終末の異世界と大罪のグリモワール ~英霊は異世界で斯く戦えり~
第四章10 【帝国奪還編】救いの旅
「ここから帝国ガリアまでは、どれくらい掛かるんだ……?」
「そうですね……このまま順調に進めば丸一日……といったところでしょうか?」
「うへぇ……もうコハナ大陸を出て半日だぜ? 結構遠いんだな……」
「まぁ、大陸間の移動ですからね。それは仕方ありませんよ」
航大とユイが帝国騎士たちの手により連れ去られてから半日。アステナ王国の王女・レイナが手配してくれた資材船に乗り込んだライガたちは、遥か海の向こうに待つマガン大陸を目指して航海を続けていた。
「はぁ……おにーさんたち、無事かなぁ……」
「ふむ……無事であることを祈るしかないじゃろうな、儂たちは……」
ライガとエレスが言葉を交わす中、静かに漂う海面を見つめて溜息を漏らすのはハイラント王国の騎士・シルヴィア。アステナ王国での戦いでは、ライガと共に城下町の鎮圧を任されていた彼女は、立て続けに襲い掛かってくる魔獣たちを蹴散らし、己に与えられた任務をしっかりと全うしていた。
しかしそれも、突如として姿を表した色欲のグリモワールを所有する帝国騎士・ハイネが持つ権能の前に倒れ伏してしまう。
「……儂がもっと力を持っていたら、主様は連れ去られることはなかった」
「…………」
北方の賢者・リエルはそう呟くと、細く小さい自分の手を強く握りしめ、悔しげに唇を歪ませて船の床を睨みつける。別の場所で戦っていたライガやシルヴィアとは違い、リエルは最後まで航大やユイと共に戦い続けていた。
だからこそ敵を目前として力尽き、その結果として主である少年と、共に戦った少女を失ったのだ。誰よりも悔しさに苛まれるリエルは、コハナ大陸を出てからも言葉は少ない。
「……今、悔やんでもしょうがないよ。私たちはおにーさんたちを助けるために、こうして船に乗ってるんだし。過去を悔やむんじゃなくて、最善の未来を信じて進むしかない」
そんなリエルの言葉を聞いて、相変わらず狭い窓から外を見つめるシルヴィアが反応を見せる。彼女もまた、リエルと同じように悔やむ気持ちはある。しかし、いつまでも悔やんでいてはいけない。失敗から得た経験を持って、次は己が望む未来を手に入れようと心を入れ替えているのだ。
「……ふん、まさか小娘に励まされる日が来ようとはな」
「あッ、今ちょっと馬鹿にしたでしょッ!?」
「これでも感謝しておるのだぞ?」
「ふーーーん、どーだかー」
くすくすと楽しげに笑みを浮かべるリエルを見て、シルヴィアはぷくっと頬を膨らませると不満げな様子を見せてくる。
彼女たちの気持ちは前を向いている。
もう二度と、同じ過ちは繰り返さないと。
「それにしても、本当にここは狭いの……」
「まぁ、しょうがないんじゃない? 本来、この船には人を乗せるって想定がされてなかったんだし」
「うむぅ……というか、そろそろそこをどくのじゃ。窓際は交代で使うって話じゃったじゃろッ!」
「えー、まだ交代の時間には早い気がするんだけどー」
「そんなことないぞッ! 全く……こんな倉庫みたいな場所に人を詰め込みおって……埃っぽくて敵わん」
ライガ、リエル、シルヴィア、エレスの四人はコハナ大陸からマガン大陸を繋ぐ資材船に乗り込んでいた。これが唯一、コハナ大陸から出ているマガン大陸へ向かう船であり、その船に乗せてもらうことでライガたち一行はマガン大陸への上陸を目指していた。
資材船というだけあって、この船には人が居住するスペースが極端に削られていた。
最低限の場所しか確保されておらず、それに乗せてもらう立場のライガたちは僅かなスペースである小さな倉庫に身を寄せ合っていた。
「いいから早くそこをどくんじゃッ!」
「むッ……なんかそう言われると抵抗したくなるッ!」
