終末の異世界と大罪のグリモワール ~英霊は異世界で斯く戦えり~

桜葉

第二章2 雪覆う鮮血の悪夢

第二章2 雪覆う鮮血の悪夢

「案外、土竜って乗り心地悪いんだな……」

「がっはっはっ! あまり荷台から顔を出すなよー、振り落とされちまうぜ?」

「……航大、危ないから私に捕まっててもいいよ?」

「それはあまりにも情けないから、遠慮しておくよ……」

 ハイライト王国から大陸北部を目指す途中、航大は騎士隊が先導する土竜が引く荷台の一つに乗り込んでいた。王国から派遣された騎士は全部でおよそ二百人ほど。二百人の騎士が荷台付きの土竜を数十匹率いて行軍している様子は、中々壮大であった。

「それにしても、王国を出てどれくらい経った?」

「……まだ、数時間って言ったとこだな」

 荷台の先頭部分に顔を出して、鞭に繋がれた土竜を率いているライガに声をかける。
 ライガは小慣れた様子で土竜を操っていて、こうして荷台から声を出した航大と無駄口を叩くくらいの余裕はあるようだ。

「俺たちが目指す、アルジェンテ地方ってのは、あとどれくらいなんだ?」

「まだまだ全然先だぜ。多分、順調に進んで明日の夜にはなるかもしれないな」

「うへぇ……それまで、ずっと荷台の中なのか?」

「いや、途中でヨムドン村って所に立ち寄る予定だ。そこは、俺たちが向かってる北方最大の都市、ミノルアまでの中継地点として休憩に使われてるんだ」

 航大たちが北方の大都市『ミノルア』を目指して走り出してから、数時間の時が経った。代わり映えのしない草原をひたすら走り続け、ガタガタと大きく揺れる荷台の中に縮こまっているのは、これがかなりキツイ。

「はぁ……そうか……」

「これくらいで根を上げてたら、ミノルアまでは保たないぜ。なにせ、あそこは雪と氷に支配された極寒の地だからな」

「雪と氷ねぇ……そんな過酷なところに人が住めるものなのか?」
「まぁ、ちゃんと暖かくしてれば、凍死することはないからな。確かに王国に比べれば人口は少ないけど、少ないから独占できる仕事とかもあるんだぜ」

 北方の大都市『ミノルア』

 そこはアルジェンテ地方に存在する大都市であり、常に雪と氷で覆われた街であるらしい。北方の大地は過酷な環境のせいもあって、小さな村はいくつか存在しているのだが、自然と都市圏に人口が集中するようになり、いつしか大都市と呼ばれるくらいにまで成長を遂げていた。

 普段はアルジェンテ氷山と呼ばれる大陸北部の終点地点にそびえ立つ山々を掘削することで得られる鉱石などを輸出することで生計を立てているらしい。
 街も氷山の麓に存在していて、ミノルアの人々と氷山は切っても切れない関係にあるのだ。

「なるほどねぇ……なんか、これに揺られてると深夜バスに乗ってる時を思い出すなぁ……」

「しんやばす? なんだそれ?」

「いや、こっちの話だ」

 お昼過ぎに王国を出たこともあり、そろそろ日も暮れるような時間になってきた。
 雲の隙間を縫って差し込んでくる夕日に眩しさを覚えながら、航大はライガと久々の会話に花を咲かせる。

「そういえば、色々と大変だったみたいだな」

「大変って?」

「王女様の関係でゴタゴタに巻き込まれてたって噂だぜ?」

「えっ!? なんでそれを……」

「全員、詳しいことは分かってないんだけどよ、それでも国を守護する騎士隊だぜ。ちょっとした噂くらいは入ってくるもんよ」

 ライガが言っているのは、ここ数日前に起こったシャーリー誘拐事件のことだろう。
 この件に関してはシャーリーから緘口令が敷かれていて、航大は自らその話を他人にすることが出来ないのだが、異世界でも風の噂というのは当たり前に存在していて、王女側近の近衛騎士となった航大について、様々な噂が広がっているらしい。

