終末の異世界と大罪のグリモワール ~英霊は異世界で斯く戦えり~

桜葉

第三章31 業炎包む城下町

「あ、あれは……」

 屋敷を飛び出した航大たち一行が向かう先。

 森林を抜けたその先に待つのは、緑と清流が融合する大自然の国・アステナ。魔獣たちの侵入を防ぐために建てられた城壁は見るも無残な崩壊を遂げており、森林から飛び出してくる無数の小型魔獣たちが言葉にならない咆哮と共にアステナへの侵入を試みている。

「おいおいッ……やべぇぜ、これッ……」

「前が塞がれるッ……!」

 地竜と共にアステナへ到達しようとする航大たちの気配を察した魔獣たちが踵を返し、地竜が引く客車へと殺到してくる。

「――全員、頭を下げろッ!」

 客車の中で響く怒号。

 それはライガのもので間違いなく、金髪を風に靡かせる青年は背負っていた大剣を引き抜くと、鈍色に輝く刀身に暴風を纏っていく。

 その様子を見た航大たちは一瞬で彼の行動を読み取ると、瞬時に姿勢を低くして衝撃に備える。

「――風牙ッ!」

 ライガの鋭い声が響くのと同時に、客車を上下に二分割するようにして巨大な風の刃が発生し、眼前に飛びかかる小型魔獣たちの身体を容易く引き裂いていく。

「よし、今だッ……進めッ!」

「……はいッ!」

 怒号が響く中、眼前に広がった一筋の道を突き進む航大たち。

 セレナが操縦する地竜たちと共に、航大たち一行はアステナ王国が誇る緑豊かな城下町へと足を踏み入れることに成功するのであった。

「なんだよ、これ……」

 アステナの城下町へと足を踏み入れた航大たちを待ち受けていたのは、街のあちこちを業炎と黒炎が包む地獄絵図だった。あれほどにまで美しかった街の面影はどこにも残ってはおらず、商業区として繁栄を極めていた城下町は、夥しい数の魔獣たちによって破壊の限りを尽くされていた。

 その光景は航大やライガたちを絶望に叩き落とした氷都市・ミノルアと被って映るものだった。

「……航大、アレ見て」

「――ッ!?」

 航大たちが眼前に広がる城下町の惨状に目を奪われる中、ユイが指差す先に『それ』は存在していた。

「……魔竜・ギヌス」

 航大たちが向ける視線の先。

 そこにはアステナ王城が存在していて、そんな城の一際高い塔の上……そこには巨大な竜の姿があった。想像を絶する程に巨大なその竜は、アステナの王城を包み込むことが出来るほどの翼を広げ、その身体は遠目からでも分かるくらいに緑に染まっていた。

