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遅熟のコニカ

紙尾鮪

40「コニカトシュラ」

 修羅が生まれた。いや生まれていたのだ、目覚めた。

 修羅の目覚めは、如何なる時も、突然で、予告や前兆などはない。
 天災と同じで、未然に備える事は出来る、しかし、防ぐ事など出来ないのだ。

 コニカは、風を受けて立つ紙切れのように、ゆらりと立ち上がり、剣を抜く。
 そして、平坦で、目立った凹凸もない地面に剣先をつける。
 ガリガリと音を鳴らしながら、ふらふらとヒルコの元にへと近づく、まるで、今産まれたばかりの子牛のように。

 方や修羅、方や子牛、相反するはずの存在が混ざり合い、そして今のコニカを形成する。

 「はぁ……描く時間すら与えてくれはしなさそうだ」
 ヒルコは、先程まで持っていなかった筈の黒の鞄に手を入れ、フラスコを取り出した。
 合成花の入ったフラスコを。

 コニカが、一瞬止まった。
 それは、前コニカが、ヘデラとプリムラの合成花を見て、顔を赤らめた事の理由に通ずる物があるのだろうか。

 いや、ない。
 
 修羅とは、己を気にせず、他を壊す。
 修羅とは、子であろうと殺し、情けをかけることなどはしない。
 なはずの修羅が、なぜ止まる?

 簡単な事、修羅になりきれていないのだ。
 コニカは、今、王の言葉にどうにか抗っていた。
 己の自我と王の言葉との葛藤、例え王の言葉が重かろうと、ある程度耐える事は出来る。

 ではコニカは、王の言葉に抗い、そこから漏れだしたような意思の力で、自らの動きを止めたのか?

 違う。

 文字通り、混ざり合っていたのだ。

 修羅と、コニカが。

 コニカであれば、何か分からない物を出されれば、警戒するだろう。
 しかし、コニカは知っているはず、だがしかし、警戒している、記憶部分では、修羅が勝っているようだが、根本的な考えや、思想などはコニカが勝っているようだ。

 コニカの意思の強さが、今、能がある修羅にへと化している。
 それがヒルコにとって好都合ではあった。
 しかし、その躊躇の時間が、兵士の増援が入った。

 「コニカ先輩加勢します!」
 何処かで聞いた事のあるような台詞が、ヒルコの目の前で叫ばれ、そして、ヘーレが斬りかかった。

 ヘーレが持っている剣は、コニカと同じ両刃の剣、コニカのような決意はない。
 あるのはただ、憧れと好意。
 憧れとは、小さな童児がする物。

 ヒルコは、驚きもせず後方にへと避ける。
 子供に向けて剣を振るう騎士に、周囲の群集は、皆、長方形の電子機器を取りだし、写真を撮るものや、映像を撮る。
 被写体の状況など知らず、一心不乱にシャッター音を鳴らす。

 ヒルコは、フラスコを落とさないように、気をつけながらヘーレの攻撃を避ける。
 ヘーレの攻撃に特別気を張る事はない。
 何故なら、ただの乱雑で数の多い攻撃など、気にするに値しないからだ。

 そして、ヒルコが黒い鞄に手を伸ばそうとした時、ヘーレが浮き、群衆の中にへと飛んでいった。

 いや飛ばされていった。

 コニカだった。
 仲間、いや元後輩であるヘーレを、コニカは何故、とはヒルコは思わなかった。
 思ったのは、飛ばされたヘーレだった。

 修羅の力に、コニカの思想が重なった。
 コニカは元々、後輩の事など仲間、いや共闘すべき相手とすら思ってはいなかった。
 いわば、目の前にゆっくりと飛ぶ蚊と同じで、払って済ませる、もしくは握り潰すのみなのである。

 故に、指示遂行に不必要と判断、いや処理し、払った。
 そしてコニカは、一度薙いだ。

 それは、風。
 素肌に通る一陣の風。

 それに風情を感じる暇があれば、既に、足は地に付き、体は宙を舞うだろう。

 ヒルコは、魅了されていた。

 普段のコニカであれば。

 「足りん……足りんな。これではないのだ」
 ヒルコは、楽にコニカの背後を取り、そして耳を食む。
 噛み千切りはしない、コウモリなどの動物のように、血を飲むために、最小限の外傷を負わせる。
 まるでわたあめに食いつくように、柔らかで、そして幸福的。
 そして、ヒルコは耳元で言った。

 「コニカ」

 コニカは、ヒルコの首を掴んだ。
 息も乱さずただただ、機械のように首を掴み、圧力を加える。
 ヒルコは、抵抗もしない、受け入れている。そして、見下すようにコニカを見る。

 その目は、コニカに語りかけていた、無言の重み。

 修羅が今、揺れていた。

 天秤、王の言葉の重みと、ヒルコの無言の重みに、今、天秤が釣り合いそうに……いや傾きそうになっていた。
 ただ、首を絞めるのを止めることはなかった、揺れているからこその、安直な行動選択、現状維持。

 それは、ヒルコにとって予想外でもない。

 ヒルコが肩にかけていた筈の、黒い鞄が地面にへと落ちる。
 修羅が、首を絞める力を強める一方、地面にへと落ちた黒い鞄を、コニカは見た。

 いや、中身を、いや、黒い鞄の中に入っていた、金髪の子供を見た。

 目があった、甘えるような上目遣い、それが頭をかき乱した。

 子ネズミが、世界を知るために縦横無尽に駆け回るように、頭に斜線が。
 ヤゴが、トンボにへとなり、空を知り、自由自在に飛び回るように、頭に曲線が。
 ウリボーが、初めて狩りの楽しさを知り、猪突猛進チョトツモウシンするように、頭に直線が。

 頭に線が。
 頭に、線が。
 頭、線。
 あたまにせんが。

    頭に
    線が


 コニカはヒルコを殺した。

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