終末の異世界と大罪のグリモワール ~英霊は異世界で斯く戦えり~
第二章42 輪廻に消えし世界
そこは異世界の最果て。過去に存在していた魔法都市のなれの果て。
輝かしい繁栄の歴史を歩み魔法を中心に発展を遂げ、遥か昔の異世界を支配していた場所。
――全てが始まり、全てが終わる場所。
魔法都市の中心には、朽ち果てた巨大な城が存在していた。かつてこの場所が世界の中心だった。この世界を構築した人間が住まい、何の力も持たない一般人に魔法という力を与えたことで、これまで続く文明が誕生した。
「…………」
「…………」
破滅へ突き進む世界は、いよいよ終着点に到達しようとしていた。
ここに至るまでの間、数え切れない数の人間が非情な運命に抗おうとした。しかし、世界の終末を知った時には全てが遅かった。世界の終末がハッキリとした現実として眼前に姿を現した時、人間にはそれに抗う力も、時間も残されていなかったのである。
終末を目前に控えた古代・魔法都市の中心。そこに存在する城の玉座で、最後の物語が幕を閉じようとしていた。
「……どうして?」
その言葉を発したのは少年だった。片手に漆黒の装丁をした本を持つ少年は、信じられない物を見たかのような驚愕の瞳を――対峙する少女に向けていた。
「どうして、こんなことを……?」
「…………」
少年の声に、少女は何も答えない。感情を殺し、どこまでも冷血な表情で少年を真っ直ぐに見つめる。少女の右手には自分の背丈と同等の大きさを持った大剣が握られていた。
剣の刀身からは何滴も鮮血が垂れ落ちていて、その血は眼前に立つ少年の物で間違いなかった。
「……ごめんなさい」
いつしか、世界は炎に包まれていた。
それは全てを焼き尽くす炎。異世界を構築していた大地も、人間も、建造物も……その全てを無に帰す炎だった。そんな灼熱の炎に包まれ、異世界はその幕を閉じる。
世界が迎える最後の瞬間、そこには少年と少女だけが残っていた。
しかしそれも、間もなく終焉を迎える。
少年の脇腹からは夥しい量の出血があった。見慣れた衣服の一部が鮮血に染まって切り裂かれている。それは誰が見ても致命傷と認識できるものであり、今から治療を開始しても、少年の命が助かる可能性は限りなく低いと認識せざるを得ない。そうであると断言できるほど、少年の脇腹から溢れる出血の量、そして傷の深さは深刻なものであった。
「……お前は、こうなることを知ってたのか?」
「…………」
その問いかけに、少女は答える言葉を持っていなかった。
もうじき、命を断つであろう少年に何を言っても無駄である。彼と言葉を交わせば、少女の決心は必ず揺らいでしまう。
それだけはあってはならない。
この世界の結末を認めてはいけない。
「ぐッ……あぁッ……」
口から鮮血を吐き出し、立っていることも出来ずに少年が玉座に倒れ伏す。
瞬く間の内に身体から溢れ出た鮮血が、大きな水溜りを作っていくのが見える。
「……貴方を、助けることができなかった」
愛しい少年が苦しみ倒れ伏す様を見て、少女は瞳から大粒の涙を零して震える声で懺悔する。
――あんなにも一緒だったのに。
――あんなにも守ると約束したのに。
少女にとって目の前で倒れ伏す少年こそが世界の全てだった。彼を守ることこそが、少女の存在意義であり、それは今この瞬間も変わることがない事実。
世界は終末を迎えようとしていた。
それは回避できるはずだった未来。変えることが出来るはずだった現実。
しかし少女は繰り返してしまった。終末への道を――。
「……ごめんなさい」
何度目か分からない謝罪の言葉。
その言葉が少年の鼓膜を震わせたのかは不明だが、今となっては些細な事だった。少女は剣を握る手に力を込める。これで少年の息の根を止めれば、この世界を舞台にしたゲームが終わりを迎える。
それはとても残酷な結末だ。
命を賭けて守ってきた少年を、最後には自らの手によって殺さなければならないのだから。
少女はこの残酷な物語をここで終わらせる訳にはいかなかった。少年と少女の物語は共に笑い合えるものでなくてはならないのだから。
「……さようなら」
それが最後の言葉だった。
瞳から溢れ出ていた涙は、いつしか枯れ果てていて、少女の顔には悲痛な決意が滲んでいた。
あんなにも美しかった白髪には黒髪が混じっていて、その背中には巨大な黒翼が生えていた。
――それは内で眠り、肥大化していた『負』の力が権現した姿。
