冷たい世界に太陽を
風速計は
――――気象状態:強風  PM 2:45―――――
真白の研究テーマは『異常気象の原因究明そしてその制御』である。
ある日の昼下がり、観測結果をまとめると言ったきり自室から出てこない真白に差し入れを持って行った。
ノックをすると、「んー」と何ともしまらない返事が返ってくる。
邪魔にならないよう極力静かに入室する。
彼女は今日は晴れているので屋内に閉じこもることに決めたらしい。
・・・逆だろってなるかもしれないが、異常気象が無い限り観測するものがないのでいつもこうである。
街へ買い物に行くときだって止めておけばいいのに、わざわざ悪天候の時ばかりを選んで行っている。
そしてそのたびに迎えに行かされるこちらの身にもなってほしいところだ。
「真白さん、はい、コーヒーです」
「んーそこ置いといて」
指し示された、書類で下の木が見えない机の上にコーヒーを置く。
足元にも書類が散乱し足の踏み場はほとんどない。昨日片づけたばかりなんだが。
散らばるそれらをまとめながら尋ねる。
「今の状況はどうですか?なにか進展ありました?」
この前の嵐の観測結果からなにか分かっただろうか。前回はあまり進展しなかった分期待しているのだけれど。
少し気が早いかもしれないが気になったので聞いてみる。
「ん、いや見てよコレ。最後の欠片が見つからないのよ」
幾何模様パズルをしていた。
「仕事をしてください!」
真白のこめかみを強く圧迫する。
「痛い痛い痛い!え!?なんで!ここは大秘宝じゃなくてパズルかよってツッコミ入れるところじゃないの!?」
「知りませんそんなもの!」
腕の力を強くする。
せっかく研究で忙しいと思ってコーヒー持ってきてあげたのに‼だいたい大秘宝ってなんのことだ!
「あっ!?やめてもっと優しくして乱暴しないでー!」
―――――――そのあと散々説教した後、二人でテーブルに向かい合いコーヒーをすすっていると。
「まったく、女の子に手をあげるなんてひどい男ね!」
大分痛かったらしい。恨み言を綴るようにしゃべりだす。
「心配しなくても真白さん以外の女性にしたことないです」
「ええ!じゃあ私だけ特別ってこと!?」
彼女は目を見開いてこちらを見る。
ひどーい!とか言ってくるのかな?
今回はちょっとやりすぎな感じがあったし、言われてもしかたがないのだけれど。
ちなみにこの間うっかり真白さんのプリンを食べてしまった時は号泣しながら言われた。
しかしその予想は大きく外れる。
「ふぅん?なるほど、私は隼人くんの『特別』な存在なわけだねぇ?」
ッ―――――‼
いつも通りのニヤニヤ顔である。またからかってるなこの人は―――――――
「調子に乗らないでください。『特別』のニュアンスが違いますよ」
「じゃあどういう意味合い?」
「じゃあ特別にさっきのもう一回やってあげましょうか?の『特別』です」
「えええ!?なんでそうなるのー!?なんか怒ってる?」
「さっきまで怒ってましたけどね!」
いつも通りマイペースな彼女に心で小さく溜息をついた。
ゆったりとした時間は過ぎ、コーヒーがすっかりなくなったころ。
「それで?この間の嵐の原因は分かりそうですか?」
そう。そもそもこの事を聞くつもりで来ていた事を思い出す。
1週間ほど前、3日間連続で豪雨があったのだが、これを観測、調査していたのだ。
今回の嵐も最近多発の原因不明の異常気象の1つだと考えていて、調査結果からいろいろ意見を聞いたりたずねたり伺ったり。時々意見を言ってみたり。
そんなこんなで1週間たったわけだが。
「うーん・・・何か不自然な、大きな力が働いてそうだってところまでは分かったんだけどねー」
原因を突き止めるまでには至っていなかった。
「じゃあやっぱり前回とほぼ同じで原因不明の外力って感じですか」
1か月ほど前にも同じような事が起きていて、その時も同じような結論に至っていた。
