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遅熟のコニカ

紙尾鮪

104「ヘーレノアクビ」

 「ヘーレッ貴様死んだ筈ッ」

 「コニカ先輩、愛の前に言葉交じりは不必要ですよ」
 ヘーレは、コニカの口元を手で覆い、後ろから耳元に囁く様に語りかけた。

 「離れろッ! 死人と話す程に落ちぶれたつもりはない!!」
 コニカは、絡み付いてくるヘーレを振りほどき、拳を構えた。
 その所作の際に、一瞬だが腰にへと手を伸ばしてしまった。
 そこらの動作が、ヘーレが愛を増すに相応しい物に値した。

 「コニカ先輩が落ちぶれる訳がないじゃないですか。コニカ先輩はコニカ先輩なんですから、そうですよ! コニカ先輩はコニカ先輩なんですよ!」
 どこかヘーレは、自己補完するように、コニカに語りかけた。
 理解させようと、理解されようと。

 「だってホラ!! 私の言う事は間違ってないもの! ここにコニカ先輩がいる!! そして私達がいる!!」
 コニカは、構えを解き、後ろにへと一歩後退りした。
 明らかな異変を感じたからだ。
 それは、ヘーレが発する、どこか量産的言葉が、恐怖に良く似た嫌悪感を発していたからだ。

 その予感見事命中し、最悪が現れる。

 「見てください!! 賛同する愛に産まれた私達です!!」
 産み落とされているかの如く現れる、ヘーレ達が、白の街を埋め尽くしていった。

 語るヘーレも、産み落とされてまだ間もないのだろうか。

 どこか、主張している様子が、親に認められたがっている、知識をかじった子供のようだった。

 「何のつもりだ」

 「何のつもり? 何のつもりとは?」
 純粋が故の、行動。

 愛を伝えれば嬉しく思ってくれる筈、愛を伝えられた相手は喜んでくれる筈、ならば、もっと、もっと、愛を伝えねば。

 その様な、エゴの愛を固めた様な人の集団を率い、ヘーレは、コニカに手を伸ばす。

 しかし、その手は、その愛は、一方通行であるが故、弾かれる。

 「怨みか? 王を殺した」
 コニカは、近付いた手を、手で弾くように払った。

 攻撃の魔の手だとコニカは感じたからだった。

 しかし、ヘーレにはその様な気は微塵にもなかった。
 一方通行の愛は、受け入れてくれなければ、受け手にとってはただの凶器を押し付けている事に等しい。

 その想いに比例して、否定されれば、その凶器は自らの胸へと突き刺さり、酷く傷付き、それに対する怨みを、同等の重さ、いやそれ以上の怨みを生んでしまう。

 ヘーレは、通常では、その様な事を思う事などない筈だった。
しかし、その弾かれた手を持つヘーレは、『悪日』と対峙したヘーレだった。

 故に、ヘーレの頭の中で響く、『悪日』の一言、『君、好きな人を顔で選ぶタイプでしょ?』という言葉が。

 故に、自分の好意を否定され、僅かながらに、腹が立った事という事が、『悪日』の言葉が正しかった事を証明してしまう。
 それを、自己否定しようと、脳内に生きる『悪日』がそれを否定する。

 ヘーレは、『悪日』を自分の手で殺してはいない。
 故に、ヘーレは、永遠に『悪日』に勝つ事が出来ない。
 永遠に『悪日』はヘーレの中で生き続け、コニカへの愛を否定され続ける。

 ヘーレはそれにより、苦しんでいた。
 そして、コニカを、純粋に、愛を向けられなくなった。
 いや、むしろ、憎悪が、募っていた。

 そして、思い出す。

 元体が感じた、コニカへの失望。
 経験していない記憶が、まるで実体験のように感じ、それが、否定の後押しをしていた。

 そして、体が動いた。
 小刀を持ち出し、コニカの身体に贈ろうと、目の前に立ち、コニカが堕落した象徴である、はだけた胸元にへと、歪む視界の中、大きく振り上げた。

 しかし、自分ではないヘーレ達が、ヘーレの体を掴み離さない。
その瞬間、何故かほくそ笑む誰かを感じた。
 そして、その瞬間、黙々と、ただ産まれた時から、愛を患っており、その対象がたった一人の、コニカである事に疑問を感じた。

 取り繕ったぬいぐるみの、小さくほつれた糸を、摘まみ、少し低くだけで、そのぬいぐるみは、綿を吐き出す。

 それと同じ、少しの疑問が、自らを織り成す構成要素を、ほぐし、崩壊させていく。

 ヘーレは、自らの存在している事実の不安定さ、更には、同じ腹から産まれたヘーレ達の異形に気づいた。

 あれらは最早、ただ三つの穴の空いた、人へと成ってしまった動物ではないか、と。
 人の素晴らしき誤認。
 人は、穴もしくは点が三つあれば、人の顔として認識してしまう。

 しかし、それにしても、誤認にも幅があるだろうと、思うかもしれない。

 しかしながら、ヘーレは、神の遺物のEiアイにより産まれた、複製の子コピーベイビー

 しかし、もし、機械を弄る事が出来たのであれば?

