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遅熟のコニカ

紙尾鮪

83特別編「美食のコニカ」

 「……腹が減った」
 アイビー・コニカ30才、恋愛経験無し、絶賛無職居候中。

 彼女はふらふらと、うだるような暑さのククノチの街を歩いている。

 鎧を着けて。

 「ふぁっしょんとやらをどうにかしないとな……」
 コニカは、自らが装着する鎧を二度叩き、額の汗を拭う。
 しかし、ガントレットという腕を守る鎧を着けている事を忘れていて、おでこに擦り傷を作ってしまう。

 「……最近鎧を着けていなかったせいか、平和ボケしたものだ」
 コニカは、少し鎧が窮屈になった気がした。

 しかし、そんな事よりも腹が減っていた。

 コニカの腹の虫は、叫ぶように鳴いていて、コニカの頭には飯の一文字だった。

 しかし、ヒルコから渡されたがま口の財布は軽い。
 中身を想像するにとても豪勢にはいけられないだろうと思っていた。

 「あっおい!!」
 がま口を開けて、中身を確認しようとした時に、硬貨が地面にへと落ち、転がっていった。

 それについつい、子供を呼び止めるようにしてしまう。

 コニカは追いかけるように、硬貨の後を走っていく。


 硬貨は導くように、暗い路地にへと入っていった。
 そして力尽きたように、倒れ、コニカの手にへと戻った。

 「まさかコインにすら踊らされてしまうとは」
 コニカは、ふかいため息をついた。
 そして吐いた分の空気を取り戻すように、息を吸うと、腹の虫が叫んだ。

 「この匂い……」
 空腹の時に、腹の虫を刺激するような匂いを嗅がされてしまったら、もはや後はその匂いの元を辿り、歩いていくしかなかった。

 「いらっしゃい」
 戸を開ければ十個ほどの椅子と、四つの机があった。
 そして、その椅子に座る爺が挨拶をした。

 「好きな所に」
 爺は立ち上がり、調理場にへと歩いていった。
 そして捨て吐くように、席にへの案内を言う。

 「あ、あぁ」
 鎧姿の女という奇抜な者が入っても、爺は全く物怖じはしなかった。
 その事にコニカは驚きつつ、入り口から一番近い場所に座った。

 「水は勝手に、メニューはそこ」
 爺は、指差しで給水機と、メニューの貼り紙を指し示した。
 コニカは、壁に貼られたメニューを凝視するが、中々決められない。
 それはコニカが、食べ物をあまり知らなかったからだった。

 マンティデの食堂では、名前の付くような料理は出されなかった。
 肉の炒めや、野菜の盛り合わせなど名前を付けるならばそんな物で、材料について公開などされた事もなかった。

 最近になってようやく、肉の正体は分かったのだが。

 「早く決めろ」
 悩んでいたコニカに対して、催促の一言を言った。
 それに対してコニカは咄嗟に、自分の知っている料理名の書かれた物が見え、それを言った。

 「か、かつどん? を」
 以前、ヒルコに軟禁されていた時に、あの子と食べていた、トンカツとメンチカツの共通部分の『カツ』が、まだ想像できる物だった為にそれを選んだ。

