19「カマハマケナイ」

　「ちょっと待て！それって」
　ヒルコは、妙に猫背になり、のそのそと牢屋の外へと向かう。
　コニカの引き留めの言葉は、ヒルコの耳に届くが、話す内容などヒルコは分かりきっていた、ただ答える気になれなかった。

　「今日の勉学は終わりだ、後で夕食を持ってくる、その間寝ても良い、もう辺りは暗い」
　ヒルコは、指をパチンと鳴らすと、太陽の光は、辺りを包む闇にへと変わる。
　３時間も経っていない、真昼だったはずの風景が、紙芝居のようにがらりと変わる。

　その風景に意識を向けさせられている間に、ヒルコは牢屋の外にへと出る。
　大きく鳴り、閉まったら牢屋の扉の音に気づくと、コニカはヒルコを探す。
　コニカはヒルコを見つけるが、その時のヒルコにコニカは闇を見た。

　「……ッ！1日という時間すらも意のままか、まさに神だな」
　言葉を投げ掛けようとするが、ヒルコの姿につい口を塞いでしまう。
　そして、ベッドに寝ると、ボソッと自分の思う現状を呟く。

　「はけない！」
　金髪の子供は、適当に開いたページの1文の、ひらがな部分だけを読む。
　文字を読む事が出来るまでに成長したのだろう、しかし、まだ漢字を読む事ができるまでには、成長していないようだ。
　いや、全く教えてもないのに文字を読むことが出来ること自体異質である。

　「魔女は負けない……か」
　コニカは、金髪の子供が見ている場所を見て、おおよそそれであろう1文を見て、漢字込みの1文をゆっくりと読み上げる。
　すると、金髪の子供はそれを覚えようとするように復唱する。

　「負けない！負けない！」
　金髪の子供の声に励まされるように、コニカは上半身を起き上がらせ、金髪の子供を抱き締める。金髪の子供の髪が鋭利な物だという事を忘れて。

　「いっったあああああああああ」
　コニカのとても甲高い、痛々しい声が監獄内に響いた。




　「昼子ちゃん、どうさねあの女は」
　老人は、椅子に座るヒルコに話しかける。
　椅子に座るヒルコは、どこか元気がなく、萎れているようだった。

　「あぁ……そうだな……あと数日でといった所か」
　疲弊しきっているような喋り方でヒルコは伝える。

　「まさか、昼子ちゃんまだあれをしているのか」
　老人は心配するように、ヒルコに問う、あれの指し示す物が何に当たるか、その疑問はヒルコは浮かばず、当然のように話を進める。

　「あれか……あれも布石だ、コニカで楽しむための、見たくはないか？コニカの驚く姿が」
　さっきまで、萎れていたヒルコが一気に、嘘だったかのように饒舌になり、老人に自分の考えに、共感しないかと呼び掛ける。

　「昼子ちゃんは楽しむ事に固執し過ぎじゃて」
　半ば呆れながら、老人は忠告する。

　「心配するな、あともう少しで歯車がハマるのだ、その歯車とは……そう言えば、名前はまだ決めていなかったな」
　1枚の紙切れを、ヒラヒラと見せびらかすように揺らす。
　その紙切れは契約書のようだった。

　「昼子ちゃん、そういう所がワシは好きじゃよ」
　しわくちゃの顔が、笑みで更にしわくちゃになる。
　老人は、心中ひそかに若返った時のような興奮を覚えていた。

　「仕事の中で、楽しみを作る。大人の常識であろう？」
　子供の姿をしたヒルコが言った。




　「スィクルが解散ですか……！？」
　ヘーレは、王から直接解散の命を承っていた。

　「仕方がないだろう、コニカもフェイリーも事実上脱退、新人のお前らに、何が出来ると言うんだ」
　王は、通知書をヘーレにへと渡し、淡々と事務的に伝える、慰める訳でも、励ます訳でもない。ただただ通告する。

　「い、いえ私達にも！」

　「尻尾を巻いて逃げてきた貴様が何を言う」
　ヘーレの勇敢な一言は、ヘーレが行った、たった一つの臆病な行動で全て掻き消された。

　「……まぁしかし、急に決めた事に意義を申し立てるのも致し方なかろう、そうだなこの仕事を無事こなせたら考えなくもない」
　王は、若干情けをかけるように、提案する。そしてその仕事というのは、人を殺す。暗殺の仕事だった。