終末の異世界と大罪のグリモワール ~英霊は異世界で斯く戦えり~

桜葉

第二章44 火花散らす乙女たち

「ほぅ、ここが王国の城下町かッ!」
「……人がいっぱい」

 氷都市・ミノルアからハイラント王国に帰還して数日。
 ミノルアでの出来事は航大の心に大きな傷を残して終局を迎えた。

 その後、王国に帰還した航大はしばらくの間、城に宛てがわれた自室で塞ぎ込んでいたのだが、それを見かねたリエルとユイによって、半ば強引にハイラント王国の城下町へと連れ出されていた。

「おいおい、はぐれるなよ?」

「むっ……主様よ、また儂を子供扱いしておるな?」

「……私も子供じゃない」

 ハイラント王国の城下町、そこの一番街と言えば最も人で賑わう区画の一つであった。
 武器屋に魔導書店、その他に飲食系の露店など様々な店が軒を連ねており、一日を通して人でごった返しているのが日常である。

 まっすぐ歩くことすら困難な城下町で、航大、ユイ、リエルの三人は四苦八苦しながらも歩を進めていく。

 今回の外出に特別な理由などは存在しない。
 元気のない航大を励まそうとするユイとリエルの気持ちが垣間見えて、何もできない無力な自分でも気にかけてくれる存在がある。その事実に、航大の心は少なからず救われている。

「おっ、あっちからいい匂いがするぞッ」

「……あっ、身体が勝手に動いちゃう」

「おいッ!? 言ったそばから別々に行動すんなってッ!」

 眼前に見えてきた左右の分かれ道。航大の言葉を全く聞いていなかったユイと、リエルはそれぞれ左右に別れて歩き出してしまう。

 もう少し気付くのが遅かったら確実に見失っていた。しかし、航大は二人の姿が視界から消える寸前の所で、二人の腕を掴むと離れ離れになる危険の芽を摘んでいく。

「……航大と手、繋いでる」
「むっ……こうして誰かと手を繋ぐのは久しぶりじゃな……」

 航大を中心に、右側にユイ。左側にリエルという立ち位置でお互いの身体を寄せ合う。
 肩と肩が触れ合うくらいの距離にある存在感。そして鼻孔を優しく刺激してくる女の子特有の甘い香り。異性と手を繋ぐなど、現実世界でもそうそう経験のない航大は、心臓が嫌というくらい早鐘を打ってしまっていることを自覚しながらも平静を装いながら歩き続ける。

 ギュッと強く握った手を包み込むようにして、ユイとリエルの小さく細い手が握り返してくる。
 この瞬間、航大は改めてあの絶望的な現実の中で、守るべき存在をしっかりと守り抜いた実感を得るのであった。

 ミノルアでは航大の未熟な心を打ち砕く非情な現実が何度も襲ってきた。
 その度に折れそうになる心を、手を繋ぎ歩く二人の少女が励まし、救ってくれた。

 手のひらに感じる人肌の暖かさを確かに感じながら、航大は守られる存在に甘んじるのではなく、大切なものを守ることができる存在になろうと決意する。

「主様よ、やはりここは人が多いな。もう少し、近くに寄ってもいいぞ?」

「……え?」

「……ダメ。航大は私の近くに居ないといけないの」

「……おっとっとッ!?」

「コラッ、主様の身体を引っ張るでないッ!」

「……そっちが最初に引っ張ってきたもん」

 航大を中心に据えて、二人の少女が取り合いを始める。
 少しでも自分の身体に接近させようと、力任せに航大の身体を引っ張り合う。

「ちょっと待てってッ……痛いからッ!?」

「……航大は私と近いほうがいいよね?」

「それは違うぞ? 主様は儂と契約をしているのじゃ。だからずっと離れられないんじゃ」

「……その契約、私は知らない。航大、説明して?」

「い、いや……説明って言われても……」

 熾烈な取り合いを演じるユイとリエル。その中で、ユイはリエルが漏らした『契約』という言葉に敏感な反応を見せた。むすっとした表情を浮かべ、ユイは航大の手を強く握りしめると詳細を聞こうと身体を乗り出してくる。

