終末の異世界と大罪のグリモワール ~英霊は異世界で斯く戦えり~

桜葉

第二章30 VS不死の英雄

 氷都市・ミノルアを再び襲った悪夢。
 その元凶となる帝国騎士の少女が眼前にいる。

「まだ生き残りが居るのー? はぁ……ホントに憂鬱……」

「……誰だお前?」

「帝国ガリアの七天衆、第四席……シャスナ・ルイラちゃんだよ?」

「……また帝国騎士かよ」

 少女の自己紹介を聞き、ライガは忌々しげに表情を歪ませる。
 ライガもここまで至るにあたって、帝国騎士と何度も対峙してきた。そして、航大と同じように強大な力を前にして敗れることも多く、もちろん良い印象というのは持ち合わせてはいなかった。

「お前は後でぶっ倒す……それよりも、親父……てめぇ、これはどういうことだよ……ッ!」

 少女への興味を一瞬で反らし、ライガは強い怒りをその表情に込めて、眼前で剣を交える男へと視線を移す。

 帝国騎士の少女がグリモワールの権能によって召喚した男、その人物はハイラント王国の騎士隊で隊長を務める英雄・グレオと瓜二つの外見をしており、状況の説明を受けていないライガは、自分の父親が帝国に寝返ったと理解し怒っていた。

「違うんだライガッ、そいつグレオ隊長じゃない。帝国が作った偽物だッ……」

「……偽物?」

「…………ッ」

「うおおぉッ!?」

 航大の声が教会に響き渡り、ライガは眼前に立つ父親と瓜二つの存在が偽物である事実に、驚きを隠すことができない。

 そんな一瞬の揺らぎを見逃さないアンデッドの男は、交錯している剣に力を込めて、ライガを押し返そうとしてくる。

「くッ……でもッ……この力……確かに親父のものでッ……」

「アハハッ、自分の父親と偽物の区別もつかないなんて、金髪のお兄さん大丈夫―?」

「うるせぇッ……」

「貴方のお父さんなら、そこで寝てるじゃない」

「あぁッ……?」

 少女の声が再び鼓膜を震わせて、ライガは帝国騎士の少女が指差す方向に目を向ける。そこには、全身から夥しい量の鮮血を溢れさせ、教会の床に沈んでいる男がいた。

「……親父?」

 そこでライガは全てを理解するに至った。
 しっかりと血の通った肉体を鮮血の海に沈める男。それこそが、ライガが憧れ続けた父親の姿であり、絶対不敗の伝説を誇っていた英雄グレオが倒れている姿に、ライガは大きな衝撃を受けていた。

 信じられないものを見ている時のように、その目を大きく見開かせ、瞳は驚愕に震えている。

「嘘だろ親父……まさか、やられちまったのかよ……?」

「…………」

「おい、親父ッ……答えろッ……!」

 自分の父親が遅れを取ることなど有り得ない。それは生まれた瞬間から偉大なる父親の背中姿を見て育ち、そして鍛錬を積んできたライガだからこそ信じることができなかった。

「…………ッ!」

「ぐあぁッ……!?」

 自分の父親が倒れ伏す姿を見て油断していたライガは、眼前の男が振るう剣の前に後退を余儀なくされる。教会の床を滑り、剣を突き立てることで減速していく。

「大丈夫か、ライガ……?」

「……あぁ、今はゴチャゴチャ考えるのはなしだ。親父の偽物でも、コイツの実力は本物だ」

 一回の剣戟で、ライガは眼前に立ち尽くすアンデッドの実力を理解した。
 自分の父親と瓜二つの外見をしているだけではなく、相当の実力を有していることは間違いなく、ライガが本気で戦ったところで、結末は容易に想像できてしまう。

「航大、ここにいるんだろ? お嬢ちゃんが……」

「あ、あぁ……そのはずだ……」

「それなら先に行け。この戦い、お嬢ちゃんが居ないと厳しそうだぜ……」

 実力の差を理解したからこその提案だった。
 ライガは自分一人では勝つことはもちろん、継続して戦うことすら難しいことを知っていた。更に今は、オリジナルであるはずのグレオも倒れ伏している状況。

