終末の異世界と大罪のグリモワール ~英霊は異世界で斯く戦えり~
第四章25 【帝国奪還編】後発の旅
「…………」
「…………」
ライガとリエルが異形の大地を出発し、しばらくの時間が経過した。
エレスとシルヴィアの二人は荒れ果てた荒野を地竜の背中に跨りゆっくりと進んでいた。
氷が支配する氷獄の大地で、エレスとシルヴィアは強大な魔獣・氷竜と邂逅を果たし、命を賭けて戦った結果に勝利をその手にした。しかし、戦いはそれだけでは終わらず、意識を失ったシルヴィアが自我を失い、内に秘めていた潜在能力を余すところ無く解放し、エレスは文字通り『死闘』を演じることとなった。
「うぅ……」
皮肉にも、エレスは仲間を救うため、ここまで共に歩んできた少女と戦うことになり、己の騎士としての生命を削ってまで何とか勝利をもぎ取るという結果を得るに至った。
氷獄の大地を出発してからすぐ、シルヴィアは意識を取り戻した。
今ではこうして地竜の手綱を握り、自らの意思で進むことが出来る状態までは復活を果たしていた。
「あの……エレス……?」
「はい。どうしましたか?」
シルヴィアは恐る恐るといった様子でエレスに話しかけてみる。
彼女が見せる持ち前の明るさが今0では鳴りを潜めており、酷くビクビクとした様子を見せている。それというのも、シルヴィアには氷獄の大地で戦った記憶というものがほとんど残っておらず、彼女からすると目を覚ましたら全てが終わっていたという状況だったのだ。
「えっと……その……戦いはどうだったの?」
「……シルヴィアさんも見られたように、何とか決着をつけることは出来ました」
「エレスが一人で倒したの?」
「…………そうなりますね。私たち以外に人はいませんでしたから」
シルヴィアの問いかけに、エレスは努めて笑みを浮かべて答えていく。その返答があまりにもいつも通りであり、そのことがシルヴィアにとってはどうしても引っかかるポイントなのであった。
しかし、何度問いかけてもエレスは同じ返答を返してくるばかりであり、シルヴィアに詳細を語ろうとはしない。
「…………」
氷獄の大地で起きた壮絶なる戦いの真実。それをエレスは語ろうとはしなかった。
あの大地で起きた事実を、エレスはうまく説明する自信がない。そんな状況でシルヴィアに真実を語り、果たすべき目的がある中で余計な混乱を生むようなことは避けたいという考えがあってのものだった。
「シルヴィアさん、お身体は大丈夫ですか?」
「えっ? あっ……その……私は全然大丈夫。それよりも、エレスの怪我の方が心配なんだけど……」
彼女は知らない。
自我を失った末に魔獣を瞬殺し、あまつさえ仲間であるエレスをその手にかけようとしたことを――。
エレスの全身に浮かび上がる裂傷が、彼女との戦いで生まれたものであることを――。
「私の方は全く問題ありません。この程度、ちょっとしたかすり傷ですよ」
シルヴィアの視線の先。そこには痛々しい様子を見せるエレスの右足が映っていた。
それはシルヴィアが意識を失った後に氷竜から受けたダメージによるものであり、シルヴィアはその怪我を見て、また自分は戦いにおいて役に立たなかったのではないかと表情を暗くする。
「ふふっ……心配しすぎですよ。私の心配をするより、今は他に心配することがあるはずです」
「…………」
「私たちはこうして生きてあの大地を突破することができた。目的地はもうすぐそこですよ」
「…………」
エレスの言葉にもシルヴィアは沈痛な表情を浮かべたまま。
「……シルヴィアさん。これだけは言っておきます。貴方は弱くなんてない。むしろ、誰よりも強いと言えるくらいです」
「そんなお世辞は……」
「お世辞なんかではありませんよ。少しは自信を持ってください。アステナ王国、筆頭近衛騎士である私が言うのですから」
「…………」
「今は苦しいかもしれませんが、決して弱気にならず。自分が持つ力を信じてください」
