終末の異世界と大罪のグリモワール ~英霊は異世界で斯く戦えり~

桜葉

第四章16 【帝国奪還編】VS炎獄の獣

「それにしても、暑くなってきたの……」

「そりゃぁ……炎に囲まれてるからな……」

 マガン大陸へ上陸したライガたち一行は、軍港の町・ズイガンで帝国兵士に追われながらも何とか先に進むことができた。

 地竜に跨ったライガたちが目指すのは航大とユイが捕らわれている帝国ガリア。
 ひたすらに荒れ果てた大地を進むと、眼前には異形の大地が待ち構えていた。

 ――絶え間ない炎が包む灼熱の大地。

 ――凍てつく氷が支配する氷獄の大地。

 ズイガンと帝国ガリアの間に存在する異形の大地は、かつての大陸間戦争にて二人の男が戦った証とも言える場所だった。しかしそんな大地も今では、強大な魔獣が闊歩する場所と化しており、無駄な戦いは避けたいライガたち一行は、迂回するルートを選択した。

「はぁ……どうしてこうなっちまうかなぁ……」

「まぁ、何もない安全な旅路は、そうそうないってことじゃな」

「たまには楽な道程があってもいいんじゃないか?」

「甘えるな……という女神からのお告げじゃな」

 突然の突風に巻き込まれた結果、シルヴィアとエレスとはぐれてしまったライガとリエル。二人は今、立ち入ってはいけないと忠告された灼熱の大地に居た。

 炎が包む世界にて、ライガとリエルの道程に立ち塞がるのは全身を炎に包んだ炎虎だった。

「――まだ、立ち去らぬか」

 静かに佇む炎虎はライガたちから目を逸らすことなく眼前に立ち塞がっており、全身を突き刺す威圧感を放つ魔獣を倒さない限り、ライガとリエルは帝国ガリアへと向かうことができない。

「立ち去る訳にはいかないんだよな。俺たちには先に進まないといけない理由があるんだ」

「ふんッ……そういうことじゃな。その炎ごと、凍りつかせてくれる」

 ちょっとした雑談を挟んでお茶を濁し、ライガとリエルは眼前に立つ炎虎へと視線を向ける。大切な仲間を助けるため、ライガは一歩を踏み出していく。

「――立ち去れ。愚かなる人間よッ」

 逃げず、戦う意志を見せるライガたちへ再びの咆哮が浴びせられる。炎虎は大地を強く蹴るとライガたちへ襲い掛かってくる。

 眼前を覆い尽くす炎虎の姿に全身が粟立つ感覚に襲われるも、ライガは一歩も引くことなく炎虎が振るう鋭利な爪を大剣で受け止めていく。

「うおおおおぉッ!」

「――ッ!」

 巨大な体躯をした炎虎は、見た目から想像に難しくない力を持っており、ライガは大剣と共に地面を滑っていく。

「そのまま離すでないぞ、ライガッ!」

「分かってるってッ!」

 歯を食いしばり、炎虎と睨み合うライガ。
 一瞬、ぶつかり合うライガと炎虎を包む時が止まる。

「――武装魔法・氷拳剛打アイス・グローブッ」

 ライガの背中に隠れるようにして飛び出してきたのは、小柄な身体に似つかわしくない巨大な『氷の腕』を持った少女・リエルだった。自身が持つ氷系統の魔力を具現化し、自らの身体に纏っていく武装魔法。

 遠距離からの攻撃だけではなく、近距離でも戦えるようにとリエルが編み出した魔法であり、その拳は触れるもの全てを氷結させる力を持っている。

「任せたぞ、リエル――ぶべッ!?」

「ちょいと、足場に使わせてもらうぞッ!」

「――ッ!?」

 炎虎とぶつかり合うライガの背後から飛び出し、そのままライガの頭を踏み台にしてその拳を振るっていくリエル。零距離から突如現れた少女が突き出してくる拳に、炎虎の目が僅かに見開かれる。

「はああああああああああぁぁぁぁぁッ!」

 リエルが振るう氷拳が炎虎の顔面を確かに捉える。
 すると、刹那の間に炎虎の身体が凍結し、遥か後方まで吹き飛んでいく。

「まだじゃッ、ライガッ!」

「――いくぜえええぇぇッ!」

 地面に墜落する炎虎に追撃しようと、ライガがすぐさま行動を起こす。

 自分の背丈ほどはある大剣を肩に抱えた状態で飛び出したライガは、凄まじい速さで炎虎との距離を詰めていく。

 凍りついた炎虎ではあるが、全身を包む炎でリエルの氷が解かそうとしている。身動きが取れない今が最大のチャンスであると判断しての行動であり、ライガはその大剣に暴風を纏わせると、炎虎の身体を両断しようとする。

「――風牙ッ!」

「――待つのじゃッ、ライガッ!」

「――はッ!?」

 ライガが振るう大剣が炎虎の身体を切り裂く――その瞬間だった。

 触れるものを切り裂く風の刃を纏ったライガの大剣によって、炎虎の身体は確かに両断されたはずだった。しかし、その瞬間に炎虎の身体はリエルの氷ごと眩い炎に包まれて――消失した。

