遅熟のコニカ

紙尾鮪

41「アイビー・コニカ」

 コニカは、目を疑った、自分の手には白い子供。

 黒く、光を失った目が、普段の濁った目とは違うことを証明する。
 その目が、コニカを見つめる。

 それが、コニカの今までやったこと全てをあからさまにし、そしてコニカは、焦燥、後悔、悲観、絶望、空虚……
 様々な感情螺旋に取り込まれ、悲しみと絶望を混ぜたような顔をしていた。

 その目まぐるしい感情変化に、興奮、悦楽、感じるヒルコはいない。
 目の前でただコニカを見つめるだけの、ただの肉人形にへと成り果てて、今コニカの手の中に。
 そして、フラスコが手から溢れおち、地面に触れては割れる。

 「……解けたか、反抗期を経て子は独り立ちする……問題はない」
 王は、修羅がコニカへと戻ったのを察すると、ようやく動いた。

 「マンティデ、もといカマキリは、高く、地を這うものには見えない場所にへと卵を産む」
 王は、淡々と呟きながら、群衆の間を進む。
 群衆は王の行く道を阻むことはしない。
 王だという認識がなくてもだ、ただ、民は、阻んではいけない。
 意識に語りかけられるように、皆は避ける。

 「奇襲をかけた、そうと思っているに違いないだろうが、全てが予定調和、国際手配犯であるヤツを殺すという依頼の遂行」

 「及びに、魔女の子孫の根絶を開始する、いや再開する」

 ビルの群生する地には全て、カマキリの卵が付いていた。

 そして孵化する。
 一つの卵に、何十、いや何百、いや何千もの子供が現れ、そして産声をあげる。
 鎧が擦れ会う音も鳴らしながら。



 アイビー・コニカ。
 29歳。
 コニカは、30年前の今から10分前産まれた。
 コニカは三日前、母となった。
 コニカは、恋という情らしきものを昨日感じた。

 子供は、職場の後輩に殺された。

 恋の情を感じさせてくれた人物を、さっき殺した。

 子供を失った時に、涙を全て流したと思っていた。

 涙とは、血である。

 簡単に言えば、赤くない血、それこそが涙。
 つまり、血の通ってはいないロボットでもない限り、いやコニカが人間である限り、涙が枯れることはない。

 今コニカは、人間だった。


 鎧を着た騎士に自我はない。鎧が歩いているのと、なんら変わりはない。
 意図して産み落とされ、意図してただ動くだけ。
 それらの事を人間と呼んでいいのかすらわからない。
 相も変わらず、群衆は危機感を感じず他人事、シャッター音を鳴らすだけ。

 「魔女狩りの再開だ」




 アイビー・コニカは、この一刻で三十になった。

 泣いていた。それを嘲笑うかのように照る太陽の光。
 何度も似たようなアングルと、変わらない被写体を意味もなく撮り続ける群衆に、滑稽という念を覚える程の余念も、高くそびえ立つ穴ぐらからぞろぞろと出てくるカマキリ達の事を、悲観する余裕もない。

 アイビー・コニカは手の中にいる白い子供の姿をした子供が、青くなりながら白くなるのを見ているだけだった。

 まるで、コニカが子供の体温を吸収しているかのように、体温が下がっていくのが触感で感じ取れる。
 ただ、胸が燃え上がるような……いや、これが人間の命の温もり……そして、少量のいや燃え上がるような生命の熱情。

 コニカは笑った。確信した。これが私の"遺能ユイノウ"だと。


 その時、合成花、ヘデラ・プリムラは、急激に成長を始める。
 花を拘束していたヘデラが拘束を解き、コニカと、ヒルコを厚く抱擁するように自らを這わせる。
 プリムラが、その二人を隠し、祝福するように、半球状に、花弁を開く。

 ヘデラの別名は、アイビー。
 花言葉は、永遠の愛、結婚。

 プリムラの別名は、コニカ。
 花言葉は、淑やかな人。

 ヘデラアイビープリムラコニカの花言葉は、淑やかな人の結婚。

 プリムラコニカは、奥に行けば行くほど濃淡、外側に行けば行くほど儚げな美しさを持つ。
 ヘデラアイビーは、キツくも、決して離さないツタを持ち、一度ツタが拘束すれば、二度と離すことはない、あるとすれば枯れた時に。

 ヘデラ・プリムラはまさに、愛に生きる花。

 永遠の愛、それは叶わぬ物、しかしそこに価値がある。

 ただそれは観客の物言い。

 当事者は、それを願う。
 それを叶えるのは、いつも神ではない。

 叶えるのは私情を持った、魔女のみである。

 心臓の音が、小さくプリムラの中で響く。
 小さく、ただ生を欲するような強欲で無欲な音。
 その音は、コニカを癒し、そして確かに感情を鼓舞させて行く。

 コニカの遺能、それは。
  

 「やはり、コニカ、君は最高だ」
  人を生き返らせる物だった。

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