どこまでも優しいエレスの言葉がシルヴィアの鼓膜を震わせる。
シルヴィアの心が完全に晴れることはないが、それでも少しは心が軽くなるのであった。
◆◆◆◆◆
「それにしても、全然魔獣とか居ないんだね?」
「そうですね。誰かが戦った後がありますから、もしかしたらライガさんたちが先に通ったのかもしれませんね」
荒野を進むエレスたちは、異様な静寂に包まれた現状に違和感を覚えていた。
軍港の町・ズイガンを出る際、白髪の老人に言われていたのは、荒野には魔獣が出没するというものだった。しかし、その言葉に反してエレスたちの目の前に魔獣が姿を現すことはなく、至って平和な旅路が続いているのであった。
「あ、あの氷……」
「あっちにはいくつもの切れ目……」
「もしかして、ライガたちが……?」
「氷と大地の裂傷……十分に考えられるでしょうね」
もうじき夜明けを迎えようとする中で進んでいると、ライガたちが魔獣と戦った残滓を見つけることができた。その様子を見て、ライガたちが無事であることと、一足先に帝国ガリアへと向かっている事実を把握するエレスたち。
「……あれは?」
「あれって、もしかして……」
ライガたちが残した残滓を横目に歩を進めていると、突如として眼前にそれは現れた。
遠目からでも分かる、闇夜に浮かぶ巨大要塞。
それは圧倒的なまでの存在感と共に姿を現し、要塞を視界に収めた瞬間、エレスたちはそれが帝国ガリアであることを理解した。
「……あれが帝国ガリア?」
「私も、この目で見るのは初めてですが……想像以上に物々しい形をしていますね」
分厚い城壁に囲まれ、広大な山を開拓して造られし帝国の姿に、エレスたちは否応なしに圧倒されてしまう。
「さて、問題なのはどうやって中に入るか……ですね」
「ライガたちはどうしてるんだろ……」
「もしかしたら、先に潜入しているのかもしれないですね……」
「まぁ、ライガたちだったら有り得そうな話ではあるね」
帝国ガリアを見つけたのはいい。
しかし、問題なのはどうやって中に入るか、である。
遠目から見ても分かるように、帝国ガリアは頑丈な城壁で囲まれている場所であり、とてもじゃないが壁をよじ登って入ることは不可能。正面突破する訳にもいかず、エレスたちはしばしの間、頭を悩ませる事になる。
しかし、そんな時間は長続きすることはなく、エレスたちは近づいてくる何者かの気配に顔を上げる。
「……エレスッ」
「まさか、勘付かれたッ!?」
何者かに周囲を取り囲まれたと察した時には遅く、闇夜から突如として姿を現したのは帝国ガリアの兵士たちであり、全てを理解した時には逃げ出すことすら不可能な状況へと追いやられていた。
「……アステナ王国の騎士、エレス・ラーツィット。ハイラント王国騎士、シルヴィア・アセンコット……だな?」
帝国兵士の一人がエレスたちを睨みつけるようにして問いかけを投げかけてくる。
まさか、名前まで知られているとは思っておらず、エレスたちは驚きに目を丸くする。
「……帝国騎士様がお呼びである。大人しく付いてきてもらおうか」
「……帝国、騎士が?」
「これはこれは……まずいことになりましたね……」
帝国ガリアへの侵入方法を考えるよりも先に、エレスたちへ突き付けられたのは目を覆いたくなる最悪な現実。
ここで無闇に抵抗すれば、帝国ガリアは警戒レベルを上げて侵入することがより困難になる。
「どうするの、エレス……?」
「……ここは素直に従うとしましょう」
「でもッ……」
「付いていけば、とりあえずは中に入ることはできます。そこでチャンスを伺いましょう」
動揺を隠せないシルヴィアとは違い、エレスは険しい表情を浮かべてはいるものの、至って冷静に言葉を漏らす。
こうして、荒野を進み帝国ガリアへと到達したエレスとシルヴィアは、先手を打った帝国兵士たちに呆気なく連行される結果となってしまうのであった。
