遅熟のコニカ
94「コウテイトドウクツ」
「……僕と同業なら、三流もいいとこだね、防腐処理は初歩も初歩だよ」
扉の向こうは、死んでいた。
肉塊としか言えない失敗作のような生命体だったものが、腐臭を吐き散らし、蛆を飼い、見る者にただ不快という二文字を感じさせていた。
「そうか、美術的だと思うのだが」
ドリーはハニカミながら冗談を言った。
そして、その肉体に癒されている面持ちで頬擦りした。
エンドウはその行動に若干引き気味で、その光景に目を反らした。
そして見た、機械に繋がれたドリー。
エンドウには見覚えがあった、会合でヒルコが出したEiのレプリカに良く似たというよりEi、本物だろう。
「……おかしいね」
エンドウは本を開き、ページを雑に捲っていく。
そして文章を指でなぞりながら理解する。
この状況がおかしい事に。
ドリーがおかしい事は間違いはないが、もう一点おかしい事があった。
ヒルコの『黒の鞄』は、自分の所有物を自由自在に取り出す事が出来る。
つまりは、ヒルコの所有物しか出せない。それは、ヒルコがEiと立ち会った時点で、Eiはレプリカになっていたという事になる。
そこからも疑問は新たに生まれる。
誰が本物に変えたのか、そして何時からレプリカだったのか、レプリカが複製の機能を持っているのか。
三つの疑問の中から一つでも解明されれば、芋づる式に全てが分かるだろう、ただ一つづつが難解、というより解き難い。
部屋には、謎の生まれる物が多かった。
それの最たる物は、Eiに繋がれた王だった。
「唯一無二であるはずの王ですら複製体、どんな状況であろうと国の存続は出来た筈だったのか」
エンドウは一つ仮説を立てた。
それは、王の疑心暗鬼。
諸説、かの旧王ロゥイッシュの魔女狩りの発端は、民からの密告だったと言う。
内容は、「人を語る生物がおります」という物だった。
奇々怪々な生物の存在は昔も珍しくもなかったが、人を語る生物を旧王は聞いたことがなかった。
その、人を語る生物の見た目とは、紛うことのないただの人だった。
その、人を語る生物は特殊な技能を持っていたそうで、旧王の前で自分という人物の説明や、自らの持つ技能を見せた。
旧王はそれらを見て、聞いて、理解した時に何を思ったか、深くは残されていない。
それが指すのは好転していないという表れだろう。
それに基づき、エンドウは考えた。
疑心暗鬼を主軸にして。
しかし。
「で、君は何をしに来たんだ?」
思考を遮るためか、わざとらしくエンドウにドリーは話しかけた。
深い友人関係であった風にドリーはエンドウの視野のド真ん中に無理矢理入り言った。
その時、ドリーの足元からぐちゃッと音がした。
「そうそう、忘れてた。僕はティーグルブラン帝国のファンでね、少しでも知りたいなぁって」
エンドウは自分が魔女の子孫とバレているという事を確定事項と決めつけ、それであろうと問題のない質問をした。
好意的な行動を、昔といえど王だった者が無下に扱う筈がないとたかを括って行った結果は目論み通りだった。
「そうかそうか、遠方から遥々ありがとう。では何が知りたい?」
ドリーはエンドウの予想を遥かに凌駕した。
具体案の提示、それはエンドウにとって一番欲しい物だったが、尚且つ一番答えにくい物だった。
ファンと言った手前、在り来たりな質問ではドリーの興が削がれ、それで終わってしまう。
だが、攻めすぎた所で、機嫌を損ね答えも分からず終わってしまうのが最悪な事であった。
つまりは、最初で最後になりかねない質問だった。
故に選ぶは何か、Eiが何時からあった? Eiをどう運用した? 旧王は人を語る生物の事をどう思った?
なぜティーグルブラン帝国が吸収された時に何も起こさなかった?
なぜ魔女狩りを行った?
ゆらゆら落ちる桜の花弁を手で掬おうとしているかの如く。
多く落ちるが手に収まるのは微か、それと同意。
しかし、掬おうとせず掌を広げるだけで良いのだ。
同じようにふと思った。
「いつから、ティーグルブラン帝国は女性至上主義になったのかい?」
ふとした疑問、ロゥイッシュ旧王は男性だった。
そこから、王位の継承が代々女性に伝わっていたからという理由は通らない。
しかし、ウェンズ大陸でティーグルブラン帝国が女性史上主義である事は特に教わらなくとも知っている物だった。
では何時からか?