 「あいよ」
 爺はそう返事をし、調理を始めた。

 コニカは、妙に縮こまりながら、その料理がどんな物なのか想像していた。

 ククノチに住むようになってから、少しばかりかククノチの文化を学んでいた。

 丼とは大きめのコメを入れる器で、主に料理としては、そのコメの上にオカズを乗せて食べる物とコニカは理解していた。

 つまり、カツをコメの上に乗せた食べ物であると想像していた。



 そして耳に触れた、音が。

 パチパチと破裂音を鳴らし、ジュゥと心の踊る音を響かせていた。

 コニカは、その姿を見ようと調理場の中を覗こうとしたが、爺に睨まれてしまい、俯いた。

 しかし、音だけでも期待は上がる。

 期待に胸を膨らませるコニカを他所に、爺は調理を進める。

 ザクッザクッと、聞くだけも気持ちの良い音が響く。

 コニカは今か今かと心待ちしていた。
 この次、この次にようやく食べられると。
 溢れそうな唾を飲み込む。

 しかし、まだ届かない、机に。

 再び、ジュゥと、先程より低い音が聞こえる。
 そして見えた。
 卵が。

 コニカはこの時、爺の頭を疑った。
 卵をカツにする気なのかコイツはと。

 ただ、匂い増す、そして食欲も、涎も。

 そしてその匂いを堪能していると、その匂いが近づいて来ている事に気づいた。

 「カツ丼だ、食え」
 少し乱雑に置かれた目の前のかつどんという料理に、コニカはまず、疑問を浮かべた。

 コニカが思うカツ丼とは、茶色と白色しかないと思っていた。
 しかし、目の前の食べ物は、黄色に、緑もある。
 それに、戸惑いを感じて、動けなかった。

 「さっさと食え」
 そう言われ、コニカは割り箸を手に取り、乱雑に割る。

 そして食べようと丼に手をかけたその時。

 「籠手を外せ!!」 
 コニカは、恐怖を感じた。
 おおよそ常人では発せぬような怒気、そして眼光。
 コニカは鎧を着けていた事を、安堵した。
 鎧を着けていなければ、遅れを取ってしまうような、相手なのだと。

 籠手という物が、ガントレットを指し示す事は知っていた。

 つまり、手を切断される可能性があると判断した。

 「食事中ぐらいは外せ」
 コニカは恥ずかしさから、耳を赤くする。
 当たり前の事で怒られた恥ずかしさからだった。

 ガントレットを外し、コニカは手を合わせた。

 その姿を見て爺は調理場にへと戻っていく。

 そして、まず、黄色を纏うカツに手を伸ばし、そして、少しばかりか揺れてはいるが、それを口の中に運ぶ。

 噛む。
 噛む。
 噛む。
 噛む。

 飲み込む。

 丼を持ち上げ、食べる。
 決して上品ではない。
 欲望のままに。
 箸を使うだけで、欲望のままに食べる姿はまさに獣。

 しかし、それを行うのは、これがそれほどに美味しかったからだった。

 外はうだるような暑さだが、店には冷房などはない。
 故に、コニカは汗だくになっていた。
 いや、コニカは違和感を感じていた。

 ただ、胸が燃え上がるような……いやこれがこだわりの老舗の腕前……そして、少量のいや燃え上がるような感動の雫。

 今、自分は泣いている事に。

 これはなんだ。
 半熟の卵に纏われ、つゆと呼ばれる物が染みているのに、噛んだ瞬間鳴るサクッという音、食感。
 そして喉に流れる肉汁と旨味。
 そしてネギの香りが口に入れる前に味わいを生む。

 かき込んでいた。
 ただただ、なにも思わずかき込んでいた。
 一粒も余すことなく食べ尽くすという1つの理念のみで。

 そして、丼を置き、手を合わせ頭を下げた。

 「ご馳走さまでした」
 コニカは、目に流れる汗を拭った。
 そして息をつき、現状を整理する。

 極上の逸品を食べた。
 しかし、今がま口の体重は軽い。
 つまり、コニカは商品の値段は払えられないかもしれない。

 恐る恐るがま口を開く。
 がま口の中身は硬貨が二枚、一枚は銀色、一枚は金色。

 コニカは恐る恐る、爺にへと代金を聞く。

 だが爺は手を出すだけだった。

 コニカは硬貨を全て渡した。

 「……アンタ」
 コニカは身構えた。
 食い逃げをするはめになってしまうのではないかと。

 「少し多い」
 そう言うと爺は銀色の硬貨をコニカに向けて緩やかに投げた。

 「え、あぁはい」
 コニカは受けとると、がま口に入れ、ガントレットを着用し、一度頭を下げて店から出ていった。


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 「コニカー今日は何が食いたい?」  

 「そうだな……かつどんがいいな」

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