遅熟のコニカ

紙尾鮪

95「ワタシノオリ」

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 「あぁ、成功せしめんとすコニカよ、してお前は何故寝ぬ我の寝首を掻こうとす?」
 白い凹凸のない部屋で男とコニカがいた。
 コニカが虎視眈々と、顔を見ぬ一人の男の隙を窺っているウカガッテイル時、男が高見から一瞥するだけでコニカの動向を察し取った。

 男は、クルタという紫の服を着ていた。
 ゆったりとしている服のはずが、隆起した筋肉が服の下から誇張しているため、何処かキツそうな印象を受けさせる。

 ゆっくりとコニカは体を起こして、ギャンベゾンについた埃を払う。
 そして剣を構え、走りだす。
 つもりだった。

 「っ、ヒルコに刺したままだっけか」
 そう呟くと、開いた掌を、力強く、握りしめた。
 一直線に男の方へと拳を向けて。

 その姿を見て、男は口元を覆った。少しばかり震えながら。

 「貴様、今しがた何をしようとした?」
 声が震えていた。
 目を丸くして、呆気に取られた様子で。

 コニカは不敵な笑みを浮かべ、一歩踏み出そうとした。

「貴様を殺めてやろうと」
 一度の沈黙が流れた。
 コニカは恐れによって口をつぐんだのかと思った。
 否、聞こえたのは漢らしい豪快な笑い声だった。
 男は、体勢を崩してしまう程に笑っていた。

 男の笑い声が、白い部屋の中で強く響いた。
 反射し、強くなった笑い声が四方八方からコニカの耳に響き、苛立ちを十分に起こし、地面を蹴った。
 一度、二度、そして最後地面を蹴れば、男の元へと着いて拳を振った。
 それに対する男は、不動。
 気づいてもいなかった様な程に、眉一つ動かず、コニカと目が合うことがなかった。
 が。

 「ハァ、面白い。しかして女よ、何せ相手に届かぬ拳なんぞ、必要であろうか? 良ければこの拳、我がもらい受けるが」
 男は、コニカの拳を易々と掴んだ。
 苛立ちは最高潮にへと達した。
 しかし、一手が防がれたとて、それに勝る次手を繰り出せば良いだけ、それだけだったのだが。

 どれだけ、過去の自分に勝ろうとも、目の前にいる敵の今に劣っているのならば勝てる筈もなかった。

 コニカは焦った。

 何故にこの拳では相手を傷つける事が出来ないのだろうか、あのdstでさえ貫く事が出来たこの拳が、何故あのただの人であろう者には通用しないのか。

 コニカは恐れた。

 私が崩れてしまうと。
 私が望んだ理想コニカである私が、意味をなさない、存在理由がなくなってしまう。

 私は、なぜこの世界にいる?

 自問自答という、海に飲まれたコニカは、もがけばもがくほど流されてしまう、沈んでしまう。


 「ハァ、つまらんな。これでも期待していたのだが、しかしながらこちらも常に受け取り手は暇というもの。ほれ受けとるがいい」
 男は急に距離を取り、空中で何かを掴んだ。
 それをコニカの方にへと放った。
 空中で形を成していく何かは、コニカは見覚えがあった。

 それは、コニカの愛剣だった。
地面に落ち、カランと音を立てて一度跳ねた時、コニカはそれを手に気がつけば剣を振るっていた。
 距離は気がつけば無くなり、剣の刃は身に触れる寸前にまで訪れていた。
 まさにそれは、熟練者のそれ。

 「はぁ……足りんな。常の修練を幾ら積み重ねたとて、それは常の熟練者。達するには異が必要、我が身削るは達人にへと、いや神域にへと達さなければならぬ」
 コニカは、確かに斬った感覚を得た。しかし、現実膝を折るのはコニカの方。
 男は槍を手に、一払いしたのみ、その剣の行方はコニカの手の届かぬ先に再び落ちた。
 コニカは剣を持ってしての一対一の勝負事で、敗れた事などなかった。

