終末の異世界と大罪のグリモワール ~英霊は異世界で斯く戦えり~
第四章28 【帝国終結編】奪還作戦・開始
「ナタリ様、お早い帰還……ご苦労様であります」
「……うん」
ライガたちが帝国ガリアへ侵入を果たした翌日の早朝。
この日、ついに航大とユイを帝国ガリアから奪還するための作戦が決行されるのであった。
まだ陽が出て時間が浅い中、ライガ、リエル、シルヴィア、エレスの四人は帝国騎士の少女が操る地竜の客車に身を潜めていた。これが奪還作戦の突入方法である。帝国騎士の少女ならば、帝国王城までは難なく突破することができるのだ。
「……なんか、奪還作戦って言う割には地味ね」
「そう言うなって……」
「うむ、良いことではないか。楽なことは良いことだ」
「でも、王城に行ってからは大変なんだよね」
「敵の本丸に突入する訳ですからね、それは間違いないかと」
心地いい揺れに身を任せ、刻一刻と迫ってくる突入の瞬間に、ライガたちの間に流れる緊張感は否応なしに高まっていく。
「……そろそろ第一層を通過するようですよ」
エレスの言葉に、ライガたちは客車の中からコッソリと外を確認する。
すると、ライガたちが向かう先に巨大な城門が見えてきた。
帝国ガリアの王城は巨大な三つの城門を越えた先に存在している。それぞれの区画は『第一層』、『第二層』、『第三層』と名付けられており、それらの区画は巨大な城壁によって囲まれている。
山を登っていくように急な坂道が続き、区画を分ける城門には時間関係なく多くの帝国兵士たちが警邏している状況である。しかし、今のところは大きな問題もなく進むことが出来ている。
「……帝国ガリアの王城に近づけば、近づくほどに敵は強くなる」
第一層を通過し、第二層を進む中で帝国騎士の少女がぼそりと呟く。
少女の言う通り、王城へ近づくほどに兵士の数は増えていくばかりである。
「このまま第二層を越えれば、とりあえずは第一関門突破だな」
「何事も無ければ……の」
帝国ガリア王城までの順調な道程に、ライガたちの間にも安堵に似た雰囲気が漂い始める。これから始まる戦いを前にして、張り詰める緊張感を少しでも紛らわせようとしているかのように――。
「でも、なんか順調過ぎる気もするんだよねー」
「大抵の場合、直後に何かしらの問題が発生するものですけどね」
「おいおい、シルヴィアにエレス。あまり演技の悪いことを言うもんじゃ――」
不穏な言葉を漏らすシルヴィアたちをライガがたしなめた瞬間だった。
「――おい、そこの地竜……止まれよ」
第二層の外から帝国騎士の少女が操る地竜に向けて、刺々しい言葉が木霊した。
「…………」
「お前……こんなところで珍しいな、ナタリ」
「……ネッツ」
ナタリと呼ばれた褐色の少女が呟く声は客車で身を潜めるライガたちにも聞こえている。
だからこそ、『ネッツ』という言葉にライガ、リエルの二人は目を見開いて驚きを隠せないのであった。尋常ではないライガとリエルの様子を見て、シルヴィアとエレスの二人もまたその表情を険しくさせて息を殺す。
「こんな時間に出歩いてるのもそうだけどよ、なんで地竜になんか乗ってるんだ?」
「……別にいいでしょ」
「良くねぇんだよなぁ。最近、お前の行動は噂になってる……心当たりはねぇか?」
「……ない」
――アワリティア・ネッツ。
その人物は氷都市・ミノルアを崩壊させた帝国騎士の一人であり、ライガとリエルの二人には浅からぬ因縁が存在する人物である。
「……あの野郎ッ」
「待つんじゃ、ライガッ。飛び出していきたい気持ちも分かるが、今は出ていく場面ではないぞッ」
客車から出てすぐそこに憎い帝国騎士が居る。