「間違いありません。あの禍々しい魔力……そして、植物を生やす竜の姿……あれが魔竜・ギヌス……」

 呆然とする航大たちの中で、震える言葉で紡ぐのはプリシラ・ネポルだった。
 魔竜・ギヌスの本体を封じる者として、彼女が魔竜・ギヌスを間違えるはずがなかった。

「マジかよ……」

「あ、あれが……おとぎ話にも出てくる魔竜なの……?」

「ふむ、直で見ると迫力が違うの……」

 アステナの王城に取り付くようにして存在する魔竜・ギヌスを見て、ライガ、シルヴィア、リエルの三人も茫然自失といった様子を見せていた。

 魔竜・ギヌスは鋭い眼光で城下町を見下ろすと、何度も咆哮を轟かせている。

 身体のあちこちからは青々と葉が茂る木々が生えており、禍々しい姿形からは想像も出来ない色とりどりの花が全身を覆っている。

「どうするよ、アレ……」

 遠目で見ても分かる巨大な翼竜を前にして、ライガが乾いた笑みと共に問いかけてくる。
 その問いかけに対してすぐに答える者はおらず、しばしの静寂が周囲を包み込む。

「……ここは二手に分かれよう」

「二手?」

 航大の提案にライガが首をかしげる。
 その様子を見ながら航大は言葉を続ける。

「城下町の魔獣たちを駆除する班と、王城へ急いで魔竜をどうにかする班の二つだ」

「航大、マジで言ってるのか? あの魔竜を倒そうってのかよ」

「……そうしなきゃこの国は終わりだ。もう目の前で誰かが命を落とす……そんな姿を俺は見たくないんだ」

「…………」

 航大の表情には強い決意が灯っていた。

 氷都市・ミノルア。あの街で航大は誰よりも無力だった。
 戦う力を持たず、誰かを助けたいと言葉だけが先行した結果、数多の命と共に街は崩壊した。

「今度こそ守る……」

 少年の瞳には一切の迷いは無かった。

 あの時とは違う。自分には戦う力がある。共に戦ってくれる仲間がいる。

 目の前に在るもの全てを守り通すと少年は固く誓う。

「……やれるんだな、航大?」

「やれるさ」

「……分かった。それなら、ここは俺とシルヴィアに任せろ」

「うん。そうだね。こんな魔獣たち相手なら私たちで十分って感じかな」

 航大の強い意志を肌で感じたライガは、一つ大きく頷き片手に握っていた大剣を肩に担ぐと笑みを浮かべてこの場に留まることを決める。

 決意を胸に抱く航大を見て、シルヴィアは自分は共に戦うことが出来ないのだと察し複雑な表情を浮かべる。しかしそれも一瞬であり、瞬時に表情を明るくすると航大から一歩引く。

「任せてもいいか? ライガ、シルヴィア」

「あったりまえよ。俺たちもすぐに合流する」

「うん。任せてッ! 私たちよりも、ユイとリエルッ……しっかりと航大を守ってよねッ!」

「……分かった」
「儂が居れば何の問題もない」

 シルヴィアの言葉にユイとリエルが力強く頷く。
 それを見届け、航大の視線は遥か先……アステナの王城へと固定される。

「プリシラもそれでいいか?」

「はい。あの魔竜を封印するには私だけの力では足りませんから……お手伝い頂けると助かります」

 こうしてアステナ王国を舞台にした陣容が整った。

 ――城下町に残り、魔獣たちを殲滅する班としてライガ、シルヴィアの二人。
 ――アステナ王城へと急ぎ、魔竜を討伐する班として航大、ユイ、リエル、プリシラの四人。

「よし、行くぞッ!」

 航大の言葉に全員が頷くのと同時に、それぞれがアステナの城下町を駆け出していく。
 二つの場所で繰り広げられる壮大な戦いが今、始まるのであった――。

◆◆◆◆◆

「さて、ちゃっちゃと片付けるか……」

「あったりまえッ! 早くここを片付けて、航大のところに行かないとだしッ!」

 航大たちが王城へ向けて走り去っていったのを確認するなり、ライガとシルヴィアはそれぞれが笑みを浮かべると瞬時に戦いの準備を整えていく。

「それじゃ、行くぞッ!」
「あいあいさーーーッ!」

 ライガの言葉を合図にして、二つの影が飛翔を開始する。その眼前には無数の小型魔獣たちが存在するのだが、それらに怯むことすらなく己の武を振るっていく。

「――風牙ぁッ!」

 ライガたちが向かってくることを察した魔獣たちは咆哮を上げて迎え撃とうとする。

 街中に散らばる小型魔獣たちは、森林の中で襲ってきた魔獣と同一であった。現実世界の蜘蛛を肥大化させたような姿形をしており、隻眼に輝く瞳でライガたちに狙いを定めるとその牙を剥き出しにして飛びかかってくる。

「まだまだぁッ……!」

 大剣から放たれる風の刃が小型魔獣たちの身体を切り刻んでいく。
 しかし、魔獣たちは次から次へと湧いて出てくると、ライガの身体へと殺到していく。

「――風裂刃・双牙ッ!」

 ライガの叫びと同時に虚空を掴む左手に暴風が発生する。
 どこからともなく集まってくる暴風は両刃剣の形を形成していく。

 気付けば、ライガの右手には鈍色に輝く大剣・ボルカニカ。左手には暴風で形成された真空の両刃剣。
 新たな力を持ったライガは咆哮と共に眼前に立ち塞がる魔獣たちを切り伏せていく。

「シルヴィアッ、そっちにも行ったぞッ!」
「分かってるってッ――剣姫覚醒ッ!」

 ライガが取りこぼした魔獣たちが丸腰で立ち尽くすシルヴィアへと接近を果たそうとする。
 シルヴィアはニヤリと不敵な笑みを浮かべると、自らの力を解放する単語を漏らす。

 ――剣姫覚醒。

 それはシルヴィアの体内に存在する魔力を一気に解放し、己の身体に纏うことで莫大な力を得る武装魔法の一つ。シルヴィアから放出された魔力が暴風となって彼女の身体を包み込んでいくと、その身体に甲冑ドレスを身に纏う。

