終末の異世界と大罪のグリモワール ~英霊は異世界で斯く戦えり~

桜葉

第二章4 生と死の狭間で

第二章4 生と死の狭間で

「本当は帰ろうと思ってたんだけど、ここで会ったのも何かの縁だよね。一変、死んでおく?」

 その命が尽きるまで消えることのない灼熱の炎に包まれる、ヨムドン村。
 人間、動物、植物、家……村に存在するあらゆるものが燃え盛る炎に包まれ、絶命してもなお、炎は消えることなく村を包み込んでいた。

「お前が……この村をやったのか……?」

「やったっていうのは、どういうことだろう? 邪魔だったこの村を美しい炎で化粧してあげたのは誰か……その問いの答えを求めているのだとしたら、この村を燃やしているのは僕で間違いないよ」

 怒りに震える航大の言葉に、広場の中央で立ち尽くす青年は感情が見えない声でそう答えた。自分の行動によって、数え切れない数の村人がその命を落としている。その事実に対しても、青年は特段想うところはないといった様子を見せる。

「邪魔だったから……?」

「そうだよ。僕が向かわないといけない目的地に到達するために、この村は邪魔だったんだよね。恨むなら、こんな場所に存在していたことを恨むべきだ。僕は迂回することが好きじゃない。歩いている道の真中に小石が落ちてたら蹴飛ばすだろ? それと同じことだよ」

「…………」

 あまりにも、想像を絶する自分勝手な理由が青年の口から溢れ、航大の鼓膜を静かに震わせた。その言葉は航大の中で蠢く得体の知れない激情を煽るには十分すぎる力を持っていて、今まで経験したことのない怒りで、航大の身体は震えていた。

「そんな理由で……村を焼いたって言うのかッ!?」

 気づいたら感情が爆発していた。
 溢れ出る言葉を脳で処理する前に、航大は怨嗟の言葉を紡ぎ続ける。

「ちょっと邪魔だったから燃やした? 道の小石みたいなもの? そんな理由でどれだけの人間が死んだと思ってるんだッ!」

「さぁ? 一々、何人死んだかなんて数えてないし、そもそもこれくらいの数なら対して影響はないでしょ?」

「――ッ!?」

「むしろ、僕は褒められることをしたと思っているくらいだよ。この世の無駄と思われるものを一つ消滅させたんだ。感謝こそされても、怒られることはないと思うんだよね」

 周囲で踊り狂う炎と違い、どこまでも静かでおだやかな青年の様子に航大は怒りと共に一種の恐怖すら感じていた。
 青年の瞳は航大を見ているのだが、心内では全く違うことを考え、見ているような感覚を覚える。

「これ以上の話をしても無駄な気がするね。僕と君は分かり合うことは出来ないようだし。そろそろ僕の目の前から消えてくれると助かるんだけど?」

「……航大、下がって」

「でも、本が光ってない。これじゃ、戦うことも……」

「……大丈夫。本がなくても航大を守ることはできるから」

 ここまで静寂を保っていたユイが静かに前に出る。
 グリモワールによる英霊召喚の力を持っていなくとも、彼女は臆する様子もなく毅然とした様子で青年と対峙する。

「僕が見る限り、君たちには戦う力がないようだけど……どうして逃げないんだい?」

「……私は航大を守る。力なんて関係ない、航大を守るためなら私は誰にも負けない」

「よくわからないなぁ……君が死ねば、彼を救う方法はなくなるよね?」

「……死なない。航大を残して、私は死ねないから」

「はぁ……これ以上は話してても無駄みたいだね。君たちの言葉が真実なのか、僕に見せてみてよ」

 青年は右手を天高く突き上げる。

 すると、周囲を舞っていた火の粉が渦を巻くようにして青年が突き上げた右手へと収束していく。炎を巻き上げるようにして収束する炎は、次第にその大きさを増していき、気付けば人間ひとりくらいならすっぽりと包み込めるくらいの大きさへと成長を遂げていた。

「君たちにこれをどうにかできるとは思えないけど、ね」

 頬を焦がす炎が舞う中、青年の声はどこまでも冷え切っていた。人間を殺すことに躊躇いのない青年の様子に、航大の身体が強張る。
 今までも何度か命を賭けた戦いというものに直面してきた。
 しかし、今は英霊召喚の力さえも持ち得ていない。怒りに身を任せて、強い言葉を使ったまではよかったが、結局この最悪な状況を打開する手段は思いつかないのであった。

