終末の異世界と大罪のグリモワール ~英霊は異世界で斯く戦えり~
第四章2 【帝国脱出編】帝国への旅路
「さぁ、見えてきたよ。あれがマガン大陸」
「……マガン大陸」
大自然溢れる大陸・コハナを統治するアステナ王国での戦いに敗れた航大は、大罪のグリモワールを持つ帝国騎士の女・アリアと共に帝国ガリアへと向かって移動を続けていた。
仲間の命を守るため投降した航大は、両手を魔力が込められた手枷で封じられた状態で小舟に揺られていた。アリアと他愛もない会話を繰り返していると、航大たちの眼前に巨大な大陸が見えてくる。
――それは異様な光景だった。
海の上から見えるマガン大陸はどこまでも荒廃した大地が続いており、至る所から黒煙と白煙が立ち込めており、大陸の上空だけ分厚い雲が覆う曇天の空模様となっている。
大自然が溢れるコハナ大陸からやってきた航大にとって、眼前に存在するマガン大陸はあまりにも異様な形で映っていた。
「アハッ、ようこそッ……ここがマガン大陸の入り口、軍港の町・ズイガンだヨ」
「軍港……?」
「そう。あの港から大陸に上陸するんだヨ」
大陸の様子に目を奪われていた航大の前に姿を現したのは、幾つもの船が立ち並ぶ港だった。軍港と呼ばれているだけあり、港のあちこちには武装された巨大船が停泊しており、物々しい空気を醸し出している。
「なんであんなに船が……もしかして、もう戦争でもしようってのか?」
「アハハッ、私はそれでもいいんだけどネ。残念ながら、今すぐに戦争の予定はないと思うヨ? アレはいつ戦争になってもいいように準備してるだけ」
「……戦争の準備ね」
異世界にやってきて、航大は平和な国を見てきた。過去に大陸間で戦争があった事実は知っていたが、それも今は昔の話。
ハイラント王国も、アステナ王国も今では平和な様子を見せており、誰もが戦争から解放されているのだ。しかし、それが帝国ガリアが統治するマガン大陸では違っていた。
いつかやってくる戦争のために着実に準備を整えており、その脅威は日に日に増しているのだと実感することができた。
「船での移動はここまで。次からは大陸の中を移動することになるヨ」
小舟を港に停泊させると、航大たちは軍港・ズイガンへと足を踏み入れる。軍港のすぐ隣には小さな町が存在していて、この形はコハナ大陸へ上陸する際に通った港町・シーラと似ていた。
しかし、マガン大陸に存在する軍港・ズイガンは港町・シーラとは様子が一変していた。この町に住まう人間には笑みが存在せず、誰もが苦痛に満ちた表情を浮かべて鉄筋をどこかへ運んでいる。
「…………」
「うーん、どうしたのカナ?」
「……あの人たちは何をしてるんだ?」
「あー、詳しくは知らないケド、船を作ってるんじゃないかな。この町に住まう人間はみんな、あんな感じで労働してるんダヨ」
苦しげな表情を浮かべる人々を見ても、帝国騎士であるアリアは何も思うところは無いと関心を見せることはない。国に属する騎士とは、国民を守るために存在している……というのが、航大が持ち得る知識であった。しかしそれは帝国ガリアでは違うらしく、どれだけ人々が苦しんでいようとも助けようなどという考えは微塵もないらしい。
「アハッ、また顔が怖くなっってるヨ?」
「…………」
「苦しいのは今だけダヨ。総統が作る未来が実現すれば、必ずみんな幸せになれるんだから」
「ふん、胡散臭すぎるな……」
「君は違うだろうけど、この町、この大陸に住まう人間は誰もがそう思ってるんダヨ」
「…………」
――そんなはずはない。
総統と呼ばれる人物を崇拝している帝国騎士のアリアと長く話していたくない航大は、心の中で渦巻く負の感情を感じながらも沈黙を保つことを選ぶ。
「はぁ……帝国まではまだ時間が掛かるのか?」
「うーん……そうだネー、帝国まではこの港町から丸一日は掛かるかナ」
「丸一日……もちろん、休憩は無しなんだよな?」
「アハッ、当たり前だよネ。総統は君に早く会いたがってる。一秒たりとも時間は無駄にできないかな」
コハナ大陸を出てから既に船の上で一夜を明かしていた。アステナ王国での戦いも終わったばかりであり、疲労感の強い身体なのであるが、アリアは意地の悪い笑みを浮かべると歩を進めていく。