「――剣姫術・聖なる剣輝シャイニング・ブレイド

 暴風を切り裂くようにして飛翔するシルヴィアは、最初から全力で魔獣たちと相対していく。両手に持った蒼剣と緋剣を重ね合わせることで、膨大な魔力を生み出していく。

 重なり合った二つの剣はシルヴィアが持つ聖なる魔力に包まれて眩い輝きを放っていく。

 小さな太陽と見間違えるほどに眩い光が放出されるのと同時に、シルヴィアが絶対破壊の剣術を繰り出していく。大きく振り上げた両手に持った剣を同時に振り下ろしていくと、刀身から絶大なる聖なる力が一気に放出されていく。

「てりゃああああああああああああああぁぁぁぁーーーーーーーーーッ!!」

 シルヴィアの咆哮と共に放出される膨大な魔力は、彼女の眼前に存在するあらゆる物体を消失させていく。魔獣たちは咆哮を上げる暇すら与えられず瞬時に存在を抹消させていくのであった。

「お前ッ、いつのまにそんな技をッ!?」

「ふふーんッ、ビックリしたでしょ?」

「いや、そんな技を持ってるなら、森林の時とかに使えよ……」

「あの時は色々と緊急事態だったから、使えなかったのッ!」

 ふわりと甲冑ドレスを風に靡かせながら地面に着地するシルヴィアに、ライガはため息混じりで言葉をかけていく。二人が放つ一撃によって、ライガたちを取り巻いていた魔獣たちの数は劇的に減少していた。

 ハイラント王国が誇る騎士たちの圧倒的な力を前にして、魔獣たちもさすがに危険を察したのか遠巻きに様子を見るようにして留まっている。

「この調子ならすぐに合流できそうだな」

「うん。余裕余裕ッ!」


 ライガとシルヴィアのそれぞれが確かな手応えを実感する中、近づいてくる禍々しい魔力が突如、周囲を取り囲んでいく。


「――ッ!?」

 その魔力を瞬時に察したライガとシルヴィアの二人は、背筋をピクリと痙攣させるとその表情を引き攣らせていく。

「なんだよ、これ……」
「うそッ……こんなに、知らないッ……」

 蛇が全身に巻き付いてくるような圧倒的な負の魔力に捕らわれるライガとシルヴィアは、額に大量の汗を浮かばせるとその場から一歩も動くことが出来ないでいる。

「あれー、話に聞いてたのと人数が違うんだけどなー」

 静寂が支配する空間に響くのは、甲高い少年の声だった。

 その声はライガたちの頭上から響いてきて、ライガとシルヴィアの二人は弾かれたようにして声が聞こえてきた方向に視線を向ける。

「だ、誰だッ……お前ッ……」

「うーん? 僕が誰かなんてことは、これから死んじゃう君たちには知らなくてもいいことじゃないかな?」

 ライガの声は震えていた。

 それは少年から放たれる膨大な魔力が全身を包み込んでいる影響であるのは間違いなく、自分と少年の間に立ち塞がる圧倒的な実力差を瞬時に理解したからこその変化だった。

 シルヴィアも少年を睨みつけるようにして存在はしているものの、少年が放つ威圧感を前に言葉を漏らすことすらできない。

 少年は純白の生地に金の装飾が散りばめられた軍服に身を包んでいた。

 それは帝国ガリアが誇る大罪のグリモワールを使役する騎士の服装で間違いなく、胸に刺繍された帝国ガリアの紋章が目に入るなり、ライガたちの表情が驚愕に歪んでいく。

「アステナを襲ったのも、やっぱりお前たちかッ……ガリアッ!」

「うーん、半分正解で半分不正解って感じかな?」

「てめぇッ……」

 眼前に帝国ガリアの人間がいる。
 ただそれだけでライガの感情を押さえきれない怒りが満ちていく。

 帝国ガリアの騎士。彼らはどこまでも残酷だった。氷都市・ミノルアを絶望的な壊滅に追い込み、ライガはその現場で生き残った人間の一人である。

 だからこそ、どうしても彼らの存在を許すことは出来なかったし、今この瞬間にも眼前で虚空に身体を浮かせる少年を抹殺したい気持ちに駆られているのだ。

「……とりあえずさ、無駄な話はこれくらいにしてさ……死んでよ?」

 無気力な表情と声が印象的な幼い少年は、右手に漆黒の装丁をしたグリモワールを持つとその権能をいかんなく発揮するのであった。

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