遅熟のコニカ

紙尾鮪

76「ヤサシサトハ」

 「やぁ、刑事さん。勝てましたか?」
 机に座り、目隠しだけをされた、スキンヘッドで、乱雑に生えた眉毛と、無精髭の男が、目の前のフクダに話しかける。

 「『斬り裂き権兵衛』を殺害、『生母事』を再起不能、『万』の片腕に重症を負わせる。それに対してヤオ・シュイジ死亡、福田弘重症」
 フクダは車椅子に座っていた。
 傷が癒えていないのだろう、包帯を巻き、右足を固定している。

 目隠しをした男は、その姿は見えない。
 ただ見えている。
 動きが、流れが、成り行きが。

 「なるほどね、ヤオ……『万』の片腕を取れたんだね。結構素晴らしいよ。しかし、自爆は『万』にするべきだったね、雑魚を相手する必要はない。特攻で歩兵を撃ち取ることに利があるのは、能のない下っ端のやる事だからね」
  目隠しをした男は、足踏みをしながらフクダに言う。
 ヤオと言ったのは、フクダの事をシュイジと間違っているとフクダは思った。

 そして言い終わると、にぃ、とねっとりとした笑顔を作った。

 「いやね、分かるよ。気持ち悪いでしょ、この笑顔。何て言うかな、あるでしょ?想定通りに運んだ時のえもいわれぬ快感。あぁまどろっこしいね、端的に言わないのは僕の悪いところさ。簡単に言おうか。神は降りるよそちら側にね」
 目隠しをした男、正体を明石アカシ 明日人アスト

 『マーダージェスター』
 被害者数 33人
 主な犯罪歴 殺人、傷害
 ピエロの格好をし、子供にへと近づき、鎖を使い、心的外傷を与え、楽しみ、殺す。
 しかし、必ずとも殺している訳でもなく、生き残りが存在するが、その全てに心的外傷後ストレス傷害があり、『マーダージェスター』は、薬物もしくは幻術のような鎖の可能性もある。

 『マーダージェスター』は、あの会合のメンバーだった。
 いや、今でもメンバーだ。

 しかし今、『マーダージェスター』は、甘党にいる。
 捕まってなどいない、スパイをしている訳でもない。

 加担している。

 簡単に言うなれば、裏切っていた。
 あの会合の目的、魔女の子孫の立場向上。

 それを脅かす行動。

 しかし、『マーダージェスター』は魔女の子孫。
 ただ、言える事があるとすれば、自分の地位を向上させる事など無意味になる事が、『マーダージェスター』の頭の筋書きには書かれていた。

 妙な勘の鋭さと、予知に近い先見の明に、ピエロの姿でない時の明石を、『未来人アスト』と呼ぶ者もいる。

────────────
 コニカは歩いていた、辺り一面の白、コニカが地面を踏む度に色がつく。

 赤に、青に、緑に 。

 キャンバス、自分の塗りたいように、思うがままに塗る、気付けばその色は落ち着き、派手な色は無くなっていた。
 歩けど歩けど地味な色、いつの間にやら色は一色のみに、しかし色は踏む度に付いていく。

 一度立ち止まって胸に手を当て、息を吐き、歩き出すと自分の付けた色に、白の小さな足跡が付いている。

 最初はただ一色のみ。
 足跡はただ後ろを着いてくるのみ。
 ただ、歩く毎に、色は変わる、鮮やかに晴れやかに、色は変わっていく。

 足跡も、近づき、いや、足跡に合わせ足を遅くし、そして足跡が4つ、横に並ぶ。
 色は、混ざり合い、多色に、しかし素晴らしく、華やかに、そして壮麗。

 触っている、確かに感触がある、あの子の、優しい手の温もり。

 小さな足跡はやがてコニカの横から離れ、コニカの手を引く。
 色は、小さな足跡が付ける色をより濃く反映し、そして、同色していく。

 色に寄り添う、ただ、依存するのではなく、抱擁するように、優しく、自分の色を重ね、色を秀でる。

 優しい色が続く。
 優しい色が広がる。
 優しい世界が出来る。

 優しいあの子の顔を見る。
 笑顔の似合う優しい顔。
 可愛く、無邪気で、愛らしい。

 ただ

 もう片方の人形はなんだろう。
 糸、綿、布。
 冷たい、媚びるような変わらない顔。
 握り返さない、手。

 捨ててしまおう。

 要らない、入らない。
 あの娘と私の中には。

 背後に投げ捨てた。

 「いいの?」
 あぁ。

 「なんで?」
 いらなくなったから。

 「どうして?」
 あの娘がいるから。

 「駄目だよ」
 なんでだ。
 
 「浮かばれないよ」
 誰が。

 「あの子が」
 なんで。

 「だって」
 ……

 「あの子は」
 ……やめろ。

 「死んだんだから」
 色は黒に染まる。
 どれだけ光を放とうと、どれだけ明るくとも、どれだけ素晴らしく壮麗でも。
 黒は、それを飲む。
 全てを、全て。

 自分自身も、目の前の笑顔も、優しい笑顔も、全て。
 不安の黒に、変わる。

 自分すら分からない、あの娘がどこにいるのかも、きっとあの娘は不安で泣いているだろう、悲しく、途方にくれ、泣いている。

 抱き締めなければ。

 安心させてあげなければ。
でなければ、私が。

 触った。
 それは、柔らかいが、暖かくない。
 無意識に、後ろに行っていた。

 こんなもの探してなどいない。
 求めるのは、優しい、あの……

 黒が滲む。
 真下の黒が、透明で滲む。

 分かっていた。
 あのピエロの事にしてもそうだった。
 なぜ自分が立ち直れなかったのか。
 自分自身に催眠をかけていたから。

 まだ、あの娘に会えると。
 自分の遺能を使って、あの娘を生き返らせ、もう一度抱くことが出来るであろうと。
 そこの、自分の中の自分が、自分によって変えられていたから、その無理矢理な変形で出来た穴に、入られた。

 受け入れる、簡単な話。

 しかし、突き放す。

 それも同義。
 死んだ事を受け入れれば、あの娘は、死んだ事になる。
 可能性が、塵一つにも満たない可能性すら消える。

 失いたくなかった。
 思えばあの遺能も、この強い思いから出来た物だったのだろうか。
 だったら、今あの娘を。

 奇跡など起きない。

 見せるのは、今ある現実。
 受け入れるしかなかった。
 今受け入れなければ、もう……
 黒になるだけのような気がした。

 前かどうかも分からないが、前を向いた時、一本の線があった。
 黒を塗り消す、一本の白い、線。

 ぬいぐるみを持って、ただ線の上を歩く。
 白は、白のまま、変わらない。

 細く冷たく長い、道。
 そこにすがるしかない。
 しかし、すがるのは、どこか、子供に戻ったようで、懐かしく、心地よい。

───────────
 「……目覚めたか」
 ヒルコの顔を見た。
 ヒルコも寝ていたのか、目を擦り、体を伸ばす。
 暗い、洞窟の色は、夢で見ていた色よりあからさまに暗かったが、それと対称的に映える白の存在と、綿と布のほのかな暖かさ。
 コニカは自然と口を弛め、優しく言った。

 「ただいま」

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