遅熟のコニカ
73「ユウゲンノヒルコ」
───────────
「いやぁ、強かったゆぉ、一回死んぢぁったもん」
シュイジは、自分の穴の空いた眼球に手を入れ耳を塞ぎたくなるような低温を鳴らす。
「あっおっぁあっ」
シュイジは、快感を得ていた。
自分の頭蓋の中に響く、自傷の音、そして、口から伝わる甘さと甘さの相乗、それが、感じるはずの全感覚を狂わせ、全ての感覚で感じていた。
気づけば、シュイジの眼球は全てかき出され、残ったのは、死者を思わす穴だけだった。
シュイジは、自分の指についた白い液体を口に含み、味わった。
「やっぱり、いっつもの飴じゃダメか……あ、新しいのもらってるんだった」
『生母事』は、呆気にとられた、いや理解をするのが追い付いていないためか、向かってくることも、逃げることもなく、シュイジを見ている。
「どんな味かなぁ」
シャツの裏地に縫い付けられた、簡易ポケットの中から、新作の"飴"を取り出し、包み紙を開けた時に、『生母事』は動き出した。
しかし遅かった。
口に入れ、飴を転がせば、シュイジの姿は消えた。
そして現れたのは、奇抜なメイクをした、シュイジ、いやピエロだった。
「おお派手だぬぇ」
その瞬間、来た、見えた。
待ち望んだ。
害悪。
『生母事』は、動くことがなかった。
しかし、一が、百が、千が……いや『万』が、来る。
手を連れて、何のものかは分からない。
「あの遺能……我輩は知っている」
手は『万』の手に下げた鞄から出てきている。
手は『万』の体を触り、抱き、撫でている。
しかし、人間ではない、猿でもない、猫でも、犬でも、当てはまらない、言うならば、悪魔。
悪魔の手は、形を、色を、大きさを常時変え、そして長さを変える。
「おー、これはこれは、『万』ちやんじゃない!ようこそおいでませすよぉ」
シュイジは一度礼をすると、手を一度叩き、ステッキを取り出した。
そのステッキを地面にコンコンと叩けば、広がる、サーカス場。
きらびやかなライトと、よく分からない臭い、獣の音。
──────────
「やはりか、幽玄乃淵……奴がやられたか」
突如変わったサーカス場。
お客は三人。
子供二人、大人一人。
ピエロはそれを見て笑う
ピエロは常時笑う、演目が開始される。
「……知っていると言ったな、奴はお前の知り合いなのか?」
コニカはヒルコに聞いた。
明らかなヒルコの異変、明らかな既視を示すような言動。
若干生まれる疑問、もしや、繋がっているのではないかという、不安。
万の一にもない、だからこそ聞いた。
もし繋がっているのならば、聞かず泳がせる。
ただ、コニカは、ヒルコが敵に寝返るなど微塵も思っていない。
しかし、ある、不安。
矛盾している、ただ自然である。
信頼など、漏れ出る感情の前では無意味で、無力。
ただコニカは、どちらとも取れる問いで、安心したかった、確信したかった。
自分の知るヒルコだという事を。
「……いやアイツの事は僕は知らない。だが、これなら知っている、あれを見ろ」
ヒルコの指先が示す先にあるのは、黒い、獅子。
現世にいる生物とは思えぬその黒は、王者たるそれを顕著に現し、そして、雄々しく存在し、一歩一歩ゆっくりと歩く様は、余裕と、明らかな自信を表していた。
「一演目目だ」
ヒルコがそう言った時、黒の獅子が襲いかかった。その声は分かりやすい程の威圧、その迫力は、明らかな捕食者の証明。
ヒルコは、なにも思わず、鞄で防いだ、いや鞄から生える悪魔の手で。
ただ、知らなかった、黒の獅子にとっての未曾有の化け物、悪魔の手の味、食いちぎった。
黒の獅子の顎、それは全ての者に対しても通用する、絶対的武力。それが、全てだった。
悪魔は固形ではない、いや、定形ではないのだ。
ある時は人で、ある時は魚で、山羊で鰐で、今、食い尽くされ、消化される事などない、いや、尽くされてなどいなかった。
命などの概念はない、しかし、生きているのだ、中で、黒の獅子の中で、そして咲いた黒から赤を飛ばしながら。
「気にしないでいい、全て幻想、サーカスの光だ」
ヒルコが床に溜まる血だまりを触るが、手は赤に染まらず、ただ濡れるだけ。
それは、今いるサーカス場が、ただの幻想を表す。
しかし、悪魔の手は、一度、黒の獅子に食われ、そして殺した。
それは事実、であれば、幻想によって装飾される前の元体が無ければならない。