 まともに戦えるのがライガとリエルしか存在せず、それだけでは伝説の英雄を討ち倒すにはあまりにも実力が足りていないのが現実だった。

「少しなら時間を稼ぐことができる。だから早く、嬢ちゃんを見つけて連れてくるんだ。それしか、俺たちが勝つ可能性は無い……」

「で、でも……ライガを一人で残す訳には……」

「いいから行けッ! 賢者の嬢ちゃんも居れば、他に敵が居たとしても何とかなるだろ」

「……主よ、行くぞ」

「リエルまで……」

「その娘の存在を儂は知らぬが、戦士が言うのならば間違いないのじゃろう……」

 航大の袖を引き、リエルはライガの提案を汲み取ろうとする。
 自分に戦う力がないせいで、また戦場から引くこととなってしまうことを、航大はすぐに了承することができなかった。しかし、この場に立ち止まっていても、自分の内に眠る異形の力さえコントロールすることが出来ない航大にできることはないのも事実。

「……分かった。すぐに戻る――だから、絶対に死ぬなよライガ」

「あったりまえだろ。俺は親父に似てしぶとさには自信があるんだぜ」

 航大の言葉に振り返らず、ライガは背中を見せた状態で一つ頷いた。
 その大きな背中から、どこか父であり英雄であるグレオと似たものを感じた航大は後ろ髪を引かれる思いで一歩を踏み出す。

 この教会のどこかで彼女は眠っている。
 一度動き出した足は止まることがなかった。

「うらああああああぁぁぁッ!」

「…………ッ!」

 再び背後で響く剣戟の音。
 それは先ほどよりも激しさを増していて、壮絶な戦いが始まったことを如実に物語っていた。

「急ぐぞ、主。あやつでは長くは保つまい……」

「あぁ……分かってる……」

 教会の内部を目指して走り出す航大。
 それを邪魔する存在は現れない。
 何度も立て続けに響き渡る剣戟の音に表情を顰めながら、航大とリエルは眠りにつく少女の捜索を始めるのであった。

◆◆◆◆◆

「はぁっ、はあぁっ……」

「金髪のお兄さん、もう疲れちゃったの?」

「うる、せぇッ……!」

「…………ッ!」

 航大たちが姿を消してすぐ、ライガは大剣を振り回して眼前の男を打ち倒そうとする。しかし、相手は英雄を模して作られた存在。全身を包み込む筋肉、その手に持つ大剣までもを精密にコピーしている相手に対して、ライガは苦戦を強いられている。

 どれだけ剣を振るったとしも、刃は男に届くことはなく、その尽くを似た形をした大剣によって受け止められ、いなされる。

「…………ッ!」

「うおぉッ……!?」

 男は終始無言だった。
 常に険しい顔を浮かべてはいるが、その動きに一瞬の曇りすら見ることは出来ない。

 淡々と対象を殲滅せよとの命令を遂行するために、感情すら見せることはなく、相手を一瞬の内に絶命させるための剣を振るっていく。

「これが親父の力……」

 眼前を男の剣が通過していく。
 ただそれだけで、前髪の何本かが宙に舞っていくのを見た。男が振るう剣の刃には真空の風が纏っていた。それは触れたもの全てを切り裂く力を持っており、一瞬でも気を抜けばライガの身体はその刃によって両断されてしまうだろう。

「喰らえッ――風牙ぁッ!」

「…………ッ!」

「――なにッ!?」

 剣と剣が触れ、全身を伝う衝撃に身体を後退させたライガは自身が持つ錆びた剣に風を纏わせると、風の刃を男に見舞っていく。

 剣先から放たれる真空の刃は、瞬く間の内に男へと飛翔し、その身体を切り刻もうとする。

 無数の刃が男に殺到する。しかし、英雄の姿を借りた男はそれでさえも表情を変えることなく、自分が持つ剣に暴風を纏っていく。

「嘘、だろッ……!?」

「…………ッ!」

 それはライガが得意とする技だった。
 ライガが放った風牙に対する手段として、男も同様の技を繰り出してきたのであった。しかもそれは、ライガが放つ風牙よりも圧倒的な力を孕んでおり、教会全体に吹き荒れる暴風と共にライガの身体を無残にも切り刻んでいく。