「でも、すげぇよな。王女の近衛騎士って、それってグレオ隊長と同じくらいの地位ってことだろ?」

「グレオ隊長?」

「……あぁ、航大はまだ知らなかったか。ほら、この土竜の群れの先頭にいる、あのごっつい人だよ」

 ライガが指差す先。
 そこには詳細までは判別できなかったが確かに一際大きな体格をした男性が居た。詳しくは見ることができないのだが、ライガと同じように自分の背丈はある巨大な大剣を背負っていて、顔に傷があるその姿は、まさしく歴戦の猛者であることを物語っていた。

「あれが騎士隊の隊長なのか……」

「あぁ、グレオ隊長はマジですげぇぜ。なにせ、第二次大陸間戦争で我がハイライト王国を救ったと言われる伝説級の人だ」

「第二次大陸間戦争?」

「まぁ、俺もその頃は生まれてなかったから、詳しくは知らないんだけどよ、昔にあったらしいんだわ、帝国ガリアとハイライト王国の大規模な戦争ってやつが」

「なるほど……」

 大陸間戦争。
 やはり世界は変わっても、国というのは同じような揉め事を起こしてしまうものらしい。

「ほら、俺たちが初めて会った時があっただろう。あの時も、ガリアの小隊がうちの国にちょっかいを出してきてたんだよ」

「え、戦争ってまだ続いてるのか?」

「正式な部分では停戦って形になってるらしい。だけど、本当の部分では停戦ってのは大規模な戦争をしないっていう約束みたいなもんで、実際は小さな戦闘が起こったりはしてる訳だ」

「マジかよ……」

「正直、今回のこともガリアが絡んでるんじゃないかって話だ。それだから、こうしてハイライト王国の騎士隊で小隊を作って、現場の確認に向かってる訳だ」

 帝国ガリア。
 話を聞く限り、碌な国ではないことが窺い知れる。アニメとか漫画でいうところの、世界征服を目論んでる悪役、といった印象を受ける。だいたい、そういう存在はラスボスとして君臨してくるものなのだが、出来ることならこれ以上の戦闘には遭遇せず現実世界に帰りたいものである。

「でも、ガリアが絡んでるって言っても、今回は魔獣が出るってだけだろ? ガリアは関係ないんじゃ……」

「俺も最初はそう思ってたんだがな、話を聞く感じだと相当きな臭い感じだぜ」

「きな臭い?」

「あぁ、この世界でも魔獣ってのはちょこちょこ存在してはいるんだけど、普段は人間が住む場所には出てこないんだよ」

「ほぅ……」

「特に俺たちが遭遇した、あんなデカさの魔獣なんて本当なら伝説クラスなんだぜ」

「伝説クラスって……」

「まぁ、それくらいこの世界では魔獣ってのはレアな存在なんだ。それが頻繁に出現してる……それだけで疑問を持つには十分って訳だ」

 魔獣。異世界モノの物語であるなら、定番に登場する存在であるはずなのだが、航大が迷い込んだ異世界では例外らしい。

「で、魔獣がレアな存在なのは分かったけど、それと帝国ガリアにはどんな繋がりがあるんだ?」

「あぁ、それはな……俺たちが討伐した魔獣が居ただろ? あれを帝国ガリアが作り出しているとしたら……どう思う?」

「……魔獣を作る?」

 予想外の言葉が聞こえてきて、思わず航大は呆けた顔で聞き返してしまう。

 魔獣を作り出す。そんなことが可能なのか。

 帝国は生物兵器を呼ばれる代物を作りだす技術力が存在するのだとしたら……航大が出会った巨大な魔獣を自由に作り出せるのだとしたら――、

「まぁ、そういうことだ。あの魔獣を解剖した結果、ガリアのものと見られる痕跡を見つけた。そして今回の魔獣騒動……最悪な事態を想定して動かなくちゃいけないって訳だ」

 ライガはここまで話し終えると、ふぅと小さく溜息を漏らした。
 その表情はどこか緊張感を帯びていて、そんな横顔を見て航大も気を無意識のうちに気を引き締める。
 この世界において、魔獣と呼ばれるものは相当危険な存在として認識されている。