「なんだよ、コレッ!?」

「馬鹿者ッ、今すぐそこから離れるんじゃッ!」

「――なッ!?」

 リエルの怒号が響き渡った瞬間だった。

 ライガの眼前には身体に傷一つない状態で復活を遂げた炎虎が立ち尽くしており、紅蓮の輝きを放つ瞳がライガを真正面から射抜く。

 ――理解が出来なかった。

 暴虐的な炎を振りまく炎虎の身体を、ライガは確かに切り裂いていたはずだった。
 しかしライガは思う。鈍色の輝きを放つ大剣にしっかりとした手応えがなかったことを――。

「――愚か」

「――ッ!?」

 炎虎の囁きは、確かにライガの鼓膜を震わせており――次の瞬間、ライガの身体は鋭利な炎虎の爪によって切り裂かれていた。

「ちッ……上手く嵌められたもんじゃッ……」

「ぐああぁッ!?」

「早く戻ってこんかッ!」

「お前ッ、無茶苦茶なッ……」

 ライガの右肩から左脇腹にかけて、炎虎の爪による三本の爪痕が刻まれており、そこからは大量の出血が確認できる。炎虎の攻撃を受け、苦悶の表情を浮かべるライガは、何とかして地面を蹴るとリエルの元まで戻ろうとするが、炎虎はそんな動きを許そうとはしない。

「――――ッ!」

 炎虎の咆哮が轟き、それと同時に大きく口を開いた炎虎の口から炎の塊が吐き出される。

「……厄介じゃなッ!」

 リエルは苛立たしげに表情を歪めると、ライガと炎虎の間に割って入った後に思い切り地面を殴りつける。すると、二人の眼前に巨大な氷の壁が生成され、炎虎の吐き出した炎の前に立ち塞がる。

「――くッ!?」

 炎の塊と氷の壁が触れた瞬間、その場所を中心に激しい爆発が発生する。
 氷の壁は瞬く間の内に消失し、リエルとライガの身体が灼熱の大地の中を吹き飛ばされていく。

「あっちいいぃッ!」

「大声を出すでないッ……傷口が広がるぞッ!」

 ゴロゴロと異形の大地を転がりながら、ライガは自分の身体に降りかかる炎に悶える。リエルもまた全身を泥だらけにしながら転がるのだが、すぐさま体勢を立て直すとライガの身体を治癒し始める。

「派手にやられおって……身体の治癒は魔力を多く使う。次はないぞ?」

「はぁ、はあぁ……ぐッ……すまねぇ……」

「まぁ、そのおかげであの獣のことについて情報を得ることができた」

「そうだな……アイツの身体、実体じゃない……」

 リエルとライガの連携によって得た情報。

 それは、ライガたちの眼前に立ち尽くす炎虎の身体が『炎』そのもので形成されているという事実だった。ライガが振るった大剣が炎虎の身体に触れた瞬間、その部分が炎と化した。

 そのため大剣は空を切ってしまい、しかも次の瞬間には炎虎は何事もなかったかのように存在していて、ライガは至近距離で攻撃を受けてしまった。

「あれ以上の追撃をしてこない……俺たちを殺すのなんて余裕ってことか……?」

「ふむ……獣の考えなど分からぬが、儂たちにとって都合がいい……」

 炎虎はやはりその場で立ち尽くしたままであり、じっとライガたちの動向を見守っている。

「……で、どうするんだよコレ」

「今、それを考えておる」

 集中的にライガの治癒を始めることが出来たため、炎虎より受けた傷は跡形もなく消え失せていた。僅かに身体をふらつかせながらも、ライガは立ち上がると眼前に立つ炎虎を睨みつける。


「――これ以上、我と戦うというのなら……容赦はしない」


「だったら、答えは何回も言ってんだろ……俺たちは先に進むッ!」

「――――」

 炎虎の最後通告。
 ライガはそれを一蹴した。

 刃を交えることで、炎虎に対する謎は深まり、軽い絶望感すら漂ってくるのだが、それでもライガたちは引くことができない。一秒でも早く助けなければならない友がいる。

「――それが答えか?」

「あぁッ!」

「――ならば、死ぬがいい」


「――はいっ?」


 炎虎の問いかけに自信満々な様子で応えるライガ。
 すると、その瞬間にライガの足元に存在していたはずの大地が――消えた。

「なんだ、コレ……」

「ライガ、気をつけるんじゃぞ。落ちたら――死ぬぞ?」

 足をつけていたはずの大地が消失し、ライガの眼下には赤く燃え滾るマグマが広がっていた。そして、重力に従う形でライガの身体はゆっくりと落下を始めてマグマの中へと飛び込もうとしていた。


「うおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉッ!?」


 突如として裂ける大地。その奥には灼熱の大地と呼ばれるに相応しい物が存在していた。

 どこまでも響き渡る叫び声と共に、ライガの身体は万物を溶かすマグマの中へと消えようとしているのであった。

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