終末の異世界と大罪のグリモワール ~英霊は異世界で斯く戦えり~

桜葉

第四章31 【帝国終結編】帝国激闘

「――貴方を殺す」

 帝国ガリアの牢獄から抜け出し、帝国騎士である褐色の少女の力を借りてやってきたのは、白髪の少女・ユイが囚われている石造りの塔。異様な静寂に包まれる王城の廊下を走り、邪魔が入ることなく航大は難なく塔へと辿り着くことができた。

 これが罠である可能性は排除できず、最大限の警戒心を持って歩を進める航大の前に姿を現したのは、塔の中に存在する小部屋の中で一人佇む白髪の少女だった。

「……どう、して?」

 全てが上手く行き過ぎていた。
 眼前に広がる光景は何かの罠だと言うのだろうか。
 罠だと言うのなら、あまりにも悪趣味であると言わざるを得ない。

「……貴方は私の敵。倒すべき、相手」

「冗談はやめろって、ユイッ! 俺だよッ、ずっと一緒だった航大だッ!」

「……知らない」

 塔の中で幽閉されていたユイは、いつも以上に表情を殺し、その瞳に明確な敵意と殺意を宿して航大を見つめていた。彼女の右手には黄金の聖剣が握られており、それは航大が異世界に召喚した英霊・アーサー王が持つ絶対の勝利を約束する剣だった。

 その聖剣は彼女の中から、まだ英霊が消えていないことの証であり、特別に強い力を秘めている英霊を宿した彼女と戦うことは、考えうる限り最悪の状況であると言えた。

「……力を貸して、聖剣・エクスカリバー」

「――ッ!?」

 右手に持った聖剣を天高く掲げると、正気を失ったユイは英霊の力をその身に纏っていく。金色の甲冑ドレスを翻し、彼女のトレードマークでもあった白髪に金髪を混じらせる。その姿こそ、アステナ王国で異形の力を振るった英霊・アーサーとシンクロした際の変化であり、その瞬間、彼女が本気で航大と戦うつもりでいることを示してきた。

「――絶対なる勝利(聖剣・エクスカリバー)ッ!」

「――――ッ!」

 聖剣を掲げ、刀身に力を集中させると、ユイは躊躇うことなくそれを航大に振り下ろしていく。全てを一刀両断する聖なる剣技。眩い一筋の光が航大を切り刻もうと接近を果たしていく。

「くそッ……」

 全身を貫く殺気を感じた瞬間、航大の身体は動いていた。
 その結果、ユイが放つ光の斬撃の直撃をギリギリの所で避けることに成功する。

「…………」

 アステナ王国で、アーサーの力を間近で見ていたからこその行動であり、この瞬間が初見だったのなら、航大は間違いなくあの瞬間に命を落としていた。

「……本気なのかよ」

「…………」

 背後を振り返る。すると、そこにあったはずの石壁が粉々に吹き飛んでいる。

 彼女が持つ圧倒的な力が自分に向けられている、その事実に戦慄を禁じ得ない航大は、唇を強く噛みしめる。脳裏では絶え間なく警報が鳴り響いている。それは本能的な生命の危機を知らせるものである。

「――英霊憑依」

 血が滲むほどに唇を噛み締め、航大はその言葉を呟く。
 すると、航大の内に眠っていた女神の力が呼び覚まされ、具現化していく。
 膨大な魔力が周囲を包み、一点に収束していく。

『……久しぶりに呼ばれたかと思えば、航大さんこれは?』

「……俺にも分かんねぇ。ユイの様子がおかしい」

『…………』

 アステナ王国での死闘ぶりに呼び出された北方の女神・シュナは航大と視覚を同期させると状況の把握に努めようとする。その声が曇っているのは、航大の眼前に立つのが女神である彼女もよく知る人物だったからであろう。

「…………」

「とにかく、ユイの目を覚まさないと……」

『そうですね。彼女からは、何か禍々しい力を感じます。それを取り除いてあげれば、可能性はあるかと』

「やっぱりそうか。こんなことをするのは……帝国騎士のアイツか……」

 人間の意思と自由を奪い、自由に使役することが出来る力。

 航大の脳裏にはアステナ王国で邂逅を果たした、赤髪に漆黒の瞳を浮かばせる女が浮かんでいた。アステナ王国での戦いでも、帝国騎士である彼女の権能によって、航大たちは苦しめられた。

