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遅熟のコニカ

紙尾鮪

84「シューヨネトルス」

 sueは人間になる、という事が示す事とは。
 つまるところ、感情の発現だった。

 痛いから恐れる。

 実に人間的反応だった。

 しかし、あのような異形が人間か? などと疑問を浮かべるだろうか。
 であらば、人間の器さえしていれば人間ということになる。
 それはナニカが否定している。
 人間ではないナニカが。

 その事に、ヒルコは気付いた。
 そして思う。
 不味いと。

 効率の良いように、合理的にsueは動いているのだろうとヒルコは思っていた。
 しかし、人間としてもし動くようになり、そして感情の混じった判断をするようになれば、予測はし難い物となってしまう。
 そして更に言えば、八割方sueは奥の手を持っているだろうと考えていた。

 「ビトレイ!! 急げ!!」
 ヒルコは叫んだ。
 手遅れになる前に、相手の体から現れたナニカに向かって。

 可能性があるならばナニカなのだと。

 水が流れていた。
 地面が土にも関わらず。


 ナニカが離れるという判断をしたのはヒルコが焦っているという事にあった。
 それ故に、それ程に不味い事が起こる可能性があると踏んだからだった。

 ヒルコは咎めはしない、合っていたからだ

 「痛い……これが痛いですか」
 sueに芽生えていたのは確かに感情。
 作り物のsueがそれを感じた時に、もう一つの感情が同時に芽生え始めていた。

 それは。

 「殺す」
 殺意。

 殺意とは、本来芽生える事などはない。
 元々備え付けられている。
 言うなれば、命を得た時、同時に殺意を得るのだ。
 それは、生存競争を生き残るために祖先が残したある一種の、闘争本能に他ならない。

 ただ、sueは生み出された、まるでコピーのように。
 故に、元々素質はあったのだろう、しかし、起爆剤としての質は良かったが、着火する事が出来なかったのだろう。

 殺意とは、生み出される物ではない。
 増すだけなのだ。
 微生物のように、分裂するように、一つあれば、時間が過ぎる毎に、増していく。

 理性という強大な枷があるからこそ、皆は殺意を抑えられるが、sueには、そんなものはなかった。

 故に、本能のまま、理性もない純粋な殺意により、動く他、なかった。

 sueは、余分な死骸を爛れさせ、まるで、四足獣の如く姿にへと変貌していく、ただ人間の姿にならなかったのは、まだ自分が発展途上であるという事からなのか。

 ナニカは、sueがくると分かった。
 ヒルコの子達、もとい自分等の兄弟の中にもあのような個体があった、故に行動する前の予備動作が分かったのだ。 
 しかし、sueの先程までの行動パターンから、再び背骨による抉りのような攻撃が行われると思った。
 そのため、ナニカは過度に距離を離した。

 ナニカが予測した通りにsueは動いた。
 大腿部をsueは二倍も三倍も肥大させ、跳んだ。
 距離を消すと同意のようで、更に言えば時間など消え、遅く感じながら、速かった。

 ナニカの行動が先手でなければ、ナニカの命の有無は限りなく無に近づいていただろう。

 ただ、sueは流動する固体だった。

 本質は流動する液体、そして、固体に寄生し、そしてその固体を操り形状を変化させる。
 sueは直角に進行方向を変えた。

 というより、ナニカのいる方向にへと頭を生やし、進んだ。
 あれから逃れるのは、出来ない。
 ナニカは詰んでいた。
 持ち駒が無ければ。

 「……危なかったです。流石にキツかったですが、不味いですね」
 現れたのはネトルスだった。
 ネトルスは布をsueに被せ、左にへといなした。

 sueは姿を類人猿に近い四足の獣にへと変え、今、襲わんばかりの気迫を持ってこちらを見ている。

 しかし、そのような変貌を遂げるsueをよそ目に、ナニカは今、ネトルスを見ていた。

 ネトルスは一人ではなかった。
 数えようとすれば、恐ろしく、目を背けたくなる。

 ネトルスの身体には、まるで助けを乞う様な手が、まるで逃げ出そうとする様な足があった。
 そして、それを捉える体の檻。

 ネトルスは、ナニカの前に立ち、背中を見せる。
 背中には、誰かの顔があるだけで、まだ少ない。

 「これらはあまり見られて嬉しい物ではないのです。これらは私の罪なのです」
 ネトルスは、そう言って此方の方に向かって笑顔を向けてくるが、手はナニカに向かって伸びている。
 その手をネトルスは宥めるように撫でる。

 「ネトルス君、祈りなさい」
 ライズは、笑うこともなく、冷徹にネトルスを見て祈れと命令する。

 ネトルスは一度頷くと、ポケットから十字架を取り出し、体の中心位置で祈るように両手を組み合わせた。
 その十字架を求めるように、手は中心部にへと伸びて行き、そしてネトルスの手を触り、開く。

 「私は、マーシャル・ネトルス、『選れた白い林檎ヘヴンズ・ゲート』」
 手から光が漏れ、そして漏れ出した。人々が。

 死骸である事は確かな筈なのに、 嬉々としてsueの元に皆這いながら向かっていく。
 その顔に不満はない、笑っている者さえいる。
 溢れでる数の総数は常に変動し、もはや一と呼べるかも分からない固体も存在する。

 しかし溢れでる程に存在する死骸達が、死骸の集合体に向かって歩き出す様に、生者が手を突っ込んでよい物なのか分からなかった。

 いや、駄目なのだろう。

 参加資格がない。
 同じ土俵に上がるには命を捨てなければならない。
 傍観するしかない。
 ただただ見ることしか出来ない。

 「数で押すという事がどれ程に醜く腹立たしい事かを実感しました。ありがとう」
 sueは、頭を掻きむしりながら立ち上がった。
 二足で。

 一体の死骸がsueの体を掴もうとした。
 sueは、その死骸を撃った。

 皆が目を疑った。
 発砲音など鳴らなかった物の、その光景も、姿もがまるで人だった。

 めんどくさそうに、人を殺す、ほとんど私利私欲にまみれ、殺しを悦とする、異常者の、エンドウや、マタク=モルマに、ノリアキ、ショウコらと同じ。

 放たれたのは、人の歯で、銃の形状をするのは人間の顔だった。

 そして、それを撃ったのは人だった。

 「私はシュー、パンドーラの子、名乗るなら、いや名乗らせてもらおう。シュー・パンドーラだ」
 成ったのだ、人へと。
 ただ一人の人間だった。
 中身のみ人間だったsueは、見た目すらも人間にへと変わった。

 それは、人間だった。
 いいや、人間と呼ぶしかなかった。

 人間に成ったシューの姿を、ヒルコ以外は見たことがあるような気がした。

 誰も動く事が出来なかった。
 だが、死骸は今だ動いていた。

 死骸の進行方向が変わった。

 「ヤオイさん!!」
 ネトルスは、ヒルコに向かって叫んだ。
 ヒルコは、何故か一度舌打ちをする。
 そして数秒も経たない内に、音が鳴る、打撃音。

 それは、ヒルコの黒の鞄が使用不可になる程の威力を受けていた。
 それを放ったのは、シューだった。

 「……中々難しい。あぁなんとも難しい。一つ当てれば殺せるだろうに」
 シューは、腕をさすりながら、ヒルコを射殺すような眼差しを送っている。
 
 ヒルコは、それに怪をされる事無く、凛としてその場に立つ、臆する事無く、何か策があるかのように。

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