この質問は、皆が思わないが内情の深くにへとは到達しない、現状では最善の質問であった。
「確か……180年程前だった、第29代国王……いや皇帝モナルカが確か女性史上主義を確立させていた」
なぜか、先代の事を言っているのにも関わらずドリーは何処か他人事のようで、更には若干の嫌気を持っている雰囲気を醸し出していた。
しかし、饒舌に語っていく。
「皇帝モナルカはティーグルブラン王国史上初の女性王でした。それ故に民からの反発はとても強く、現状での自らが治める王政では民がついては来ないことを悟りました」
ドリーは、ただ淡々と話していく。熱が入っているのか、呼吸すら忘れている様だった。
「そしてロゥイッシュ王が行った魔女狩り後、男児の出生率の著しい低下をも合わさり、少しずつではありましたが、男性を神格化する風潮が国民の中に根生え始めました」
エンドウは出かかった疑問をグッと飲み込んだ。
一度遮れば終わってしまいそうな気がしたからだった。
ドリーは何か言おうとしたエンドウに気付き一度待ったが、直ぐにエンドウが止めないでくれと言わんばかりに、手をドリーの眼前に示した為、一度口角を上げた後事務的な答えが始まっていった。
「男児の出生率の低下は、王族も無視できる物ではなかった。そのため、28代国王ラパンにはどうしても男児を遺す必要があったため、多数の女性と行為に及びその後、彼は行為中に死にました。その為、彼は腹上王と呼ばれる様になりました」
おかしそうにドリーは笑ったが、エンドウは何かに気づいたのか口を覆い青ざめていた。
ドリーは首をかしげ、不思議そうな素振りを見せた後、口を動かす。
「男性が神格化されてしまった場合、初の女性王のモナルカはただの国民に劣る物へとなってしまい、いつか革命が起こってしまうと恐れました。そしてモナルカは女性史上主義を掲げる事を大々的に当時のマスコミを通じ報じました」
「まずは神格化した男性を陥れる情報操作が必要でした。それは意外と簡単で、なぜ男児が産まれないかを説いたのです」
天井から水滴が落ち、ぴちゃっと雫の弾ける音が響いた。
「それが正しくある必要はなかった。求められていたのは正解に見える嘘でした。そして用意された賛同者による同調圧力による教育が徹底されました」
肉塊からは、音を鳴らす何かが蠢いていた。
「反発はありましたが、国民の大半、いえ殆どが女性であるが故、自らが有利になっていくのと、尚且つ時間という物が圧力を緩和させ、反発を無くしていきました」
エンドウはぶつぶつと何かを呟き続けていた。
「万物複製機Eiを使い、少子化問題は無くなりました。その事により人類繁栄に男性はいらないという事が明確に示された一手でした」
「ちょっと待って、いつからEiはあったんだい?」
エンドウは特に深くは語られないEiについて流すことは出来なかった。
「あやふやですが180年前としか」
深く語らなかった理由は、確信的ではないからか、それとも深く語れなかったからか。
「しかし、力があるとされる男性が減少していっている事から戦力の低下による敵国に攻め落とされないか、という問題が浮かびました」
「それは、Eiの特性とカニバリズムによって解消されました」
ドリーは、腐臭を撒く肉塊の一部を手に取り、そして地面へと放った。
「噂がありました、洞窟で怯え震え続ける魔女がいると。モナルカ皇帝はその場所へと向かい魔女を捕らえました」
ふとドアの閉まる音がした。
古びたドアのためか、男性の深いため息のような音を鳴らした。
「魔女の事は洞窟とモナルカ皇帝は呼びました」
ガチャガチャと鎧同士触れる音が聞こえる。
騎士が、いる。
「その魔女をEiで量産し、兵士の食料として食べさせていました」
「曰く、カニバリズムを文化としていた一族は、二つのグループに別れていた。数年に一度、グループの代表者同士が一騎討ちをし、勝った方のグループを、負けたグループが食べるという儀式が行われていました」
「それには、勝者を自らの体に取り込む事によって、自分という殻を破り、本物の戦士にへとなれるという意味があったそうです」
「勝った者はどんな思いで食べられ、負けた者はどんな思いで食べたのでしょうね」
生きることへの喜びを得たのか、知人を食うことの罪責感で押し潰されそうになったのか。
食われる事への恐怖か、糧にへとなれる嬉しさか。
語るべきか、いや、語らなくとも受け取り手は自ずと思ってしまうのだった。
「兵にへと特異な技能が備わったのは遅くはありませんでした。しかし、皇帝モナルカがその兵を見ることには叶いませんでした」