「ふふん、あの氷山での濃厚なエピソードを語ってやるがよいぞ主様」

「いや……濃厚なエピソードって、死にかけた記憶しかないんだけど……」

「……航大、早く」

「痛たたたッ!? ちょっと、ユイさんッ!? そのままだと、俺の手が……あだだぁッ!?」

 航大とリエルが仲良く話している姿も気に食わないのか、ユイは自らの存在を誇示するかのように航大の手を握る力を増していく。

 二人の女の子に囲まれて痴話喧嘩といった様子を呈してきた航大たちへ、周囲を歩く人々が好奇の視線を向けてくる。

 ジロジロと見られる居心地の悪さを感じながら、航大はこの悪夢のような光景が早く終わることを祈るのであった。

◆◆◆◆◆

「……はむ、美味ひぃ」
「あむっ……ふむふむ、これは中々……」

 あの痴話喧嘩からしばらくの時間が経過した。

 航大たちは飲食系の露店が多く集まるエリアへと足を伸ばし、そこでミノルアへ旅立つ前にユイと一緒に食べた肉まんに似た何かを買う。ほくほくと湯気を立ち上らせる薄い皮の中には、コロコロと一口サイズの肉が入っていて、大きな口を開けて一口食してみると、皮の中に存在していた肉から溢れんばりの肉汁が溢れ出してくる。

 事情を詳しく話さない航大に機嫌を悪くしていたユイも、美味しい食べ物を与えることでその表情を緩めていく。

「こんなに美味い食べ物があったとは……知らなかったぞ……はむ、はむッ……」

「そりゃ、数百年もあんな場所に居たら知らんわな……」

「……航大、おかわりしてもいい?」

「あ、あぁ……いいぞ?」

「……あと十個ください」

「あいよッ!」

 航大の許可が降りるなり、ユイは表情を弛緩させたまま追加で注文をする。その数が多かったような気がしたが、これ以上ユイの機嫌を損ねるのはマズイと直感的に悟った航大は苦笑いを浮かべて全てを許容していく。

「主様よ、儂ももう少し食べたいんじゃが……」

「うッ……」

「……ダメかの?」

「い、いいよッ……!」

 クイクイと服の袖を引っ張るリエルは、潤ませた瞳で上目遣いに航大を見つめてくると、ユイと同じようにおかわりを要求してくる。

 捨てられた子犬のような小動物的な視線を向けられては、それを無碍にすることなど航大には出来るはずがない。

「儂にもあと十個ほどくれッ!」

「あいよぉッ!」

 肉まんのような何かを作り続けていた店主は、次々に入ってくる追加注文に満面の笑みを持って応えていく。

 シャーリーから貰った数少ない所持金があっという間に消失していく現実に恐怖しながらも、航大はこれで平和的に物事が解決するなら……と、痩せ細っていく財布を見ながら小さくため息を漏らすのであった。

◆◆◆◆◆

「次はあっちに行ってみたいぞ」

「あっちって……何かあるのか?」

「何があるのか分からないから、行ってみるのじゃ」

 ミノルアに存在していた氷山での生活を余儀なくされていたリエル。
 数百年という気が遠くなるような年月を経て、晴れて自由に外を歩けるようになり、彼女は自分の記憶から大きく姿を変えた世界を目の当たりにして、好奇心に瞳をずっと輝かせていた。

「……そうだな。色々と歩いてみるか」

「……航大が行くなら付いていく」

「そうと決まれば出発じゃッ!」

 航大の手を握り、意気揚々と歩き出すリエル。
 それに続くように航大も歩き出した瞬間だった――。


「あれ? もしかして、おにーさんッ!?」


「……えっ?」

「わぁッ! やっぱりおにーさんだッ!」

「もしかして、シルヴィアか……?」

 人混みが激しい中、背後から誰かに声を掛けられる。人でごった返す街中においても、その声はよく響き渡り、どこかで聞いた声に航大は立ち止まり後ろを振り返る。

 航大が向ける視線の先、そこには太陽の光を浴びて金色に輝く髪を肩上で切り揃え、相変わらず露出の激しい衣服に身を纏っている少女がそこに居た。

 彼女のことを、航大は忘れることなど出来るはずがなかった。

 ハイラント王国の四番街に存在する貧民街。
 その場所は名前が示している通り、王国から見向きもされず劣悪な環境が常態化した区画であり、そこに住まう人々は貧しい生活を余儀なくされていた。

 金髪を揺らし、いつもその顔に笑みを浮かべる少女・シルヴィアもまた、そんな貧民街で生まれ、育ってきた過去を持つ。

 悲痛な現実が眼前に広がる中、王国というあまりにも強大な存在に対して、王女を誘拐するという強硬手段によって自らの主張を通そうとした少女である。

 貧民街で共に生活をする人々のため、悲痛な現実を変えるために立ち上がり、その剣を振るった少女のことを航大はよく覚えている。

「会いたかったよッ、おにーさんッ!」

「うおぉッ!?」

「あれからずっと探してたんだよ? なのに、おにーさんってばお城にも居ないし……どっか行っちゃったのかなってすっごく心配したんだから!」

「ちょ、ちょっと待てシルヴィアッ……こんなところで抱きつくなってッ!」

「えー、久しぶりの再会なんだからいーじゃんッ!」

 シルヴィアは航大の姿を確認すると、その表情に満面の笑みを浮かべて飛びついてくる。走り出した勢いそのままに胸へ飛び込んでくる少女の身体を、航大は驚きながらもしっかりと受け止める。