「さ、これに乗ってもらうヨ」
「これって……」
「マガン大陸では欠かせない足……翼竜のミルアちゃんだヨ」
アリアの後を付いて歩いた先、そこには大きな翼を生やした翼竜の姿があった。
ゴツゴツとした肌と凛々しい顔つき、そして航大よりも数倍はあるだろう巨大な体躯をした翼竜は、帝国騎士・アリアが笑みを浮かべて近寄っても身動き一つ取ることはなく、静かに主の命令を待っている。
「翼竜……コイツに乗るのか……?」
「そうだヨ。この町から帝国へ向かうには、必ず空路じゃないとダメなんだよネ」
「空路じゃないとダメ……?」
「アハッ、この大地に住んでる者、正しく帝国に招かれる者なら誰でも知ってることだヨ。この大陸で生きていくには、空路での移動手段は必須なんだよネ」
その言葉に航大は首を傾げる。
周囲を見渡しても翼竜の姿は見えず、むしろコハナ大陸と同じように地竜の姿が多いように見える。それにこの大地は極端に自然が少なく、川などが多い等の理由も見当たらない。
それなのに何故、空路による移動手段が主となっているのか――。
「分からないって顔してるネ。答えはミルアちゃんに乗ったら分かるヨ」
翼竜の背に乗り、航大を見下ろすアリア。
彼女は首を傾げる航大を見てクスクスと楽しげに笑みを浮かべると、その手を差し出してくるのであった。
◆◆◆◆◆
「なんだ、コレ……」
「アハッ、どうして空路じゃないとダメか分かった?」
アリアが従える翼竜の背中に乗って軍港の町・ズイガンを出発してから数時間が経過した。空を自由に飛ぶ航大たちの眼下には、想像を絶する光景が広がっていた。
「マガン大陸はネ、大陸全土が火山なんだよネ。だから、大陸のあちこちにはあんな風に火口が存在しているし、巨大な間欠泉がいくつも点在してる」
「…………」
「この大陸はいつ大規模な噴火が発生してもおかしくない状況にあるし、こんな環境だからこそ、自然が存在しない大地でもある訳だネ」
アリアが説明した通り、航大の眼下には『地獄』のような光景が広がっていた。
地面のあちこちが裂け、その間から絶え間なく間欠泉が点在している。
さらに大きな穴があると思えば、その奥には赤く燃え滾るマグマの存在が確認でき、とても人間が生活できるような環境ではなく、陸路を選択しない理由も瞬時に理解することができた。
「陸路を使わない理由。それは環境が劣悪だからというのもあるけど、それ以外にもあるんだよネ」
「これ以外に理由があるのか……?」
「うーん、例えば…………えいッ!」
「――ッ!?」
アリアは懐から小刀を取り出すと、おもむろにそれを放り投げる。
重力に従って地獄の環境と化している眼下に広がる地面へと落下する小刀。遥か下まで落下した小刀が地面に衝突し、甲高い金属音を響かせた瞬間だった。
「――ッ!」
周囲に咆哮が轟いたかと思えば、あちこちに点在する火口から全身に炎を纏った炎竜が姿を現した。炎竜はその目を爛々と輝かせると、小刀へ向けて渦を巻く炎を放っていく。
「……ま、魔獣?」
「正解。この大地には、あんな風にたくさんの魔獣が生息してるんだよネ。多分、バルベット大陸、コハナ大陸なんかとは比べ物にならない数のネ」
火口から飛び出してきた炎竜の他に、ヒビ割れた大地の切れ目からも小さな蟻のような魔獣たちが姿を現している。
その全てが小刀が落下したポイントに群がっており、その異様な光景に航大は目を見開き絶句する他なかった。
「こんな環境だからネ。魔獣たちはみんなお腹を空かせてるワケ。だから、人間なんかがあんな場所を歩いたら、一瞬で魔獣たちの餌食になっちゃうんだよネ」
「…………」
「アハッ、もし君の仲間が助けに来たのなら……帝国へは辿り着けず、魔獣たちの餌になっちゃうだろうネ」
帝国騎士・アリアの声が鼓膜を震わせる。
――マガン大陸。
それはまさしく死の大地であり、この世の地獄を具現化した大陸であることは間違いない。
とんでもない場所へやってきてしまった。
そんな思いを胸の中に秘め、航大たちは帝国ガリアへの旅路を進むのであった。
「……マガン大陸」