終末の世界において、少女は人間としての姿すら保つことが出来なかったのである。
「――ッ」
トマトが瞬間的に押し潰された時のような、生々しい音が鼓膜を震わせた。
大剣の剣先が少年の身体へいとも簡単に侵入を果たし、体内に存在する臓器を次々に切断していく。少年の体内を循環していた血液が行き先を失い、口から大量の鮮血が溢れ出してくる。
身体が何度も小刻みに痙攣を繰り返し、少年は瞬く間の内に絶命した。
噴出する血液が少女の身体を汚す。口元に付着した血を舐める。
少年の鮮血はとても甘く感じた。
もうこの世界に愛する少年の姿はない。それを理解していたとしても、その血液を啜ることで自分の中に少年が存在しているのではないか、そんな錯覚に苛まれる。
『おめでとう。君は勝ち残った』
脳裏に響く声があった。
それは少女にとって忌々しいものであり、こんな世界を作った張本人のものでもあった。
吐き気すら催す邪悪に満ちた声は、この瞬間を待っていたと言わんばかりに歓喜の色を滲ませて、少女の心に直接語りかけてくる。
「……貴方の好きにはさせない」
脳裏に響く声を無視して、少女は歩き出す。
その先には世界を焼き尽くす炎があるだけ。
その炎に触れれば、少女の身体は塵すら残さず焼き尽くされる。
「何度でもやり直す。彼と共に歩む未来がやってくるまで」
目を閉じる。
そうすれば、これまでの日々がまるで昨日のことのように、色褪せない鮮明な映像として蘇ってくる。
現実世界の風景、異世界の風景、そこにはいつも少年の姿があった。
そんな日々を思い返し、少女は最後に笑みを浮かべて、その炎に身を投じる。
瞬く間の内に、灼熱の炎が少女の身体を包み込む。全身の皮膚という皮膚が焼かれ、想像を絶する痛みと苦しみの中、少女はそれでも表情を変えることなく歩み続ける。
その命が尽きるその瞬間まで、少女は歩みを止めることはない。
願わくば、次の世界では幸せでありますように。
願わくば、次の世界では少年と共に笑い、手を取り合える未来でありますように。
願わくば――――。
願わくば――。
数多の想いをその胸に秘め、終末の世界でただ一人。誰にも知られることなくその命を絶つのであった。
輝かしい繁栄の歴史を歩み魔法を中心に発展を遂げ、遥か昔の異世界を支配していた場所。
――全てが始まり、全てが終わる場所。
魔法都市の中心には、朽ち果てた巨大な城が存在していた。かつてこの場所が世界の中心だった。この世界を構築した人間が住まい、何の力も持たない一般人に魔法という力を与えたことで、これまで続く文明が誕生した。
「…………」
「…………」
破滅へ突き進む世界は、いよいよ終着点に到達しようとしていた。
ここに至るまでの間、数え切れない数の人間が非情な運命に抗おうとした。しかし、世界の終末を知った時には全てが遅かった。世界の終末がハッキリとした現実として眼前に姿を現した時、人間にはそれに抗う力も、時間も残されていなかったのである。
終末を目前に控えた古代・魔法都市の中心。そこに存在する城の玉座で、最後の物語が幕を閉じようとしていた。
「……どうして?」
その言葉を発したのは少年だった。片手に漆黒の装丁をした本を持つ少年は、信じられない物を見たかのような驚愕の瞳を――対峙する少女に向けていた。
「どうして、こんなことを……?」
「…………」
少年の声に、少女は何も答えない。感情を殺し、どこまでも冷血な表情で少年を真っ直ぐに見つめる。少女の右手には自分の背丈と同等の大きさを持った大剣が握られていた。
剣の刀身からは何滴も鮮血が垂れ落ちていて、その血は眼前に立つ少年の物で間違いなかった。
「……ごめんなさい」
いつしか、世界は炎に包まれていた。
それは全てを焼き尽くす炎。異世界を構築していた大地も、人間も、建造物も……その全てを無に帰す炎だった。そんな灼熱の炎に包まれ、異世界はその幕を閉じる。
世界が迎える最後の瞬間、そこには少年と少女だけが残っていた。
しかしそれも、間もなく終焉を迎える。
少年の脇腹からは夥しい量の出血があった。見慣れた衣服の一部が鮮血に染まって切り裂かれている。それは誰が見ても致命傷と認識できるものであり、今から治療を開始しても、少年の命が助かる可能性は限りなく低いと認識せざるを得ない。そうであると断言できるほど、少年の脇腹から溢れる出血の量、そして傷の深さは深刻なものであった。
