遅熟のコニカ
99「ヒキワケノマケ」
大衆は、最高潮に盛り上がっていた。
何故ならば、マタク=モルマは、左肩に左腕、そして右手の人差し指と中指を折られている。
つまりは、圧倒的劣勢だからだった。
しかし、マタク=モルマは肩を落とした。
この様な劣勢に陥りつつも、感じた。何故か、予定調和の様に。
つまらない、誰かの台本の様な、そんな、一抹の不安。
などと考えている時、背後に鬼。
考えている間も、マタク=モルマは警戒を怠る事はなかった。
ただ、背後にヘーレが来るまで、マタク=モルマはヘーレの存在を忘れていた。
というより、ヘーレという存在が認知出来なかった。
そして、背中を、斬られる。
小刀による斬撃は、浅く致命傷になりうる物ではなかったが、マタク=モルマに意図を伝える事が出来た。
何時でも殺すことができる。
お前は狩られる側だと。
「……しんどいなぁホント」
痛みを感じていないマタク=モルマは、軽やかにヘーレから離れた。
しかし、若干。
小刀が体から抜けた時、鋭い痛みが響いた。
その痛みを皮切りに、マタク=モルマに忘れていた痛みが戻ってきた。
左腕が、動かす事が出来ず、右手が細かい動きを拒んだ。
そして、右耳があった場所に触れる風が冷たく鋭い痛みが響く。
塞ぎたくとも、両腕共に痛みに痺れていた。
足枷がついていた。
重く、厚い、痛覚という足枷が。
ヘーレが撃った。
見た。生霊がヘーレに手を添え、安らかな吐息をヘーレの耳にかけていたのを。
そして、それを捉えていた右目が潰れたのが分かった。
観客は、その光景を見ていた。
そして、拳を空へ突き出し、雄々しく吼えた。
明確な勝利の王手が、観客を湧かせた。
後は、王を取るだけ、故に観客はそれを催促した。
「殺せェ!!」 「殺せ!!」
「殺人鬼なんか殺せ!!」 「魔女なんか殺せェエ!!」
「殺せ!!」 「殺せ!!」
一人が挙げた声は同調し、拡大し、そして響かせ、当事者らの感情を揺さぶる。
マタク=モルマが依然ヘーレを圧倒していたと思われたが、実際精神的優位に立っていたのは確かなのかもしれない、しかし肉体的劣勢なのはマタク=モルマだった。
それに反し、ヘーレは何も傷を受けてはいない。
どう見ても、マタク=モルマが負けるのは明確だった。
いや、それしか受け入れない様な雰囲気が、既に作り上がっていた。
そして、ヘーレが、膝を降り、血を噴き出すマタク=モルマに猟銃を突き付けた。
「今日は良い日です、貴様みたいな人を殺すことしか能がない奴を殺せる。これを良い日と言わずなんと言うのでしょう? ねぇ? 『悪日』さん。良い日をくれて有り難う」
ニコニコしながら、ヘーレは言う。その声は、観戦者の声に掻き消されず伝えられる。
「ですが……私は貴方を殺せて良い日になる。しかし、貴方は、私を殺す事も出来ない貴方は、何がしたかったんですか?」
「何が良い日だ……私は世の中の不条理をお前みたいなラットにわからせてやったんだよ」
マタク=モルマは、流血で濡れた赤い歯を見せて笑った。
「私みたいなただのアホで、出来る事と言えば人を殺す事しか出来ない、何の展望もない人間に、自分が死ぬという事も考えず、のほほんと暮らす奴の今日を、わずか5分、10分で最悪の日になる不条理さを世の中に分からせる。それが、私! 『悪日』なんだよ!!」
マタク=モルマは、ヘーレが引き金を引く瞬間、駆け出す様に踏み出し、右手を伸ばした。
痛みにより、先程まで行えた事は完全に出来なかったが、ヘーレの腹部に手を付けた。
「『濡艶可不可』」
泥水に手を押し当てている様に、力を入れなくともマタク=モルマの手は、ヘーレの中にへと飲まれていく。
ヘーレは、胃の中の物を戻しそうになった。
異物が入り、体全体が拒否していた。
ヘーレが少し前感じた、蚯蚓でも這っている様な不快感とは、マタク=モルマの指先が一瞬だけ入った事によって感じた不快感であった。
ヘーレは激しく体を捩った。
しかし、マタク=モルマはまさに蚯蚓が如く、深く、奥にまで伸ばした。
そして、三本の指で掴み、引き抜いた。
その瞬間、ヘーレは激しく痙攣しながらその場で嘔吐した。
