遅熟のコニカ

紙尾鮪

105「シロトアカ」

───死して生きねばならぬ貴方よ。
貴方はその時片割れとなる伴侶の事を想うだろう。
 徒花、貴方は徒花です。
 決して開かない蕾、蜜蜂を想った所で吸いにはこない。
 あぁ、徒花よ、銃弾の雨により貴方は育つ。
 決して咲かぬ徒花と─────

 著、ナガレノ永平ナガヒラ『徒花』。
 
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 コニカは、今、肉体と魂が分離し修羅にへと落ちようとしていた。
 それを、落ちながらも平常に保つ、崖を縁を歩くほどの動悸の中で、コニカは、今、コニカとして修羅の兜を被る。

 ヘーレの顔をした動物の頭部を掴み、捻り切る。
 下顎の骨が、後ろを向き、糸を引く様に皮は裂かれ、そして、手刀により、首と頭は離れる。

 コニカの手は、今最早どれ程の業物と言われる刀の刃より首を離す事に長けていた。

 胴体からは、赤を垂れ流し、コニカの銀靴を濡らす。
 その濡れた銀靴で、切り離した首をヘーレの顔をした動物にへとめがけ、蹴り飛ばす。

 頭部と頭部の接吻、触れ合い、そして共に飛ぶ。
 目線は飛ぶ頭部にへと注目が行くだろう。
 それが駄目だと気づいた時、修羅は、コニカは、背後で事を負え、己が体は、血を出す噴水と化し地面へと伏す。

 ヘーレの顔をした動物が勝つには有利すぎる現状。
 数の有利、遺能の優位、武器の射程距離差。
 勝てた。
 勝つ気で挑んでいたのならば。

 ヘーレは、臆病だった。
 自分が遺能を扱えると知るまで、噂に違えず臆病だった。
 それは、ナニカとの出合いの最中、ヘーレが戦闘の援護に回らず、ずっとバレない様に、隠れていた事が証明している。

 色濃く残る、逃げの一手を辿った事実と背中合わせの遺伝子が、ヘーレには、遺されていた。

 故に、ヘーレの顔をした動物は、逃げと、負けへと向かっていた。

 故に、出来る、死者。

 背後を向いた者を。

 コニカは憤怒の情に溺れ落ちていっていた。

 ヘーレは、お前らに殺されたヘーレは、逃げなかった。
 抗わなかった。
 恐怖に、勝った。
 ただ、何故逃げる。
 その銃で撃ち抜けば、この歩みも、貴様らにとっての驚異も、消える筈、いや必ず消える。
 それを、構える事などせず何故逃げる。
 銃を、剣を、携帯するとは戦意の現れ、こけおどしであれば、今、この場に叩き落とせ。
 それすらも忘れたのであれば、貴様らはなんだ。
 騎士道すら違え、人道からも外れ、獣道にしては自尊心が高すぎる。
 そんな、木偶に、あのヘーレは、お前らに、ヘーレは。

 などと、コニカの脳内は、修羅による、煮えたぎる憤怒と、殺意が、修羅を増幅させた。

 血管一本で繋がっている様に、コニカは修羅にへと落ちかける。
 それは、彷彿とする。
 別に、落ちても、いいんじゃないかと。

 この様な生きる意味も、目的のない存在を守る事も、自分が遠慮することも、必要がないと。
 誘われる。
 戻る事のない、淵という修羅へ。

 雨音の様に、逃げることの出来ない事の証明。
 気づかば、肌に触れ、濡れ、修羅の温度が伝わる。

 コニカは、激しく悶える肉食獣の様に、声を漏らしながら、修羅と抗いながらも、目の前を赤へと変えていった。

 白かった家が、白かった人形が、赤く。
 白かった花が、白かった空が。

 コニカが、最後のヘーレの顔をした動物を抱き潰した時には、コニカの足音と共に、波紋が広がる程に、赤の海が出来上がっていた。

 目的は達成した。
 が、コニカは、修羅を押さえ付けるのも億劫に感じる様になっていた。

 咄嗟に口をコニカは押さえた。
 笑みが込み上げそうになったからだ。

 さも、自分が悦楽に興じ、この結果に大変満足し、そこからくる幸福感から、笑ってしまいそうになった。
 と、理解できてしまう程に、コニカは、修羅の思想に寄っていた。

 仕事の延長上に、悦を感じる事は、何も恥ずべき事ではない。
 掌で踊る小人を見て笑う事など何も悪くはない。
 しかし、自分がその小人になってしまっていたのならば、大問題だった。