エンドウの肩を騎士が叩いた。
「こんばんは、コニカ先輩のオトモダチさん」
歓迎する気のない目色は、エンドウを食い殺す様な気を発していた。
洞窟で震えていたなどと思える余地もなく、自信とそれを保証する力を物語る狂気が、灰色の鎧を赤く染め上げている事により証明していた。
扉の向こうは、死んでいた。
肉塊としか言えない失敗作のような生命体だったものが、腐臭を吐き散らし、蛆を飼い、見る者にただ不快という二文字を感じさせていた。
「そうか、美術的だと思うのだが」
ドリーはハニカミながら冗談を言った。
そして、その肉体に癒されている面持ちで頬擦りした。
エンドウはその行動に若干引き気味で、その光景に目を反らした。
そして見た、機械に繋がれたドリー。
エンドウには見覚えがあった、会合でヒルコが出したEiのレプリカに良く似たというよりEi、本物だろう。
「……おかしいね」
エンドウは本を開き、ページを雑に捲っていく。
そして文章を指でなぞりながら理解する。
この状況がおかしい事に。
ドリーがおかしい事は間違いはないが、もう一点おかしい事があった。
ヒルコの『黒の鞄』は、自分の所有物を自由自在に取り出す事が出来る。
つまりは、ヒルコの所有物しか出せない。それは、ヒルコがEiと立ち会った時点で、Eiはレプリカになっていたという事になる。
そこからも疑問は新たに生まれる。
誰が本物に変えたのか、そして何時からレプリカだったのか、レプリカが複製の機能を持っているのか。
三つの疑問の中から一つでも解明されれば、芋づる式に全てが分かるだろう、ただ一つづつが難解、というより解き難い。
部屋には、謎の生まれる物が多かった。
それの最たる物は、Eiに繋がれた王だった。
「唯一無二であるはずの王ですら複製体、どんな状況であろうと国の存続は出来た筈だったのか」
エンドウは一つ仮説を立てた。
それは、王の疑心暗鬼。
諸説、かの旧王ロゥイッシュの魔女狩りの発端は、民からの密告だったと言う。
内容は、「人を語る生物がおります」という物だった。
奇々怪々な生物の存在は昔も珍しくもなかったが、人を語る生物を旧王は聞いたことがなかった。
その、人を語る生物の見た目とは、紛うことのないただの人だった。
その、人を語る生物は特殊な技能を持っていたそうで、旧王の前で自分という人物の説明や、自らの持つ技能を見せた。
旧王はそれらを見て、聞いて、理解した時に何を思ったか、深くは残されていない。
それが指すのは好転していないという表れだろう。
それに基づき、エンドウは考えた。
疑心暗鬼を主軸にして。
しかし。
「で、君は何をしに来たんだ?」
思考を遮るためか、わざとらしくエンドウにドリーは話しかけた。
深い友人関係であった風にドリーはエンドウの視野のド真ん中に無理矢理入り言った。
その時、ドリーの足元からぐちゃッと音がした。
「そうそう、忘れてた。僕はティーグルブラン帝国のファンでね、少しでも知りたいなぁって」
エンドウは自分が魔女の子孫とバレているという事を確定事項と決めつけ、それであろうと問題のない質問をした。
好意的な行動を、昔といえど王だった者が無下に扱う筈がないとたかを括って行った結果は目論み通りだった。
「そうかそうか、遠方から遥々ありがとう。では何が知りたい?」
ドリーはエンドウの予想を遥かに凌駕した。
具体案の提示、それはエンドウにとって一番欲しい物だったが、尚且つ一番答えにくい物だった。
ファンと言った手前、在り来たりな質問ではドリーの興が削がれ、それで終わってしまう。
だが、攻めすぎた所で、機嫌を損ね答えも分からず終わってしまうのが最悪な事であった。
つまりは、最初で最後になりかねない質問だった。
故に選ぶは何か、Eiが何時からあった? Eiをどう運用した? 旧王は人を語る生物の事をどう思った?
なぜティーグルブラン帝国が吸収された時に何も起こさなかった?
なぜ魔女狩りを行った?
ゆらゆら落ちる桜の花弁を手で掬おうとしているかの如く。
多く落ちるが手に収まるのは微か、それと同意。
しかし、掬おうとせず掌を広げるだけで良いのだ。
同じようにふと思った。
「いつから、ティーグルブラン帝国は女性至上主義になったのかい?」
ふとした疑問、ロゥイッシュ旧王は男性だった。
そこから、王位の継承が代々女性に伝わっていたからという理由は通らない。
しかし、ウェンズ大陸でティーグルブラン帝国が女性史上主義である事は特に教わらなくとも知っている物だった。
では何時からか?