明らかに不自然な点はいくつもあるのに、いくら調べても何故「不自然」になったのか分からなかったのである。
そのことから逆に、不自然な状況になる、誰も知らない謎の力が働いているのでは?という仮説を立てていた。
「あ、1つだけ違ったのがあったわ」
「どんな?」
それは気になる。もしかしたらそこから大きな発見に繋がるかもしれないのだ。
自然と声が喜色を帯びる。
「風速計が壊れちゃったのよ」
「・・・風速計が?」
しかしそれは喜びよりもどちらかというと落胆に近いものだった。
あれは特殊合金製で重量もあり飛んでいくような代物じゃない。意図的に壊すのも至難の業だろう。計測可能な値もかなり大きいはずで、よほどのことでなければ全く問題ない。伊達に自信作ではないのだ。
しかしそれでも壊れてしまったというのは、故障か、もしくは――――――
「それだけとんでもなく強い風が吹いたってことですか」
他に考えられない。唯一壊れる原因となるところがあるとしたらそこくらいなものだ。
「いや、それがそうとも限らないのよ」
しかし彼女はその考えを否定する。
「というと?」
「あの日外で風の強さを直接感じてたんだけどね」
「何してんですか」
「50mも飛ばなかったのよ」
「飛んだんですか‼」
ほんとに何してんだこの人は!危な!
彼女は全く意に介さず、話を続ける。
「でもその程度の風で風速計のメーターは振りきれた」
「でも、それは局所的に突風が吹いたんじゃ・・・」
「それは考えにくいかな。隼人くんもアレの計測可能値知ってるでしょ?たしかにビル風みたいに一瞬強い風が吹くことはあるけど・・・本当に振り切れるような風が吹いてたらこの建物も私たちも無事では済まなかったでしょうね」
「じゃあなんで・・・?」
「何らかの力が風速計に『直接』加わった可能性が高いわ」
「直接、ですか」
あの硬さだ。さすがにそれだけで壊れることは無いと思うんだが。
真白はその考えを否定するように首を横に振る。
「うーん、たぶん隼人くんの考えてるのは微妙に違うんじゃないかなー」
「というと?」
「本体に直接なんじゃなくて、『計測値』に直接、みたいな。不思議な力による不自然な現象、どっかで聞いたわねー」
「それって・・・!」
「ええ、おそらくは異常気象が起きる原因のものと同一、もしくは酷似する何か」
「ということは原因の力をやっと観測したってことですか!」
「まぁ・・・そうなるかもねー」
________
うひょー!と喜ぶ隼人を尻目に真白は考え込む。
(・・・それでも本来なら壊れる道理はないはずなのに。アレは、『意図的』に、『攻撃』されたと考えるべきか・・・?)
「真白さん?大丈夫ですか?突然黙って。どっか具合でも?」
「へっ?あ・・・」
つい黙り込んでしまっていたことに気づく。
「いえ、大丈夫よ。ちょっと真白シリアスしてただけだから」
「・・・?そうですか。まあそれよりも、お祝いしましょう!」
「ええ?こんなことで毎回祝ってたら切りがないわよ?本当にやるの?」
「もちろん。こんな小さなことでも後の大きなことの一つなんですから。・・・というかいつもなら真白さん喜々としてやるじゃないですか。もしかしてまだその真白なんとか状態、続いてるんですか?」
(いけない。こんなことで隼人くんに心配させるわけにはいかないわ。ただでさえ負担が大きいのに)
「・・・じゃあ祝っちゃいますか!隼人くん、私テングタケが食べたい!」
「分かりました!早速そこの山で採っテングタケ!?」
「毒抜きすれば食べられるもんね!」
「いや毒キノコ、確かに食べれるかも、いや、でも、えぇ・・・?」
「あ、毒味はもちろん隼人くんね!」
「そんなのするまでもなくそれは毒ですよ!殺す気か!」
「えーテングタケ程度じゃ死なないよー・・・意識不明くらい?」
「やっぱダメじゃないですか‼」
「あっはははは‼」
(あくまで仮説だけど、もしアレが意図的な攻撃なのだとしたら、一体どんな目的で・・・?)