喉が焼けるような痛みと、脳が痺れているかのようで、思考回路がストップした。
そして、見た、死体の様な敵が持つ、鼓動する心の臓。
そして感じる冷たさ。
自分の聞こえない鼓動。
そして、血の気が引いていく感覚。
ヘーレは、自分の心臓が抜き取られているという事を理解してしまった。
言葉にならない声を挙げ、マタク=モルマの方へと、震えた手を伸ばした。
ヘーレの存命を乞うその姿は、とてもと言える程に、憐れかつ惨めな物だった。
が故か。
マタク=モルマの遺能、『濡艶可不可』は、人を殺す能力ではなかった。
謂わばこけおどし。
相手に触れる事で、相手の体内に手を入れる事が出来る。
しかし、何かに触れる事は出来ない。
そのため、与えられる事が出来るのは不快感のみ。
そして、副産物。完全に手を入れた時のみ出来る事、それは相手の体内の物を模写する。
つまりは、マタク=モルマの掌の物は偽物。
ただの偽物で、ヘーレは今、死のうとしている。
不快感により嘔吐し、その直後の思考のもたつき、それが人間にとってはバツグンと言える程の組み合わせだった。
それが、マタク=モルマが死体潔癖症と呼ばれる由縁。
マタク=モルマの遺能は人を殺す遺能ではない、人に死んでもらう遺能だった。
「終わった……」
まだ有頂天な太陽を見上げ、一息ついた。
マタク=モルマは、勝利を確信した。
勝利と称するには明らかに深手を負いすぎてはいるが、あの状況に陥ったその後、生きている者はいなかった。
そのため、慢心していたのだろう。
マタク=モルマの視点が急に落ちた。
何故? まさかヘーレは演技をしていた? それとも生霊の仕業?
などとヘーレは地面に伏す中で様々な憶測を並べたが、結果、答えは。
煉瓦を持った、成人にも成っていない様な女の子だった。
マタク=モルマは勘違いしていた。
自分の敵が一対一の戦闘ではなく、ヘーレとこの場にいる全ての人が敵であるという事に。
いや、マタク=モルマの敵はヘーレだけかもしれないが、マタク=モルマが敵なのはヘーレだけではない。
前提が邪魔したのだ。
特別な力を持たない者が、ただの一般人が、遺能を持つ者の戦いに乱入するなど、考えもしなかった。
が故に。
マタク=モルマの、慢心と決めつけが、今、地に伏せ、ヘーレが生きているという結果を生ませた。
いや、マタク=モルマが常慢心と決めつけに囚われたのは原因があった。
洞窟内で聞いた、『魔笛』の音。
それによる、聡明な思考を得ると同時に、自分が思っている事が正しいと言った思い込みの力が強くなっていた。
一見、そこまで驚異にならないそのデメリットは、マタク=モルマの足枷となり、今断頭台にたっている。
歓声に包まれ、マタク=モルマの意識は途絶えた。
──────────────
「これってさ、堺センセにバレたらやばいんじゃにぇ?」
シュイジは制帽をキュッと正し、目の前の大きな城を、腰に手を当て、体をのけぞりながら見た。
二人はただ個人として行動していた。
実際、特殊人間犯罪捜査課自体、自由捜査が認められてはいるが 、堺はそれをあまり良しとはしていない。
それは、シュイジやフクダが起こした問題が全て堺に集まるからだった。
それと、もはやその行いは、警察ではなく、探偵のやり方だった。
故、警察である彼らには日頃自由行動は慎む様にと、何度も言っていた。
「あぁ、ヤバイな。しかし、これは国のため、我ら祖国のため、多少の事は致し方無し」
フクダは、シュイジの帽子を押し込む様にシュイジの頭に手を勢い良く置いて、ポケットに入れていた飴を取り出した。
「お、食べるにゅお?ふっくん」
「あぁ、これから掃討戦だからな。ハンデぐらいないとな」
フクダは、白い飴を口の中に放った。
「さてと、悪い予感がしないでもないけど、行こうよ骸の王城へ」
悪い予感、シュイジがそれを感じたのが現セイリョウククノチ領ハクコに訪れた時から感じていた。
首もとに漂っている様な、不思議で不気味で、気色の悪い予感が。
そして、二人は気がついていなかった。
黒が、二人を盲白な目で捉えている事に。
