遅熟のコニカ

紙尾鮪

87「コニカニダスト」

 子供が死んだ。
 子供の姿をした子供であるヒルコが。

 また、コニカに近い場所で。
 目の前にして。

 しかし、コニカは笑っている。
 憤る事などせず、けたけたと操り人形のように笑うだけ。

 命を与え、そして奪う。
 まるで神のような所業に、コニカは悦を感じ、この感情に溺れていた。

 ヒルコは、剣と体が同化しているかのように、剣が刺さっている事に抵抗を示さなかった。
 それは、ただ、抵抗する程の余力がなかったという事と、存命の渇望から来る、静止だった。

 その間、水面に浮かんではすぐ弾ける泡沫のような意識の中で、ヒルコは確信を得、そして、泡沫は、固まった。

 「……やはりな」
 ヒルコは、貫かれている。
 しかし、命の火、消える事なく。
 ヒルコは、柔らかな手を諸刃の剣の刀身を掴み、コニカに言った。

 その事には、先程まで狂い泣いていたライズが、感泣の涙を先程にも増して流す程だった。

 「貴様は……コニカではない」
 ヒルコは、怒気を込めた声色でコニカに伝え。
 刀身を握り絞めた。
 柔らかな手からは、血が流れ出し、剣を伝い、コニカのガントレットに色付けし、その他は地面に溜まり続ける。

 ヒルコがそう思ったのは、コニカが無駄な殺し方までの手順はしないと思っていたからだった。
 コニカは、ヒルコの体を貫いていた。
 それは確かに致命傷を与えるには十分な殺傷方法だったが、しかし、もしかしたら死なないという可能性があった。
 コニカの殺しには無駄がない。
さらに言えば、もし、ifがなかった。

 もし一撃で仕留める事が、運次第であれば、相手の戦力を剥ぐ事を考える。

 腕を断つ事、腱を斬ること。
 どれだけ手順がかかっても、反撃されてもいい、自分が生きており、相手が死んでいれば問題が無いからだ。

 少なくともヒルコは、そう思っていた 。

 しかし、目の前のコニカは、自らの力の誇示をするだけの、ナルシストのような人物だった。

 事実、剣でヒルコを貫いたのは、ライズやネトルスに自信の力のアピールと、恐怖を与え、更にヒルコの苦痛に歪む顔が見たかったという理由だった。

 「少なくとも我輩が愛した、な!! dstダスト!! 来い!!」
 ヒルコが叫んだ時、血が、体に紋様を描き始めた。
 ヒルコの真っ白で、艶やかな肌に、赤の液体は乱雑に這っていく。

 その姿にコニカは何かを悟ったのか、剣を離し、距離を取った、それは明らかに警戒を表すような距離だった。

 そして、ヒルコの体から、ヒルコと同じ色素の、玉が現れ、空中に静止した。

 そして、腕が突如として生えた。
 脚が、体が、頭が。
 その玉を飲み込むようにして生まれた。

 ロングストレートの黒髪の、筋骨逞しい、顔が黒く塗りつぶされた男が現れた。

 男は、鎖を巻かれ、手錠をし、鉄球を足に付けている。
 見るからに囚人だった。
 現段階では、人間かどうかは、ライズらでは分からなかった。

 「びっくり箱の遺能から出るのは、ピエロじゃなく、ただの吟詩人のような男だった。つまんないね、まぁ嫌われたのは幸楽、このまま、そのまま」
 コニカは、目の前に現れた、dstと呼ばれる男の顔をまじまじと見て、鼻で笑った。
 そして鎧を、剥ぎ始めた。
 それは、脱皮のようだった。
 自らを守る殻を、必要なしとし、新たな自分を世界に表そうとする。

 コニカは、胸部、背部、腰部、喉元、そして肩の部位を守る鎧を剥いだ。
 それらを剥いだ後、ギャンベソンという服の前を裂き、コニカは、手団扇で体を冷やす様な事をした。
 それが、ヒルコを挑発する事なのは明白で、ようやくライズやネトルスも、あのコニカが初めて会った時のコニカで無いことが分かった。
 ライズは、あのような事をする者をヒルコが好む筈がないと。
 ネトルスは、ただ分かった。