今すぐにでも飛び出しそうなライガを、リエルが険しい表情で叱責する。ライガと比べて、リエルは自分が住んでいた場所と、最愛の姉である女神・シュナを奪った相手である。本来であるならば、リエルこそが怒りに身を任せてしまうところなのだが、今の彼女たちの目的は航大たちを助け出すこと。
帝国騎士との邂逅や戦闘というのは最も回避しなくてはならない事態なのである。
「帝国騎士としての責務も果たさねぇで、言葉だけは一丁前だな」
「…………」
「まぁいいか。とりあえず、その客車の中……見せてもらうぞ」
「――――ッ!?」
ネッツの言葉にライガたち全員の身体が強張る。
客車の中には隠れる場所などは皆無であり、扉を開けば一発でバレてしまう上に、ライガとリエルの二人はネッツと直接の面識がある。どう足掻いても誤魔化すことは不可能であり、回避すべき戦いが瞬時に開戦すること間違いなしである。
「……ネッツ」
「あっ?」
「――いい加減にしないと、殺す」
それは今までに聞いたことがない声音だった。
元々、感情表現に乏しい褐色の少女だからこそ、この瞬間に見せた異様な殺気が込められた声音にライガたちの身体にも緊張感が走り抜けていく。一瞬にして場を凍らせた少女の言葉に、さすがのネッツも絶句している。
「てめぇ……やんのか……?」
「……そっちが殺る気なら、こっちは構わない」
ピリピリとした雰囲気が加速していく。
帝国騎士たちの連携が悪いことは、これまでの経験から理解していた部分ではあるが、まさか仲間同士で戦うレベルまで悪いとは想定外だった。客車の窓から外を確認してみると、帝国騎士たちの戦いが始まることを恐れて、帝国兵士たちが一目散にどこかへ姿を消していくのが見えた。
「おいおいおいおい……」
「どうなってんの、コレ……」
ただならぬ空気を感じてライガとシルヴィアも苦笑いを浮かべるばかり。
逃げることも叶わないこの状況で、帝国騎士たちの戦いが始まれば、ライガたちは間違いなく巻き添えを喰らってしまう。場合によっては、無傷で済まない可能性もある。
「前々からてめぇは気に食わなかったんだ。今すぐ、ぶち殺してやる」
「……その言葉、そっくりそのまま返してあげる」
もうどうしようもない。
ライガたちの頭の中は状況に応じて瞬時に切り替わっており、その考えは戦いが始まった瞬間に自分たちはどう行動するのが最善であるかだった。
「――まぁ、待つが良い」
一発触発といった空気を切り裂くようにして、重低音な男の声が響き渡った。
その瞬間、帝国騎士であるナタリとネッツが纏う空気が一変し、殺気を漲らせていた雰囲気を一瞬にして霧散させる。
外を確認することができないライガたちには、誰がこの場に姿を現したのかを知ることはできない。しかし、帝国騎士たちを黙らせる力を持つ人物であることは、状況から容易に想像することができ、只者ではないことに間違いない。
「……ガリア、総統」
「――――ッ!?」
ネッツもその人物が姿を現すのは想定外だったのか、名前を呟く声が震えている。
しかし、ネッツが漏らした言葉。
それはこの日一番の緊張感をライガたちにもたらしていた。
「元気があり余っているのは良いことだ。しかし、仲間同士で戦うのは許し難いことである」
「……はっ」
「…………」
帝国ガリアの頂点に立つ者であり、全ての諸悪の権化である存在。
そんな人物がすぐそこに居る。想定外のことが立て続けに襲ってきて、ライガたちの頭は既に混乱状態にある。
「この後、少し時間はいいか?」
「……はい。私の方は問題ありません」
「……こっちも大丈夫」
「うむ。それなら、謁見の間まで集まってくれ。ナタリよ――その荷物はここに置いていけ」
「……で、でも」
「――私の命令だ。聞けぬことはないだろう?」
男の声に含まれる感情が一瞬にして変わった。