であれば、地面に伏す黒の獅子は、確実に何かいるという事だった。
コニカは、それがピエロであれば幸運と思うが、胸中、その事は起こっていないと思う。
それが何故か、その理由はこの幻想の中のサーカス場が消えていないからだった。
死ねば効力は失い、サーカス場は消えるだろうと思ったからだ。
つまり、他の物、何かであろうと思っていた。
「深く考えちゃ駄目だ、目の前の事に集中して、一演目、いや前座が終わっただけなんだ、迷いを解いて、解かないと、飲まれるサーカスっていう名の魔物に」
ヒルコは、無表情で言った、その言葉を聞いたコニカは、素直に前を向いた。
来たのは、次に来るであろう物を……待った。
「次は、上だ」
その言葉を伝えきった、その時、上から落ちてくる人間。
それが、無数に、まさに雨。
人間の雨、服は様々、赤や青、黄や緑、黒、虹の彩のように、数多存在し、それが流星、いや流星群となっている。
そして、落ちた場所は赤で染まる。
「避けろ」
この言葉の通り、コニカは、避けた。
意図も簡単、しかし、ふと思う。しかし、ただ避ける。
確信がない。
最後の星が落ちたとき、コニカの足元、赤くなっている。
「……ヒル」
「次が来るぞ」
見える、光る風。
いや、ナイフ。
幾千をも超える、ナイフの軍隊、いや弾幕。
コニカは、ヒルコに何か言われる前に、自らの剣で防ぐ。
盾ですらない、己の体半分にも満たぬ剣で、それを防ぐ。
一瞬の気の緩みも許さぬその攻防は、三十秒にも満たなかったが、相手にした数、体感千を超えていた。
しかしながらコニカ、今だ疑問が抜けず。
その正体、ここで感づく。
あまりにも不動。
更には、ピエロの居場所。
見たところ、ピエロはいない。
全てが幻想。
ヒルコの、その言葉。
それが、コニカの脳を駆け巡る。
そして見つけたのだ、決定的な真実に近づくための目印、そして導きだす真実を。
ただ、それが真実ではない場合の、リスク。
更には、ピエロの思惑、コニカが思っている事の裏をかかれた場合の、危険さ、それを考慮すると、動かない、もしくは、警戒、それしか出来ない。
「最後だ、最終演目」
ヒルコが仮面を外した。
「いやぁ、強かったゆぉ、一回死んぢぁったもん」
シュイジは、自分の穴の空いた眼球に手を入れ耳を塞ぎたくなるような低温を鳴らす。
「あっおっぁあっ」
シュイジは、快感を得ていた。
自分の頭蓋の中に響く、自傷の音、そして、口から伝わる甘さと甘さの相乗、それが、感じるはずの全感覚を狂わせ、全ての感覚で感じていた。
気づけば、シュイジの眼球は全てかき出され、残ったのは、死者を思わす穴だけだった。
シュイジは、自分の指についた白い液体を口に含み、味わった。
「やっぱり、いっつもの飴じゃダメか……あ、新しいのもらってるんだった」
『生母事』は、呆気にとられた、いや理解をするのが追い付いていないためか、向かってくることも、逃げることもなく、シュイジを見ている。
「どんな味かなぁ」
シャツの裏地に縫い付けられた、簡易ポケットの中から、新作の"飴"を取り出し、包み紙を開けた時に、『生母事』は動き出した。
しかし遅かった。
口に入れ、飴を転がせば、シュイジの姿は消えた。
そして現れたのは、奇抜なメイクをした、シュイジ、いやピエロだった。
「おお派手だぬぇ」
その瞬間、来た、見えた。
待ち望んだ。
害悪。
『生母事』は、動くことがなかった。
しかし、一が、百が、千が……いや『万』が、来る。
手を連れて、何のものかは分からない。
「あの遺能……我輩は知っている」
手は『万』の手に下げた鞄から出てきている。
手は『万』の体を触り、抱き、撫でている。
しかし、人間ではない、猿でもない、猫でも、犬でも、当てはまらない、言うならば、悪魔。
悪魔の手は、形を、色を、大きさを常時変え、そして長さを変える。
「おー、これはこれは、『万』ちやんじゃない!ようこそおいでませすよぉ」
シュイジは一度礼をすると、手を一度叩き、ステッキを取り出した。
そのステッキを地面にコンコンと叩けば、広がる、サーカス場。
きらびやかなライトと、よく分からない臭い、獣の音。
──────────
「やはりか、幽玄乃淵……奴がやられたか」
突如変わったサーカス場。
お客は三人。
子供二人、大人一人。
ピエロはそれを見て笑う
ピエロは常時笑う、演目が開始される。