 そして、広大な海を挟んでどこかに存在する帝国ガリアの存在。停戦の協定を結んでも関係なしに攻め込んでくる狡猾な一面えお持っている。戦争など起きないのが一番なのであるのだが、そういう存在もいるということは、航大も胸の内に留めておかねばならないことであるのは間違いない。

 そんなこんな話を続けている内に、気付けば日は完全に落ちていて、少し肌寒さを感じながら航大は荷台へと戻るのであった。

◆◆◆◆◆

「おい、航大。そろそろ休憩地点に着くぞ」

「……ん?」

 土竜の荷台に座ることにも慣れてきた頃、そんな声が先頭から聞こえてくる。
 航大の身体にはふかふかな毛布が掛けられていて、唯一外気に晒されている顔に当たる風が尋常じゃないくらいに冷たく、航大の意識はあっという間に覚醒していく。

「って、寒いッ!?」

「当たり前だろ。そろそろ北方の地に片足を突っ込むってとこだぜ」

「えぇ……どれくらい寝てたんだ……こんなに急に変わるのか……?」

「急だったか? 俺たちはいつも経験してることだから、気にならないけどな」

 航大の様子がおかしいのか、ライガは不思議そうに小首を傾げる。
 荷台から顔を出してみると、視界に飛び込んできたのは辺り一面の雪景色だった。

「マジで雪が降ってる……」

「これからどんどん激しくなるぜ」

「……え、今でも十分激しいと思うんだけど」

 外を見れば確かに雪は降っていて、それは現実世界で言うなら吹雪いていると形容されるレベルで激しいものに航大の目には映った。
 しかし、ライガはこれくらい何てことないと行軍を続けている。

「この先、もっと吹雪が強くなってるみたいでな。これ以上、進むのは危険って判断だ」

「そんなことが分かるのか?」

「まぁ、まだアルジェンテに入ったばかりなのに、この強さは危ないかもしれないな……北方の大地は進めば進むほどに雪が強くなるって覚えておいたほうがいいぜ」

 ライガの言葉を聞いて、確かにこれ以上の激しい吹雪に見舞われてしまうと行軍どころではないのも納得できる。

「そろそろヨムドン村が見えてくるはずだな……」

「そこで休憩するんだろ?」

「あぁ、宿屋がたくさんある村だから、休むとこには困らないはずだぜ」

「は、は、はっくしょんッ……確かに、これは暖かいところで寝ないと厳しいかもだな……」

「はははっ、本当に航大は寒さに弱いんだな。そんなんじゃ、アルジェンテでは生きていけないぜ」

「……俺は寒いのが苦手なんだ」

 航大よりも明らかに軽装なライガは、その身体に雪を一身に受けているのだが寒がる様子はない。これが異世界と現実世界の環境の違いによる進化なのか……金髪の頭に大量の雪を乗せて豪快に笑うライガを見て、航大は溜息を漏らすのであった。

◆◆◆◆◆

「なんか、様子が変だな……」

「……様子が変?」

 あれから数十分後。
 荷台で毛布に包まっている航大にライガの不穏な声が届いてきた。
 無視できない発言が鼓膜を震わせたことで、航大は荷台から身体を起こして操者が座る先頭部分へと身を乗り出す。
 先ほどよりも雪の勢いは増していて、かろうじて遠くに広範囲に渡る明かりが見えるくらいだ。

「おぉ、あれが村って奴か?」

「……あぁ」

「夜とはいえ、まだ離れてるのに結構明るいんだな」

「…………」

 航大の言葉にライガは答えない。
 周囲を見渡せば、ライガと同じように土竜を操る王国騎士の姿が見えるのだが、視界に騎士たちの顔は一様に険しい。

「なにがあったんだよ。村の明かりが見えちゃまずいのか?」

「ヨムドン村ってのは、小さな村なんだよ。若い奴は仕事が豊富にあるミノルアに行っちまうし、そうなると自然と村には老人が多く残るようになるんだけど……普段は明かりも少ない村なんだ」