 そして、コニカは、ただ待った。
 全くの無防備で。

 「……俺の居場所は」
 黒の顔から発せられたであろうその声は、酷く悲しみを纏わせていた。
 しかし、発しただけで何も行動は起こさない。

 その事に、コニカは苛立っていた。
 dstは恐らくヒルコの最終兵器に当たる存在だと、コニカは思っていた。
 それは、コニカがdstを見たことがないという事にあった。

 つまりは、易々と見られる場所に居ない、もしくは、他の生物と同じ場所に居させられない、そうコニカは思った。
 故に、コニカは楽しみかけていた。
 だが、現状コニカの見立てでは、dstは、人だった。

 「先手はやるよ、じゃなきゃただのイジメだし」
 コニカは、あからさまにつまらなそうにした。
 そう言われた瞬間、いや、同時。
 コニカは洞窟内にへと、飛んでいった。
 dstを縛る物は全て地面に落ちていた。

 洞窟内に飛んでいく中、コニカは、苛立ちに食い潰されていた。そして哮えた。
 洞窟内の声は幾重にも壁に跳ね返り、拡声器の役割となり、洞窟の外の者達へ届けられた。

 ライズは、咄嗟に、地面に倒れるヒルコを抱え、走り出した。

 ネトルスはそれを見て後ろをついていくしかなかった。
 気付けばネトルスの遺能は消えていた。
 ナニカも、いなかった。

 目を閉じそうになるヒルコが、最後に見たのは、白の目を持つ悪鬼と、顔の黒いdstだった。

───────────
 日は、顔を出し始めていた。
しかし、二人、二匹の夜は、明けずままだった。

 二人は一進一退を貫いていた様だったが、どちらも退くような事はしていなかった。

 攻撃で攻撃を防ぐ、もしくは、相殺していた。
 凶器を持たぬ戦いが故、行える技だった。

 一発一発が行われた時の衝撃は、大気を震わせ、木を揺らした。
 土に足が捕らわれてしまえば、確実に片方が落ちてしまうだろう。

 しかし、先手一手をくらったコニカが明らかに不利だった。
 だが、コニカはそうとは思ってはいなかった。
 いや、ただ思わなかっただけである。

 この攻防の際に、一切の邪念をなくし、相手の一挙手一投足、自らの攻撃の選択、それに心血を注がねば、終わってしまう。
そう感じていた。

 しかし、両者に鈍い痛みが響いている事は確かだった。

 コニカは、一瞬間を置いた。
 それを見計らって、dstが強力な次をすると思ったからだった。
 ただ、dstも同じ間を置いた。
 コニカはその事に、戸惑った。

 二人の世界の動きが止まったからだった。
 コニカの戸惑いが、dstの次手を許した。
 再び目で捉える事、叶わず。
 しかし衝撃は確か。

 ただ、dstの手を捕らえる事、叶う。
 しかし、蹴りが来る。

 そして始まる、攻攻の戯。

───────────

 「死んでるわ」
 ヒルコの首を絞めるように、脈を確認しながら女医は言った。

 「……死んでない。勝手に殺すな」
 ヒルコはか細い声で言った。
 ライズらはその声に安堵の表情を浮かべていた。
 事実、ほとんどヒルコは死んでいた。

 「まぁほぼ死んでたわ。私に感謝しなさい、この救済の女神様を……ね!」
 女医は、下手なウインクをし、自らを讃える。
 しかし、ヒルコが絶望的な状況にあった事は確かであり、そしてほぼ回復不可能だった事から、この女医には確かな腕、というより神業に近いものを持っていた。

 「……ええ感謝しましょう、このご恩は絶対に忘れず。などと貴女の遺能を知らなかったらそう言ったでしょうがね」
 ライズは、明らかに敵対心を抱き、女医を、今殺さんとせんばかりに思っていた。

 ライズが指摘しているのは、この女医の遺能。

 『黒衣の悪魔マァールダァラァス
 にあった。

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