「……知っていると言ったな、奴はお前の知り合いなのか?」
コニカはヒルコに聞いた。
明らかなヒルコの異変、明らかな既視を示すような言動。
若干生まれる疑問、もしや、繋がっているのではないかという、不安。
万の一にもない、だからこそ聞いた。
もし繋がっているのならば、聞かず泳がせる。
ただ、コニカは、ヒルコが敵に寝返るなど微塵も思っていない。
しかし、ある、不安。
矛盾している、ただ自然である。
信頼など、漏れ出る感情の前では無意味で、無力。
ただコニカは、どちらとも取れる問いで、安心したかった、確信したかった。
自分の知るヒルコだという事を。
「……いやアイツの事は僕は知らない。だが、これなら知っている、あれを見ろ」
ヒルコの指先が示す先にあるのは、黒い、獅子。
現世にいる生物とは思えぬその黒は、王者たるそれを顕著に現し、そして、雄々しく存在し、一歩一歩ゆっくりと歩く様は、余裕と、明らかな自信を表していた。
「一演目目だ」
ヒルコがそう言った時、黒の獅子が襲いかかった。その声は分かりやすい程の威圧、その迫力は、明らかな捕食者の証明。
ヒルコは、なにも思わず、鞄で防いだ、いや鞄から生える悪魔の手で。
ただ、知らなかった、黒の獅子にとっての未曾有の化け物、悪魔の手の味、食いちぎった。
黒の獅子の顎、それは全ての者に対しても通用する、絶対的武力。それが、全てだった。
悪魔は固形ではない、いや、定形ではないのだ。
ある時は人で、ある時は魚で、山羊で鰐で、今、食い尽くされ、消化される事などない、いや、尽くされてなどいなかった。
命などの概念はない、しかし、生きているのだ、中で、黒の獅子の中で、そして咲いた黒から赤を飛ばしながら。
「気にしないでいい、全て幻想、サーカスの光だ」
ヒルコが床に溜まる血だまりを触るが、手は赤に染まらず、ただ濡れるだけ。
それは、今いるサーカス場が、ただの幻想を表す。
しかし、悪魔の手は、一度、黒の獅子に食われ、そして殺した。
それは事実、であれば、幻想によって装飾される前の元体が無ければならない。
であれば、地面に伏す黒の獅子は、確実に何かいるという事だった。
コニカは、それがピエロであれば幸運と思うが、胸中、その事は起こっていないと思う。
それが何故か、その理由はこの幻想の中のサーカス場が消えていないからだった。
死ねば効力は失い、サーカス場は消えるだろうと思ったからだ。
つまり、他の物、何かであろうと思っていた。
「深く考えちゃ駄目だ、目の前の事に集中して、一演目、いや前座が終わっただけなんだ、迷いを解いて、解かないと、飲まれるサーカスっていう名の魔物に」
ヒルコは、無表情で言った、その言葉を聞いたコニカは、素直に前を向いた。
来たのは、次に来るであろう物を……待った。
「次は、上だ」
その言葉を伝えきった、その時、上から落ちてくる人間。
それが、無数に、まさに雨。
人間の雨、服は様々、赤や青、黄や緑、黒、虹の彩のように、数多存在し、それが流星、いや流星群となっている。
そして、落ちた場所は赤で染まる。
「避けろ」
この言葉の通り、コニカは、避けた。
意図も簡単、しかし、ふと思う。しかし、ただ避ける。
確信がない。
最後の星が落ちたとき、コニカの足元、赤くなっている。
「……ヒル」
「次が来るぞ」
見える、光る風。
いや、ナイフ。
幾千をも超える、ナイフの軍隊、いや弾幕。
コニカは、ヒルコに何か言われる前に、自らの剣で防ぐ。
盾ですらない、己の体半分にも満たぬ剣で、それを防ぐ。
一瞬の気の緩みも許さぬその攻防は、三十秒にも満たなかったが、相手にした数、体感千を超えていた。
しかしながらコニカ、今だ疑問が抜けず。
その正体、ここで感づく。
あまりにも不動。
更には、ピエロの居場所。
見たところ、ピエロはいない。
全てが幻想。
ヒルコの、その言葉。
それが、コニカの脳を駆け巡る。
そして見つけたのだ、決定的な真実に近づくための目印、そして導きだす真実を。
ただ、それが真実ではない場合の、リスク。
更には、ピエロの思惑、コニカが思っている事の裏をかかれた場合の、危険さ、それを考慮すると、動かない、もしくは、警戒、それしか出来ない。
「最後だ、最終演目」
ヒルコが仮面を外した。
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