「ぐああああああああぁぁぁッ!?」

 自分が放った風牙は少しの抵抗すらも許されず霧散し、代わりに夥しい量の刃がライガの身体に殺到する。
 咄嗟に急所を大剣で守るライガだったが、それでも全身を包むことは出来ず、足や腕を中心に刃が切りつけてくる。

「マジかよ、それッ……親父が使えるなんて……聞いたことねぇぞ……」

「…………」

 その剣に風を纏わせた男は、異様に充血した瞳で片膝をつくライガを見下ろす。
 どこまでも感情が見えない男の冷血な瞳に、ライガは全身に悪寒が走り抜けるのを感じた。それは死への恐怖心。絶対強者を前にした生物の本能的な感覚。

「やべぇな、これ……」

 航大を前にした時はカッコつけていたライガも、実体を伴って接近してくる死への予感を前に声を震わせる。

 両腕と両足からは夥しい量の出血が確認できた。
 まだ動くことは出来るが、それも時間の問題である。
 伏兵が潜んでいる可能性も考慮すれば、航大がどれくらいで戻ってくるのか見当もつかない。

 まさに絶体絶命。

 偽物とはいえ、自分の父親に引導を渡される現実を前にして、ライガの表情が引き攣っていく。

「はぁ……まぁこんなもんだよね。早く帰りたくて憂鬱だからさ……さっさと死んじゃってよ?」

「――ッ!」

 その言葉をトリガーに男が弾かれるようにして跳躍を開始する。
 異形の力を持つグリモワールによって召喚されたグレオの紛い物は、少女の命令に逆らうことができない。世界を、国を、そして人々を守るために鍛え上げられてきた武力は、ただそれだけの制約によって悪の道へと染まってしまう。

 突進してくる男を迎え撃とうとライガは両足に力を入れるが、生々しい音を立てて裂けた皮膚から噴出する鮮血と痛みに、身動きが取れない。

「――しまったッ!?」

 一瞬の反応が遅れた。
 それはこの戦いにおいては致命的であり、男が放つ無骨な刃がライガの眼前へと迫ってくる。その瞬間をライガは瞬きすら忘れて魅入ってしまう。

 英雄が放つ剣はどこまでも美しく、そして無慈悲だった。
 あと僅かでライガの命が刈り取られる、そんな瞬間だった――。

「はあああぁぁぁッ!」

 怒号を上げて横から戦いに水を差す存在があった。
 巨体を跳ねさせ接近してきた『その人物』は、全身から血液を溢れさせながらも、アンデッドの男が放つ剣をしっかりと受け止めることに成功していた。

「……親父ッ?」

「はぁ、はあぁっ、はぁっ……まさか、また、息子と共闘する時がくるとはな……」

 どれだけ血で濡れていようとも、大きく血の通った背中は間違いなく英雄のものであった。

「遅くなってすまない。立てるか?」
「……はッ、いつまで寝てんだよ、親父。待ちくたびれたぜ」
「……ふん、偉くなったものだな。航大くんは?」
「あいつは今、お嬢ちゃんを探しに行ってる」
「そうか。この状況ではそれが正しい行動だな」

 簡単な言葉で状況把握に務める英雄グレオは、息子が最善の行動をしっかりと取ったことに喜び笑みを漏らす。

「はあぁ……いい加減にさ、余計な仕事を増やすのはやめてほしいんだけど? いつまで経っても帰れないじゃん、マジで憂鬱」

「勝負はここからだッ!」

 少女の声を掻き消すように、グレオの咆哮が教会に轟く。
 両腕に持った剣を振るい、過去の自分を模して作られたアンデッドを吹き飛ばしていく。

「そうだぜ、親父。そんな怪我して、足を引っ張んなよ」

「……ふん、生意気な」

 グレオは少なからず驚いていた。
 戦いの最前線。その場に息子と立っているという事実に。

 魔獣ヒュドラとの戦いにおいても、驚きを禁じ得なかったグレオではあるが、それからあまり時間も経ってない中で、息子がまた一段と精悍な顔つきをしていることが嬉しかった。
 口元が緩んでしまいそうな感覚に戸惑いながらも、グレオは精悍な顔つきで眼前を睨みつけるのであった。

◆◆◆◆◆

 氷都市・ミノルアを中心にした戦いの物語は、急速に終焉へと突き進む。

 その先に待つのは希望か、絶望か――。

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