大自然溢れる大陸・コハナを統治するアステナ王国での戦いに敗れた航大は、大罪のグリモワールを持つ帝国騎士の女・アリアと共に帝国ガリアへと向かって移動を続けていた。
仲間の命を守るため投降した航大は、両手を魔力が込められた手枷で封じられた状態で小舟に揺られていた。アリアと他愛もない会話を繰り返していると、航大たちの眼前に巨大な大陸が見えてくる。
――それは異様な光景だった。
海の上から見えるマガン大陸はどこまでも荒廃した大地が続いており、至る所から黒煙と白煙が立ち込めており、大陸の上空だけ分厚い雲が覆う曇天の空模様となっている。
大自然が溢れるコハナ大陸からやってきた航大にとって、眼前に存在するマガン大陸はあまりにも異様な形で映っていた。
「アハッ、ようこそッ……ここがマガン大陸の入り口、軍港の町・ズイガンだヨ」
「軍港……?」
「そう。あの港から大陸に上陸するんだヨ」
大陸の様子に目を奪われていた航大の前に姿を現したのは、幾つもの船が立ち並ぶ港だった。軍港と呼ばれているだけあり、港のあちこちには武装された巨大船が停泊しており、物々しい空気を醸し出している。
「なんであんなに船が……もしかして、もう戦争でもしようってのか?」
「アハハッ、私はそれでもいいんだけどネ。残念ながら、今すぐに戦争の予定はないと思うヨ? アレはいつ戦争になってもいいように準備してるだけ」
「……戦争の準備ね」
異世界にやってきて、航大は平和な国を見てきた。過去に大陸間で戦争があった事実は知っていたが、それも今は昔の話。
ハイラント王国も、アステナ王国も今では平和な様子を見せており、誰もが戦争から解放されているのだ。しかし、それが帝国ガリアが統治するマガン大陸では違っていた。
いつかやってくる戦争のために着実に準備を整えており、その脅威は日に日に増しているのだと実感することができた。
「船での移動はここまで。次からは大陸の中を移動することになるヨ」
小舟を港に停泊させると、航大たちは軍港・ズイガンへと足を踏み入れる。軍港のすぐ隣には小さな町が存在していて、この形はコハナ大陸へ上陸する際に通った港町・シーラと似ていた。
しかし、マガン大陸に存在する軍港・ズイガンは港町・シーラとは様子が一変していた。この町に住まう人間には笑みが存在せず、誰もが苦痛に満ちた表情を浮かべて鉄筋をどこかへ運んでいる。
「…………」
「うーん、どうしたのカナ?」
「……あの人たちは何をしてるんだ?」
「あー、詳しくは知らないケド、船を作ってるんじゃないかな。この町に住まう人間はみんな、あんな感じで労働してるんダヨ」
苦しげな表情を浮かべる人々を見ても、帝国騎士であるアリアは何も思うところは無いと関心を見せることはない。国に属する騎士とは、国民を守るために存在している……というのが、航大が持ち得る知識であった。しかしそれは帝国ガリアでは違うらしく、どれだけ人々が苦しんでいようとも助けようなどという考えは微塵もないらしい。
「アハッ、また顔が怖くなっってるヨ?」
「…………」
「苦しいのは今だけダヨ。総統が作る未来が実現すれば、必ずみんな幸せになれるんだから」
「ふん、胡散臭すぎるな……」
「君は違うだろうけど、この町、この大陸に住まう人間は誰もがそう思ってるんダヨ」
「…………」
――そんなはずはない。
総統と呼ばれる人物を崇拝している帝国騎士のアリアと長く話していたくない航大は、心の中で渦巻く負の感情を感じながらも沈黙を保つことを選ぶ。
「はぁ……帝国まではまだ時間が掛かるのか?」
「うーん……そうだネー、帝国まではこの港町から丸一日は掛かるかナ」
「丸一日……もちろん、休憩は無しなんだよな?」
「アハッ、当たり前だよネ。総統は君に早く会いたがってる。一秒たりとも時間は無駄にできないかな」
コハナ大陸を出てから既に船の上で一夜を明かしていた。アステナ王国での戦いも終わったばかりであり、疲労感の強い身体なのであるが、アリアは意地の悪い笑みを浮かべると歩を進めていく。
「さ、これに乗ってもらうヨ」
「これって……」
「マガン大陸では欠かせない足……翼竜のミルアちゃんだヨ」