何故ならば、マタク=モルマは、左肩に左腕、そして右手の人差し指と中指を折られている。
つまりは、圧倒的劣勢だからだった。
しかし、マタク=モルマは肩を落とした。
この様な劣勢に陥りつつも、感じた。何故か、予定調和の様に。
つまらない、誰かの台本の様な、そんな、一抹の不安。
などと考えている時、背後に鬼。
考えている間も、マタク=モルマは警戒を怠る事はなかった。
ただ、背後にヘーレが来るまで、マタク=モルマはヘーレの存在を忘れていた。
というより、ヘーレという存在が認知出来なかった。
そして、背中を、斬られる。
小刀による斬撃は、浅く致命傷になりうる物ではなかったが、マタク=モルマに意図を伝える事が出来た。
何時でも殺すことができる。
お前は狩られる側だと。
「……しんどいなぁホント」
痛みを感じていないマタク=モルマは、軽やかにヘーレから離れた。
しかし、若干。
小刀が体から抜けた時、鋭い痛みが響いた。
その痛みを皮切りに、マタク=モルマに忘れていた痛みが戻ってきた。
左腕が、動かす事が出来ず、右手が細かい動きを拒んだ。
そして、右耳があった場所に触れる風が冷たく鋭い痛みが響く。
塞ぎたくとも、両腕共に痛みに痺れていた。
足枷がついていた。
重く、厚い、痛覚という足枷が。
ヘーレが撃った。
見た。生霊がヘーレに手を添え、安らかな吐息をヘーレの耳にかけていたのを。
そして、それを捉えていた右目が潰れたのが分かった。
観客は、その光景を見ていた。
そして、拳を空へ突き出し、雄々しく吼えた。
明確な勝利の王手が、観客を湧かせた。
後は、王を取るだけ、故に観客はそれを催促した。
「殺せェ!!」 「殺せ!!」
「殺人鬼なんか殺せ!!」 「魔女なんか殺せェエ!!」
「殺せ!!」 「殺せ!!」
一人が挙げた声は同調し、拡大し、そして響かせ、当事者らの感情を揺さぶる。
マタク=モルマが依然ヘーレを圧倒していたと思われたが、実際精神的優位に立っていたのは確かなのかもしれない、しかし肉体的劣勢なのはマタク=モルマだった。
それに反し、ヘーレは何も傷を受けてはいない。
どう見ても、マタク=モルマが負けるのは明確だった。
いや、それしか受け入れない様な雰囲気が、既に作り上がっていた。
そして、ヘーレが、膝を降り、血を噴き出すマタク=モルマに猟銃を突き付けた。
「今日は良い日です、貴様みたいな人を殺すことしか能がない奴を殺せる。これを良い日と言わずなんと言うのでしょう? ねぇ? 『悪日』さん。良い日をくれて有り難う」
ニコニコしながら、ヘーレは言う。その声は、観戦者の声に掻き消されず伝えられる。
「ですが……私は貴方を殺せて良い日になる。しかし、貴方は、私を殺す事も出来ない貴方は、何がしたかったんですか?」
「何が良い日だ……私は世の中の不条理をお前みたいなラットにわからせてやったんだよ」
マタク=モルマは、流血で濡れた赤い歯を見せて笑った。
「私みたいなただのアホで、出来る事と言えば人を殺す事しか出来ない、何の展望もない人間に、自分が死ぬという事も考えず、のほほんと暮らす奴の今日を、わずか5分、10分で最悪の日になる不条理さを世の中に分からせる。それが、私! 『悪日』なんだよ!!」
マタク=モルマは、ヘーレが引き金を引く瞬間、駆け出す様に踏み出し、右手を伸ばした。
痛みにより、先程まで行えた事は完全に出来なかったが、ヘーレの腹部に手を付けた。
「『濡艶可不可』」
泥水に手を押し当てている様に、力を入れなくともマタク=モルマの手は、ヘーレの中にへと飲まれていく。
ヘーレは、胃の中の物を戻しそうになった。
異物が入り、体全体が拒否していた。
ヘーレが少し前感じた、蚯蚓でも這っている様な不快感とは、マタク=モルマの指先が一瞬だけ入った事によって感じた不快感であった。
ヘーレは激しく体を捩った。
しかし、マタク=モルマはまさに蚯蚓が如く、深く、奥にまで伸ばした。
そして、三本の指で掴み、引き抜いた。
その瞬間、ヘーレは激しく痙攣しながらその場で嘔吐した。
喉が焼けるような痛みと、脳が痺れているかのようで、思考回路がストップした。