帝国騎士たちが放つ殺気とは比べ物にならない、まさに悪の権化たる負の塊たる威圧感が、客車の中で身を潜めるライガたちにも伝わってくる。
全身の肌をピリピリと刺激する殺気に汗が噴き出し、動物的な本能で力の差を歴然と感じてしまう。
「……分かった」
総統たる人物の要求には逆らうことができず、ライガたちを連れた帝国騎士のナタリも頷き従うしかない。
「……準備をするから、先に行ってて」
「ふむ、それならば先に向かうとしよう。さぁ行くぞ、ネッツ」
「…………はい」
何とかネッツたちに客車の中を見られるという最悪の事態だけは回避することができた。しかし、問題は何も片付いてはいない。
「……ごめん。総統の指示には逆らうことができない。貴方たちを乗せてあげられるのは、ここまで」
「あ、あぁ……あの状況じゃしょうがねぇって」
「そうじゃな。あそこで存在がバレて戦闘にならなかっただけ、マシじゃ」
「ごめんね、こっちが無茶なお願いしちゃって」
客車の中に姿を見せたナタリに、ライガたちは次々にお礼の言葉を投げかける。事実、彼女の助けがなければ、ライガたちは第一層からの侵入を余儀なくされ、今まで以上に困難な作戦となっていたのだから。
「……私はこのまま、航大たちを牢獄から連れ出す。だから、貴方たちは何とかして王城まで辿り着いて」
「そ、そうだな……」
「……ここは第二層。もう一層だけで越えれば王城はすぐ」
「まぁ、なんとかなるだろ」
ライガたちが居るのは第二層のちょうど中間地点。
まだ遠くはあるが、第三層へと通じる城門も見えているので、道に迷う心配はなさそうである。希望を失わないライガたちの様子に、ナタリは小さく頷くと踵を返して歩き始める。
徐々に小さくなっていくナタリの姿を見送り、ライガたちはこれからの作戦について話し合う。
「さて、どうするか……」
「どうするも何も、帝国騎士の力が借りられない以上、後は儂たちでなんとかするしかないじゃろうな」
「そうですね。第三層まで何とか騒ぎにならず進む必要があります」
「……大丈夫かなぁ?」
「まぁ、何とかするしかねぇだろうな。ナタリから貰ったコレを使うか」
「認識阻害のマントか……」
「なるほど。それを使えば、少しは目を眩ませることが出来そうですね」
ナタリが用意してくれたマント。
これは魔力が込められたものであり、人間の目をある程度のレベルで眩ませることができる。しかし、魔力の扱いに長けた人物には効かない。
「うしッ、そうと決まれば早速向かうかッ!」
「そうじゃな。あまりグダグダしている訳にはいかん」
「うん。私は大丈夫ッ!」
「はい。私も問題ありません」
ここからはいつ戦闘が起こるか分からない、敵の本丸である。
ライガたちは緊張感を新たに帝国ガリア第二層の攻略へと挑むのであった。
◆◆◆◆◆
「……合流したか、ナタリ」
「……うん」
「ちっ……遅かったじゃねぇか」
「……ちょっと用事があって」
艶のある黒髪と褐色の肌が印象的な帝国騎士の少女・ナタリは、先を歩いていたネッツと、総統ガリアの所へと合流を果たす。ナタリの行動を怪しんでいるネッツは怪訝そうな目でナタリを睨み、堂々とした振る舞いで歩くガリアは、その表情に笑みを浮かべている。
「ナタリよ、何か面白いことをするのだろう?」
「…………」
静寂が支配したのも一瞬だった。
ガリアは笑みを浮かべたその顔で、ナタリを見つめる。
彼の問いかけにナタリはその表情を僅かに驚きに変え、しかしそれを悟られまいと努めて平静を保つ。
「面白いこと……?」
「ふはははははははッ!」
ネッツの問いかけに答えることはなく、ガリアは満面の笑みを浮かべるばかり。
「ここ最近、退屈しておったからな。こういう余興も悪くはない」
「………………」
