もう一度だけ、君に伝えたいこと

夕月かなで

もう一度だけ、君に伝えたいこと


あの日、あの時、もしもこうしていれば。

こんなことを一度は考えたことがありませんか。

何かミスを犯してしまったとき。

友達や大切な人と喧嘩をしたとき。

誰かと別れたとき。

私にはあったんだ。

だからこそ私は。

この言葉を、伝えるんだ。




「……うちゃん、恭ちゃんっ!」

暖かい日差しに触れたまどろみの中、俺は体を揺さぶられる感覚で目を覚ました。ふと顔を上げて周りを見ると、部屋中の視線。そして目の前に立つのは英語の教科書を握り締め、敵のように俺を睨むいい年したおっさんの教師。ああ、まだ大学対策の授業中だったか。

「大橋、後で職員室な」

「はいはい」

「はいは一回だ!」

俺は先生の怒鳴り声を聞きながら、机に俯いてまた眠りについた。その後も起こそうとしているのか、俺は体を揺さぶられている気がした。




「全く恭ちゃんは!そんなんじゃ卒業出来ないよ!」

放課後、帰り道。今日の授業全てで居眠りをかました俺に説教を垂れる、幼馴染で腐れ縁、そして現在席が隣りである桜木安奈。それを聞き流しながら二人で肩を並べて歩いていた。というか来週卒業式なのに今さら授業頑張っても関係ないだろうに。

「恭ちゃん!大橋恭!聞いてるの!」

「別にフルネームで呼ばなくても聞いてるよ」

「じゃあちゃんと返事する!反省してるのっ!?」

「へいへい、してるしてる」

「むぅー!」

背中をポカポカ叩いてくる安奈だったが、途中で用事を思い出したのか。

「あ、スーパー寄って行っていい?」

先程の説教は何だったのか。俺が話を聞かないと分かったのか、急に話題を切り替えてきた。安奈の癖、というか特技の一つだ。俺はこいつの切り替え早さは日本一だと勝手に思っている。これのせいで実は友人が少ない安奈は、俺達が小さい頃からずっと俺に引っ付いてきた。いや、これもあの時からなのかもしれない。

あの日、俺が事故に巻き込まれた日。

五年前。俺は歩道に突っ込んできたトラックに跳ねられ生死の境を彷徨ったが、何とか一命を取り留めることが出来たらしい。医者が言うには奇跡、らしい。外傷も殆ど残らず、完治してしまったからだ。でもその日から、安奈は俺に引っ付いて離れなくなった。一番の友人が死に掛けたんだ、依存してしまっても仕方がないのかもしれない。でも、本当にこのままでいいのだろうか。俺はまだ。

「恭ちゃん?」

俺が何かを考え込んでいると、安奈は決まって話しかけてくれる。きっと顔に出ているんだろう、これ以上心配させないようにしないと。

「ああ。行くか、スーパー」

「うん!」

「何買うんだ?」

「えっとねぇ、玉ねぎとー」

俺たちは二人一緒。ふざけたり、怒ったり、時には真面目になりながら、ずっと過ごしてきた。これからも一緒に過ごしていたいって思ってる。

だからきっと俺は、安奈に伝えなきゃならない。

実行は、一週間後。俺達が卒業する日。




募りに募った想いを吐き出すために、俺は放課後の誰もいない教室へと安奈を連れて行った。普通ここは呼び出すのではないか、そう俺も思ったが安奈は本当に俺から離れてくれないのだ。ここまで過保護だと逆に心配になる。だからこそ、はっきりさせなきゃならない。

俺は俺の気持ちを伝えなきゃいけない。

「安奈、話があるんだ」

「ど、どうしたの恭ちゃん?こんな所で」

心臓のリズムが激しさを増し、汗が流れてくる。そして俺はずっと心に秘めていた、伝えないといけない俺の気持ちを。

「安奈、俺は」

最後に、君へ届けたいんだ。




「大好きです。ずっと、前から。初めて会った日から」

大切な気持ちだから。

これで最後だから。

君といられる、最後の日。

「ずっと言いたかった。でも、怖かった」

それでも君には伝えたかったから。

神様にお願いしたあの日から、ずっと考えてたんだ。

「大好きです。いつまでも、君が死ぬまでずっと」

神様が聞いてくれた一生のお願い。

絶対にもう、後悔しないって決めたから。

最後にもう一度だけ、君に伝えたいんだ。

「愛しています。だから、幸せになってください。恭ちゃん」

ふふっ驚いてるね。

恭ちゃんが言おうとしてた言葉、全部言っちゃったもん。

でも、これでいいんだよ。

あの日伝えたかった言葉、やっと言えたから。

「あ、あん、な?」

「ごめんね恭ちゃん。私、もう死んでるんだ」

あの日。

恭ちゃんが事故に遭ったあの日。

私も一緒にいたんだよ?

二人共事故に巻き込まれたんだ。

でもね、私は夢の中で神様に会ったんだ。

悲しそうに何があったかを説明してくれた神様に、私は一生のお願いしたの。


『恭ちゃん、恭ちゃんだけでも。助けてください』


そりゃ私だって助かりたかったよ。

けどさ、恭ちゃんと違って即死だったらしいから。

世界の理とか何だか難しい話で駄目だって。

それだったらって、私は必死にお願いしたんだ。

君を、助けてほしいって。

「でもね、神様はもう一つだけお願いを叶えてくれたんだよ」

「あの日恭ちゃんに、君に伝えたかったことを。伝えさせてくれたんだ」

「だからね、泣かないで。もう忘れてもいいんだよ」

「私はこれで消えちゃうけど」

「私は恭ちゃんのことを覚えていてあげるから」

「恭ちゃんは、私を忘れてもいいんだよ」

「だから」


――大好きです、恭ちゃん。……私の初恋の人。







「……はし!大橋っ!」

暖かい日差しに触れたまどろみの中、俺は体を揺さぶられる感覚で目を覚ました。ふと顔を上げて周りを見ると、教授が文法の説明をしており、横には大学に入ってから仲良くなった男友達がいた。ああ、まだ授業中だったみたいだ。何故寝てしまったのだろう。いつもはこんなこと無かったのに。何だか、変な気分だ。

「大橋、夜更かしでもしてたのか?」

「いや、十一時には寝たはずなんだがな」

「そっか、あ、そういえば前言ってた合コンの話。どうする?」

「んー、やっぱやめとくよ」

「まぁそう言うだろうと思ってたよ。了解」

俺は友人とは反対側に空いた席を見た。そしてふと、数年前まで一緒に授業を受けていた幼馴染を思い出す。あの事故で亡くなったあの子は、今も安らかに眠ってくれているだろうか。元気だったあの子。俺と一緒にはしゃいだり、ふざけあったり、喧嘩したりしたあの子。そんな君がまだ、隣りにいる気がする時がある。そう感じた時に俺は、必ず目を瞑って心の中で呟くんだ。




もう一度だけ、君に会えたら。




君に、伝えたいことがあるんだ。




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