その態度とは裏腹に、真白は嫌な予感を、何とも言えない不安を拭い去れないでいた。
真白の研究テーマは『異常気象の原因究明そしてその制御』である。
ある日の昼下がり、観測結果をまとめると言ったきり自室から出てこない真白に差し入れを持って行った。
ノックをすると、「んー」と何ともしまらない返事が返ってくる。
邪魔にならないよう極力静かに入室する。
彼女は今日は晴れているので屋内に閉じこもることに決めたらしい。
・・・逆だろってなるかもしれないが、異常気象が無い限り観測するものがないのでいつもこうである。
街へ買い物に行くときだって止めておけばいいのに、わざわざ悪天候の時ばかりを選んで行っている。
そしてそのたびに迎えに行かされるこちらの身にもなってほしいところだ。
「真白さん、はい、コーヒーです」
「んーそこ置いといて」
指し示された、書類で下の木が見えない机の上にコーヒーを置く。
足元にも書類が散乱し足の踏み場はほとんどない。昨日片づけたばかりなんだが。
散らばるそれらをまとめながら尋ねる。
「今の状況はどうですか?なにか進展ありました?」
この前の嵐の観測結果からなにか分かっただろうか。前回はあまり進展しなかった分期待しているのだけれど。
少し気が早いかもしれないが気になったので聞いてみる。
「ん、いや見てよコレ。最後の欠片が見つからないのよ」
幾何模様パズルをしていた。
「仕事をしてください!」
真白のこめかみを強く圧迫する。
「痛い痛い痛い!え!?なんで!ここは大秘宝じゃなくてパズルかよってツッコミ入れるところじゃないの!?」
「知りませんそんなもの!」
腕の力を強くする。
せっかく研究で忙しいと思ってコーヒー持ってきてあげたのに‼だいたい大秘宝ってなんのことだ!
「あっ!?やめてもっと優しくして乱暴しないでー!」
―――――――そのあと散々説教した後、二人でテーブルに向かい合いコーヒーをすすっていると。
「まったく、女の子に手をあげるなんてひどい男ね!」
大分痛かったらしい。恨み言を綴るようにしゃべりだす。
「心配しなくても真白さん以外の女性にしたことないです」
「ええ!じゃあ私だけ特別ってこと!?」
彼女は目を見開いてこちらを見る。
ひどーい!とか言ってくるのかな?
今回はちょっとやりすぎな感じがあったし、言われてもしかたがないのだけれど。
ちなみにこの間うっかり真白さんのプリンを食べてしまった時は号泣しながら言われた。
しかしその予想は大きく外れる。
「ふぅん?なるほど、私は隼人くんの『特別』な存在なわけだねぇ?」
ッ―――――‼
いつも通りのニヤニヤ顔である。またからかってるなこの人は―――――――
「調子に乗らないでください。『特別』のニュアンスが違いますよ」
「じゃあどういう意味合い?」
「じゃあ特別にさっきのもう一回やってあげましょうか?の『特別』です」
「えええ!?なんでそうなるのー!?なんか怒ってる?」
「さっきまで怒ってましたけどね!」
いつも通りマイペースな彼女に心で小さく溜息をついた。
ゆったりとした時間は過ぎ、コーヒーがすっかりなくなったころ。
「それで?この間の嵐の原因は分かりそうですか?」
そう。そもそもこの事を聞くつもりで来ていた事を思い出す。
1週間ほど前、3日間連続で豪雨があったのだが、これを観測、調査していたのだ。
今回の嵐も最近多発の原因不明の異常気象の1つだと考えていて、調査結果からいろいろ意見を聞いたりたずねたり伺ったり。時々意見を言ってみたり。
そんなこんなで1週間たったわけだが。
「うーん・・・何か不自然な、大きな力が働いてそうだってところまでは分かったんだけどねー」
原因を突き止めるまでには至っていなかった。
「じゃあやっぱり前回とほぼ同じで原因不明の外力って感じですか」
1か月ほど前にも同じような事が起きていて、その時も同じような結論に至っていた。
明らかに不自然な点はいくつもあるのに、いくら調べても何故「不自然」になったのか分からなかったのである。
そのことから逆に、不自然な状況になる、誰も知らない謎の力が働いているのでは?という仮説を立てていた。
「あ、1つだけ違ったのがあったわ」
「どんな?」
それは気になる。もしかしたらそこから大きな発見に繋がるかもしれないのだ。
自然と声が喜色を帯びる。
「風速計が壊れちゃったのよ」
「・・・風速計が?」
しかしそれは喜びよりもどちらかというと落胆に近いものだった。
あれは特殊合金製で重量もあり飛んでいくような代物じゃない。意図的に壊すのも至難の業だろう。計測可能な値もかなり大きいはずで、よほどのことでなければ全く問題ない。伊達に自信作ではないのだ。
しかしそれでも壊れてしまったというのは、故障か、もしくは――――――
「それだけとんでもなく強い風が吹いたってことですか」
他に考えられない。唯一壊れる原因となるところがあるとしたらそこくらいなものだ。
「いや、それがそうとも限らないのよ」
しかし彼女はその考えを否定する。
「というと?」
「あの日外で風の強さを直接感じてたんだけどね」
「何してんですか」
「50mも飛ばなかったのよ」
「飛んだんですか‼」
ほんとに何してんだこの人は!危な!