『……航大さん。ゆっくりと考え事をしている暇は無いみたいですよ』

「――ッ!?」

 脳裏に響く女神の言葉と共に意識をユイへ向ける。

 すると、金色の甲冑ドレスに身を包んだ少女は、姿勢を低くすると地面が抉れるほどの力で跳躍を開始していた。

「――氷槍龍牙ッ!」

 瞬時に魔法の詠唱を終えていく航大。
 女神が持つ氷の魔力が右手に集中して、次の瞬間には氷で生成された巨大な槍が握られる。

「――くッ!」

 ユイが振り下ろす聖剣を、航大は魔法で生成した氷槍で受け止めていく。

 すると、お互いの力がぶつかり合ったポイントを中心に強烈な衝撃波が発生し、ボロボロな状態へと変わり果てていた石造りの塔を半壊させていく。

『……航大さんッ、本気でやらないと殺されてしまいますよッ!』

「そんなこと言ってもッ……相手はユイなんだぞッ……!?」

『分かってますッ。でも、彼女は本気で貴方を殺しに来てますッ!』

 ――強烈な衝撃波。

 崩れていく塔の瓦礫に飲まれながら、航大の頭はフルで回転を続けていた。

 どうしたら彼女を無傷で助け出すことが出来るのか。
 そもそも戦わないで済む方法はないのか。

「――宿命の勝利シャイニング・ブレイドッ」

「マジかよッ!?」

 重力に従って落下を続ける航大へ、ユイは追撃を行っていく。

 放つ攻撃は、聖剣に纏わせた魔力を無数の斬撃として放つ剣技であり、航大が見る視界に映るだけでも、その数は数十を越えている。

『――航大さんッ!?』

「――絶対氷鏡アイス・ミラーガードッ」

 どうにも避ける手段がないと判断した航大は、自身の周囲に氷の鏡を生成していく。それは防御範囲こそは狭いが、あらゆる攻撃から術者を守ることが出来る魔法だった。

「――ぐあああああああああぁぁぁぁッ!」

 刹那の瞬間、航大が防御魔法を展開するのが早く、ユイが放つ斬撃の全ては氷の鏡によって防がれていく。しかし、間近で連鎖して爆発する斬撃の衝撃は、無慈悲にも航大に襲いかかり、強烈な衝撃を前に航大は苦しげな声を漏らしながら地面に落下してしまう。

「まずいな、このままじゃ――ッ!?」

「……遅い」

 粉塵を巻き上げながら地面へ瓦礫と共に落下した航大へ、金色と白髪を風に靡かせる少女は無情にも追撃を仕掛けていく。

「――ぐぅッ!?」

 完全に油断していた航大の懐へと入り込んだユイは、無防備になっていた航大の腹部へと拳をめり込ませていく。更に連撃と言わんばかりに回し蹴りを腹部へと見舞うと、航大の身体は遥か後方へと吹き飛んでいく。

 一人の人間をいとも簡単に吹き飛ばすユイの腕力に驚く暇もなく、航大は全身に響く強烈な痛みに悶絶する。

『……女神の力が無ければ、今の攻撃で航大さんの身体は真っ二つになっていましたね』

「はぁッ、はあぁッ……恐いこと、言うなよ……」

『……どうするつもりですか、航大さん。このまま、反撃しないというのなら、さすがにジリ貧ですよ。この力もまだ長時間を使役することはできません』

「…………」

「……まだ、生きてた」

 女神の言葉に顔を顰める航大。

 吹き飛んでいった航大を追いかけてきたユイは、彼がまだ立っていることに少なからずの驚きを感じているようだった。やはりその瞳には明確な敵意が見えていて、女神・シュナの言う通り、このままでは航大は遅かれ早かれユイに殺されてしまう。

「――無限氷剣エンドレス・ブリザードッ!」

 航大はユイを助けだす方法を思案しながら、反撃の狼煙を上げていく。

 周囲に展開されるのは氷剣であり、航大が手を突き出すとその動きに合わせて氷剣たちが跳躍を開始していく。この魔法は無限に氷剣を生成し、それを対象へ飛翔させる魔法だった。

「…………」

 自身の身体へと殺到する氷剣たちを見て、ユイは小さく舌打ちを漏らすとその聖剣を振るって、迫り来る氷剣たちを切り落としていく。しかし、いくら切り落とそうと氷剣は無限に湧いて出て来る。

「ユイッ、目を覚ますんだッ!」

「……うるさい」

「俺を守るんだろッ!? 俺とずっと一緒に居るんだろッ!」

「うるさい、うるさいうるさいッ……」

 航大へ攻撃を仕掛けることはおろか、自分の身を守ることだけに手一杯なユイは、鼓膜を震わせる航大の言葉に感情を乱されていく。苦しげな声を漏らし、動きに精彩を欠いていくユイは、僅かに残る自我が表に出てこようとしているかのようだった。

『――この力ッ!?』

「どうしたんだよ、シュナ?」

『ユイさんの中に眠る禍々しい力が……急速に拡大していますッ……』

「禍々しい、力……?」

『……航大さんも見たことがあるはずです。あの影が持つ力を』

「なッ……あの力がどうしてユイにッ……!?」

 それはかつて、航大の深層世界で邂逅を果たした負の力。それはもうひとりの航大という姿を取って、深層世界に君臨し、絶対的な負の力を持って航大とシュナの前に立ち塞がった。

「……航、大ッ」

「ユイッ!?」

「はぁ、はあぁッ、くッ……はぁッ……お願い、航大ッ……逃げ、てッ……」

「逃げるって、どうしてッ!?」

「……力を抑えることができない。このままじゃ、本当に私ッ……航大をッ」

 今、眼前で苦しんでいるのは紛れもなく航大がよく知るユイだった。
 額に一杯の汗を浮かばせて、彼女は航大に逃げろと告げてくる。

「――俺はお前を助ける」

「どう、してッ……」

「お前が……ユイが俺を助けてくれたように、俺もユイを助けるッ!」

「ダメッ……次は、本当に加減がッ……出来ないッ……」

「何を言っても無駄だぞ。何があっても俺はユイを見捨てないッ!」

「――――」

 航大の言葉に目を見開かせるユイ。
 その瞬間を、航大は見逃すことはなかった。
 彼女の瞳に映る生きたいという強い渇望があったことを――。

『航大さん、氷神の力はもう時間が……』

「……ユイを守れるなら、ここで死んでもいい」

『……分かりました。それならば、やれるところまで、やりましょう』

 限界を越えて女神の力を使役したことは今までに一度もない。
 しかし、航大の強い意志に女神・シュナは頷く。

 帝国ガリアでの激闘。
 それは無情にも激しさを増して終局へと突き進むのであった。

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