表情を浮かべて、身動きが取れない航大へ無情にも追撃が行われる。
 闇の力を纏った無数の斬撃が航大の身体を切り刻もうと跳躍してくる。

「――無限氷剣ッ!」

 無数の斬撃を迎え討つようにして、航大もまたありったけの魔力を込めて無数の氷剣を放っていく。

「――ダメかッ!?」

 ユイが放つ禍々しき斬撃は、氷剣をいとも容易く打ち破っていくと、身動きが取れない航大へと降り注いでいく。

 ――次の瞬間。

 凄まじい轟音が無数に連鎖し、航大の身体は再び粉塵の中へと消えていく。
 これが闇の力を露わにしたユイの力であり、その力を前に航大は為す術がない。

「かはッ……はぁッ……ぐッ……なんとか、生きてるか……」

『航大さんッ、その怪我ッ……』

 再び粉塵が晴れると、そこには全身を鮮血で汚す航大の姿があった。

 ユイが放つ攻撃を防ぎ切ることが出来ず、無数の斬撃を身に受けてしまった航大。その表情には苦しげな様子がしっかりと現れていて、立っていることすらやっとだという状況だった。

『航大さん、これ以上は本当に……』

「はぁ、はあぁッ……まだ、ユイを助けられてない……」

『でも……』

「……シュナ。もっと俺に力を貸してくれないか?」

『…………本気で言ってるんですか?』

「…………」

『この状態でさえ、長時間の運用は難しいのに……更にこれ以上なんて……』

「その言い方、やっぱりこれ以上の力を出す方法があるんだな?」

『…………』

「……頼む。シュナの力、貸してくれ」

『……本気なんですね?』

 今のユイを止めるためには、もっと強い力が必要となる。
 自分はどうなってもいい。

 彼女を救い出すことが出来るのなら、全てを失う覚悟は出来ている。
 今まで、眼前に立つ少女がそうしてくれたように、今度は航大が命を賭けて彼女を救い出す番だった。

『……目を閉じて。私と精神を統一させてください』

「…………」

『後は、言葉を呟くだけ』


「――英霊憑依・絶氷神」


 それは新たなる力の解放。
 女神が持つ力の全てをその身に宿す、禁忌の力。

 今まで内に秘められていた女神の力が封印から解放され、具現化していく。

 帝国ガリアで繰り広げられる望まぬ戦い。
 それは今までにない力の本流を見せ、激しさを増していく。

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