この質問は、皆が思わないが内情の深くにへとは到達しない、現状では最善の質問であった。
「確か……180年程前だった、第29代国王……いや皇帝モナルカが確か女性史上主義を確立させていた」
なぜか、先代の事を言っているのにも関わらずドリーは何処か他人事のようで、更には若干の嫌気を持っている雰囲気を醸し出していた。
しかし、饒舌に語っていく。
「皇帝モナルカはティーグルブラン王国史上初の女性王でした。それ故に民からの反発はとても強く、現状での自らが治める王政では民がついては来ないことを悟りました」
ドリーは、ただ淡々と話していく。熱が入っているのか、呼吸すら忘れている様だった。
「そしてロゥイッシュ王が行った魔女狩り後、男児の出生率の著しい低下をも合わさり、少しずつではありましたが、男性を神格化する風潮が国民の中に根生え始めました」
エンドウは出かかった疑問をグッと飲み込んだ。
一度遮れば終わってしまいそうな気がしたからだった。
ドリーは何か言おうとしたエンドウに気付き一度待ったが、直ぐにエンドウが止めないでくれと言わんばかりに、手をドリーの眼前に示した為、一度口角を上げた後事務的な答えが始まっていった。
「男児の出生率の低下は、王族も無視できる物ではなかった。そのため、28代国王ラパンにはどうしても男児を遺す必要があったため、多数の女性と行為に及びその後、彼は行為中に死にました。その為、彼は腹上王と呼ばれる様になりました」
おかしそうにドリーは笑ったが、エンドウは何かに気づいたのか口を覆い青ざめていた。
ドリーは首をかしげ、不思議そうな素振りを見せた後、口を動かす。
「男性が神格化されてしまった場合、初の女性王のモナルカはただの国民に劣る物へとなってしまい、いつか革命が起こってしまうと恐れました。そしてモナルカは女性史上主義を掲げる事を大々的に当時のマスコミを通じ報じました」
「まずは神格化した男性を陥れる情報操作が必要でした。それは意外と簡単で、なぜ男児が産まれないかを説いたのです」
天井から水滴が落ち、ぴちゃっと雫の弾ける音が響いた。
「それが正しくある必要はなかった。求められていたのは正解に見える嘘でした。そして用意された賛同者による同調圧力による教育が徹底されました」
肉塊からは、音を鳴らす何かが蠢いていた。
「反発はありましたが、国民の大半、いえ殆どが女性であるが故、自らが有利になっていくのと、尚且つ時間という物が圧力を緩和させ、反発を無くしていきました」
エンドウはぶつぶつと何かを呟き続けていた。
「万物複製機Eiを使い、少子化問題は無くなりました。その事により人類繁栄に男性はいらないという事が明確に示された一手でした」
「ちょっと待って、いつからEiはあったんだい?」
エンドウは特に深くは語られないEiについて流すことは出来なかった。
「あやふやですが180年前としか」
深く語らなかった理由は、確信的ではないからか、それとも深く語れなかったからか。
「しかし、力があるとされる男性が減少していっている事から戦力の低下による敵国に攻め落とされないか、という問題が浮かびました」
「それは、Eiの特性とカニバリズムによって解消されました」
ドリーは、腐臭を撒く肉塊の一部を手に取り、そして地面へと放った。
「噂がありました、洞窟で怯え震え続ける魔女がいると。モナルカ皇帝はその場所へと向かい魔女を捕らえました」
ふとドアの閉まる音がした。
古びたドアのためか、男性の深いため息のような音を鳴らした。
「魔女の事は洞窟とモナルカ皇帝は呼びました」
ガチャガチャと鎧同士触れる音が聞こえる。
騎士が、いる。
「その魔女をEiで量産し、兵士の食料として食べさせていました」
「曰く、カニバリズムを文化としていた一族は、二つのグループに別れていた。数年に一度、グループの代表者同士が一騎討ちをし、勝った方のグループを、負けたグループが食べるという儀式が行われていました」
「それには、勝者を自らの体に取り込む事によって、自分という殻を破り、本物の戦士にへとなれるという意味があったそうです」
「勝った者はどんな思いで食べられ、負けた者はどんな思いで食べたのでしょうね」
生きることへの喜びを得たのか、知人を食うことの罪責感で押し潰されそうになったのか。
食われる事への恐怖か、糧にへとなれる嬉しさか。
語るべきか、いや、語らなくとも受け取り手は自ずと思ってしまうのだった。
「兵にへと特異な技能が備わったのは遅くはありませんでした。しかし、皇帝モナルカがその兵を見ることには叶いませんでした」
エンドウの肩を騎士が叩いた。
「こんばんは、コニカ先輩のオトモダチさん」
歓迎する気のない目色は、エンドウを食い殺す様な気を発していた。
洞窟で震えていたなどと思える余地もなく、自信とそれを保証する力を物語る狂気が、灰色の鎧を赤く染め上げている事により証明していた。
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