終末の異世界と大罪のグリモワール ~英霊は異世界で斯く戦えり~

桜葉

第三章26 新たなる力

「ふぅ……」

 神谷航大の中に存在する深層世界。

 そこで航大と北方の女神・シュナは、かつて世界を滅ぼした魔竜・ギヌスと神谷航大の負の感情が具現化した影の王と戦うことになった。

 魔竜と融合を果たした影の王は、世界を滅ぼした『創世魔法』を駆使することで、女神を圧倒した。

 完全な状態とは程遠い女神シュナは影の王を前に敗北を喫しようとしていた。しかしそれも、航大と融合を果たすことで乗り越えることができた。女神と融合した航大は異形の力を完全にコントロールすることに成功し、影の王を封印することに成功した。

「お疲れ様でした、航大さん」

「うおぉッ、いつの間にッ!?」

 影の王が放つ気配が完全に消えたのと同時に、航大との融合を解除した女神シュナ。
 彼女との融合が解けると航大の外見も普段の物に戻っていた。

「初めて会った時から思ってましたけど、貴方は本当に興味深い人ですね?」

「きょ、興味深い……?」

 キラキラと瞳を輝かせながら、シュナはグイッと身体を寄せて航大という存在を隅から隅まで観察する。初めて深層世界でシュナと対面した時も、彼女は興味深そうに航大を観察していた。

 それほどにまで、彼女にとって神谷航大という存在は特異なものであり、自身の興味を引いてやまない存在なのだ。

「まさか、あのタイミングで私を憑依させるなんて……さすがに予想外でしたよ?」

「それは俺もそうだよ。無我夢中で名前を呼んだだけなんだ……」

「ふふっ……航大さんの助けたいって気持ちが奇跡を呼んだのかもしれないですね」

 接近してくるシュナを前にして、航大は気恥ずかしい様子で頬を掻く。
 その様子が微笑ましいのか、シュナは満面の笑みを浮かべる。

「それにしても、いくら私と融合を果たしたからとは言っても……まさか氷魔法の中でも禁魔法と呼ばれるものまで自由に使うことができるなんて思ってなかったです」

「……禁魔法?」

「航大さんが使った氷魔法の全てが今の世界では失われた魔法なんですよ」

 その言葉に航大は先ほどまでの凄惨な光景を思い出す。
 巨大な氷槍と魔力が具現化して生成された大剣。
 その全てが圧倒的な力を持っており、魔竜と影の王が放つ創世魔法を打ち消していた。

「全盛期の私だったらいくらでも使うことが出来たんですけどね……今の状態では難しくて……」

「そ、そうだったのか……」

「あの魔法を自由に使うことが出来るなら、航大さんは世界を支配することだって可能かもしれないですね」

「せ、世界を支配……?」

 シュナの神妙な言葉に航大は驚きに目を見開かせる。

「強すぎる力。それは世界を守ることもできれば、世界を破滅させることもできるものです」

「…………」

 シュナの表情はどこまでも真剣なものだった。

 そして航大の脳裏に蘇る光景。それは氷都市・ミノルアで帝国騎士であるアワリティア・ネッツが放った一言。

『狂ってるぜ、お前? その力を取り込むってことは、どういう意味を持つのか知ってるのか? それは人間が手を出していいもんじゃねぇんだよ。お前は力を欲し、その力に破滅するッ!』

 深層世界で女神シュナと完全な融合を果たしたからこそ、航大は彼が放った言葉をよく理解することが出来ていた。

 無限に湧き出る力。それは航大に絶対の力と自信を与えた。
 しかしそれと同時に恐怖心を抱いていたのも事実である。

「これから共に戦うことが出来るようになりましたね。しかし、女神の力はここぞという時に使うようにしてください」

「ここぞという時?」

「女神の強すぎる力は人間には負担が強すぎます。長時間の使用は航大さんの寿命を縮めることにもなりかねません」

「な、なるほど……」

「前にも言いましたね。私は貴方が求めるのであれば、いつでも力を貸しましょう。だけど、これだけは約束してください……」

「……約束」

「強大な力を間違ったことに使わないでください。強い意思を持って力を支配してください」

 それは北方の女神・シュナの心からの願いだった。

「……分かった。約束するよ」

「ふふっ……ありがとうございます」

 航大の返事に満足したのか、シュナはニッコリと笑みを浮かべると首を縦に振る。
 軽く溜息を漏らすと、シュナは続いて口を開き話を続ける。

「――影の王。彼は必ず復活するでしょう」

「えっ、そうなのか……?」

「彼は貴方が持つ負の感情が具現化した姿。人間が負の感情を持つ限り、あの存在を完全に抹消することは難しいでしょう」

 やっとの思いで影の王を封印した航大に、女神シュナは冷静に真実を言い放つ。

「更に航大さんの身体に植え付けられた魔竜・ギヌスの力も、完全に排除することは難しいでしょうね」

「魔竜・ギヌスの力……?」

「一体、どこでギヌスに会ったのかは知りませんが、あいつは航大さんの身体に自分が持つ力の一部を取り入れたのです」

「……あの夢か」

 魔竜ギヌスとの邂逅と言われて航大が思い出すのは、アステナ王国に初めてやってきた時に見た夢だった。あの邂逅を果たした際に、魔竜ギヌスは何かしらの手段を用いて航大に異形の力を与えたのだ。

「先ほどの戦いで封印することに成功したとは言っても、それは一時的なものに過ぎないでしょう」

「い、一時的なの……?」

「復活が早いか遅いか……それは航大さん次第となりますね」

「さっき言ってた、負の感情って奴か……」

「そうです。航大さんも人間ですから、負の感情を持たないで生きていくのは難しいです。だからこそ、彼らはまたいつか必ず復活を果たすでしょう」

「……そうなのか」

 静寂を取り戻した深層世界を見渡す。
 上を見れば、見慣れた懐かしい現実世界の街並みが広がっている。

 問題は山積みであることに変わりはないのだが、今この瞬間だけはあらゆるしがらみから解放されたいと航大は願う。

「ふふ、そんなに落ち込まないでください。また影が復活するようなら、私がしっかりと食い止めますから」

 気分が落ち込む航大を励ますシュナ。
 彼女の笑みに航大の沈む心は確実に癒やされていた。

「さて、航大さんとのお話はここまでのようですね」

「……え?」

 頭上を見上げるシュナの言葉に、航大は素っ頓狂な声を漏らす。それと同時に航大の意識が突如として不安定なものへと変わっていく。

「あ、あれッ……なんだ、これ……?」

「貴方が戻ってくるのを、みんな待っているようですね」

 強烈な睡魔に襲われるのと似た感覚に苛まれる中、航大の瞳はシュナを見つめていた。

「妹と仲良くしてあげてくださいね。私はいつでも貴方を見守っていますよ」

 最後にニコッと最高の笑みを見せて、シュナは小さく手を振る。

 その言葉に返事をすることも叶わず、航大の意識は急速に覚醒していくのであった。

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