アリアの後を付いて歩いた先、そこには大きな翼を生やした翼竜の姿があった。
ゴツゴツとした肌と凛々しい顔つき、そして航大よりも数倍はあるだろう巨大な体躯をした翼竜は、帝国騎士・アリアが笑みを浮かべて近寄っても身動き一つ取ることはなく、静かに主の命令を待っている。
「翼竜……コイツに乗るのか……?」
「そうだヨ。この町から帝国へ向かうには、必ず空路じゃないとダメなんだよネ」
「空路じゃないとダメ……?」
「アハッ、この大地に住んでる者、正しく帝国に招かれる者なら誰でも知ってることだヨ。この大陸で生きていくには、空路での移動手段は必須なんだよネ」
その言葉に航大は首を傾げる。
周囲を見渡しても翼竜の姿は見えず、むしろコハナ大陸と同じように地竜の姿が多いように見える。それにこの大地は極端に自然が少なく、川などが多い等の理由も見当たらない。
それなのに何故、空路による移動手段が主となっているのか――。
「分からないって顔してるネ。答えはミルアちゃんに乗ったら分かるヨ」
翼竜の背に乗り、航大を見下ろすアリア。
彼女は首を傾げる航大を見てクスクスと楽しげに笑みを浮かべると、その手を差し出してくるのであった。
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「なんだ、コレ……」
「アハッ、どうして空路じゃないとダメか分かった?」
アリアが従える翼竜の背中に乗って軍港の町・ズイガンを出発してから数時間が経過した。空を自由に飛ぶ航大たちの眼下には、想像を絶する光景が広がっていた。
「マガン大陸はネ、大陸全土が火山なんだよネ。だから、大陸のあちこちにはあんな風に火口が存在しているし、巨大な間欠泉がいくつも点在してる」
「…………」
「この大陸はいつ大規模な噴火が発生してもおかしくない状況にあるし、こんな環境だからこそ、自然が存在しない大地でもある訳だネ」
アリアが説明した通り、航大の眼下には『地獄』のような光景が広がっていた。
地面のあちこちが裂け、その間から絶え間なく間欠泉が点在している。
さらに大きな穴があると思えば、その奥には赤く燃え滾るマグマの存在が確認でき、とても人間が生活できるような環境ではなく、陸路を選択しない理由も瞬時に理解することができた。
「陸路を使わない理由。それは環境が劣悪だからというのもあるけど、それ以外にもあるんだよネ」
「これ以外に理由があるのか……?」
「うーん、例えば…………えいッ!」
「――ッ!?」
アリアは懐から小刀を取り出すと、おもむろにそれを放り投げる。
重力に従って地獄の環境と化している眼下に広がる地面へと落下する小刀。遥か下まで落下した小刀が地面に衝突し、甲高い金属音を響かせた瞬間だった。
「――ッ!」
周囲に咆哮が轟いたかと思えば、あちこちに点在する火口から全身に炎を纏った炎竜が姿を現した。炎竜はその目を爛々と輝かせると、小刀へ向けて渦を巻く炎を放っていく。
「……ま、魔獣?」
「正解。この大地には、あんな風にたくさんの魔獣が生息してるんだよネ。多分、バルベット大陸、コハナ大陸なんかとは比べ物にならない数のネ」
火口から飛び出してきた炎竜の他に、ヒビ割れた大地の切れ目からも小さな蟻のような魔獣たちが姿を現している。
その全てが小刀が落下したポイントに群がっており、その異様な光景に航大は目を見開き絶句する他なかった。
「こんな環境だからネ。魔獣たちはみんなお腹を空かせてるワケ。だから、人間なんかがあんな場所を歩いたら、一瞬で魔獣たちの餌食になっちゃうんだよネ」
「…………」
「アハッ、もし君の仲間が助けに来たのなら……帝国へは辿り着けず、魔獣たちの餌になっちゃうだろうネ」
帝国騎士・アリアの声が鼓膜を震わせる。
――マガン大陸。
それはまさしく死の大地であり、この世の地獄を具現化した大陸であることは間違いない。
とんでもない場所へやってきてしまった。
そんな思いを胸の中に秘め、航大たちは帝国ガリアへの旅路を進むのであった。
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