遅熟のコニカ

紙尾鮪

90「ジンセイトハ」

 「今日も今日とて人は生まれ、また死んでいく」

 「明日には死ぬ。明日には生まれる」

 「過去に死んだ物が、未来に生きる者が」

 「いたちごっこ、消耗戦、先延ばし」

 「明日の道標は見えないまんま」

 「しかして人生とは何ぞ」

 「人生とは」

 「命を使うものです」
 「命を捧ぐ物ですかね?」
 「命をただ殺める物です」
 「命を捨てる物でしょう」
 「命を拾う物だと思います」
 「命を弄ぶ物です」
 「なんでしょうかね」
 「命、寄る」

 「肯、ここに言う。人の人生とは、死にへと直結すべき物であると」

 「だが我等は常世、永久の夜で横行闊歩する者。我等の死とは何ぞ」 

 「私の死は信仰が途絶えた時」
 「私の死は死者が途絶えた時」
 「私の死はイトする事が途絶えた時」
 「私の死は運命が途絶えた時」
 「私の死は私達が途絶えた時」
 「私の死は生者が途絶えた時」
 「なんでしょうかね」
 「死、寄る、無し」
 「私の死は貴方が途絶えた時ですかね?」

 「是。しかして我等はその長命を持ってして何をす」

 「人をセイする」
 「人をセイしてみせましょう」
 「人をセイしますわ」
 「人をセイしましょう」
 「人をセイしますかな」
 「人をセイするよ」
 「人をセイしますかね?」
 「人、セイす」

 「あぁセイそう。返還の時だ、人を再び」

 「その為の人間だ。であるために二人を、いや二体を、創った生み出したのだからな」

────────────
 時間が息絶える。
 華やかに迎えられ、安らかに時間は息を引き取る。
 時間は、その時、完全に消えた。
 時間が死んだ世界は実にちっぽけで、何も動かない、聞こえない、感じない。
 ただ、彼女は動いていた。

 「君は持っていないだろう? タイマーちゃん」

 時間が死んだ世界で、イルゼは生きていた。
 ショウコはその世界で話しかけられているが、返答をする方法がない。
 最早聞こえていない。

 「あげるよ。これ」
 イルゼは、先程丸めた物をショウコの体に押し込んだ。
 そして再び時間は甦生する。

 時間は死んでいく。
 新たな時間が生まれ、時間は死ぬ。
 あまりにも短い人生は誰にも気づかれない。
 しかし、イルゼは、それに気づいた。
 そして会合の皆は気づいていない。

 「対話を望みたいですが、貴方達はそれを拒むのですね」
 イルゼは、ノリアキの目を見ながらそれを言った。
 イルゼの目の六角形の線が消えかけていた。

 「ノリアキ……」
 突如目の前にいるイルゼに、驚きを隠せず、思考の止まったノリアキの服を掴んだ、ショウコが。

 救われたとノリアキは思った。
 あのままであれば、飲まれ、そして食われていた所だったとノリアキは思ったからだった。

 しかし、再び、思考が止まる。

 焼け爛れるショウコの肌、蒸発した眼球の入っていた穴、燃え、無くなった髪が、身と同じになった服が、身の燃えた臭いが。
 焼死体の身体の熱さが、冷たさが。

 ノリアキの思考を占めた。

 「……は? あ? あ、あぁ……」
 ノリアキは疑問を、納得を、繰り返した。
 幾百の人を殺したノリアキは、一人の肉親が死んだのを確認した時、叫んだ。

 優越に浸り、一人の人など、殺した所で何の意味も持たず、その人の人生を無くした事へ感じる事は、『特に』だった。
 そして質より量で、特に大義も、怨恨も目的も無く、不運だったという事で済ませ、ただ優越感と、絶対的な自分達の力に酔っていた。