「意味が分からんッ! もう儂は耐えられんのじゃッ! 新鮮な空気を吸わせろーッ!」
「いーやーだーッ!」
リエルたちが詰め込まれている小さな倉庫には、一つだけ外と繋がっている小さな窓が存在していた。窓の向こうには快晴の青空と真っ青の海が広がっていて、唯一外気に触れることが出来るポイントなのであった。
「おい、お前らッ……ちょっと暴れるなってッ……埃がッ……ごほッ、ごほぉッ!?」
「ライガは黙っててッ! これは女同士の負けられない戦いなんだからッ!」
「そうじゃッ! 頑丈な男たちが出る幕ではないのじゃッ!」
窓から最も遠い位置に、ライガとエレスは隔離されている。
リエルたちが暴れることで外から吹き込む風も相まって、大量の埃がライガとエレスを襲うのだが、そんなことはお構いなしにリエルたちは暴れまわっている。
「ははッ、元気があっていいじゃないですか。先ほどみたいに沈んでいるよりかは、全然マシですよ」
「こほッ、ごほッ……いや、こんな埃舞ってる中でッ……どうしてお前は普通でいられるんだよッ……」
「これくらいで参ってるようじゃ、レイナ王女の側近は務まりませんからね」
「……マジかよ、恐るべし……アステナ王国」
リエルとシルヴィアが暴れまわる中、ライガは劣悪な環境でもニコニコと微笑みを絶やさないエレスを見て驚愕の表情を浮かべる。
そんなこんなしている間に、リエルとシルヴィアの窓際争奪戦の決着がつく。
「ふっふっふ、小娘が儂に勝とうなんざ百万年ほど早いわッ」
「くっそー、魔法使うなんてずるくないッ!?」
リエルが唱えた魔法によってシルヴィアの身体は倉庫の端まで吹き飛ばされており、窓際の空いたスペースには優雅な笑みを浮かべるリエルがどっしりと陣取る。
「はぁ……全く、これから敵地に出向く奴らの雰囲気とは思えないぜ……」
「ふふッ……今はこうでいいのかもしれませんよ。これから過酷な戦いが待っているのは、間違いありません。なにせ、向かっているのは敵地も敵地……帝国ガリアなんですから」
「それでも、もう少し緊張感って奴をだな……」
「私は辛気臭い空気になるよりかは、ああして無理をしていたとしても、笑顔を見せてくれる方がいいと思いますよ」
「まぁ……そりゃあな……」
「さぁ、アステナ王国から持ってきた食事を頂いて……少しゆっくりしたら就寝するとしましょう」
「はーいッ!」
「うむ、分かった」
エレスの言葉にシルヴィアとリエルが元気よく挨拶する。
周囲のそんな様子に苦笑を浮かべるライガだが、その意識は遥か前方に待つ帝国が統べる大陸・マガンへと向けられている。
今回の奪還作戦ではライガが隊長としてリエル、シルヴィア、エレスを率いることになる。
危険な作戦であることは間違いなく、しかも失敗することは許されない。
今すぐにでも押し潰されそうな重圧に晒される中、ライガの心に安寧を届けてくれるのは、リエルとシルヴィアであることに間違いはなかった。
航大とユイを助け出す。
そして全員が無事で帰還する。
それがライガに与えられし責任であり、任務である。
四人が入るだけで精一杯な資材船の倉庫。そこでの時間は静かに、そして確実に過ぎていくのであった。
◆◆◆◆◆
「……見えてきましたよ」
「…あれが、マガン大陸」
騒がしかった時間も過ぎ去り、日付が変わった夜明け頃。
エレスの静かな声音が響くのと同時に、周囲に緊張感が伝播していく。
「大陸の上にだけ分厚い雲が……」
「うむ、今までに見たことのない異様な雰囲気じゃ……」
窓から身を乗り出すようにして前方を見つめるリエルとシルヴィアは、眼前に広がる異形の大地に言葉を失う。
確かな形として現れた異形の大地。
ライガ、リエル、シルヴィア、エレスの四人による航大、ユイの奪還作戦が本格的に始まろうとしていた。
マガン大陸を舞台にした戦いが今、始まろうとしていた――。