彼女は全く意に介さず、話を続ける。
「でもその程度の風で風速計のメーターは振りきれた」
「でも、それは局所的に突風が吹いたんじゃ・・・」
「それは考えにくいかな。隼人くんもアレの計測可能値知ってるでしょ?たしかにビル風みたいに一瞬強い風が吹くことはあるけど・・・本当に振り切れるような風が吹いてたらこの建物も私たちも無事では済まなかったでしょうね」
「じゃあなんで・・・?」
「何らかの力が風速計に『直接』加わった可能性が高いわ」
「直接、ですか」
あの硬さだ。さすがにそれだけで壊れることは無いと思うんだが。
真白はその考えを否定するように首を横に振る。
「うーん、たぶん隼人くんの考えてるのは微妙に違うんじゃないかなー」
「というと?」
「本体に直接なんじゃなくて、『計測値』に直接、みたいな。不思議な力による不自然な現象、どっかで聞いたわねー」
「それって・・・!」
「ええ、おそらくは異常気象が起きる原因のものと同一、もしくは酷似する何か」
「ということは原因の力をやっと観測したってことですか!」
「まぁ・・・そうなるかもねー」
________
うひょー!と喜ぶ隼人を尻目に真白は考え込む。
(・・・それでも本来なら壊れる道理はないはずなのに。アレは、『意図的』に、『攻撃』されたと考えるべきか・・・?)
「真白さん?大丈夫ですか?突然黙って。どっか具合でも?」
「へっ?あ・・・」
つい黙り込んでしまっていたことに気づく。
「いえ、大丈夫よ。ちょっと真白シリアスしてただけだから」
「・・・?そうですか。まあそれよりも、お祝いしましょう!」
「ええ?こんなことで毎回祝ってたら切りがないわよ?本当にやるの?」
「もちろん。こんな小さなことでも後の大きなことの一つなんですから。・・・というかいつもなら真白さん喜々としてやるじゃないですか。もしかしてまだその真白なんとか状態、続いてるんですか?」
(いけない。こんなことで隼人くんに心配させるわけにはいかないわ。ただでさえ負担が大きいのに)
「・・・じゃあ祝っちゃいますか!隼人くん、私テングタケが食べたい!」
「分かりました!早速そこの山で採っテングタケ!?」
「毒抜きすれば食べられるもんね!」
「いや毒キノコ、確かに食べれるかも、いや、でも、えぇ・・・?」
「あ、毒味はもちろん隼人くんね!」
「そんなのするまでもなくそれは毒ですよ!殺す気か!」
「えーテングタケ程度じゃ死なないよー・・・意識不明くらい?」
「やっぱダメじゃないですか‼」
「あっはははは‼」
(あくまで仮説だけど、もしアレが意図的な攻撃なのだとしたら、一体どんな目的で・・・?)
その態度とは裏腹に、真白は嫌な予感を、何とも言えない不安を拭い去れないでいた。
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