深夜バイトと自殺志願者
深夜バイトと自殺志願者
「わたし、今日で死ぬことにしたんだ」
コンビニエンスストアに務めていると、変な客がよくやってくる。
その時間帯は深夜になればなるほど。
誰もいない深夜のコンビニエンスストア。客は誰もいない。俺の目の前にいる女性を除いて。リクルートスーツに身を包んだ女性は、まだ新しさが残るカバンを肩にかけて、俺にそう言ってきた。
俺はどう反応すればいいのか解らなくて、取り敢えずコールスローサラダのバーコードをレジに通した。
買う物品は健康に気を遣っているように見える。コールスローサラダにつくね丼、じゃがりこと抹茶入りの緑茶。しめて八百五十円、といった感じだろうか。
つくね丼のバーコードをレジに通して、俺はそれを持ったまま問いかける。
「……温めますか」
「あっ、うん、えーと、お願いします」
一回で言えばいいのに。そんなことを思いながら、俺はカウンター裏にある電子レンジにつくね丼を入れて千五百ワットで四十秒を指定した。
そんな時間はかからない。四十秒だ。少年が旅立つ準備も十分にできる。
「八百五十円になります」
そう言うと、女性はこのコンビニエンスストアが加入するグループの電子マネーカードを提示した。それでよろしいですね、と言うと女性はこくりと頷いた。
「ちょうどいただきます。残金はレシートでご確認ください」
そのタイミングで電子レンジが音を鳴らす。この音は温めの時間が終わった合図だ。レンジに向かってつくね丼を取り出し薄茶色の袋に入れて割り箸を一つ放り込む。
既に冷たいものは女性に渡してあるから、あとはそれを渡すだけ。
「ありがとうございました」
「……ありがとう」
受け取って出入り口へと女性は向かった。そこで俺の業務は終わり。さて、あとは先程やってきた商品の陳列の続きをすることにしようか――。
そう思った、その時だった。
女性は立ち止まり、そのまま俺に声を投げた。
「死ぬって、どういう感じなのかな」
そんなこと、知ったことではない。
でも、答えないとそれはそれでクレームになりかねないので、差し支えない程度で答える。
「……とても痛いのではないですか」
「そうだよねえ」
ははっ、と笑って女性は歩き始める。
「ありがとう。ちょっとだけ元気が出たよ。夜勤、頑張ってね。少年」
そう言って女性は自動ドアをくぐって外へ出て行った。
「……俺はもう二十歳超えていますよ……」
女性に文句の一つでも言いたかったが、もうその時には女性は外に出ているのだった。
次の日の朝、夜勤が終わったタイミングで警察がやってきた。隣には店長が慌てたような表情を浮かべていた。俺が何をしたのか、と思ったが話を聞いてみると事情聴取をしたかっただけとのこと。
昨日の深夜にやってきたあの女性は、そのあと遺書を書き上げてネクタイで首を吊ったらしい。仕事に対するストレスが溜まっていた、とのことだった。会社は残業を多くさせることで女性に精神的負担を多くさせていた――とどのつまりブラック企業では無いか、とのことだった。
それで、どうして警察がやってきたかというと、最後に女性が会話をしたのが俺だったらしい。自殺である可能性は九割九分だったらしいが、最後の一分を埋めるために、俺に話を聞いて裏付けを取るとのことだった。
だから、俺は言った。
最後に彼女は、ちょっとだけ元気が出たと言っていた、と。
もしかしたらそれは自殺をするための後押しになってしまったのかもしれないけれど。
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コメント
ノベルバユーザー601496
自殺志願者というタイトルに目が惹かれました。
肩の抜けた雰囲気もいいし、考えもつかなかったです。