「既に最初の手は打ってある。乗り越えてみせよ、愚かなる旅人よ」
ガリアは笑う。
全てを見透かしているかのように。
異様な雰囲気が支配する帝国ガリア。
その全貌はまだ謎に包まれている。
「……うん」
ライガたちが帝国ガリアへ侵入を果たした翌日の早朝。
この日、ついに航大とユイを帝国ガリアから奪還するための作戦が決行されるのであった。
まだ陽が出て時間が浅い中、ライガ、リエル、シルヴィア、エレスの四人は帝国騎士の少女が操る地竜の客車に身を潜めていた。これが奪還作戦の突入方法である。帝国騎士の少女ならば、帝国王城までは難なく突破することができるのだ。
「……なんか、奪還作戦って言う割には地味ね」
「そう言うなって……」
「うむ、良いことではないか。楽なことは良いことだ」
「でも、王城に行ってからは大変なんだよね」
「敵の本丸に突入する訳ですからね、それは間違いないかと」
心地いい揺れに身を任せ、刻一刻と迫ってくる突入の瞬間に、ライガたちの間に流れる緊張感は否応なしに高まっていく。
「……そろそろ第一層を通過するようですよ」
エレスの言葉に、ライガたちは客車の中からコッソリと外を確認する。
すると、ライガたちが向かう先に巨大な城門が見えてきた。
帝国ガリアの王城は巨大な三つの城門を越えた先に存在している。それぞれの区画は『第一層』、『第二層』、『第三層』と名付けられており、それらの区画は巨大な城壁によって囲まれている。
山を登っていくように急な坂道が続き、区画を分ける城門には時間関係なく多くの帝国兵士たちが警邏している状況である。しかし、今のところは大きな問題もなく進むことが出来ている。
「……帝国ガリアの王城に近づけば、近づくほどに敵は強くなる」
第一層を通過し、第二層を進む中で帝国騎士の少女がぼそりと呟く。
少女の言う通り、王城へ近づくほどに兵士の数は増えていくばかりである。
「このまま第二層を越えれば、とりあえずは第一関門突破だな」
「何事も無ければ……の」
帝国ガリア王城までの順調な道程に、ライガたちの間にも安堵に似た雰囲気が漂い始める。これから始まる戦いを前にして、張り詰める緊張感を少しでも紛らわせようとしているかのように――。
「でも、なんか順調過ぎる気もするんだよねー」
「大抵の場合、直後に何かしらの問題が発生するものですけどね」
「おいおい、シルヴィアにエレス。あまり演技の悪いことを言うもんじゃ――」
不穏な言葉を漏らすシルヴィアたちをライガがたしなめた瞬間だった。
「――おい、そこの地竜……止まれよ」
第二層の外から帝国騎士の少女が操る地竜に向けて、刺々しい言葉が木霊した。
「…………」
「お前……こんなところで珍しいな、ナタリ」
「……ネッツ」
ナタリと呼ばれた褐色の少女が呟く声は客車で身を潜めるライガたちにも聞こえている。
だからこそ、『ネッツ』という言葉にライガ、リエルの二人は目を見開いて驚きを隠せないのであった。尋常ではないライガとリエルの様子を見て、シルヴィアとエレスの二人もまたその表情を険しくさせて息を殺す。
「こんな時間に出歩いてるのもそうだけどよ、なんで地竜になんか乗ってるんだ?」
「……別にいいでしょ」
「良くねぇんだよなぁ。最近、お前の行動は噂になってる……心当たりはねぇか?」
「……ない」
――アワリティア・ネッツ。
その人物は氷都市・ミノルアを崩壊させた帝国騎士の一人であり、ライガとリエルの二人には浅からぬ因縁が存在する人物である。
「……あの野郎ッ」
「待つんじゃ、ライガッ。飛び出していきたい気持ちも分かるが、今は出ていく場面ではないぞッ」
客車から出てすぐそこに憎い帝国騎士が居る。