 しかし、加害者側だったノリアキは、被害者遺族になった時に、悲しみを、憤怒を知るが、その振り上げた拳は下ろすことなど出来ない。

 ただ、死ぬ前のネズミの様な叫びをするしかノリアキは出来なかった。

 「これで帰って頂けるのを願います」
 その時、獣の補食の歩音が聞こえた。
 その少女は狼だった。

 イルゼの喉元へ跳んだ、それがあからさまに、決着がつくものとは考えられなかった。
 しかし、ノリアキの横を通った時に、狼は、ノリアキの方をチラリと見た。

 それが何を伝える物か真意は分からないが、ノリアキは、イルゼから距離を離そうと、四足獣のように逃げた。
 炭のような物を抱えて。

 「私は割りと動物は好きですよ。それには人も含まれていますがね」
 その言葉とは裏腹に、飛び掛かってくる少女を地面にへと叩き付けた。
 少女は低い声を出し、直ぐ様起き上がり距離を取った。

 少女は二足で立った。
 それは自らを大きく見せる為だった。
 慣れていないのだろう、少し前傾姿勢になり、少しばかりか揺れている。
 細く短い尾がたゆたう。

 「フゥちゃんは優しぃいなぁ、やけど欲が足りんわぁ」
 はんなりとした女は、扇子を取り出し、辺りに漂う臭いを払う様にパタパタと扇ぎ、糸のように細い眼が、イルゼを捉えた。
 フゥちゃんと呼ばれる少女は、はんなりとした女の方にへと寄り、体を擦り寄せる。

 「欲ですか、私の欲はなんでしょうね、貴方達に出て行って欲しいという物ですかね」
 イルゼは、影のようなコートの中に手を入れれば、一つ影を摘まんでいた。
 影はオタマジャクシのように、身を捩らせ逃げようとしていた。
 イルゼは、オタマジャクシを落とした。
 そしてイルゼは、振り向き、液の赤子に触れた。

 「『無一文の人体スロットサリミハアラオウ』あんさんの願い叶えてあげましょ」
 はんなりとした女は、何処からか、大きな、はんなりとした女の二倍ほどあるスロットマシンを出した。
 赤を貴重としたそのマシンは各所にライトを持ち、黄色や緑や赤を発光させ、見たものの脳を侵していく。

────────────

 『博徒太夫』
 被害者数55人。
 主な罪状、 殺人、盗難、傷害。
 彼女が手を下した事はない。
 しかし、殺せと命じた事もない。

 ある者は言った。
 彼女は神だ。

 しかし、もう一方は言う。
 奴は悪魔だ。

 片腕のない者、耳のない者。
片足しかない者。
 何も手を出していない。
 被害者は自ら失った。

 甘党では、唯一、警戒するに値しない人物として名前が上がり、優先的に狙うべき相手とされている。

────────────
 「ちょいとイルゼはん、うちと遊んでくんなんし」
 イルゼは、振り向こうとはしない、液の赤子と一心同体になろうと、触れ続けている。
 はんなりとした女は、スロットマシンに手をかける。

 絵柄が回る。
 赤い文字、黒い文字、黄色の文字、緑の文字が回り、目まぐるしい回転と、気味が悪い程の発光が洞窟内を光らせ、そして止まる、赤の7、3つ同時に。

 「大当たり、おおきになぁ」
 イルゼは、液の赤子から吐き出されるように、地面に落とされた。
 イルゼは、天井を眺めた。
 そして目の前に見えたの白の顔の脳艷な殺人鬼。
 そして、赤を散らした様な模様のあ唐傘。

 貫こうとする、無慈悲に唐傘の先を落とす。
 カン、とけたたましい音が響く。
 土の上に置いた音。
 土を見、目線をはんなりとした女は上にあげた。

 魔女がいた。
 蜂球のような、何かが渦巻き、球状となった物が魔女を取り巻く。

 「楽しそうなことしってるじゅあん。花艷カエンちゃん」
 マタク=モルマが、何時の間にかフゥと呼ばれる少女の尻尾を触り、その場に蹲踞ソンキョの姿勢でいる。
 泉は、ただその後ろで顔を暗くしている。

 「はぁ……敵対するのですね、また」
 イルゼは、ため息をついた。
 そして、蜂球を鳴らし始めた。
 人を脅かす音を、人をすくませる音を鳴らす。

 「そりゃーにぇー、じゃ、アユムくん、やっちゃいにゃ」

 「はい、では離れていてください」
 泉は、歯を食い縛りながら、笑った。
 狂負。

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