遅熟のコニカ

紙尾鮪

69「ホンモノヲホキュウ」

 「──よ──カ」 
 溢れる朝日の光が、白を、より白くしていた。
 コニカは微かに聞こえた音をきっかけに目を開けるが、まだ視界に入ってくる世界はボヤけ、白の背景に、白の塊。

 その姿は天使のようで、幸せの象徴なのだとコニカは思う。
 決して届かない者に手を伸ばし、触れようと、頬を。

 「おはほうふぉにふぁ」
 餅のように伸びる頬は、その様から易く取れるような柔らかな肌は、コニカの指を埋もれさせ、触るだけで気持ちのよい代物、出来ることならばずっと触れていたい。まさに、麻薬。

 触れるだけで快楽を得て、そしてそれだけで、いや、それ故に、依存する、また欲す。

 「ふこひひはいのはが」
 ヒルコは目を細め、嫌そうな顔もせず嫌がり、コニカを寝ぼけから覚まそうとする。
 コニカはハッとすると、ヒルコの頬から手を離す。

 「少し痛みが引くな、割りと腫れたかもしれない」
 頬を持ち上げたり、擦りながら、コニカに語りかける。

 コニカは、軽く、柔らかな布をはぐると、白く、白く、ヒルコと同じ白いワンピースを着ていた。

 コニカは、一度思考を止め、そして頭が爆発するように顔を赤に染め上げた。

 「いやいやいやいや、案ずるな、我輩はおこなってはいないぞ! あの……あれだ、ドルミール……あれだ雌のヒトガタにやらせた、我輩は触ってもないし、見てもない」
 コニカが顔を赤くした時、ヒルコも、顔を赤くし、そして円を作ったり四角を作ったり、三角を作ったりと、腕を空で動かしては、あわてふためいているのを顕著に表す。
 異性との経験がない二人の行動は、とても滑稽だった。

───────────

 「で、本当に死す? クソガキ、本当に、あんな所に居らせやがって」
 土が上部を、双方を塞ぎ、臭いも、音も一方向に伝える。
 壁には、よく分からない虫が数えるのもやめてしまうような数が壁を走り、どこか先では蝙蝠が侵入者を見つめている。

 床には液体が流れ、歩く度に、ぴちゃぴちゃと音を鳴らし、響かせる。
 人工的な物などない。誰が作ったかも分からない。
 奥には何があるかも分からない。
 分かるのは、名前、トキハカシ洞窟。

 「何の事だ、さてコニカ、手を」
 白いワンピースを着たまま洞窟を歩くコニカをエスコートするように、手を差し出し、コニカが手を取るのを待つ。

 コニカは慣れない衣服を着たまま、このような洞窟を歩くのに苦戦をしていたせいか、つい手を取る。
 その姿に、ハミセトは眉間に紫波を寄せた。

 「いやさぁ……特に危険じゃないっぽいし良いけど、こっちの指揮が下がるって」
 ハミセトが危険じゃない、そう言った理由は、ククノチの固有大型動物、その動物の名前をイシヅクリという。

 イシヅクリは、人間程のサイズであり、知能も高い。しかし、臆病。
 それ故に、イシヅクリは自分等にとって脅威になる生物のいる場所には、決して住む事はない。

 サバイバル愛好家の中では、イシヅクリの住んでいる場所を見つける、それが常識となっている。
 しかし、ハミセトは、イシヅクリの姿を見てはいない。

 ただ、イシヅクリの姿を見ずとも分かる方法がある。
 それは、イシヅクリがイシヅクリと呼ばれている所以。
 それは、積み石ケルンとよばれる物を作るからだ。
 それは、一説によると仲間に安全な場所を示すため、または、仲間の埋葬場所を特徴付けと癒霊のためだとも言われている。
 目の前には複数の積み石、明らかなイシヅクリの居住は明らかだった。

 「指揮を上げる事などいらんだろう? この場所からは、殺しの香がしない」
 ヒルコは、コニカの手を取って楽しげに跳ねながら石を伝い歩く。

 「殺しの香ねぇ、そんな物を嗅ぎとるとか流石『万』だね」
 ハミセトは、2回鼻を引くつかせ、臭いを嗅ごうとするが、そのような、いやそう思える臭いなどない。

 「神の遺物とやらは、これ程にも容易に手に入るものなのか?」
 『斬り裂き権兵衛』は、不安の混じった声で、一応ハミセトに聞く体で、他の二人にも聞こえるように言った。

 「いや、確か他二つあったんだけど、あれはヤバかったよね」

 「そうだな、イルゼが一度死んで、ライズが三度程死んでいたな」
 簡単に、感情の起伏なく、二人が、神の遺物を得ようとして死んだことを伝えた。

 「あぁあ~あったねぇ。そういえば、昔かっら『万』って見た目変わんないよね、何? そういう遺能?」
 ハミセトが、思い出に華を咲かせようとした時、咄嗟に構える、二人。
 水を踏む音、石が崩れる音、そして、談笑する音が響く。