 「あぁ終いか、今宵の合戦も我の勝利にて。しかし所詮杞憂の産物、敗北も致し方ない。しかし、これにて幕引き」
 男は、コニカのうなじに槍を突き付け話した。どうしたとて、逃げられぬその現状をコニカは思ってか、いやそれとも甘んじて受け入れようとしているのか、コニカは何も言わず、せず。

 コニカは、貫かれた。

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 月の光がステンドグラスで描かれた人物を濃妖に照らした。
 そして、十字架に掲げられた腕を崇める一人の男と、祭壇に座らされている子供の姿をした子供がいた。

 「あぁ、あの夜の様な月ではない。素晴らしぃ」
 ライズだった。ライズは教典をなぞりながら、古き日の事を思い浮かべ、服の一番上のボタンを外した。

 「これが期日よりも前であれば、よりいっそう素晴らしい物であったのに、あの女に絆されたが故にィッ!」
 きっちりと整えられた髪型を、グシャグシャと乱雑にライズはかき乱した。
 歯を食い縛り泣くその姿を見るものは、赤色の眼をした子供。

 「なんのつもりだ、ライズ」
 白い肌に、白衣、白髪、人形の、いや白で塗りつぶした様な全てを否定するための、赤色の眼。
神性を示すその配色は、祭壇にあげるべきではない物の象徴だった。
 まさに白薔薇、全面の白は清廉さや神秘さを象徴するが、奥に眠る赤は激しさや熱情を表す。

 「おや、お目覚めですか。仮眼が剥がれた様ですね、ハァ……全てがあの方の目論見通りですか」
 ヒルコの言う事などどうでも良さげに、ライズは話す。
 昔から低姿勢で従順だったライズが、今は自分の事などうでも良く、もはや首に繋がれた手綱を引かれている様に思えたのが、ヒルコにとって堪えがたいものだった。

 しかし、体への違和感。

 四肢が、なかった。

 「その手も、その指も、その脚も、その膝も、主へと返還せねばなりませぬ。が故に、少しばかりか、もがせていただきました」
 木箱に、ヒルコの四肢と指らが乱雑に詰め込まれていた。
 しかし、元から持たずして産まれたかのような、患部の自然さと痛みの無さに、ヒルコは極端に驚かなかったが、それが示す自らの体の異変を受け入れる事は不可能、そして拒否したかった。

 「どうぞ、お逃げください。そのおみ足で、立つ事が不可能であれば這えば良いではないですか。赤子のように幼稚に無様に、いえ立てる事などもう無いのですからそれ以下という事です。飲み込めましたかな? 八百一殿」

 ヒルコは、自尊心が強く、更に言えば承認欲求が高い人間だった。
 それ故に、遺能を使い監獄の化物を作り出し、監獄の化物を子供と呼んでいた。

 そう呼んでいれば、自分の事を慕っていてくれるだろう、受け入れてくれるだろうなどと淡い幻想をヒルコは浮かべていた。

 そして、この子らを作り出した自分は凄い、素晴らしい、強い。などと言い聞かせ、ヒルコは背伸びをしていた。

 全てが、幼い子供が故の見栄だった。

 しかし、それが矮小なヒルコを守る檻だった。
 何時の日か、その檻がヒルコの形にへと成っていった。
 何故かそれは悪い気をしなかった、本物にへと近づいているとヒルコが錯覚していたからだった。

 会合に入った時、『万』と呼ばれた時、監獄を落とした時、意中の女性を虜に出来た時。
 ヒルコの檻は日に日に足や手を蝕んでいった、いやヒルコが檻に差し出したのだ。
 そして、ティーグルブラン帝国を落とした時に檻はヒルコにへと成った。
 つまりは、子供の姿をした子供のヒルコに。

 その檻が、ライズに抉じ開けられていた。

 檻の中、自分を相手に差し出し、閉じ籠っていた矮小で愚かな子供は、久しく見る外界の光に、久しく感じる風に、何を思うか。
 いや、拒否反応を示すか。
 もしくは、子供は成長しているか。
 いやしかし、劣情を孕みそれを育て続けた子供は、化けるのか。


 ヒルコが大声で泣き叫び、黒を流した。

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