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遅熟のコニカ

紙尾鮪

52「オウトフェイリー」

 現王が、女騎士から剣を受取り、かの王の首を斬首し、本物である事を否定し、あたかもかの王の名を語った罪人として扱おうとしていた。
 剣を降り下ろし、剣が、本人自体ですら感じ取れない程に、体に接した瞬間、堰を切ったように、かの王が叫ぶ。
 
 それに、現王は、剣を咄嗟に離してしまう。
 明らかに、現王がさっき見た叫びなどとは違う、体の芯を揺らすような、真っ直ぐに救済を乞う信者の如く、一途で、そして怖い。

 自らに脅威などあるはずもないのに、それには、鬼気迫る物があった。

 王は、繕うことなく、叫び続ける。

 言葉にならぬ言葉を使い、周囲に、自身の身の危険と、脅威である者の存在を教え、そして、警告を発する。

 その声が響いた時、一瞬の静寂。
 蚊が、かの王の血を吸った。
 蚊を払った。
 蚊が、地面に落ちた。

 かの王は、現王を遠ざけるように、体を突っぱねた。

 「きゃあああああああああ」
 生娘のような叫び声をあげたのは、現王だった。
 その場にぺたんと座り込み、そして現王は、頭の表面に蛆虫ウジムシが這っているかのような感覚に陥った。

 現王は、虫が苦手ではない、しかし、その前提があったとしても、不快感という物は、抗えず、ただただ、それを解決をするには、不快感を、痛みで掻き消すしかない。

 現王の爪が、頭の中に入った時に、現王の感じる物が切り替わる。
 そしてもう一度頭を掻きむしる。
 頭にまとわりつく物を、力強く剥がそうとしているように、頭を掻く。

 現王の頭から、血液が飛び散る光景を、周りの騎士と子供は、腕の力を無くし、重力のまま、だらんと垂らすことしか出来ない。

 無論、コニカですらも、自傷行為という、想像しえず、絶対に起こりえない筈だった事を見ている今、幾度となく向かった戦地よりも、ヒルコの監獄で見た異形な子供達よりも、異常で、目を離せず、血の臭い漂う戦地であろうと、攻防を止める事は致し方ない事なのである。

 しかし、こういう時、常に笑うのはヒルコ、ただ一人のみ。

 そして、表情の分からぬ車椅子に乗ったマスクの者が、現王の背後にいた。

 「ぁみよ……」
 現王が、何かを言う途中地に伏した。
 それと同時に、女騎士達も、羽のもがれた蚊のようにポトっと落ちた。

 何かを求めているような手先は、車椅子の車輪に踏まれている。
 その事に、王がなにか感じる事はない、車椅子に乗ったマスクの者も何も思わない。

 「対話をさせてもらってもいいかな?」
 何処からともなく声がする。
 マスクから出てきた籠った声ではなく、良く耳に通る聞きやすい声。

 それは女騎士の死体と、羽をもがれ、殆ど骸と化した者達の中、一人、口だけを動かし、声を発する。
 体は、地に引っ付いている。剥がれようとはしない。

 「別に構えなくていいよ、どうせウチにはそこまでのやる気はないし」
 また違う何処かから、声がする。

 「君達は権利を得た訳だよ。望みを叶える権利と、今何の罪に問われる事もなく帰れる権利を」
 なぜか、意味もなく、目に見えぬ明らかな予感が、生まれていた。
 まるで卵のように、外見は全て、他と同じだが、中身はどうなっているか、分からない。

 「選択肢をあげるだけでも、優しいと思って欲しいんだよ」 

 「さぁコニカてぇーちょー、どうする?」
 その呼び方をするのは一人のみだった。
 橙色のくせ毛が特徴の、いつもめんどくさそうで、面白い事が好きな、天才で、そして決して曲がることのない、国への忠誠心を持った彼女。
 グラブ・フェイリー。

 「どうだった? ウチを殺すの? ……うわぁすげー自分を殺した感想を聞くって新しいね」
 上半身と下半身が離れたグラブが、コニカに、感想を問う。

 「ウチは何も思ってないけど、人殺す時なんか思ってる?」
 体の中心を抉りとられたグラブが、殺人の時思う心情を問う。

 「あー……そういえば今日なんか食べたっけ?」
 四肢もがれ、達磨のように立つグラブが、たわいもない疑問を、知る筈のないコニカに問う。

 問う。

 「戯言はいい、叶えろ」 
 コニカは、今、嬉しさと焦燥感の中で、生成された憤怒が、燃えきらぬ熱情を持ち、今、不発弾のように爆発を待っている。
 しかし、どうにか爆発せず処理をしようと、心内では思っている。

 「てぇーちょー、それはちと都合良すぎやしないかい?」
 頭の欠けたグラブが、コニカを説教するように、語りかける。

 「うるさい、貴様は叶えればいい」

 「随分見ないうちに馬鹿になったね、これが子を持つということなのかな?」
 その言葉一つが、コニカの予測という物の中で駆け巡り、そして、数多なる感情を逆撫でして回り、記憶をリフレインさせる。

 あの子をもう一度この目に。

 その瞬間、脳の処理など追い付く暇もなく、今、コニカは、まだ何も喋らずにいる、グラブにへと、表情筋を微塵も動かすこともなく、跳び、距離を詰め、そして、天から落ちる雷撃のように、グラブを殴った。

 避ける事など、易く、コニカのやる事を予測するなど、料理を作るより楽だろう。
 しかしグラブの感情の中に懐かしい、という物があったのだろうか、そう感じたのならば、一瞬、その情に引き込まれたのであろう。
 真意がそれかは分からず。

 「私がなぜ喋らないか聞く?」
  体は地を向き、頭は天井を向いているグラブがそう言うと、車椅子に乗ったマスクを着けているグラブが、マスクを外し、大きく口を開け、喋る。
 いや発する。

 「おおあーあああお」

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