「でも、あれは……」

「だからおかしいって話だ。それにあれは……何かが大きく炎上してる炎の明かりだ」

「……炎上?」

 確かに、言われてみれば炎は広範囲に渡っていて、近づけば近づくほどそれは『人工的な明るさ』ではないことに気付く。
 雪が降る中、ヨムドン村はその全てを灼熱の炎で焼かれていたのだ。

「まずいぞこれ……航大ッ、捕まってろ!」

「……えっ!?」

「グレオ隊長からの命令がきた。これから騎士隊は全速力でヨムドン村を目指すッ!」

 ライガの切羽詰まった声が荷台に響くのと同時に、土竜の動きが今までよりも数倍速くなる。急な加速に思わず航大の身体は風圧に押されて荷台を転げ回ってしまう。

「……むにゃ。航大、大丈夫?」

「あ、あぁ……なんとか……」

 ゴロゴロと荷台を転げ回って、ふかふかな毛布に身を包んで寝ていたユイとぶつかってしまう。その衝撃でユイは目を覚まし、視界に映った航大にのんびりとした緊張感のない言葉をかけてくるのであった。

 そんな普段と変わらない様子のユイに平静を取り戻した航大ではあったが、それも数分後には再び脆くも崩れ去ってしまうのであった。

◆◆◆◆◆

「……なんだよ、これ」

「……最悪だ」

「おい、ライガ。なんだよ、これ……どうして村が……こんなことにッ!」

 航大たちは目的地であるヨムドン村にたどり着いた。
 本来なら、この村で宿を取って一夜を明かす予定だった。しかしそれも、目の前の凄惨たる光景が無ければの話である。

 ヨムドン村は人間、家、家畜……その全てを燃え盛る炎によって焼き尽くされていた。

 村には夥しい数の死体が転がっていて、その全てはおよそ人間としての原型を留めてはいなかった。

 首がないモノ。

 右腕がないモノ。

 左腕がないモノ。

 両足がないモノ。

 その全てがないモノ。

 これは現実の光景なのだろうか。
 目の前で無造作に転がっている死体の山を見て、航大はそんなことを思った。
 人間の死体など間近で見たことがない航大からしたら、ゴミのようにそこら辺を転がっている肉片が人間のモノであるのかをすぐに認識することができなかった。

 思考が停止してしまっている。
 いや、脳が理解することを拒んでいるのだ。

「……航大ッ、危ないッ!」

「……えっ?」

「くそっ、伏せろ……航大ぁッ!」

 呆然と立ち尽くす航大の身体をユイが力強く引っ張る。
 すると、航大がさっきまで立っていた場所に四足歩行の獣が飛来した。
 一見、狼のような姿をした漆黒の獣は航大が立っていた場所に爪を立てて着地すると、地面が抉れて周囲に雪が舞う。

「魔獣だッ……クソがああああぁぁッ!」

「――ッ!」

 思考が停止する中、最も速く動いたのはライガだった。
 大剣を抜くと、抉れた地面に足を取られている魔獣へ刃を振り下ろす。
 およそ剣として切り裂く能力に欠けている大剣は、断末魔の叫び声を上げる魔獣の身体をすり潰すようにして二つに切断した。

 さすがに身体を切断されてしまっては、魔獣も絶命するしかない。
 二つになった魔獣の身体が何度か痙攣して、それが静かになったのをしっかりと最後まで見届けるライガ。
 どす黒い血が純白の雪を汚し、その様子を航大は黙って見つめることしか出来ない。

「航大ッ! ぼーっとすんな! ここはもう戦場だ。ボケっとしてたらマジで死ぬぞ!」

「あ、あぁ……」

「俺は生存者が居ないか探してくる。航大、戦えないなら後方支援部隊に合流しろ。あそこなら安全だッ!」

 居ても立ってもいられないとライガは判断したのか、立ち尽くす航大に怒号を浴びせ終わると、炎が舞う村の中へと姿を消した。

「……航大、どうする?」

「俺は……」

 異世界に来て、初めて目の当たりにする地獄。
 炎上を続ける近くの家から飛来してくる火の粉に頬を焼かれながら、航大はただただ呆然と立ち尽くすことしかできないのであった。

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