遅熟のコニカ

紙尾鮪

47「フタタビオウニ」

 「しかし、コニカ。君の遺能を使えれば、あの子供も生き返らせる事が出来るのだがな」
 ヒルコの言葉が、コニカの耳の中で反響し、鼓膜を震わせる。
 そして、コニカの脳内に、ノイズのような物が響く。
 しかし、それは小鳥の囀ずりサエズリのような物、気を張れば、煩わしいが、普段通りにいれば、何も感じる事はない。

 「……自分でも思う、不甲斐ない」
 コニカは、そのノイズが、 苛立ちからくる、憤りのような物なのだと思った。

 「まぁ、それよりもコニカ、体に異常などはないか? 体が痛いだとか、体の使い勝手が違うだとか」
 ヒルコは、コンコンと、戸を叩くように鎧を叩く。
 コニカは、一つも思い当たる節はなかった。
 体が痛い事はなく、思い通りに体も動く、コニカが思うに変化など一切ないのだ。

 「んー……体質のパターンか? それとも発動条件か? ……もしくはない? ……いやまさかな」
 ヒルコは、腕を組み、悩むような素振りをしながら、自分の思う候補をあげては否定する。

 「……なんの事だ?」
 別にそこまで気になってもいないが、後々気になって仕方がなくなるような気がしたので、コニカは聞いてみた。

 「いやな、遺能という物はそこまで便利な物でもない」
 その言葉は、コニカが知っている遺能という像に似合わぬ言葉だった。
 コニカの中で、遺能とは、万物の願いを叶える、神の力。
 それが便利ではない、根底を覆すようなその言葉に、また新たに疑問を浮かべるのは致し方無い事だろう。

 「どういう事だ? 以前貴様は、代償無しで魔女の力を扱うと聞いたが」
 以前、魔女狩りの話を聞いたのを、ふとコニカは、思い出した。
 その話を聞くに、遺能、つまり魔女の力は、神の力。
 無尽蔵の、泉水の如き、完成された物なのだと、そうコニカは確信していた。
 つまりその言葉は、コニカの考えを、根底から覆すような物だった。

 「それは、魔女の話だ。我輩達、魔女の子孫は勝手が違う」
 ヒルコは、何処からか出した、黒の鞄に、手を突っ込み、二つの試験管を取り出す。
 片方には無色透明の水、片方には赤色の色水のような液体が入っている。

 「遺能は、第二世代にへと受け継がれるという事は知っているな? 遺能は受け継がれる度に、薄まっていく。まさにこの液体を混ぜたようにな」
 ヒルコは、無色透明の水を、赤色の色水のような液体の入った試験管にへと注ぐ。
 そして混ざった液体は、赤より少し薄い珊瑚朱色サンゴシュイロにへと変わっていた。

 「薄まれば、効果が低くなる事もある。はたまた、副作用や条件を伴う事すらある。世代を追う毎に、魔女の力が衰えるのは明らかだ」
 つまり、現に今ある遺能は、なんらかの欠陥品、もしくは劣等品である事の証明。
 コニカが知らなかった、遺能の裏事情だ。

 「しかも、威力や効果、性能が良いものであればあるほど、副作用や条件が強かったりするんだ」

 「つまりコニカ、君の相手を生き返らせる能力は、副作用で、代わりに君が死んでもいいぐらいの能力なんだ」
 人を生き返らせる。

 それはまさに神の力。

 遺能の素晴らしさ、凄さを示すには、ピッタリの物なのだろう。
 しかし、今の遺能、神の力であらず。

 欠陥品である、神の模倣品は、人間の範疇外ではあるが、人間が作ったような、良い部分と悪い部分を両方に持つ。

 「しかし、私は現に生きているし、体になんら不調もない。一体どういう事だ? 気色が悪いぞ」
 コニカの言う事も、確かに合っている。
 コニカには、今何も起こっていない。
 果たしてそれは良いものか、それとも悪いものか。

 まさに良悪リョウオの天秤。

 どちらに傾くも、全ては神次第。

 「いや……であれば即効性ではないという事か」
 ヒルコが、そう言った瞬間。
 風吹く筈ない監獄の廊下にて、ヒルコの白衣を大きく揺らす風が吹く。

 「"愛の迷宮~失楽園~アムールパラディース・フェアリーレン"」
 その声は、届かない。
 その声は、怒りを持って。
 あの時、見たのだ、コニカが、慣れ親しみ、ましてや愛を向けている相手を。

 コニカとヒルコの視界が、突如、薄汚い監獄の廊下から、金色の、光輝く照明が、監獄の廊下と全く違う程に広く、そして、人が転ばぬようにされている、平坦な床と、赤色のカーペット。

 そこにいるには、コニカとヒルコ、そして、ヒルコの子供達。

 「……またアイツか」
 更には、ヘーレ。
 ヘーレは、目をひんむき、前髪を足らし、口元にまで来た髪を食みながら、ぶつぶつと何かを唱えるように呟いている。

 「……広範囲に渡っての生命体限定転移……流石におかしいとしか言い様が」
 ヒルコが、顎に手を当てて、考えている時に、手を叩く音が聞こえる。

 「遠路はるばるご苦労様、わざわざそちらから出向いてくれるとは、ありがたいの一言だ」
 きらびやかで、柔らかで、真っ赤で、宝石の装飾された椅子。

 まさに、玉座。

 そこに座るは、玉座に相応しき者。

 王。

 「よく言う、貴様がアイツに言って連れてこさせた癖に」
 「偉くなった物だなコニカ、まぁ所帯持ちになったと聞いた時は驚いたがな、寿退社も考えてやったのだがな」
 王は、さながら部下を案ずる良き上司のように、コニカを貶しながらも笑っている。

 「まぁ宴のような物を、簡素だがさせてもらう。楽しんでくれ」
 その時、扉が開き、そして、銀色の騎士達が、コニカとヒルコ、そしてヒルコの子供達を囲むようにして、騎士達が王の目の前にへと現れる。

 「武芸を見せてもらえるとは思えないな」
 ヒルコが、黒の鞄に手を入れて構える。
 皮肉混じりのその言葉に、王は、子供のように笑う。

 「ククノチではそのような歓迎をするようだな、私の国では踊るのだよ、御来賓ゴライヒンのお方も一緒にな」
 騎士達が、剣を抜いた。

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