「…………」
ライガとリエルが異形の大地を出発し、しばらくの時間が経過した。
エレスとシルヴィアの二人は荒れ果てた荒野を地竜の背中に跨りゆっくりと進んでいた。
氷が支配する氷獄の大地で、エレスとシルヴィアは強大な魔獣・氷竜と邂逅を果たし、命を賭けて戦った結果に勝利をその手にした。しかし、戦いはそれだけでは終わらず、意識を失ったシルヴィアが自我を失い、内に秘めていた潜在能力を余すところ無く解放し、エレスは文字通り『死闘』を演じることとなった。
「うぅ……」
皮肉にも、エレスは仲間を救うため、ここまで共に歩んできた少女と戦うことになり、己の騎士としての生命を削ってまで何とか勝利をもぎ取るという結果を得るに至った。
氷獄の大地を出発してからすぐ、シルヴィアは意識を取り戻した。
今ではこうして地竜の手綱を握り、自らの意思で進むことが出来る状態までは復活を果たしていた。
「あの……エレス……?」
「はい。どうしましたか?」
シルヴィアは恐る恐るといった様子でエレスに話しかけてみる。
彼女が見せる持ち前の明るさが今0では鳴りを潜めており、酷くビクビクとした様子を見せている。それというのも、シルヴィアには氷獄の大地で戦った記憶というものがほとんど残っておらず、彼女からすると目を覚ましたら全てが終わっていたという状況だったのだ。
「えっと……その……戦いはどうだったの?」
「……シルヴィアさんも見られたように、何とか決着をつけることは出来ました」
「エレスが一人で倒したの?」
「…………そうなりますね。私たち以外に人はいませんでしたから」
シルヴィアの問いかけに、エレスは努めて笑みを浮かべて答えていく。その返答があまりにもいつも通りであり、そのことがシルヴィアにとってはどうしても引っかかるポイントなのであった。
しかし、何度問いかけてもエレスは同じ返答を返してくるばかりであり、シルヴィアに詳細を語ろうとはしない。
「…………」
氷獄の大地で起きた壮絶なる戦いの真実。それをエレスは語ろうとはしなかった。
あの大地で起きた事実を、エレスはうまく説明する自信がない。そんな状況でシルヴィアに真実を語り、果たすべき目的がある中で余計な混乱を生むようなことは避けたいという考えがあってのものだった。
「シルヴィアさん、お身体は大丈夫ですか?」
「えっ? あっ……その……私は全然大丈夫。それよりも、エレスの怪我の方が心配なんだけど……」
彼女は知らない。
自我を失った末に魔獣を瞬殺し、あまつさえ仲間であるエレスをその手にかけようとしたことを――。
エレスの全身に浮かび上がる裂傷が、彼女との戦いで生まれたものであることを――。
「私の方は全く問題ありません。この程度、ちょっとしたかすり傷ですよ」
シルヴィアの視線の先。そこには痛々しい様子を見せるエレスの右足が映っていた。
それはシルヴィアが意識を失った後に氷竜から受けたダメージによるものであり、シルヴィアはその怪我を見て、また自分は戦いにおいて役に立たなかったのではないかと表情を暗くする。
「ふふっ……心配しすぎですよ。私の心配をするより、今は他に心配することがあるはずです」
「…………」
「私たちはこうして生きてあの大地を突破することができた。目的地はもうすぐそこですよ」
「…………」
エレスの言葉にもシルヴィアは沈痛な表情を浮かべたまま。
「……シルヴィアさん。これだけは言っておきます。貴方は弱くなんてない。むしろ、誰よりも強いと言えるくらいです」
「そんなお世辞は……」
「お世辞なんかではありませんよ。少しは自信を持ってください。アステナ王国、筆頭近衛騎士である私が言うのですから」
「…………」
「今は苦しいかもしれませんが、決して弱気にならず。自分が持つ力を信じてください」
どこまでも優しいエレスの言葉がシルヴィアの鼓膜を震わせる。