「そうですね……このまま順調に進めば丸一日……といったところでしょうか?」
「うへぇ……もうコハナ大陸を出て半日だぜ? 結構遠いんだな……」
「まぁ、大陸間の移動ですからね。それは仕方ありませんよ」
航大とユイが帝国騎士たちの手により連れ去られてから半日。アステナ王国の王女・レイナが手配してくれた資材船に乗り込んだライガたちは、遥か海の向こうに待つマガン大陸を目指して航海を続けていた。
「はぁ……おにーさんたち、無事かなぁ……」
「ふむ……無事であることを祈るしかないじゃろうな、儂たちは……」
ライガとエレスが言葉を交わす中、静かに漂う海面を見つめて溜息を漏らすのはハイラント王国の騎士・シルヴィア。アステナ王国での戦いでは、ライガと共に城下町の鎮圧を任されていた彼女は、立て続けに襲い掛かってくる魔獣たちを蹴散らし、己に与えられた任務をしっかりと全うしていた。
しかしそれも、突如として姿を表した色欲のグリモワールを所有する帝国騎士・ハイネが持つ権能の前に倒れ伏してしまう。
「……儂がもっと力を持っていたら、主様は連れ去られることはなかった」
「…………」
北方の賢者・リエルはそう呟くと、細く小さい自分の手を強く握りしめ、悔しげに唇を歪ませて船の床を睨みつける。別の場所で戦っていたライガやシルヴィアとは違い、リエルは最後まで航大やユイと共に戦い続けていた。
だからこそ敵を目前として力尽き、その結果として主である少年と、共に戦った少女を失ったのだ。誰よりも悔しさに苛まれるリエルは、コハナ大陸を出てからも言葉は少ない。
「……今、悔やんでもしょうがないよ。私たちはおにーさんたちを助けるために、こうして船に乗ってるんだし。過去を悔やむんじゃなくて、最善の未来を信じて進むしかない」
そんなリエルの言葉を聞いて、相変わらず狭い窓から外を見つめるシルヴィアが反応を見せる。彼女もまた、リエルと同じように悔やむ気持ちはある。しかし、いつまでも悔やんでいてはいけない。失敗から得た経験を持って、次は己が望む未来を手に入れようと心を入れ替えているのだ。
「……ふん、まさか小娘に励まされる日が来ようとはな」
「あッ、今ちょっと馬鹿にしたでしょッ!?」
「これでも感謝しておるのだぞ?」
「ふーーーん、どーだかー」
くすくすと楽しげに笑みを浮かべるリエルを見て、シルヴィアはぷくっと頬を膨らませると不満げな様子を見せてくる。
彼女たちの気持ちは前を向いている。
もう二度と、同じ過ちは繰り返さないと。
「それにしても、本当にここは狭いの……」
「まぁ、しょうがないんじゃない? 本来、この船には人を乗せるって想定がされてなかったんだし」
「うむぅ……というか、そろそろそこをどくのじゃ。窓際は交代で使うって話じゃったじゃろッ!」
「えー、まだ交代の時間には早い気がするんだけどー」
「そんなことないぞッ! 全く……こんな倉庫みたいな場所に人を詰め込みおって……埃っぽくて敵わん」
ライガ、リエル、シルヴィア、エレスの四人はコハナ大陸からマガン大陸を繋ぐ資材船に乗り込んでいた。これが唯一、コハナ大陸から出ているマガン大陸へ向かう船であり、その船に乗せてもらうことでライガたち一行はマガン大陸への上陸を目指していた。
資材船というだけあって、この船には人が居住するスペースが極端に削られていた。
最低限の場所しか確保されておらず、それに乗せてもらう立場のライガたちは僅かなスペースである小さな倉庫に身を寄せ合っていた。
「いいから早くそこをどくんじゃッ!」
「むッ……なんかそう言われると抵抗したくなるッ!」
「意味が分からんッ! もう儂は耐えられんのじゃッ! 新鮮な空気を吸わせろーッ!」
「いーやーだーッ!」