今すぐにでも飛び出しそうなライガを、リエルが険しい表情で叱責する。ライガと比べて、リエルは自分が住んでいた場所と、最愛の姉である女神・シュナを奪った相手である。本来であるならば、リエルこそが怒りに身を任せてしまうところなのだが、今の彼女たちの目的は航大たちを助け出すこと。
帝国騎士との邂逅や戦闘というのは最も回避しなくてはならない事態なのである。
「帝国騎士としての責務も果たさねぇで、言葉だけは一丁前だな」
「…………」
「まぁいいか。とりあえず、その客車の中……見せてもらうぞ」
「――――ッ!?」
ネッツの言葉にライガたち全員の身体が強張る。
客車の中には隠れる場所などは皆無であり、扉を開けば一発でバレてしまう上に、ライガとリエルの二人はネッツと直接の面識がある。どう足掻いても誤魔化すことは不可能であり、回避すべき戦いが瞬時に開戦すること間違いなしである。
「……ネッツ」
「あっ?」
「――いい加減にしないと、殺す」
それは今までに聞いたことがない声音だった。
元々、感情表現に乏しい褐色の少女だからこそ、この瞬間に見せた異様な殺気が込められた声音にライガたちの身体にも緊張感が走り抜けていく。一瞬にして場を凍らせた少女の言葉に、さすがのネッツも絶句している。
「てめぇ……やんのか……?」
「……そっちが殺る気なら、こっちは構わない」
ピリピリとした雰囲気が加速していく。
帝国騎士たちの連携が悪いことは、これまでの経験から理解していた部分ではあるが、まさか仲間同士で戦うレベルまで悪いとは想定外だった。客車の窓から外を確認してみると、帝国騎士たちの戦いが始まることを恐れて、帝国兵士たちが一目散にどこかへ姿を消していくのが見えた。
「おいおいおいおい……」
「どうなってんの、コレ……」
ただならぬ空気を感じてライガとシルヴィアも苦笑いを浮かべるばかり。
逃げることも叶わないこの状況で、帝国騎士たちの戦いが始まれば、ライガたちは間違いなく巻き添えを喰らってしまう。場合によっては、無傷で済まない可能性もある。
「前々からてめぇは気に食わなかったんだ。今すぐ、ぶち殺してやる」
「……その言葉、そっくりそのまま返してあげる」
もうどうしようもない。
ライガたちの頭の中は状況に応じて瞬時に切り替わっており、その考えは戦いが始まった瞬間に自分たちはどう行動するのが最善であるかだった。
「――まぁ、待つが良い」
一発触発といった空気を切り裂くようにして、重低音な男の声が響き渡った。
その瞬間、帝国騎士であるナタリとネッツが纏う空気が一変し、殺気を漲らせていた雰囲気を一瞬にして霧散させる。
外を確認することができないライガたちには、誰がこの場に姿を現したのかを知ることはできない。しかし、帝国騎士たちを黙らせる力を持つ人物であることは、状況から容易に想像することができ、只者ではないことに間違いない。
「……ガリア、総統」
「――――ッ!?」
ネッツもその人物が姿を現すのは想定外だったのか、名前を呟く声が震えている。
しかし、ネッツが漏らした言葉。
それはこの日一番の緊張感をライガたちにもたらしていた。
「元気があり余っているのは良いことだ。しかし、仲間同士で戦うのは許し難いことである」
「……はっ」
「…………」
帝国ガリアの頂点に立つ者であり、全ての諸悪の権化である存在。
そんな人物がすぐそこに居る。想定外のことが立て続けに襲ってきて、ライガたちの頭は既に混乱状態にある。
「この後、少し時間はいいか?」
「……はい。私の方は問題ありません」
「……こっちも大丈夫」
「うむ。それなら、謁見の間まで集まってくれ。ナタリよ――その荷物はここに置いていけ」
「……で、でも」
「――私の命令だ。聞けぬことはないだろう?」
男の声に含まれる感情が一瞬にして変わった。
