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遅熟のコニカ

紙尾鮪

72「ムザイデシンデ」

 無罪たる罪人は、罪人とは呼べない、いや呼んではいけない。
何もしていないのだから。

 「せっかく無罪を勝ち取ったんだから罪を重ねるのは止めようよ、重ねられないけどね」
 体を貫く刀の刃を指をなぞって、、目を見開くフクダを笑い。
 体を縦に割るように、刀を無理矢理斬り上げさせた。
 いや、自分で自分を斬り上げた。

 「ウチは負けない。けど勝てない。無罪の罪人は裁けない」
 しかし傷無し。

 『判決を述べる者ジュジュマン

 それはまさに裁判。
 ハミセトが、下した判決によって能力が変わる。

 『無罪判決』

 それを下した時、相手の身の潔白が証明される。

 無罪。

 それはなにもしてはいない。
 行動の無。
 つまり、その時点でハミセトが相手に危害を加える事ができない。

 裁判官たる彼女は、罪人ではない者にへの執行を行ってしまっては、裁くという事がただのお遊びになってしまう。
 それ相応の対応を取らねばならない。
 しかしながら、無罪たる人物が、例え実際が劣悪な犯罪者であろうと、無罪を勝ち取れば、善である。
 つまり、凶行は、帳消しとなる。

 簡単な話、無罪判決を下した者には危害を加える事はできない。
 無罪判決を下された者はハミセトに危害を加えたとしても、傷害を負わせる事が出来ない。

 「……死ねェ!!」
 フクダは、刀を手放し、ハミセトの背後に回り、腰に巻き付けていたシュイジの上着をハミセトに巻き付けた。
 めきめきと首の骨が軋む音をフクダは感じた。

 ハミセトは、一度、後ろを向いた。
 フクダと目があった。
 口角を上げ、頬の肉を持ち上げ、目を細め、黒目を体の中にへと。

 そして、鳴る骨の断。

 「もぅ、うちは何にも出来ないのに酷いなぁ」
 ハミセトは、だらんと落ちた頭を掴み、元に戻した。

フクダは、咄嗟に離れた。

 悟る、勝機の無さ。

 感じとる、異形。

───────────

 「僕、『万』とやりたかったなぁ」
 甘党の小さな男は、向かってくるコニカの事をなんとも思う事なく、奥で何かしているヒルコを見ながら、戦闘の想像をしていた。
 しかし、甘党の小さな男はコニカの間合いに入った。

 「すまない、子供にやらせる事ではないからな」
 鞘から抜かず、斬った、いや叩いた。
 抜かなかったのは、疑問。
 それがコニカの選択肢を増やした。

 相手が、全て素手で戦うような奴ではないだろうという確信。
 そして先程の別の甘党の"生き返り"を見て、この男にも何かしら持っていると思うのが普通。

 故に、抜き身ではなく、納刀状態での打ち。
 それは武器を壊される事への恐怖、回避による、攻めつつも後手に回るような行動だった。

 「うわぁほんとにぬいぐるみ抱えてるんどぁ、すっごいムキムキなのかのぁ? いや剣が軽いぬぉ?」 
 甘党の小さな男は、避けることはなかった。
 コニカの渾身の一撃は、この男に響くことはなかった。

 どうでもよさげに、コニカの攻撃を防ぐ姿は、余裕に満ち溢れ、今のコニカでは討ち取れないような雰囲気を醸し出していた。
 コニカは、それを確かに感じていた。

 ただ、しかし、そんな事で臆する事はない。
 コニカは知っていた、いや経験していた。
 コニカ30年の生涯の中で、その様な事は何度もあった。
 しかし、敗れた事などなかった。

 コニカは一つの信条があった。
 屈する事なかれ。

 その信条も、ヒルコと会ったときに崩れたのだが。
 コニカは屈っさない、子供の前では親たる者、勇敢な獅子として子の資本となれ。

 「ぬいぐるみ……お前にはそう見えるか。私にはそうとは思えない」
 コニカは、剣を抜いた。
 会合で抜いた剣とは違う。騎士をやっていた時の剣とは違う。

 片刃で、軽く、細い。

 ぬいぐるみを抱えるようになってから、以前まで使っていた、剣は重く、片手で扱うには難しい。
 故にコニカは、変えた、守るものが出来たから、両刃は、傷をつけてしまうかもしれない。

 「怖いぬぁ、楽しいにぁ」
 甘党の小さな男は、こんもりと膨れたポケットの中から、一丁の拳銃を取りだし、笑いながら撃った。
 それは、コニカにかすることもなく、洞窟に音を響かせるだけだった。

 「けいこぉく、本官に剣を向けるのを即事やめなさぁい」
 ふんわりと喋るその声では、危機感を与えられない。
 しかし、口の代わりに拳銃が物語った。

 「警告、私の目の前に立つな、後悔するぞ?」
 コニカは、ぬいぐるみを自分の顔に近づけ、頭を撫でるようにして持ちながら、歩いた。

 洞窟の中に風、ワンピースを揺らした。
 そして、コニカは、今、風のようになった。
 風は、道中人が居ようと、何がいようと、平等に撫でる。

 固かろうと、柔らかであろうと、生きていようと、死んでいようと、歓喜に満ち溢れていようと、絶望に打ちひしがれていようと、目が見えなかろうと、耳が聞こえなかろうと、善人であろうと、悪人であろうと、全ての者には平等に、恩恵、災厄を与え、そして理不尽に、気ままに通りすぎる。

 コニカは、甘党の小さな男の横を通りすぎた。
 緩やかな徒歩。
 散歩でもしながら景観を楽しむかのように、ゆっくり、穏やかに。

 甘党の小さな男は、今一瞬の事に気づかなかった。
 気付いた時、甘党の小さな男は振り向いた。
 後ろを。

 その時、強風吹き荒れる。
 目の前に迫っていたのは、血を渇望する、にびいろに光る剣と、顔のないぬいぐるみ。
 なぜか笑っているように見えた。

 「……後悔すら残せなかったか」
 コニカは、口のないぬいぐるみに唇をつけた。
 横たわり血を流す甘党の小さな男のすぐ横で。
 配慮する事などない、必要がない、意味がない。

 「……あっちに行くか」
 剣を納め、両手でぬいぐるみを抱き抱え、歩いた。

 「まってゆぉ」
 背後から生温い制止の声が聞こえた。

 「こっからがほんばんでしゅお?」
 片目に穴の空いた甘党の小さな警官が立ち上がった。
 赤に染まりながら。

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