リエルたちが詰め込まれている小さな倉庫には、一つだけ外と繋がっている小さな窓が存在していた。窓の向こうには快晴の青空と真っ青の海が広がっていて、唯一外気に触れることが出来るポイントなのであった。
「おい、お前らッ……ちょっと暴れるなってッ……埃がッ……ごほッ、ごほぉッ!?」
「ライガは黙っててッ! これは女同士の負けられない戦いなんだからッ!」
「そうじゃッ! 頑丈な男たちが出る幕ではないのじゃッ!」
窓から最も遠い位置に、ライガとエレスは隔離されている。
リエルたちが暴れることで外から吹き込む風も相まって、大量の埃がライガとエレスを襲うのだが、そんなことはお構いなしにリエルたちは暴れまわっている。
「ははッ、元気があっていいじゃないですか。先ほどみたいに沈んでいるよりかは、全然マシですよ」
「こほッ、ごほッ……いや、こんな埃舞ってる中でッ……どうしてお前は普通でいられるんだよッ……」
「これくらいで参ってるようじゃ、レイナ王女の側近は務まりませんからね」
「……マジかよ、恐るべし……アステナ王国」
リエルとシルヴィアが暴れまわる中、ライガは劣悪な環境でもニコニコと微笑みを絶やさないエレスを見て驚愕の表情を浮かべる。
そんなこんなしている間に、リエルとシルヴィアの窓際争奪戦の決着がつく。
「ふっふっふ、小娘が儂に勝とうなんざ百万年ほど早いわッ」
「くっそー、魔法使うなんてずるくないッ!?」
リエルが唱えた魔法によってシルヴィアの身体は倉庫の端まで吹き飛ばされており、窓際の空いたスペースには優雅な笑みを浮かべるリエルがどっしりと陣取る。
「はぁ……全く、これから敵地に出向く奴らの雰囲気とは思えないぜ……」
「ふふッ……今はこうでいいのかもしれませんよ。これから過酷な戦いが待っているのは、間違いありません。なにせ、向かっているのは敵地も敵地……帝国ガリアなんですから」
「それでも、もう少し緊張感って奴をだな……」
「私は辛気臭い空気になるよりかは、ああして無理をしていたとしても、笑顔を見せてくれる方がいいと思いますよ」
「まぁ……そりゃあな……」
「さぁ、アステナ王国から持ってきた食事を頂いて……少しゆっくりしたら就寝するとしましょう」
「はーいッ!」
「うむ、分かった」
エレスの言葉にシルヴィアとリエルが元気よく挨拶する。
周囲のそんな様子に苦笑を浮かべるライガだが、その意識は遥か前方に待つ帝国が統べる大陸・マガンへと向けられている。
今回の奪還作戦ではライガが隊長としてリエル、シルヴィア、エレスを率いることになる。
危険な作戦であることは間違いなく、しかも失敗することは許されない。
今すぐにでも押し潰されそうな重圧に晒される中、ライガの心に安寧を届けてくれるのは、リエルとシルヴィアであることに間違いはなかった。
航大とユイを助け出す。
そして全員が無事で帰還する。
それがライガに与えられし責任であり、任務である。
四人が入るだけで精一杯な資材船の倉庫。そこでの時間は静かに、そして確実に過ぎていくのであった。
◆◆◆◆◆
「……見えてきましたよ」
「…あれが、マガン大陸」
騒がしかった時間も過ぎ去り、日付が変わった夜明け頃。
エレスの静かな声音が響くのと同時に、周囲に緊張感が伝播していく。
「大陸の上にだけ分厚い雲が……」
「うむ、今までに見たことのない異様な雰囲気じゃ……」
窓から身を乗り出すようにして前方を見つめるリエルとシルヴィアは、眼前に広がる異形の大地に言葉を失う。
確かな形として現れた異形の大地。
ライガ、リエル、シルヴィア、エレスの四人による航大、ユイの奪還作戦が本格的に始まろうとしていた。
マガン大陸を舞台にした戦いが今、始まろうとしていた――。
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