49「ヘーレハヒルコ」

　「こにかせんぱいがほしいです。かえしてください」
　嫉妬の上に得た彼女が起こす行動理念は、ただ、自分の願いを述べる、幼児にへと退化するという物だった。

　傲慢にて、貪欲。

　まさに、人間。
　自分が欲しい物をそのままに、如何なる犠牲を持ってしても、笑顔で人を騙し、笑顔で他人を踏み台にする人間。
　その幼児が－、子供の姿をしたヒルコに、斬りかかった。

　「知性を消した子供か、我輩の子供達ガキドモにも劣るような存在が我輩に勝てる訳がないだろう」　
　ヒルコは、一瞬の怯みもなく、避ける。
　難なく避けたその剣は、コニカと同じ、諸刃の剣。純粋にコニカに近付こうと、その不純な動機で持った剣を、コニカと同じように扱っている。
　守りを捨て、ただ攻める。
　其のみに没頭していた。

　まさに、巣の危険を知った、蜂のように。
　上から来たと思えば、次は下から。
　無尽蔵に増え続ける斬撃は、ヒルコの行動選択を狭める事に成功した。

　そして、初太刀が、決まった。
一瞬、元のヘーレにへと戻り、そして攻撃を止めた。
　見たのだ。

　目の前の子供が、恐らくその子供の仲間であろう化け物を、食ったのだ。
　その化け物は、人のような形をしているが、指が四本あったり、耳の下に、もう一つづつ耳があるような、人モドキだった。

　「あれぇ？　ヤオイさん、わたくしを食べちゃったんですかぁ？」
　とろりとしたクリームのようにまろやかで、更には低い声で、食われた部分も気にせず、人モドキはヒルコの方を、明らかに、人間が行う体勢ではない体の捻りをして、ヒルコを見る。

　「──んく、そうだな、割りと美味いと思うぞ、少しは歯応えが欲しいがな。あと斬られてるぞ」
　ヒルコは、その柔らかく、美味らしい肉を飲み込むと、一瞬震え、そして、人モドキが騎士にメッタ斬りされているのを見て、僅かの焦りもなく、目脂メヤニが付いているのを指摘するような声で、人モドキに注意を呼び掛ける。
　が、おちおち人の心配などしていられない状況に陥っていた。

　「むしするな」
　後ろにいる、来る、闇。
一瞬でも無視をすれば怒る、駄々の象徴。
　それはヒルコという子供を無惨に殺す一振りの剣を持って行われる。まさに、一刀両断の怨讐エンシュウの風。
　風とは、人が作り出す事も可能だが、自然に吹く風に、人は、身を強ばらせ、そして動かされる。
　抗う事。
　は可能だが、足を重くし、進むことを拒む。
そして時に、肉を断つ。

「貴様はこう思う、いや、思う事すら叶わないだろう。なぁ？　この姿を見てコニカは我輩を嫌わないだろうか？」
　ヒルコは、その場に立っている物の、手が床についている。
　ヒルコの肩と首は離れ、断層からは、骨に、臓物に、筋肉に、血管が見える。

　ただ、生きている。

　床。
についた手の指先を動かしている。
そして、離れた自分の肉を抱き寄せ、そして身を元にへと戻し、ヘーレを挑発する。


　人モドキを斬っていた騎士は今、この世に存在しない。
　しかし、人モドキの中で今生きている、いや死んでいるような物だが、今一滴一滴、搾り取るように、点滴のように栄養分を取り込まれている。
　人モドキの名は、バンビーノ・ビンボ。
　今も尚、成長する者。


　「我輩は、今成長している。まぁ背は伸びないが、成長とは、再生によく似ている。成長する上での再生は付加価値でしかない、成長の強みは、学ぶ事だ、そして二度と同じ事は繰り返さない」
　ヒルコは、肩を回すと、ヘーレとの距離を一気に詰めて、胸部へと掌底を打った。
鎧相手、肉弾戦でいくのは相性が　悪すぎる。しかし、例え痛みを与えられなかろうと、今のヒルコには問題がない。
　なぜならば成長出来るからだ。

　「コニカ先輩の名前を出すな」
　長々と並べたヒルコの言葉など、ヘーレの耳には一文字も届くことはなく、コニカという言葉三文字が脳内に響けば、ヘーレは冷静、そして状況を判断するという事を取り戻した。
　そして、ヒルコが一度まばたきをした瞬間、消えた。

　「お前みたいな子供に、コニカ先輩が似合う訳ない、クソが死ね」
　前半、コニカの事を思うような言葉を並べていたが、後半、私情で汚い言葉を言い連ねている。

　そして、ヒルコの背後に現れている、宵闇。


　ヒルコの細い首に、銀の首輪が、かかる。
　そして無慈悲にも、その首輪は、ヒルコの細い首にさえ不釣り合いな程に、小さく、空気の侵入を防ぎ、そして、血が走るのを止める。
　歯を食い縛り、そして必死に目の前から消え失せる生にへと手を伸ばしもがき苦しむ。
　悲しくも、まだ成長するはずだった、子供が、今、生きるのに必死で、死を目の前にて、生にしがみつくのを知って、また子供は成長する。
　もう一生使うことのないその知識を十分に使い、その知識を使った結果を求めようと、駄々をこねる赤子のように暴れるが、暴れれば、暴れる程、子供の首は絞まる。

　ヘーレはまた一歩、コニカ先輩にへと近付けたと思った。
　冷静無比で、残虐性を併せ持った、人ならざる者にへと。

　人間たる理性と、同種族の繁栄を無視し、自分のただ、憧れの人物へと近付きたいという気持ちが、己を昇華させ、そして、今、人の道を踏み外し、憧れの人へ、いや自分の恋い焦がれる人の元へと一歩、進んだ。

「そうか、コニカ先輩は、これが好きだったんだ。だからこの子供と一緒にいたんだ、そうだ」

　少しばかりの気持ち良さと、子守歌を聞いているような、一重の睡眠と浮遊感をヘーレは感じていた。