帝国騎士たちが放つ殺気とは比べ物にならない、まさに悪の権化たる負の塊たる威圧感が、客車の中で身を潜めるライガたちにも伝わってくる。
全身の肌をピリピリと刺激する殺気に汗が噴き出し、動物的な本能で力の差を歴然と感じてしまう。
「……分かった」
総統たる人物の要求には逆らうことができず、ライガたちを連れた帝国騎士のナタリも頷き従うしかない。
「……準備をするから、先に行ってて」
「ふむ、それならば先に向かうとしよう。さぁ行くぞ、ネッツ」
「…………はい」
何とかネッツたちに客車の中を見られるという最悪の事態だけは回避することができた。しかし、問題は何も片付いてはいない。
「……ごめん。総統の指示には逆らうことができない。貴方たちを乗せてあげられるのは、ここまで」
「あ、あぁ……あの状況じゃしょうがねぇって」
「そうじゃな。あそこで存在がバレて戦闘にならなかっただけ、マシじゃ」
「ごめんね、こっちが無茶なお願いしちゃって」
客車の中に姿を見せたナタリに、ライガたちは次々にお礼の言葉を投げかける。事実、彼女の助けがなければ、ライガたちは第一層からの侵入を余儀なくされ、今まで以上に困難な作戦となっていたのだから。
「……私はこのまま、航大たちを牢獄から連れ出す。だから、貴方たちは何とかして王城まで辿り着いて」
「そ、そうだな……」
「……ここは第二層。もう一層だけで越えれば王城はすぐ」
「まぁ、なんとかなるだろ」
ライガたちが居るのは第二層のちょうど中間地点。
まだ遠くはあるが、第三層へと通じる城門も見えているので、道に迷う心配はなさそうである。希望を失わないライガたちの様子に、ナタリは小さく頷くと踵を返して歩き始める。
徐々に小さくなっていくナタリの姿を見送り、ライガたちはこれからの作戦について話し合う。
「さて、どうするか……」
「どうするも何も、帝国騎士の力が借りられない以上、後は儂たちでなんとかするしかないじゃろうな」
「そうですね。第三層まで何とか騒ぎにならず進む必要があります」
「……大丈夫かなぁ?」
「まぁ、何とかするしかねぇだろうな。ナタリから貰ったコレを使うか」
「認識阻害のマントか……」
「なるほど。それを使えば、少しは目を眩ませることが出来そうですね」
ナタリが用意してくれたマント。
これは魔力が込められたものであり、人間の目をある程度のレベルで眩ませることができる。しかし、魔力の扱いに長けた人物には効かない。
「うしッ、そうと決まれば早速向かうかッ!」
「そうじゃな。あまりグダグダしている訳にはいかん」
「うん。私は大丈夫ッ!」
「はい。私も問題ありません」
ここからはいつ戦闘が起こるか分からない、敵の本丸である。
ライガたちは緊張感を新たに帝国ガリア第二層の攻略へと挑むのであった。
◆◆◆◆◆
「……合流したか、ナタリ」
「……うん」
「ちっ……遅かったじゃねぇか」
「……ちょっと用事があって」
艶のある黒髪と褐色の肌が印象的な帝国騎士の少女・ナタリは、先を歩いていたネッツと、総統ガリアの所へと合流を果たす。ナタリの行動を怪しんでいるネッツは怪訝そうな目でナタリを睨み、堂々とした振る舞いで歩くガリアは、その表情に笑みを浮かべている。
「ナタリよ、何か面白いことをするのだろう?」
「…………」
静寂が支配したのも一瞬だった。
ガリアは笑みを浮かべたその顔で、ナタリを見つめる。
彼の問いかけにナタリはその表情を僅かに驚きに変え、しかしそれを悟られまいと努めて平静を保つ。
「面白いこと……?」
「ふはははははははッ!」
ネッツの問いかけに答えることはなく、ガリアは満面の笑みを浮かべるばかり。
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