「……お前は、こうなることを知ってたのか?」
「…………」
その問いかけに、少女は答える言葉を持っていなかった。
もうじき、命を断つであろう少年に何を言っても無駄である。彼と言葉を交わせば、少女の決心は必ず揺らいでしまう。
それだけはあってはならない。
この世界の結末を認めてはいけない。
「ぐッ……あぁッ……」
口から鮮血を吐き出し、立っていることも出来ずに少年が玉座に倒れ伏す。
瞬く間の内に身体から溢れ出た鮮血が、大きな水溜りを作っていくのが見える。
「……貴方を、助けることができなかった」
愛しい少年が苦しみ倒れ伏す様を見て、少女は瞳から大粒の涙を零して震える声で懺悔する。
――あんなにも一緒だったのに。
――あんなにも守ると約束したのに。
少女にとって目の前で倒れ伏す少年こそが世界の全てだった。彼を守ることこそが、少女の存在意義であり、それは今この瞬間も変わることがない事実。
世界は終末を迎えようとしていた。
それは回避できるはずだった未来。変えることが出来るはずだった現実。
しかし少女は繰り返してしまった。終末への道を――。
「……ごめんなさい」
何度目か分からない謝罪の言葉。
その言葉が少年の鼓膜を震わせたのかは不明だが、今となっては些細な事だった。少女は剣を握る手に力を込める。これで少年の息の根を止めれば、この世界を舞台にしたゲームが終わりを迎える。
それはとても残酷な結末だ。
命を賭けて守ってきた少年を、最後には自らの手によって殺さなければならないのだから。
少女はこの残酷な物語をここで終わらせる訳にはいかなかった。少年と少女の物語は共に笑い合えるものでなくてはならないのだから。
「……さようなら」
それが最後の言葉だった。
瞳から溢れ出ていた涙は、いつしか枯れ果てていて、少女の顔には悲痛な決意が滲んでいた。
あんなにも美しかった白髪には黒髪が混じっていて、その背中には巨大な黒翼が生えていた。
――それは内で眠り、肥大化していた『負』の力が権現した姿。
終末の世界において、少女は人間としての姿すら保つことが出来なかったのである。
「――ッ」
トマトが瞬間的に押し潰された時のような、生々しい音が鼓膜を震わせた。
大剣の剣先が少年の身体へいとも簡単に侵入を果たし、体内に存在する臓器を次々に切断していく。少年の体内を循環していた血液が行き先を失い、口から大量の鮮血が溢れ出してくる。
身体が何度も小刻みに痙攣を繰り返し、少年は瞬く間の内に絶命した。
噴出する血液が少女の身体を汚す。口元に付着した血を舐める。
少年の鮮血はとても甘く感じた。
もうこの世界に愛する少年の姿はない。それを理解していたとしても、その血液を啜ることで自分の中に少年が存在しているのではないか、そんな錯覚に苛まれる。
『おめでとう。君は勝ち残った』
脳裏に響く声があった。
それは少女にとって忌々しいものであり、こんな世界を作った張本人のものでもあった。
吐き気すら催す邪悪に満ちた声は、この瞬間を待っていたと言わんばかりに歓喜の色を滲ませて、少女の心に直接語りかけてくる。
「……貴方の好きにはさせない」
脳裏に響く声を無視して、少女は歩き出す。
その先には世界を焼き尽くす炎があるだけ。
その炎に触れれば、少女の身体は塵すら残さず焼き尽くされる。
「何度でもやり直す。彼と共に歩む未来がやってくるまで」
目を閉じる。
そうすれば、これまでの日々がまるで昨日のことのように、色褪せない鮮明な映像として蘇ってくる。
現実世界の風景、異世界の風景、そこにはいつも少年の姿があった。
そんな日々を思い返し、少女は最後に笑みを浮かべて、その炎に身を投じる。
瞬く間の内に、灼熱の炎が少女の身体を包み込む。全身の皮膚という皮膚が焼かれ、想像を絶する痛みと苦しみの中、少女はそれでも表情を変えることなく歩み続ける。
その命が尽きるその瞬間まで、少女は歩みを止めることはない。
願わくば、次の世界では幸せでありますように。
願わくば、次の世界では少年と共に笑い、手を取り合える未来でありますように。
願わくば――――。
願わくば――。
数多の想いをその胸に秘め、終末の世界でただ一人。誰にも知られることなくその命を絶つのであった。
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