 人の子である機械が故に、手を加える事が出来る者は、多くはいないだろうが、少なくはないだろう。

 故に、人を認知する能力を、誤認してしまう程に強くされてしまった、人に成って欲しいと願われた手を加えた子デザイナーズベイビーであったら?

 その可能性が、自分の存在で産み出される。

 もし、手を弾かれたのが、愛を拒んだのではなく、もし、自分の醜い顔から、怪物である自分から、気持ち悪い、怖い、等の理由で拒んだのであれば。

 もしの不確定要素が、ヘーレの脳内では、事実にへとすり変わっていく。

 そして、自分という器が崩れた時、再び『悪日』は今日を傾ける。

 もしも、自分の愛は、本当に、顔で相手を選んでいたのであれば?

 ただの、本当に、コニカではなく、特定の、顔を、認知し、愛という、ただの、感覚を、埋め込むだけに、過ぎない、ただの、人の形をした、物?

 自らの顔を、触る。

 感じる、肉の弾力、生える毛、頭を成形する骨、そして、三つの、窪み。

 焦る、呼吸の仕方を、鼻で息をする事など、たちまち忘れる。
 呼吸は安定しない、故に激しく。
 酸素が送り込まれるが故に、思考が、最悪へ、一方通行の加速。

 そして、見る、自分等を、他のヘーレを。

 寄る、化け物。

 三つの穴の空いた化け物が、こちらを、奥のない目の位置であろう穴が、覗く、映らぬ瞳で。

 逃げたい。

 そう、弾き出した脳。

 そして、実行に移そうと、遺能を使い、どこかへ、逃げようと、宛も決めず、どこかへ、逃げようと。

 遺能を使った時、首元を、食らう、ヘーレの化け物が、一人、そして、足を噛む者、肘、肩、横腹。

 もはや、人間の尊厳など、ない。
 人間として、居ようとはしていない。
 一介の、動物の如く、その威風を持ち、ヘーレを食らう。

 消えていく体、最早何処に行こうと、結末と断末魔の響きが分かる中、ヘーレは。

 「すき」

 と呟き、消えた。

 その時、僅か67秒しか立っておらず。
 しかし、コニカが、その67秒を見て、ヘーレの最後を見て、憤慨、する事などなかった。

 しかし、コニカは、握っている拳を、再び強く握り直した。

 例え、自分が知っている顔と非常によく似ているだけの他人であろうと。
 ただ手を加えられ、自らを愛す様義務付けられた存在だとしても。
 自分を殺そうとした相手でも。

 死す事が分かっていても尚、今際の言葉である事を分かっていても尚、自分に好意を向けてくれた相手の為に、弔いの争いを開く事くらいは、自分の勝手であろうと。

 いや、最早しなければならない。
 でなければ、己が研磨していた騎士の道とは、これ程に人としての外れろという事だったのか。

 いや、これは騎士道ではない。

 自分の三十年の道の是非であると。

 怠惰を貪る者でも、傲る者でもなく、自分の背中を追ってくれた者であった。

 唯一、コニカが駄目にならなかったと判断した女騎士が、ヘーレだった。

 好ましく無くとも、受け入れ難くとも、愛を、好意を、向けてくれたのだったならば、コニカは、仇を打つ事を、選んだ。

 ヘーレよ、咲くはずだった決して開かぬ貴女の蕾は。
 徒花よ、頂きを共に目指した騎士道の徒よ。
 私に、愛を向けてくれて、ありがとう。

 と、コニカは思った。

 「貴様らは開花したのだろう? ただの獣にへと。貴様らはただの人の身体を借りた純正の獣よりも醜い、死ね」
 コニカは、遺能の名前を決め倦ねていた。
 実際、あまり自分の遺能の実態をあまり掴めていなかったのが決めきれなかった事の大くを占めている。

 しかし、一つ、付けるとしたらで思っていた名前が一つあった。

 『触れ合うも恐れる者ポーキュパイン

 同時に、金髪に子供に付けようと思っていた名前だった。

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