シルヴィアの心が完全に晴れることはないが、それでも少しは心が軽くなるのであった。
◆◆◆◆◆
「それにしても、全然魔獣とか居ないんだね?」
「そうですね。誰かが戦った後がありますから、もしかしたらライガさんたちが先に通ったのかもしれませんね」
荒野を進むエレスたちは、異様な静寂に包まれた現状に違和感を覚えていた。
軍港の町・ズイガンを出る際、白髪の老人に言われていたのは、荒野には魔獣が出没するというものだった。しかし、その言葉に反してエレスたちの目の前に魔獣が姿を現すことはなく、至って平和な旅路が続いているのであった。
「あ、あの氷……」
「あっちにはいくつもの切れ目……」
「もしかして、ライガたちが……?」
「氷と大地の裂傷……十分に考えられるでしょうね」
もうじき夜明けを迎えようとする中で進んでいると、ライガたちが魔獣と戦った残滓を見つけることができた。その様子を見て、ライガたちが無事であることと、一足先に帝国ガリアへと向かっている事実を把握するエレスたち。
「……あれは?」
「あれって、もしかして……」
ライガたちが残した残滓を横目に歩を進めていると、突如として眼前にそれは現れた。
遠目からでも分かる、闇夜に浮かぶ巨大要塞。
それは圧倒的なまでの存在感と共に姿を現し、要塞を視界に収めた瞬間、エレスたちはそれが帝国ガリアであることを理解した。
「……あれが帝国ガリア?」
「私も、この目で見るのは初めてですが……想像以上に物々しい形をしていますね」
分厚い城壁に囲まれ、広大な山を開拓して造られし帝国の姿に、エレスたちは否応なしに圧倒されてしまう。
「さて、問題なのはどうやって中に入るか……ですね」
「ライガたちはどうしてるんだろ……」
「もしかしたら、先に潜入しているのかもしれないですね……」
「まぁ、ライガたちだったら有り得そうな話ではあるね」
帝国ガリアを見つけたのはいい。
しかし、問題なのはどうやって中に入るか、である。
遠目から見ても分かるように、帝国ガリアは頑丈な城壁で囲まれている場所であり、とてもじゃないが壁をよじ登って入ることは不可能。正面突破する訳にもいかず、エレスたちはしばしの間、頭を悩ませる事になる。
しかし、そんな時間は長続きすることはなく、エレスたちは近づいてくる何者かの気配に顔を上げる。
「……エレスッ」
「まさか、勘付かれたッ!?」
何者かに周囲を取り囲まれたと察した時には遅く、闇夜から突如として姿を現したのは帝国ガリアの兵士たちであり、全てを理解した時には逃げ出すことすら不可能な状況へと追いやられていた。
「……アステナ王国の騎士、エレス・ラーツィット。ハイラント王国騎士、シルヴィア・アセンコット……だな?」
帝国兵士の一人がエレスたちを睨みつけるようにして問いかけを投げかけてくる。
まさか、名前まで知られているとは思っておらず、エレスたちは驚きに目を丸くする。
「……帝国騎士様がお呼びである。大人しく付いてきてもらおうか」
「……帝国、騎士が?」
「これはこれは……まずいことになりましたね……」
帝国ガリアへの侵入方法を考えるよりも先に、エレスたちへ突き付けられたのは目を覆いたくなる最悪な現実。
ここで無闇に抵抗すれば、帝国ガリアは警戒レベルを上げて侵入することがより困難になる。
「どうするの、エレス……?」
「……ここは素直に従うとしましょう」
「でもッ……」
「付いていけば、とりあえずは中に入ることはできます。そこでチャンスを伺いましょう」
動揺を隠せないシルヴィアとは違い、エレスは険しい表情を浮かべてはいるものの、至って冷静に言葉を漏らす。
こうして、荒野を進み帝国ガリアへと到達したエレスとシルヴィアは、先手を打った帝国兵士たちに呆気なく連行される結果となってしまうのであった。
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