そして、見た、死体の様な敵が持つ、鼓動する心の臓。
そして感じる冷たさ。
自分の聞こえない鼓動。
そして、血の気が引いていく感覚。
ヘーレは、自分の心臓が抜き取られているという事を理解してしまった。
言葉にならない声を挙げ、マタク=モルマの方へと、震えた手を伸ばした。
ヘーレの存命を乞うその姿は、とてもと言える程に、憐れかつ惨めな物だった。
が故か。
マタク=モルマの遺能、『濡艶可不可』は、人を殺す能力ではなかった。
謂わばこけおどし。
相手に触れる事で、相手の体内に手を入れる事が出来る。
しかし、何かに触れる事は出来ない。
そのため、与えられる事が出来るのは不快感のみ。
そして、副産物。完全に手を入れた時のみ出来る事、それは相手の体内の物を模写する。
つまりは、マタク=モルマの掌の物は偽物。
ただの偽物で、ヘーレは今、死のうとしている。
不快感により嘔吐し、その直後の思考のもたつき、それが人間にとってはバツグンと言える程の組み合わせだった。
それが、マタク=モルマが死体潔癖症と呼ばれる由縁。
マタク=モルマの遺能は人を殺す遺能ではない、人に死んでもらう遺能だった。
「終わった……」
まだ有頂天な太陽を見上げ、一息ついた。
マタク=モルマは、勝利を確信した。
勝利と称するには明らかに深手を負いすぎてはいるが、あの状況に陥ったその後、生きている者はいなかった。
そのため、慢心していたのだろう。
マタク=モルマの視点が急に落ちた。
何故? まさかヘーレは演技をしていた? それとも生霊の仕業?
などとヘーレは地面に伏す中で様々な憶測を並べたが、結果、答えは。
煉瓦を持った、成人にも成っていない様な女の子だった。
マタク=モルマは勘違いしていた。
自分の敵が一対一の戦闘ではなく、ヘーレとこの場にいる全ての人が敵であるという事に。
いや、マタク=モルマの敵はヘーレだけかもしれないが、マタク=モルマが敵なのはヘーレだけではない。
前提が邪魔したのだ。
特別な力を持たない者が、ただの一般人が、遺能を持つ者の戦いに乱入するなど、考えもしなかった。
が故に。
マタク=モルマの、慢心と決めつけが、今、地に伏せ、ヘーレが生きているという結果を生ませた。
いや、マタク=モルマが常慢心と決めつけに囚われたのは原因があった。
洞窟内で聞いた、『魔笛』の音。
それによる、聡明な思考を得ると同時に、自分が思っている事が正しいと言った思い込みの力が強くなっていた。
一見、そこまで驚異にならないそのデメリットは、マタク=モルマの足枷となり、今断頭台にたっている。
歓声に包まれ、マタク=モルマの意識は途絶えた。
──────────────
「これってさ、堺センセにバレたらやばいんじゃにぇ?」
シュイジは制帽をキュッと正し、目の前の大きな城を、腰に手を当て、体をのけぞりながら見た。
二人はただ個人として行動していた。
実際、特殊人間犯罪捜査課自体、自由捜査が認められてはいるが 、堺はそれをあまり良しとはしていない。
それは、シュイジやフクダが起こした問題が全て堺に集まるからだった。
それと、もはやその行いは、警察ではなく、探偵のやり方だった。
故、警察である彼らには日頃自由行動は慎む様にと、何度も言っていた。
「あぁ、ヤバイな。しかし、これは国のため、我ら祖国のため、多少の事は致し方無し」
フクダは、シュイジの帽子を押し込む様にシュイジの頭に手を勢い良く置いて、ポケットに入れていた飴を取り出した。
「お、食べるにゅお?ふっくん」
「あぁ、これから掃討戦だからな。ハンデぐらいないとな」
フクダは、白い飴を口の中に放った。
「さてと、悪い予感がしないでもないけど、行こうよ骸の王城へ」
悪い予感、シュイジがそれを感じたのが現セイリョウククノチ領ハクコに訪れた時から感じていた。
首もとに漂っている様な、不思議で不気味で、気色の悪い予感が。
そして、二人は気がついていなかった。
黒が、二人を盲白な目で捉えている事に。
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