 表裏一体だった。
 コニカは昔から、修羅の一面は持ち合わせていたのだが、一面に過ぎなかった。

 今、修羅が、コニカと成ろうとしていた。

 コニカは、暴風の様な叫びを挙げて、己の自制を図った。

 「コニカさん、だっけ? 弱みを見せるのはいけない。弱みを見せるのは裸でいるのと同じだよ。あ、ちなみに、いかがわしい意味じゃないよ」
 ピエロが、背後にいた。
 なにもしない。
 組伏せる事も、殴ることも、蹴ることも、刺すことも。
 あくまで対談としての体を保っていた。

 コニカは、修羅に成りつつも感じた恐怖によって、修羅を切り離す事に成功した。

 コニカは、毒牙に狩られている様だった。
 それは、ピエロとなったシュイジとの交戦の末に、コニカに深く刺さったピエロという者への恐怖。
 微量の毒液が、死への糧と成り果てていた。

 ピエロの特異な顔は、コニカに刻まれ続け、直ぐ様離れる事のみ、選択せざるをえなかった。

 血の海の水が、コニカの着地と共に跳ねた。

 「いやいや、恐れなくていいんです、僕は貴女の味方ですよ。ほら、こんな豊満な笑顔を向ける敵が何処にいますか」
 ピエロは、その異様な顔に血で口角を上げた唇を描きあげた。

 コニカは、少し、いや、微量という物にすら足りない程に、信用していた。

 信用に足る物は、コニカの想像、そして確信に至る一つの要素。

 ピエロの遺能が、以前甘党の小さな男と相対した時に、味わった物と同じ、いやそれ以上の物を持っているのだと。

 自分に敵意を持っているのならば、背後を取れた時点で、それを使い、殺す事が出来た筈。

 コニカの見立ては正しかった。
 ピエロ、もといジョン・C・ウェインは、コニカを殺す事が出来た。

 ジョン・C・ウェインの『幽玄ノ淵メタプラシァメゾン』は、コニカとの相性がとても良い。
 それはコニカの遺能自体に問題があった。

 コニカの遺能『触れ合うも恐れる者ポーキュパイン』は、強大と言える程の力を得る代わりに、自らの意識を、コニカが称する『修羅』への供物として差し出そうとしてしまう。

 つまりは、意識を糧とした自身への破壊欲求の増大、そして、力を得る。
肉体操作系に良く似た、性能操作系の能力。

 意識を啄むジョン・C・ウェインに対し、意識を糧にするコニカとしては、最悪の組み合わせ。

 しかし、それでも尚、コニカを襲わなかったのは、明らかな敵意の無さを感じる事が出来た。

 「その事を信用に足る証拠は?」

 「君が思っている事の通りに」

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 「奴も余興が好きよの」

 「どうやら、あれもシナリオ通りとの事で」

 「明石アカシ明日人アストか、食えぬ男よ」

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 旧ティーグルブラン帝国、現セイリョウククノチ領ハクコのとある僻地にて、一人の殺人鬼いたり。

 「なんでワイらがこんな目に会わんといけんのや……!なんでや、なんでや……なんでやねん!!」
 ノリアキは、地面を爆破した。
 つもりだったのだが、爆破したのは後方の草。

 ノリアキの遺能、『アルカンシエル=ルヴトー』は、酷く弱く、使い勝手が悪い所か、会合の中でも最弱の能力だった。

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