「ま、また新しい女じゃと……?」
「……むすッ」

「およよ? おにーさん、いつの間に彼女なんて作って……しかも二人?」

「い、いや……これには深い事情が……」

「って、一人はあの時のお姉さんだね。ってことは……その隣にいる小さな女の子は…………もしかして、娘ッ!?」

「儂を小さいと言うなぁッ!」

 航大、ユイ、リエルと順々に視線を移していくシルヴィアが導き出した答え。それは航大たちが予想する斜め上を行くものだった。
 小さいと断言されたリエルは顔を真っ赤にして叫ぶのであった。

◆◆◆◆◆

「あははッ! おにーさんにも色々あったんだねー」

「……まぁな」

「うんうん、でも元気そうで良かった」

「シルヴィアこそ、大丈夫なのかよ……色々と……」

 シルヴィアとは久しぶりの再会である。
 彼女の近況が気になる航大は、ユイとリエルの不機嫌オーラ全開の視線を甘んじて受け止めることで、シルヴィアと二人きりで話す場を設けた。

「いやー、さすがに王女様を誘拐したからね。私もさすがにヤバイかなーって思ったんだけど、王女様の慈悲で無罪放免だったよ」

「…………」

「四番街の様子も少しずつだけど変わってきたよ。国がようやく貧民街の現実に目を向けるようになってくれて、少しずつだけど活気が戻ってきてる」

「……そうか。本当によかった」

「これも、おにーさんとおねーさんのおかげだね。あの時、暴走した私を止めてくれなかったら……今、どうなってるか分からなかった。もしかしたら、私は死んでたかもしれないし……」

「いや、俺は何もしてないよ。シルヴィアの暴走を止めたのだって、ユイだからな」

「……それでも、私はおにーさんにもちゃんとお礼を言いたいよ。あのおねーさんを連れてきてくれた……それだけでも命の恩人だって断言できるし」

「…………」

「おにーさん、本当にありがとうございます」

 異世界にやってきてしばらくの時間が経過したように思える。
 その中で、航大は未だにこれといった実績を上げたという実感はない。直接戦う力を持たず、いつもヤキモチ焼きな少女に助けられている。それだと言うのに、周囲を取り込む人々は航大の存在を本人が思う以上に大きく評価をしてくれる。

 その事実に複雑な感情を抱きながらも、素直に向けられる感謝の言葉に悪い気はしないのであった。

「そうだ、話は変わるんだけど……私ね、王国の騎士隊に入ったんだッ!」

「……えっ、マジで!?」

「あの時の戦いを見てた人が居たみたいで、私の力を評価してくれたんだ。話があった時はビックリしたけど、四番街出身で初めての騎士になれば、周りも少しは見直してくれるかなって思ったから」

「そうだったのか……」

「それに、騎士になれば堂々と四番街を守ることも出来るしね。今では騎士になってよかったって思ってるよ」

 シルヴィアの表情は晴れやかだった。
 迷いを断ち切り、新たな道を歩もうとしている彼女の姿が、航大には眩しく映った。
 守りたいものを守る。決して折れぬ信念を胸に抱き、彼女はどこまでも突き進むだろう。

「それじゃ、そろそろ行かないとおねーさんたちが怒っちゃうかな?」

「……うッ」

 シルヴィアの声に振り返れば、そこにはひまわりの種を口に含んだハムスターのように、頬を膨らませるユイとリエルの姿があった。
 露骨に不機嫌オーラを出している二人を見て、さすがのシルヴィアも苦笑いを浮かべる。

「おにーさんって、今もお城に住んでるんだよね? そしたら、いつでも会えるねッ」

「そ、そうなのか……?」

「ふふっ、またゆっくり話そーね、おにーさんッ!」

 軽快な足取りで航大から離れていくシルヴィアは、何度か後ろを振り返っては手を振ってくる。そんな彼女に手を振り返しながら、姿が見えなくなるまで立ち尽くす。
 そしてシルヴィアの姿が完全に見えなくなったところで、ユイとリエルが近づいてくる。

「……今度は何を買ってもらおうかな」

「主様よ、儂たちを放置した罪は重いぞ?」

「…………はい」

 ガッシリと航大の腕を掴んだ二人の少女は、ニコニコと不気味な笑みを浮かべながら不穏な言葉を漏らす。

 こうして、航大たちが過ごす束の間の休日はあっという間に過ぎていく。

 散財して空っぽになった財布に溜息を漏らす航大が城へ戻ると、王女からの手紙が置いてあるのであった。

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