遅熟のコニカ

紙尾鮪

56「アイノコドモ」

 「私は、このままこの場所に居続ける。この機械を使おうと使わなくとも、どちらでも構わない」
 王は、天井を見る。
 全てを他者に委ね、自分は無気力で、何かを思う。
 予想外の事に、二人は動くことは出来ない。
 唯一動くのは、アンパイア一人だけ。
 
 「あ……あ、あぁ……ぁあ」
 呻き声のような声を発しながら、アンパイアは王の元へと近づこうとする。

 それに意味はあるのか、子孫だから、ただそれだけの事で、現状況の全てを放棄して、王の元へと行く意味はあるのか。

 果たして。

 「私は、貴方を尊敬してました。今は亡き、私の母も、父も、祖父も祖母も。貴方を尊敬し、目指していました」
 王の声が、こもり、そして叱られているようになりながら、王の威厳を保とうとしながら、アンパイアに言う。

 「貴方を、返してください」
 王の目から涙が、溢れた。
 取り繕った筈の、ハリボテの、神によく似た存在が消え、目指す先のない、暗闇に落とされた王は、不安や恐怖よりも、それを置き去りにして、感じた、虚無感と悲しさの相乗。

  嘘であっても、王の中では、絶対的存在。

 暗海を進む先、見えていた灯台の光を失った船の行く先の不安さは、さながら地獄のようで、王は耐えきれない。

 アンパイアは、ぎこちなく、王を抱き締めた。
 ヒルコが命令したわけでも、ヒルコに事前に耳打ちされた訳でもない、自分で考え、行ったのだ。
 王は、嗚咽吐きながら、アンパイアの胸を借り、泣いていた。

 独として立っていた王は、自分では感じないようにしいたが、自分の器では耐えきれない事を背負っている、その事実に、王は潰れかけていた。

 人間は、拠り所を持っている。
 精神的、肉体的な物を。
 時に家族、恋人。
 時に趣味、仕事。

 王はそれを持つことは叶わない。
 王の父母は、王が十も満たぬ内に病に倒れた。
 王が、王になった時に、全てを得て、全てを失った。

 残ったのは、王の母が始めた会社と、Eiアイのみだった。
 磨り減らす神経すらないのに、磨り減らし、そして凛とする。

 王の拠り所が、生まれた。
立つだけしか出来ないはずだった。
 体を預ける事が出来る。
 それだけで負担は減り、そして精神の、安楽的な揺らぎが訪れる。

 その揺らぎが、王の心を揺らし、そして変えた。

 しかし、その姿が、以前の自分と重なった。

 「どうでもいい、生き返らせる方法を教えろと言っている」
 コニカは、胸中、王の光景に吐き気を催していた。

 どうでもいい。

 この一言は、嘘偽りのない、本心からの一言。

 甘ったるい、大衆向けのヒューマンドラマ程、面白くもなく、見ていて苛立つ物はない。
 コニカは、苛立つ。

 「……あの管……」
 王は人見知りの子供のように、短い言葉と指さしで、意図を伝えようとする。

 コニカは、その言葉を聞くと、ヒルコの黒い鞄を強引に開けて、ホルマリン漬けにされた金髪の子供を取りだし、そして、瓶を握り潰すように割った。

 「コニカ!」
 コニカの掌から血が流れる。
 それにヒルコは、心配そうに、近寄るが、コニカは、痛みを、流血をなんとも思わない。
 コニカの掌は元々、赤く血濡れている。
 コニカにはそう見えている。

 「心配するな、今から生き返らせる。名前でも考えていてくれ」
 ヒルコに、笑って見せた。
 その笑顔は、ヒルコの体に強烈な快感の波を打たせた。

 狂っている。

 感情変化の最高値。
 ヒルコは今、自分の体の震えを見せぬよう、どうにか平常を保とうと必死になっていた。
 故に、ヒルコはただ、動くこと出来ず。

 コニカは、管に繋がれたグラブを引き剥がし、投げ、金髪の子供を、フランス人形を座らせるように、そっと置いて、管を優しく繋げる。

 Eiは、けたたましく、不気味な機械音を発しながら、金髪の子供から、養分を吸い上げ、作る。

 金髪の子供を。

 成長過程だったグラブ達は、元体から管が外れた瞬間、空気の抜けていく風船のように、音を立てながら、小さく、そして溶けてなくなる。

 人間を作るのに、神は一日もかけなかった。
 それに対し、Eiは一時間もかけずに、人を複製する。

 人であれば。

 Eiは、神からの賜物。
 神が想定しているのは、自らが作った物のみ。
 つまり、ヒルコのヒトガタ子供は。

 金髪の子供は、穏やかに、少し微笑みながら寝ている、ように見えた。

 金髪の子供の頭が破裂した。
 肉片が飛散する。

 Eiには、デバッグをする事が可能である。
 元体とされた物が、元体として使用する事が出来ない場合、それを破壊する。

 コニカの顔に、金髪の子供の肉片、血が張り付く。

 何も問題もない。
 ただ、人間でもない動物が死んだだけ。

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