「これくらいでいいかな。それじゃ、さようならだね」

「くそッ……どうすれば……」

 ここまで、危険な場面になると力を貸してくれたグリモワール。右手に握られた漆黒の装丁をした本は今に至ってもなお、沈黙を保ったまま。

「……航大、あいつがアレを手放したら、とにかく走って逃げて」

「走って逃げてって……ユイはどうするんだよ」

「……私はアレをなんとかしたら、航大を追いかける」

「何とかするって……そんなことできるのか?」

「…………」

 航大の問いかけにユイは答えない。毅然とした表情で正面に立つ敵を見据える。
 堂々としたその姿は、航大が初めて異世界にやってきた森での魔獣との戦いや、ハイライト王国でのシャーリー誘拐事件でも見たことがある。最悪の未来を恐れず、どんな危機も乗り越えようとする強い意思が満ちた顔だ。

「いやだなぁ……その目……僕を前にして何とかしてやるって目をしてるよ」

「…………」

「君たちは無知だからしょうがないかもしれないけど、やっぱり僕はその顔と目が嫌いなんだよね。希望なんて無いんだよ。僕の前にはね」

 何とかして抗おうとする航大とユイを見て、初めて青年の顔に表情というものが生まれた。苦々しい表情を浮かべ、その顔からはどこか怒っているようにも見えて、人間らしい表情が生まれた青年に睨みつけられ、その迫力に航大は一歩後ずさる。

「これくらいでいいかな。君たちには何の恨みもないけど、僕と出会ってしまったことを後悔して、炎の中でその命を枯らすといいよ」

 話はここまでと言わんばかりに、青年は頭上で爛々と輝く炎球に視線を向ける。
 炎球はこれ以上ないくらいに巨大に成長しており、あれを投げられてはタダでは済まないことは容易に想像できた。英霊の力もないユイがどうにか出来るとは到底思えない。

「やべぇな、これ……」

「……航大は逃げるだけでいい。後は私がなんとかするから」

「あぁもう、うるさいなぁ。いいから――早く死んじゃえよ」

 これ以上、航大たちの会話を聞いていたくないと青年は見下すような視線を航大たちに向け、その右手を無情にも振り下ろす。

「――ッ!?」

 青年の右手で極限にまで成長した炎球は、振り下ろされた右手の動きに合わせて動き出す。ゆっくりと周囲の空気すらも焼き尽くしながら、航大たちへと迫ってくる。

「……航大ッ、逃げてッ!」

「ダ、ダメだッ! お前を置いて逃げられるかッ!」

「……な、なんでッ!?」

 航大の言葉にユイの表情が変わった。それは初めて見る表情だった。
 彼女の瞳は大きく見開かれ、まるで信じられないものを見るような顔で、少し後ろに立つ航大へ視線を送る。その瞳は僅かに震えていて、心内で溢れ出す感情にユイは動揺を隠せないでいた。

「……どうして、どうして逃げてくれないの?」

「もう嫌なんだ……何も出来ないのは……」

「…………」

 信じられないものを見るような愕然とした表情で航大を見るユイ。
 その表情はどこか悲しげでもあり、彼女にそんな顔をさせてしまったことに、航大の心は大きく、そして決定的に切り裂かれていく。

 分かっていたことだった。

 現実世界でも平凡な少年として生活していた航大が異世界にやってきて、更にチート的な能力も保たない彼が剣と魔法の異世界で力になることなど無いのだ。
 ユイの顔を見て、航大はそれを嫌というほど実感してしまった。
 どんなに強い言葉を放っても、航大に出来ることなど何もない無い。

「……お願い、早く逃げてッ」

「で、でも……」

「……私が死ぬことよりも、貴方が死んでしまうことが……居なくなってしまうことの方が何倍も嫌なの」

 その瞳には涙が浮かんでいた。
 彼女にそんな顔をさせてしまった。
 航大の心はどこまでも傷ついていく。
 どこまでも切り裂かれ、傷つき、闇に堕ちていく。

「――全員、伏せろッ!」

 航大が全てを諦めて、異世界でその小さな命を落とそうとしていた瞬間。
 永遠にも似た静寂が支配する炎に支配された村に、野太い男の声が響いた。

 刹那、航大たちに迫ってくる炎球へと飛び込んでいく人影があった。それは自分の背丈はある巨大な大剣を背負っていて、単身炎球に突っ込んでいく人影は、自らの身体をも軽く凌駕する炎球へとその大剣を振るった。

「――絶破斬」

 その言葉に呼応するように、大剣が眩い光を帯びて輝く。
 目を開けていることも困難な輝きが周囲を包み込み、次の瞬間には大剣に切り裂かれた炎球が空中でその姿を保てず、轟音と共に爆ぜるのであった。

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