 「死す? いや違う……動物? 同業者? ……いや甘党か」
───────────

 「ありゅえ? 足跡があるや、遅れちったね!」
 シュイジは、笑いながら足元の足跡を指して更に、笑う。
 シュイジは、鯛焼きを手に持ち、そして食べる。
 サクッとした薄皮に対して、とろりと漏れだすカスタードクリームを指で受け止め、指についたクリームを舐めあげる。

 「遅れちったね! じゃねぇよおい。お前の糖分補給だとかどうとかのあれで、一日無駄にしたんだろうが馬鹿!」
 シュイジは、たまに糖分補給だと言って、常人には理解する、いや真似する事が出来ない程の糖分を摂取する。
 1日のほとんどをかけ糖分を得ると、ぐっすりと眠り、そして翌日本来の150%の働きを見せ、次の糖分補給まで働き続ける。

 「仕方ないゆぉ、糖分をとらないと僕は消えてしまうのだゆ゛ぉ゛!!」
 などと、ふんわりとふざけたような態度をとっていると、フクダが勢いよく握りこぶしを、シュイジの後頭部に振り落とした。

 その拍子に下を向いた時、制帽が脱げ、中から清潔とは言えない長さの髪が出てきた。
 髪は砂糖のような白、そして、ピョコンと跳ねる毛先。
 それを隠すようにシュイジは頭を押さえ、そして落ちた制帽を拾い上げ髪を中にへと入れる。
 そしてポケットに手を入れ、飴を取り出す。

 それを、フクダは止めた。

 「本物を食え、仕事の時間だ」
 フクダは、スティック状のクッキーのような携帯食の袋を髪千切り、中身を犬のように食らう。
 ボタンを外し、襟元を緩め、制帽を取り、明らかに正義の下に働く者とは思えぬ格好で洞窟を見る。

 「つまりいるんだね?! 魔女の子孫とかいう奴! あと美味しいの食べていいんだね?」
 フクダは、一度頷き、親指を立てると、洞窟の奥へと走っていった。
 フクダの手には携帯食と、あともう1つあった。

 シュイジは、シャツのボタンを外し、自分の体をまさぐるように手を入れ、そして飴を取り出した。
 そしてボタンをとめ、服を正し、包み紙を丁寧に開け、口に放る。
 シュイジ曰く、市販の飴より、何倍も、何十倍も気持ちがいいそうだ。
 そして、フクダの後を追ってはしる。

───────────

 「急速接近、一人、否二人。武器携帯、おおよそ無し、しかし、雰囲気あやかしに近く」
 『斬り裂き権兵衛』は、刀を鞘から抜き、そして刀身の揺らめく波紋に恍惚な表情を取り、体をグッと地面に近付け、そして背中に這わすように刀を構える。
 その姿は、魚を狩ろうと、水中を見定めるイタチのようだった。

 「ごんちゃんがんば~」
 ハミセトは、後ろで腕を組ながら、なにもする気がないのを表す。

 「ヒルコ、どうする? 私もやろうか?」
 コニカは、ヒルコに耳打ちをした、しかし、今現在の服装などでやれるはずもない。
 そのためか、ヒルコは首を横に降るだけだった。

 「正体解明まで、あと5刻、4、3」

 「悠長に数える時間あるのならば、先手を打つべきだろう?」
 微かに見えていた人影が、『斬り裂き権兵衛』がおおよそその距離から割り出したカウントダウンを、無駄にした。
 目の瞬きの、一カウントにも満たない間、低く構える『斬り裂き権兵衛』を見下すような形で、真正面に立ち、フクダは言った。

 『斬り裂き権兵衛』は一瞬、迷いと後悔と絶望を感じた。
 しかしそれは、相手がただの人間という事実、その揺るがない真実に、『斬り裂き権兵衛』は安堵し、そして動いた。
 尾のように背中から伸びる刀を、叩き付けるように、刀を振り下ろした。

 「火は揺らぐ、何をも焼く火は、目にすら捉えられない風で揺らぎ、消える。微弱な風では勢いを増す。であれば、我らは神たる祖国の為にカミカゼとなろう」
 フクダは、刀を、避けることも、防ぐこともなかった。
 しかし、たじろぐ事ない。いやなかれ。

 肉が裂け、骨を断たれ、そして、肩の部位が千切れかけていた。
 赤黒く流血し、動くことはない腕と手を這い、纏いっている。
 斬られた断面は白と、桃色に近い紫があふれでる血が肉を塗らし、そこから出る痛みが、フクダの足を止めた。

 フクダは、覆い被さるように、『斬り裂き権兵衛』の上に倒れ、笑い、『斬り裂き権兵衛』毎、持っていた手榴弾の安全ピンを抜き、自爆した。
 爆発音は、洞窟内に響き、そして熱は二人を食い尽くし、体を大きくし、周囲の者にへと恐怖を与える。
 洞窟の奥から、獣の声に、足音に、羽音が、聞こえる。

 そして、土煙に煙が舞う中、一人の影。

 「良かった良かった、父母から承ったこの体が、丈夫で、傷が治りやすくて」
 福田弘、自爆の中、生き残る。

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